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タレコミで引用されている、BizTech記事の高官のセリフを補完すると、
高処長は自ら「これは明らかに外国製ソフトに対する差別だ」と表明しているが、続けて「こうした政策は中国が初めてやることではない。欧米や日韓の政府調達も同様だ」、「新政策の出発点は情報の安全と国内ソフト産業の発展を維持するという点に基づいて考慮したもの。しかも、政府調達という手段により民族産業の発展
相互主義的な観点からの保護主義批判は他の枝に譲るとして、
例えば製品が均質化して多様性がなくなるとか、農作物だと 一国に頼ってるとそこで凶作とか何かあると危ないとか。 それぞれの国が必要なものを自分で持ってた方が安全でいい と思うんだけどなあ。
現実は逆のはずです。輸出入が多様だからこそトヨタ車が全世界で走っているわけで、粗雑アメ車しか選べなかったらアメリカ人は不幸でしょう。それに農作物は輸出入があるからこそ、自国一国の作況に左右されないで済んでいます。1993年の日本のコメ不作は、コメ緊急輸入で当たり前のように
農業政策については、前記事のおふとぴとしても書きましたので、そちらも合わせてよろしく。
逆にいえば自国一国の作況にしか左右されずにすみますよね。 ある日突然輸出されなくなったり、値段を吊り上げられたり するリスクは減るわけ。
世界には数多くの国家がありますので、一国がヘソを曲げたらそいつを仲間外れにして、それ以外の大多数の国で共存共栄すればよいのです。その手の一国主義に対してプレッシャーをかけ、勝手な理屈を許さないのが、WTOのような多国間同盟の意義です。こうして貿易相手国の選択肢を増やしてリスクを分散し、一国による輸出制限を無意味にすることで、我々は
わがままな大国(含む日本)による高すぎる関税は保護貿易そのものです。国際交渉が思うにまかせないのはおっしゃる通りですが、WTOは充分といえないまでも一定の果実を残していると思います。食糧の安定確保については、特定の輸出国に依存しないことでリスクを避ける、ということをすでに書きました。
農業に関しては、やや議論を聖域化しすぎではないでしょうか。確かに食糧品は不可欠な一方生産量が不安定、という問題があり、他の生産財とは別の取扱が必要な面があるかもしれません。しかし市場が不安定なこと、生産者が安定供給を求めら
個別の農業問題について詳しくは知りませんが、東南アジア諸国など、先進国に農作物を輸出したい途上国は結構あると思いますよ。中国の農作物は現在でも国際競争力はない、とどこかで聞いた気も。安全検査体制は、食糧を輸入しようとしまいと必要。その他多くの課題を地道に克服していかなければならないことも、他産業と同様です。
意味がちょっとよくつかめないです。すいません。減反政策は保護といえるのでしょうか・・・?
市場メカニズムが導入されなかったために供給が自然調整できなくなった結果、減反など
繰り返しになりますが、農業分野を聖域視しすぎだと思います。食品の安全性は品質の一種であり、食品以外でも品質が問題にならない財やサービスなんて存在しません。問題点を改善しなくていいなんて書いてもいません。「なんでも自由化すればいいってもんじゃない」とばかり言っていればいいってもんでもありません。
少なくとも日本は途上国から農作物をかなり輸入しているようですが・・・?
その前は「輸入を中国とアメリカに依存しすぎている」という話だったはずでは?
米あまりは市場メカニズムだけで論じられることではないでしょう。ひとつには日本人の米離れ
それはごもっともですが、僕が言いたいのは自由化に伴う体制の不備を整えようとする主張が並列的に主張されていないではないか、ということです。
行政の課題としては、例えば減反などという恣意的な供給調整をやめるとともに、独占価格を維持しようとする業者をきっちり排除すること、それ以外の介入を一切しないことでしょうか。備蓄政策は、国や自治体が市場価格で必要量を購入するにとどめ、補助的な支出は極力しないこと。
これ以外の問題点は何でしょうか? 遺憾ながら私が詳細な政策立案をするのは無理があるし、事後的に発生する問題を事前に的確
あまりに話が通じないので、できればこれで開放してほしい…
僕が言いたいのは農業政策に絞ったミクロな変化に対することではなく、より広域な、貿易体制、日本農業の現状、農業の科学技術、などのマクロな変化に対する視点が抜けている、といいたいのです。事実、tsuyaさんの主張は「農業政策」に限定されているではないですか。だから僕は貿易体制などを例に挙げ、こういったことを総括的に考えなければならないのではないか、と主張してきたのです。が、tsuyaさんの答えは
「マクロな変化に対する視点」なんて要求はこれまで聞いた覚えがない。それで農業政策を軸に話をしたら「答えてないに等しい」なんて言われても困ります。それにこの話はもともとWTOなどの体制の話から派生したもので、あるべき貿易体制の考え方を踏まえたものだし、価格メカニズムが働かず資源配分がゆがみ生産性も低く、虚しい減反政策によって疲弊した日本の農業の現状をくどくどと述べてきたつもりです。科学技術については、食糧危機に関するちょっとした話くらいは書いたつもりですが、触れるべき話題は単位収穫高の増加ですか? 生産流通コストの低減? どうせヘタに予測しても当たりゃしないだろうから保留しておきます。加えて、私が「農業政策」といったらそれは周辺の状況を考えることを含んでいないのですか? ACさんたち(各ACさんがそれぞれ誰なのかは分からない)の文章のほうこそ抽象的な単語が多いし、それが何を尋ねているのかピンポイントで予測できないしで、とても疲れてるところへ、こういく言葉で愚弄されるのはきわめて心外です。
今議論していることは「達成するかどうか」ではなく、「自由化するかどうか」ではなかったのですか?今どのようにするべきか、という行動指針を考える議論で、自由化が難しいから議論をしていた、と思っていました。そんなことをいっていたら10年たっても議論は進まないと思いますが。
まず改革を行って自由化が行える体制をつくり、徐々に自由化を進め、その自由化の過程でも、またその後も改革を継続すべきです。私の舌が足らなかったのかも知れませんが、「自由化」が「改革」を含まないもの、先か後かで区別されるものと解釈されるとは夢にも思っていなかったんで。だから「農業改革の時期」なんていう考え方をピンポイントで予測できなかったのです。
「農業改革というのが何を指すのか答えていない」という反駁が予想されるので、考えつく範囲で書いておきますが、コメ以外に自給力を増強すべき作物の増産目標設定、そのための他作農業間の人材・技術交流の促進、各地の他産業との人材交流の促進、などでしょうか。これについてはACさんも具体的な話はされていなかったと思いますが、何かありますか? なかったら別に答えてくださらなくてよいです。
商品が全部売れる、ということでいいと理解しています。
それは、どんなに価値の低いものが供給されても需要によって吸収される、在庫は必ず解消される、という意味ですか?…理解不能。近代経済学は私にはハードルが高いようで。なお念のため付け加えますが、私は「市場の失敗は起こりえない」などとはまったく考えていませんよ。
>>つまり現在の農業には国際市場で争うだけの競争力も、人も、国としての取り組みも、社会的理解も無い、と思うのです。 なぜそう思うかはすでに書いています。
その状況は改革によって変えられる、と考えています。ということでよいですか?
結論は、両者の前提条件が著しく異なっていた、ということですね。
私は、自由化は市場メカニズムの導入を意味し、それがコメ偏重などの資源配分のゆがみを是正するからよい、と考えていました。ですから、市場メカニズムの導入を繰り返し述べることで、自由化の意義を繰り返し主張したつもりでいました。また、自由化という言葉がそのまま規制の撤廃を意味するということも自明であるかのように考えていた。ところが、これがまったく伝わってなかった。
逆に私は、あなたが自由化を否定する真の理由がどこに述べられているのか、前の文章を読んでも正直わからない。私は「資源配分」という言葉を自由化の根拠にしたつもりになっている一方、「新古典派」の理論の意味がわからず、難解な暗喩のようにしか見えない。互いに自分の主張が具体的で、相手の主張が抽象的だと思っていたわけです。前の文章でも、「文句は経済学者に言ってくれ」となっていますが、これが「わからないことを質問しないのが悪い」という人による、「新古典派の言う意味がわからない」という質問に対する答えだとは、正直信じられないです。
「改革の必要性」は互いに認識しているようですが、その意味するところはたぶん一致していないでしょう。改革の目指す目標が違いますから。あなたの主張する(自由化はすべきでないが外圧によって強いられることに備えた?)「改革」が何なのかも私には読み取れません。どこかに書いてくださったのかも知れませんが、上記のような理由でわからないのです。
ただでさえこれほどの困難を抱えているところへ、これほどの長文になってしまうと、もうすべての論点についてリプライすることは不可能です。私にはそんなゆとりがないし、互いの意見が一致するまで議論しなければならないとも思っていませんので、このあたりで退散します。さらに言うと、片方の論が一方的にイエスかノーかの回答を要求し、それに答えさえすればよいなどという、完全に一方のペースで進められる言い合いは議論ではないと思います。この点だけは、私はあなたと私との関係を相対化できません。
ACうんぬんについては、私はただ分からないことを分からないと書いただけです。
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日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン
どこの国にもある保護主義 (スコア:2, 興味深い)
タレコミで引用されている、BizTech記事の高官のセリフを補完すると、
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
生産性が悪いってのはわかるけどそれ以外に欠点が見つからない
んだけど。
逆に欠点は山程見つかるんで前から疑問に思ってました。
例えば製品が均質化して多様性がなくなるとか、農作物だと
一国に
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
相互主義的な観点からの保護主義批判は他の枝に譲るとして、
現実は逆のはずです。輸出入が多様だからこそトヨタ車が全世界で走っているわけで、粗雑アメ車しか選べなかったらアメリカ人は不幸でしょう。それに農作物は輸出入があるからこそ、自国一国の作況に左右されないで済んでいます。1993年の日本のコメ不作は、コメ緊急輸入で当たり前のように
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
>いで済んでいます。
逆にいえば自国一国の作況にしか左右されずにすみますよね。
ある日突然輸出されなくなったり、値段を吊り上げられたり
するリスクは減るわけ。
そうならないために輸出国の顔色をうかがったりする必要も無い。
緊急輸入の話が出ましたが、それは日
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:2, 参考になる)
農業政策については、前記事のおふとぴとしても書きましたので、そちらも合わせてよろしく。
世界には数多くの国家がありますので、一国がヘソを曲げたらそいつを仲間外れにして、それ以外の大多数の国で共存共栄すればよいのです。その手の一国主義に対してプレッシャーをかけ、勝手な理屈を許さないのが、WTOのような多国間同盟の意義です。こうして貿易相手国の選択肢を増やしてリスクを分散し、一国による輸出制限を無意味にすることで、我々は
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
それがうまくいくとは限らないのでは?保護貿易ではないけど、イラクのフセイン政権時では国際社会の圧力にもかかわらず、かなり長い間存続してましたし。
また「国際社会」といっても、結局経済的に強い国が発言力を持っているので、偏りがでるのは避けられないのでは。
さらに食糧の輸入において分担という考えは、その輸出国家がいつまでも健在である、という前提にたたな
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
わがままな大国(含む日本)による高すぎる関税は保護貿易そのものです。国際交渉が思うにまかせないのはおっしゃる通りですが、WTOは充分といえないまでも一定の果実を残していると思います。食糧の安定確保については、特定の輸出国に依存しないことでリスクを避ける、ということをすでに書きました。
農業に関しては、やや議論を聖域化しすぎではないでしょうか。確かに食糧品は不可欠な一方生産量が不安定、という問題があり、他の生産財とは別の取扱が必要な面があるかもしれません。しかし市場が不安定なこと、生産者が安定供給を求めら
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
WTOに関してはそうだと思います。しかし、食料の安定確保については少し疑問が残ります。
特定の輸出国に依存しない、と言う意見ですが、はたしてそれは可能なのでしょうか。日本の輸入は中国とアメリカからのでかなりの量を占めています。また、輸入品においては特定の国にそのほとんどを依存するようなものもあるようで、現実では依存せざるをえないのではないでしょうか。
また、中国では人口
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
個別の農業問題について詳しくは知りませんが、東南アジア諸国など、先進国に農作物を輸出したい途上国は結構あると思いますよ。中国の農作物は現在でも国際競争力はない、とどこかで聞いた気も。安全検査体制は、食糧を輸入しようとしまいと必要。その他多くの課題を地道に克服していかなければならないことも、他産業と同様です。
市場メカニズムが導入されなかったために供給が自然調整できなくなった結果、減反など
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
少なくとも日本は途上国から農作物をかなり輸入しているようですが・・・?
>安全検査体制は、食糧を輸入しようとしまいと必要。
それは当然ですが、僕が主張したいのは、検査体制の充実が貿易品の増加においついていない、ということです。どうも「まず規制撤廃」という意見のように感じられます。自由貿易を目指すのは良いですが、それは当然「食の安全」などをともに主張するべきものなのではないでしょうか。これから解決すべき問題、とありますが、このようなこ
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
繰り返しになりますが、農業分野を聖域視しすぎだと思います。食品の安全性は品質の一種であり、食品以外でも品質が問題にならない財やサービスなんて存在しません。問題点を改善しなくていいなんて書いてもいません。「なんでも自由化すればいいってもんじゃない」とばかり言っていればいいってもんでもありません。
その前は「輸入を中国とアメリカに依存しすぎている」という話だったはずでは?
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
それはごもっともですが、僕が言いたいのは自由化に伴う体制の不備を整えようとする主張が並列的に主張されていないではないか、ということです。「問題点を改善しなくていい」とはいっていませんが、「問題点を改善するべきだ」とも言っていないでしょう。だから「まず自由化」というように感じられるのです。自由化を目指すことを目標にするならば、それに伴うデメリットを補完する案も同時に主張されるべきだと思います。今の情勢、tsuyaさんも含め、ほとんどが自由化のみに論点がおかれているように感じます。このま
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
行政の課題としては、例えば減反などという恣意的な供給調整をやめるとともに、独占価格を維持しようとする業者をきっちり排除すること、それ以外の介入を一切しないことでしょうか。備蓄政策は、国や自治体が市場価格で必要量を購入するにとどめ、補助的な支出は極力しないこと。
これ以外の問題点は何でしょうか? 遺憾ながら私が詳細な政策立案をするのは無理があるし、事後的に発生する問題を事前に的確
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:0)
僕が言いたいのは農業政策に絞ったミクロな変化に対することではなく、より広域な、貿易体制、日本農業の現状、農業の科学技術、などのマクロな変化に対する視点が抜けている、といいたいのです。事実、tsuyaさんの主張は「農業政策」に限定されているではないですか。だから僕は貿易体制などを例に挙げ、こういったことを総括的に考えなければならないのではないか、と主張してきたのです。が、tsuyaさんの答えは
>>~気兼ねすべきことではありません。
>>~問題点を改善しなくていいなんて書いてもいません。
これしかないです。総括的に考えることの是か非か、以前に、何も答えていないに等しいと思ったので2,3度くどく主張したのです。
>「まず自由化」といきなり言えるほど、自由化が簡単に達成できるわけでもありません。
今議論していることは「達成するかどうか」ではなく、「自由化するかどうか」ではなかったのですか?今どのようにするべきか、という行動指針を考える議論で、自由化が難しいから議論をしていた、と思っていました。そんなことをいっていたら10年たっても議論は進まないと思いますが。
>私はこれまでも問題点を指摘してそれなりの改善案も示し、反論にも答えてきたつもりですが、それでも問題を改善しろと言ったことになりませんか? 私の方こそ、現状維持で現存する問題をどうするつもりなのか聞かせてもらいたいのですが。
その点ですが、その改善案は「農業改革をすべきだ」という点で、僕の主張と同じでは、というように議論が進んだと認識していました。それで、僕の質問には答えてもらえていないみたいですね。農業改革が先か、自由化が先か、という話だと思っていましたが、違うのですか?僕が「農業改革をすべきだ」、といったらtsuyaさんは「そうだ」というような発言をしました。僕はtsuyaさんの意見との相違は農業改革の時期だろうと思って、はっきりさせるため質問したのですが。「問題の解決方法」は「農業改革」で、ではなかったのですか?
>~(中略)それはまさか「ひたすら供給すれば需要はついてくる」という意味ですか? 少なくともその反証として、「需要がついてこなかったら供給側に打つ手なし」という理屈~(中略)
商品が全部売れる、ということでいいと理解しています。「一商品ではそうとは言い切れないが、商品全体で見るとそうだ」というようなことだったと思います。経済学も数学的に構成されているので、「商品が全部売れる」ということが真であれば「市場を自由にしていけばうまくいく」という論理が数学的に成り立つようです。だから「商品が全部売れない」という理屈を主張したわけです。余談ですが、供給が需要を生む、という古典派に対して、需要が供給を生む、というような観点に立ったケインズ学派 という学派があります。現在の経済学の主な学派は新古典派と、このケインズ学派のようです。今は新古典派が優勢のようです。
>この議論において結論が大きく二分されるほどの、農業と半導体事業との決定的な相違は何ですか?
これはすでに述べたと思います・・・。半導体産業は例で、農業全体が他の産業より
>>つまり現在の農業には国際市場で争うだけの競争力も、人も、国としての取り組みも、社会的理解も無い、と思うのです。
なぜそう思うかはすでに書いています。
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
あまりに話が通じないので、できればこれで開放してほしい…
「マクロな変化に対する視点」なんて要求はこれまで聞いた覚えがない。それで農業政策を軸に話をしたら「答えてないに等しい」なんて言われても困ります。それにこの話はもともとWTOなどの体制の話から派生したもので、あるべき貿易体制の考え方を踏まえたものだし、価格メカニズムが働かず資源配分がゆがみ生産性も低く、虚しい減反政策によって疲弊した日本の農業の現状をくどくどと述べてきたつもりです。科学技術については、食糧危機に関するちょっとした話くらいは書いたつもりですが、触れるべき話題は単位収穫高の増加ですか? 生産流通コストの低減? どうせヘタに予測しても当たりゃしないだろうから保留しておきます。加えて、私が「農業政策」といったらそれは周辺の状況を考えることを含んでいないのですか? ACさんたち(各ACさんがそれぞれ誰なのかは分からない)の文章のほうこそ抽象的な単語が多いし、それが何を尋ねているのかピンポイントで予測できないしで、とても疲れてるところへ、こういく言葉で愚弄されるのはきわめて心外です。
まず改革を行って自由化が行える体制をつくり、徐々に自由化を進め、その自由化の過程でも、またその後も改革を継続すべきです。私の舌が足らなかったのかも知れませんが、「自由化」が「改革」を含まないもの、先か後かで区別されるものと解釈されるとは夢にも思っていなかったんで。だから「農業改革の時期」なんていう考え方をピンポイントで予測できなかったのです。
「農業改革というのが何を指すのか答えていない」という反駁が予想されるので、考えつく範囲で書いておきますが、コメ以外に自給力を増強すべき作物の増産目標設定、そのための他作農業間の人材・技術交流の促進、各地の他産業との人材交流の促進、などでしょうか。これについてはACさんも具体的な話はされていなかったと思いますが、何かありますか? なかったら別に答えてくださらなくてよいです。
それは、どんなに価値の低いものが供給されても需要によって吸収される、在庫は必ず解消される、という意味ですか?…理解不能。近代経済学は私にはハードルが高いようで。なお念のため付け加えますが、私は「市場の失敗は起こりえない」などとはまったく考えていませんよ。
その状況は改革によって変えられる、と考えています。ということでよいですか?
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
>「マクロな変化に対する視点」なんて要求はこれまで聞いた覚えがない。
これが僕が主張している意見です。それがおかしいと思えば「なぜおかしいか」という理由をもって反論すれば良いでしょう。反論は「これまで聞いた覚えが無い」だけですか?
>それで農業政策を軸に話をしたら「答えてないに等しい」なんて言われても困ります。
なぜ「答えていないに等しい」か、僕は理由を説明したはずです。一言そっけなく「~しなくていいなんていってません」と論ずるだけです。さらにそれが2、3回続けば・・・人を愚弄するのもやめてください。少なくとも僕が例として取り上げたことにでさえ、こういったリスクに大して興味を示さないことが「見方が狭い」と批判しているのです。
>それにこの話はもともとWTOなどの~(中略)~日本の農業の現状をくどくどと述べてきたつもりです~(中略)~科学技術については、食糧危機に関するちょっとした話くらいは書いたつもりですが~(略)
>、「自由化」が「改革」を含まないもの、先か後かで区別されるものと解釈されるとは夢にも思っていなかったんで。
まず、今までの議論を整理すると、tsuyaさんは別のACさんの投稿のレスで自給をすることを認めていますね。そこから発展して僕は「自給をするためには当然農業が必要。だが、自由化は農業を駆逐する恐れがある」と言う論を展開しています。それと同時に、「自由化がもたらすリスク」について論じているんです。こういったリスクもあるのでは、と。
それで自由化についてですが、僕は外交圧力で自由化は避けられないだろう、とも思っています。それで、農業が自由化に耐えうるため、農業改革を、と。だから、「今はできない」ともすでに書いています。
まずいっておきますが、「日本の農業の現状」に関しては僕のほうがはるかにくどく述べています。「視点」の話は上記の理由に関してです。「触れるべき話題」ではなく、「議論すべき話題」がかみ合っていないです。また、「農業政策」について、僕は初出の意見でわざわざ「自由化」と「農業改革」を対比して書いています。それに僕の意見が自由化を快く思っていないことは明白に伝わっているはずです。それなのに「農業改革」に「自由化」が含むわけがないではありませんか。「抽象的」うんぬんという話もありますが、よくわからなかったら質問をすれば良いです。僕は何度か質問をしています。わからないことを解らないままにしているのはtsuyaさん自体の責任です。
論が読み込めない、ということですが、それはtsuyaさん自体の論も十分読み込めません。同じ論を繰り返し主張させたり、特にはっきりとした論を出すわけでもなく主張したりと・・・。「自由化」の根拠の薄弱さについて、後述するつもりなのでそこも参考にしてください。
>まず改革を行って自由化が行える体制をつくり~(中略)~先か後かで区別されるものと解釈されるとは夢にも思っていなかったんで~(略)
ここでも指摘しておきますが、僕がここで言いたかったのは
>~(略)問題だと考える課題を完全かつ網羅的に予測してFAQを作成するのも不可能だし、そんな長い文章はこの場にふさわしくもありません。「まず自由化」といきなり言えるほど、自由化が簡単に達成できるわけでもありません。~(略)
にみられる、論理の飛躍です。この文章の前後に「自由化」についての主張の根拠がありますか?また、このように急に「自由化」ということがでてくるのも文章として変ではないですか?このような飛躍が一度や二度ではないから、ここで指摘させてもらっただけです。
さて、自由化と農業改革に関してですが、僕の主張とまったく同じと解釈して良いですね?前レスの答えみたいですが、イエス、ノーで答えてもらってないですね。二者択一なのに・・・。意見がまとまれば無益な議論はしなくていいと思っていたのですが。
農業改革と自由化の時期というくだり、前述の通りです。初出の「農業改革と自由化」以前にも時間を想定している論出はしています。・・・先か後かで解釈されていないとは、夢にも思いませんでした。
農業改革の具体的な内容についてですが、不思議なのが自由化を主張しているtsuyaさんがまったく規制撤廃を主張していないですね。不当な法律の改正(減反政策はようやくのようです)、最先端技術の導入(それこそ今話題の「産学連携」がいいと思います。)、農業のマイナスイメージを払拭するための政府のプロパガンダ、荒廃した土地、また道路などで埋め立てられた、
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
結論は、両者の前提条件が著しく異なっていた、ということですね。
私は、自由化は市場メカニズムの導入を意味し、それがコメ偏重などの資源配分のゆがみを是正するからよい、と考えていました。ですから、市場メカニズムの導入を繰り返し述べることで、自由化の意義を繰り返し主張したつもりでいました。また、自由化という言葉がそのまま規制の撤廃を意味するということも自明であるかのように考えていた。ところが、これがまったく伝わってなかった。
逆に私は、あなたが自由化を否定する真の理由がどこに述べられているのか、前の文章を読んでも正直わからない。私は「資源配分」という言葉を自由化の根拠にしたつもりになっている一方、「新古典派」の理論の意味がわからず、難解な暗喩のようにしか見えない。互いに自分の主張が具体的で、相手の主張が抽象的だと思っていたわけです。前の文章でも、「文句は経済学者に言ってくれ」となっていますが、これが「わからないことを質問しないのが悪い」という人による、「新古典派の言う意味がわからない」という質問に対する答えだとは、正直信じられないです。
「改革の必要性」は互いに認識しているようですが、その意味するところはたぶん一致していないでしょう。改革の目指す目標が違いますから。あなたの主張する(自由化はすべきでないが外圧によって強いられることに備えた?)「改革」が何なのかも私には読み取れません。どこかに書いてくださったのかも知れませんが、上記のような理由でわからないのです。
ただでさえこれほどの困難を抱えているところへ、これほどの長文になってしまうと、もうすべての論点についてリプライすることは不可能です。私にはそんなゆとりがないし、互いの意見が一致するまで議論しなければならないとも思っていませんので、このあたりで退散します。さらに言うと、片方の論が一方的にイエスかノーかの回答を要求し、それに答えさえすればよいなどという、完全に一方のペースで進められる言い合いは議論ではないと思います。この点だけは、私はあなたと私との関係を相対化できません。
ACうんぬんについては、私はただ分からないことを分からないと書いただけです。
Re:どこの国にもある保護主義 (スコア:1)
その意見に関しては同意します。
>私は、自由化は市場メカニズム~(中略)~規制の撤廃を意味するということも自明であるかのように考えていた。ところが、これがまったく伝わってなかった。
だから、その「まず自由化」はまずいのではないか、と僕は散々論を展開したはずですが。だから、現況から見て自由化は避けられそうも無い、ならば「自由化」の前に、市場に耐えうる農業を構築するべきだろう、と述べてきたのです。それから議論が停滞してしまいました。僕は議論が元の方向に行くよう、修正しようとがんばっていたつもりです。しかし、「僕の意見と同じですか?」という質問に対して2、3回曲折した挙句、今回の答えは
>片方の論が一方的にイエスかノーかの回答を要求し、それに答えさえすればよいなどという、完全に一方のペースで進められる言い合いは議論ではないと思います。
・・・それなら「どちらでもない」ということを根拠を示して声を大に主張すれば良いのではないですか?第一、tsuyaさんは
>>まず改革を行って自由化が行える体制をつくり、徐々に自由化を進め、その自由化の過程でも、またその後も改革を継続すべきです。
この論を見る限り、「まず自由化」ではなく「まず改革」と論じています。これは僕の意見とほぼ同じではないですか。
まさかとは思いますが、「自由化」かが「農業改革」を含む、と考えてはいませんよね?「自由化」は「規制撤廃」を含みますが、「農業改革」の意味まで含むのは一般的では無いです。そこまで言葉に言葉の意味を取るなら、主張の中で「自由化」の含む範囲を明確にすべきです。このような抽象的な言葉の使い方をしているとは思いたくありませんが。
>私は「資源配分」という言葉を自由化の根拠にしたつもりになっている一方~(中略)~、「文句は経済学者に言ってくれ」となっていますが、これが「わからないことを質問しないのが悪い」という人による、「新古典派の言う意味がわからない」という質問に対する答えだとは、正直信じられないです。
「自由化」の根拠に関しての「資源配分」については僕がいろいろ例を挙げて批判しています。それについての答えはまったくなしに「根拠」としていることが信じられません。第一、tsuyaさんが描く資源配分がうまくいくという構想が本当にそうなのか、そういう論拠はまったくないでしょう。そんな不明瞭な論を根拠にしないでください。はっきり正当といえない根拠は信仰と同義です。
新古典派論に対してまずいっておきますが、僕がなぜ僕の意見と正反対に当たるような新古典派を擁護しなくてはならないのですか?前レスにも書きましたが、僕は「情報を提供しているだけ」です。経済学では現実との整合性を論ずるようですが、そのことに関して論じることができるのは経済学者だけでしょう。僕が答える義務も無いです。なぜなら、新古典派の論は新古典派の主張であって、僕の主張ではないからです。・・・少なくともこのような前提ぐらい認識してください。
>改革の必要性」は互いに認識しているようですが、その意味するところはたぶん一致していないでしょう。改革の目指す目標が違いますから。あなたの主張する(自由化はすべきでないが外圧によって強いられることに備えた?)「改革」が何なのかも私には読み取れません。どこかに書いてくださったのかも知れませんが、上記のような理由でわからないのです。
いままで主張してきたことをまた繰り返し述べさせるつもりですか?ばかばかしいので答える気もありません。同様に自由化について一言。「自由化すべきでないとはいっていません」
>ただでさえこれほどの困難を抱えているところへ、これほどの長文になってしまうと、もうすべての論点についてリプライすることは不可能です。私にはそんなゆとりがないし、互いの意見が一致するまで議論しなければならないとも思っていませんので、このあたりで退散します。さらに言うと、片方の論が一方的にイエスかノーかの回答を要求し、それに答えさえすればよいなどという、完全に一方のペースで進められる言い合いは議論ではないと思います。この点だけは、私はあなたと私との関係を相対化できません。
別に議論が一致するまで議論しようとは思っていません。ただ、一致するところがあるのならそこを明確にし、不必要な議論が避けられると思っています。それについて意見の一致ではないと思うのなら、より具体的な論で違いを明確にするべきです。tsuyaさんはこの点で議論の本質にはまったく触れず、どうとでも取れる舌先三寸で議論を混乱させているだけではないですか。意味がよくつかめない言葉も多いですね。この文の最後のくだりの「あなたと私