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「私達は、DSを、もはや単なるゲーム機ではなく、『所有者の生活を豊かにするマシン』としての提案を展開していく段階に入ったと考えて」
とすると、こっちはコアとなるべき普通のゲームが出てないからでしょうかね。そもそもあれだけ高い機械なのにあちこち不足があるという時点で駄目じゃないでしょうか。高くて高性能なのは当たり前だと普通は考えますからね。
PS3は普通のゲームも出てないだと個人的には思います。ゲーム+本体に5-6万円払って良いと思う、なにかが必要だったのではないかなと。
もちろんゲームだけ揃えておけば、本体が5-6万円でも売れたという可能性もあるかもしれません。
IFを考えてもしょうがないですが、PS3が純粋に高性能ゲーム機として発表されていたら 「おい、BD見れるぞ」「アプコンも凄いんだって?」「Playstation Homeが(ry」なんて 加点法で評価されてたのかもなぁと、思わないでもないわけですよ
DS、Wiiは25000円っていう、ゲーム機としての価格で売れるローコストで作ってあって、既存のユーザが馴染みやすい緩やかな移行というのが可能だったわけですけど、PS3は少なくとも初期は39800円とかで売れない作りかたをしてしまったので、無理だったんじゃないかなと思います(SCEIは今後も如何に本体価格を下げないかが勝負どころでしょうし)。
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身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人
皮肉というかなんと言うか (スコア:5, 興味深い)
(Wii含めて)ゲーム機を作ってたはずの任天堂は、ゲーム機以上の物として扱うようになったのに
ゲーム機じゃないものを作ってたはずのSonyは、結局ゲーム機扱いするようになった。
両者とも最終的な目標が同じだったとしたら、そのアプローチの違いが影響したのかなぁ?
値段や性能なんて、実は大して影響してないのかもしれない。
# 信者とかアンチとかそういうのは置いといてね
Re:皮肉というかなんと言うか (スコア:1, すばらしい洞察)
Re:皮肉というかなんと言うか (スコア:3, すばらしい洞察)
いや、それをアプローチって言葉で表現したのですが
売ろうと思ったらゲーマーだけを相手にしてると頭打ちなのは自明なわけで
任天堂は「ゲーム機ですよ」とか良いながら、脳トレやら料理やら
ゲームなんだかエンターテイメントなんだか実用なんだか良く分からんって物をジワジワと出して来たわけですよ
あちこちで「単なるゲーム機じゃない」というユーザの言葉を聞きますが
1の実力(性能)をみんな2とか3だと思ってくれた。
ゲーム以外の部分が純粋にプラス効果に働いてたわけです。
一方のSONYは、初めからゲーム機以上の事を考えていたけれども
「アレが無い、コレが足りない」と減点法で
5の実力を、みんな4か3にしか思ってくれない。
IFを考えてもしょうがないですが、PS3が純粋に高性能ゲーム機として発表されていたら
「おい、BD見れるぞ」「アプコンも凄いんだって?」「Playstation Homeが(ry」なんて
加点法で評価されてたのかもなぁと、思わないでもないわけですよ
DS(Wii)もPS3も、ゲーム以外の部分はまだまだ不十分だと思っています。
ただ、その不十分な部分が「どんどん追加されていく」と感じられるか「現時点では足りない」と思ってしまうか
そこはアプローチの違いが出ちゃったんじゃないですかねぇ
Re:皮肉というかなんと言うか (スコア:4, すばらしい洞察)
性能性能と人(マニア?)は言うけど、任天堂のほうが「性能」で圧倒的に勝ってる面がありますよね。
DSのペン。
Wiiのリモコン。
入力形態の「自由さ」です。
あるいは「人に馴染む」ともいいます。
あれがもし無ければ、DSもWiiも誰も見向きもしなかったでしょうね。ユーザも、そしてソフトメーカも。
SONYは、というかそれまでの大抵のゲーム機がそうなんですが、
彼らが性能性能といって向上させ続けてきた部分は、
実は「出力」の部分ばかりです。
つまり画質が挙がるとか描画速度とかそういうところ。
いっぽうで入力はスイッチとせいぜいレバーばかりの時代が延々と何十年も続いた。
それこそ今のハードの素の性能でいえば、伝統的入力手段は「弱すぎる」ものだと言えるでしょう。つまり、どれだけ華麗な3D画面が出せるといっても、その3Dモデルを「いじる」手段が貧弱すぎた。
入力こそがボトルネックになってると言ってもいいでしょう。しかも(SONY等にとって)不味いことに、出力がカイゼンされればされるほど、その入力と出力の「格差」は広がってしまい目立つようになる。
そのボトルネックを解消する試み(あくまで実装の一形態に過ぎないでしょう)として、ペンや傾きセンサを導入した。
ペンや傾きによって「触れる」ということはそれくらい偉大なことだ、ということなのでしょう。DS/Wiiが出た当時、たしかソフト各社は怒涛のように対応ソフトを出したりCMを出したりしましたが、それだけ「そういう入力があって始めてやれるソフト」のネタが各社で「死蔵」されてたという想像は好意的すぎるでしょうか?(裏でも色々あったんだろうとは思いますが、それはまあ…)
きっと今(あるいは数年前)くらいの時点が、ペンにソフトがキビキビ反応してくれるくらいの処理能力を携帯ゲーム機に持たせれる時点、だったのでしょうね。Wiiリモコンも同様に。これが処理能力のほうが不足だったら「もたもた」したUIになってしまって不評の嵐だったでしょうから、そのタイミングの見切りは少なくとも任天堂はキチンとやってのけたってことです。
ペンも傾きセンサも、古い計算機/ゲーム機にもつけることは可能だったでしょう。ただし当時の性能だと使い物にならなかったかも。
でも、それは「計算機に相性の悪い入力」だったのか、それとも「処理能力さえ追いつけば十分いける」のか、その見切りが重要だということです。
さて。任天堂もそうですし、AppleやMSも最近マルチタッチとかに動いてます。(SONYだってそういう研究開発はしてます)。 そうすると今度は程なく、入力のほうが過剰になる時代が来るんじゃないか?と思います。そうすると今度こそ処理能力がもっと必要な時代が来るわけで、そうすればCELLだのなんだのも沢山活かせるんじゃないでしょうかね?…え?CELLは身売り…ええとええと…
Re:皮肉というかなんと言うか (スコア:2, すばらしい洞察)
コアとなるべき普通のゲームがきちんと出てるからでしょうね。また、一見変なものがちゃんと売れてるところを見ると、潜在ニーズを拾うのが上手いのかなぁ、とも思います。ゲーム云々を抜きにしても商売が上手いんでしょう。
>5の実力を、みんな4か3にしか思ってくれない。
とすると、こっちはコアとなるべき普通のゲームが出てないからでしょうかね。そもそもあれだけ高い機械なのにあちこち不足があるという時点で駄目じゃないでしょうか。高くて高性能なのは当たり前だと普通は考えますからね。
足らないもの (スコア:1)
PS3は普通のゲームも出てないだと個人的には思います。ゲーム+本体に5-6万円払って良いと思う、なにかが必要だったのではないかなと。
もちろんゲームだけ揃えておけば、本体が5-6万円でも売れたという可能性もあるかもしれません。
いつも主観で書き込んでいます
ソフトな移行 (スコア:1)
DS、Wiiは25000円っていう、ゲーム機としての価格で売れるローコストで作ってあって、既存のユーザが馴染みやすい緩やかな移行というのが可能だったわけですけど、PS3は少なくとも初期は39800円とかで売れない作りかたをしてしまったので、無理だったんじゃないかなと思います(SCEIは今後も如何に本体価格を下げないかが勝負どころでしょうし)。
いつも主観で書き込んでいます
Re:皮肉というかなんと言うか (スコア:0)
>「アレが無い、コレが足りない」と減点法で
>5の実力を、みんな4か3にしか思ってくれない。
はったりだけで大勢が変わるというのは言いすぎな気がします。
DSとPS3の結果はソフトウェアのラインナップを反映した結果でしょう。
コンピューター、ソフトなければただの箱。ソフトウェアの開発が困難で、
HD TVが全世帯にあるわけでもなく、BDのソフトも多くない現在は、
実際にPS3の力は3なんですよね。
Re:皮肉というかなんと言うか (スコア:0)
基本軸は大事