アカウント名:
パスワード:
フロンガスがオゾンを破壊する現象は、簡単に証明できるけど、二酸化炭素が地球全体の平均気温を上げる現象の証明は、そうはいかない。
一方で「(今の気温-氷河期の気温) >> (今の気温-産業革命前の気温)」は疑う人がいないので自然変動説は直感的には説得力があるわけで。
結局のところ懐疑論批判といっても「以上の事柄を総合的に勘案すると地球温暖化は事実であることは疑いようが無い」みたいな、むしろ頭の悪そうな言い方しかできんわけで、温暖化が事実であっても懐疑論を封殺するのは不可能なんじゃないかな。
それよりも、懐疑論と付き合いながら対策を講じる道に進むほうが正しいのでは?
「温暖化が進んでいる」というのは現在(CO2主犯説)懐疑派にも受け入れられています。
太陽の黒点が減少している事による寒冷化を唱える人もいるにはいます。
「CO2が手段であることは証明できてはいないが、理論的には正しそう」なら、一応対策しておく必要があるんじゃないんですか?
対策による効果の程が問題だと思います。劇的な効果はまずないでしょう。誤差の範囲程度にしか効果がなかったらやるだけ無駄です。
> 太陽の黒点が減少している事による寒冷化を唱える人もいるにはいます。
これはまさにタームの問題ですね。寒冷化説を唱えている人は中長期的な寒冷化を問題にしているので、短期的な温暖化には楽観的なのです。
> 対策による効果の程が問題
その対策と効果をめぐる問題がもはや科学の問題でなく、(科学者の立場含む)政治権力そして巨大なビジネス利権となっていることが今日の懐疑派・対策派双方の原動力となっています。
京都イニシアチブにしても、「エコ」運動にしても、その背後には政治的な力と莫大な金が動きます。したがって、そこには自然科学者の主張の真偽ではなく、別の力が働いてしまうのです。
今回サスタナティブ学が立ち上がったのも、助成金を含めた政治的な動きがあったわけで、対策派がこういう本を書けば書くほど、科学に疎い人や外野の一般人から懐疑派と同じ穴のムジナと思われてしまうのです。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike
批判よりも共存はいかが? (スコア:0)
フロンガスがオゾンを破壊する現象は、簡単に証明できるけど、
二酸化炭素が地球全体の平均気温を上げる現象の証明は、そうはいかない。
一方で「(今の気温-氷河期の気温) >> (今の気温-産業革命前の気温)」は
疑う人がいないので自然変動説は直感的には説得力があるわけで。
結局のところ懐疑論批判といっても「以上の事柄を総合的に勘案すると
地球温暖化は事実であることは疑いようが無い」みたいな、むしろ頭の悪そうな
言い方しかできんわけで、温暖化が事実であっても懐疑論を封殺するのは
不可能なんじゃないかな。
それよりも、懐疑論と付き合いながら対策を講じる道に進むほうが正しいのでは?
Re: (スコア:1, 興味深い)
科学的に100%厳密な話をするなら、あなたの主張には意味があります。ただし、「CO2が主犯」というのには懐疑説がありますが、「温暖化が進んでいる」というのは現在(CO2主犯説)懐疑派にも受け入れられています。
で、ですよ。問題はここからです。
「CO2主犯説を懐疑している」ことに何の意味があるのですか?温暖化が進むことは大きな問題であり、それに対処する必要があることは変わっていないんですよ。
「CO2が手段であることは証明できてはいないが、理論的には正しそう」なら、一応対策しておく必要があるんじゃないんですか?
Re: (スコア:0)
太陽の黒点が減少している事による寒冷化を唱える人もいるにはいます。
対策による効果の程が問題だと思います。劇的な効果はまずないでしょう。誤差の範囲程度にしか効果がなかったらやるだけ無駄です。
Re:批判よりも共存はいかが? (スコア:0)
> 太陽の黒点が減少している事による寒冷化を唱える人もいるにはいます。
これはまさにタームの問題ですね。
寒冷化説を唱えている人は中長期的な寒冷化を問題にしているので、短期的な温暖化には楽観的なのです。
> 対策による効果の程が問題
その対策と効果をめぐる問題がもはや科学の問題でなく、
(科学者の立場含む)政治権力そして巨大なビジネス利権となっていることが
今日の懐疑派・対策派双方の原動力となっています。
京都イニシアチブにしても、「エコ」運動にしても、その背後には政治的な力と莫大な金が動きます。
したがって、そこには自然科学者の主張の真偽ではなく、別の力が働いてしまうのです。
今回サスタナティブ学が立ち上がったのも、助成金を含めた政治的な動きがあったわけで、
対策派がこういう本を書けば書くほど、科学に疎い人や外野の一般人から懐疑派と同じ穴のムジナと思われてしまうのです。