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Togetterまとめで岩崎啓眞氏(snapwith)が語ってくださることには大いに同意もするのですけど……。そもそも「映画のように感動できる自由度の高いゲーム」の「映画のように」という部分に引っかかってしまいます。映画の感動って、ストーリーに対するものですかね?
私が『パシフィック・リム』で感動したのはストーリーでも登場人物のやりとりでもなく、「怪獣と巨大ロボがガチンコバトルする映像」という一点でした(^^;)『ジュラシック・パーク』で感極まって泣いたのは、最初のブラキオサウルス登場シーンですね。自分が映画に期待するのは、主に大スクリーンによる有無を言わせぬ没入感であって、物語性ではないです。感動するストーリーが得たいのであれば小説を読みます。
岩崎氏が「小説が正解」とおっしゃってしまっているのは、実は映画に対しても結構当てはまるんではないかと。「受け手に物語を体験させる」という点で小説にかなわないのであれば、正面から戦いを挑まず、そのメディアの特性に「逃げる」のは別段悪くもないと思うのですが……。(あと、メディアミックスとか(笑))
# 消費者の立場から言えば、ストーリーに没入できなかったゲームはさっさと忘れて別の合うものを探します。『天外II』は自分には合わなかったし(^^;)
コアなゲーマーになるほどゲームにストーリー性は必要ないと言い出すんですが、ライト層にはストーリー性がないと物足りないと言われるんですよ。んでストーリー性を高めるとプレイ自由度やプレイヤーの意思決定権がゲーム側に移ってしまう、という作り手側のエゴ。そりゃー答えなんざでませんがな。
家庭用ゲームとかPCゲームに限って言ってしまえばそうだけど、「コアなゲーマー」の中にはTRPGとか、最近だとPBWとかに突っ込んでいく人も結構居るから……。そういう人はストーリー性もかなり求めてるんじゃないかな。もちろんストーリーなんか大してなくて、その場のセッションのノリだけで進めるタイプのTRPGもあるけど。
#あと「フロム脳」みたいに、多くを語られてないストーリーを頑張って補完し出す変態な人達も居るから、必ずしも「コアなゲーマーになるほど」ってわけじゃないと思う。コアなゲーマーにストーリー不要説唱える奴が多いことは理解してるけどね。
コアゲーマーの言う「ストーリー不要」は正確には「ゲームプレイの邪魔になるストーリーは不要」なのではないでしょうかね。例えば国産横シューではゲーム中で説明などは殊更ないものの色々とほのめかしや裏設定があったりしますがそういう控えめなストーリー要素があることに文句を言っているシューターがいると言う話はあまり聞きません。
「ストーリー仕立て」はスキップできないムービー [youtube.com]と等価なんです。そんなもんどうでもいいからゲームに集中させてくださいよ。
// 初代グラディウスのストーリーは「母星グラディウスを救え! 目標はバクテリアンの敵要塞ゼロス!」だけでした。
そんなもんどうでもいいからゲームに集中させてくださいよ。
内容や状況によるけど、適度なムービーはあっても集中力は削がれないなぁ。むしろ上手なゲームはテンション上がる形で入れてくるし。グラディウスVのムービー程度で文句言うならマジで(容量の関係でムービーなんて困難だった頃の)レトロゲーだけやってろって思う。
#A.C.E:Rとかは死んでいいと思う
ストーリー性が薄いのが良い意味で(ゲーム的にも邪魔でなく解釈が広がるので)評価されていたアクションRPGが、新規層拡大のためにストーリー重視になってフルボイス付きの一本道ストーリーになり、2週目以降はスキップボタン連打するようなゲームになっちゃったんだけど、売り上げは上がって二次創作も増えたんだよなぁ。そういうのを見ているとゲームデザイナー側のストーリー自由度への拘りって必要あるのか?とすら思う。
映画の場合、その場面(シーン)のビジュアルに感銘を受けることもあれば、クライマックスに向かうに従って、キャラクターや物語への感情移入が進んだ上で紡ぎだされる台詞だったり、シーンに感動させられることもあります。
ゲームにしても、映画にしても、小悦にしても、いかに受け手を没入させられるか、感動の鍵は、それに懸っているように思います。
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UNIXはただ死んだだけでなく、本当にひどい臭いを放ち始めている -- あるソフトウェアエンジニア
ゲームに求める感動とは何ぞや? (スコア:3, すばらしい洞察)
Togetterまとめで岩崎啓眞氏(snapwith)が語ってくださることには大いに同意もするのですけど……。
そもそも「映画のように感動できる自由度の高いゲーム」の「映画のように」という部分に引っかかってしまいます。
映画の感動って、ストーリーに対するものですかね?
私が『パシフィック・リム』で感動したのはストーリーでも登場人物のやりとりでもなく、「怪獣と巨大ロボがガチンコバトルする映像」という一点でした(^^;)
『ジュラシック・パーク』で感極まって泣いたのは、最初のブラキオサウルス登場シーンですね。
自分が映画に期待するのは、主に大スクリーンによる有無を言わせぬ没入感であって、物語性ではないです。感動するストーリーが得たいのであれば小説を読みます。
岩崎氏が「小説が正解」とおっしゃってしまっているのは、実は映画に対しても結構当てはまるんではないかと。
「受け手に物語を体験させる」という点で小説にかなわないのであれば、正面から戦いを挑まず、そのメディアの特性に「逃げる」のは別段悪くもないと思うのですが……。
(あと、メディアミックスとか(笑))
# 消費者の立場から言えば、ストーリーに没入できなかったゲームはさっさと忘れて別の合うものを探します。『天外II』は自分には合わなかったし(^^;)
Re: (スコア:0)
コアなゲーマーになるほどゲームにストーリー性は必要ないと言い出すんですが、ライト層にはストーリー性がないと物足りないと言われるんですよ。
んでストーリー性を高めるとプレイ自由度やプレイヤーの意思決定権がゲーム側に移ってしまう、という作り手側のエゴ。
そりゃー答えなんざでませんがな。
Re: (スコア:0)
家庭用ゲームとかPCゲームに限って言ってしまえばそうだけど、「コアなゲーマー」の中にはTRPGとか、最近だとPBWとかに突っ込んでいく人も結構居るから……。
そういう人はストーリー性もかなり求めてるんじゃないかな。もちろんストーリーなんか大してなくて、その場のセッションのノリだけで進めるタイプのTRPGもあるけど。
#あと「フロム脳」みたいに、多くを語られてないストーリーを頑張って補完し出す
変態な人達も居るから、必ずしも「コアなゲーマーになるほど」ってわけじゃないと思う。コアなゲーマーにストーリー不要説唱える奴が多いことは理解してるけどね。Re: (スコア:0)
コアゲーマーの言う「ストーリー不要」は正確には「ゲームプレイの邪魔になるストーリーは不要」なのではないでしょうかね。例えば国産横シューではゲーム中で説明などは殊更ないものの色々とほのめかしや裏設定があったりしますがそういう控えめなストーリー要素があることに文句を言っているシューターがいると言う話はあまり聞きません。
Re: (スコア:0)
「ストーリー仕立て」はスキップできないムービー [youtube.com]と等価なんです。
そんなもんどうでもいいからゲームに集中させてくださいよ。
// 初代グラディウスのストーリーは「母星グラディウスを救え! 目標はバクテリアンの敵要塞ゼロス!」だけでした。
Re: (スコア:0)
内容や状況によるけど、適度なムービーはあっても集中力は削がれないなぁ。むしろ上手なゲームはテンション上がる形で入れてくるし。
グラディウスVのムービー程度で文句言うならマジで(容量の関係でムービーなんて困難だった頃の)レトロゲーだけやってろって思う。
#A.C.E:Rとかは死んでいいと思う
Re: (スコア:0)
ストーリー性が薄いのが良い意味で(ゲーム的にも邪魔でなく解釈が広がるので)評価されていたアクションRPGが、新規層拡大のためにストーリー重視になってフルボイス付きの一本道ストーリーになり、2週目以降はスキップボタン連打するようなゲームになっちゃったんだけど、売り上げは上がって二次創作も増えたんだよなぁ。
そういうのを見ているとゲームデザイナー側のストーリー自由度への拘りって必要あるのか?とすら思う。
Re: (スコア:0)
映画の場合、その場面(シーン)のビジュアルに感銘を受けることもあれば、
クライマックスに向かうに従って、キャラクターや物語への感情移入が進んだ上で
紡ぎだされる台詞だったり、シーンに感動させられることもあります。
ゲームにしても、映画にしても、小悦にしても、いかに受け手を没入させられるか、
感動の鍵は、それに懸っているように思います。