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ただ、この連載が成功裏に終わって、ネットワークにおける共通合意や文化に基礎をおいた「法」らしきものが見えてきたとしても、それが拘束力を持つ法になることについては、残念ながら諦めてもらっていたほうがいい。ここでやろうとしていることは、法律学の世界で絶対の「禁じ手」である立法論、すなわち法律を作ったり改正したりしましょうという提案どころか、さらに立法論からも相手にされないような「法ですらない慣習」に関する法的な、あくまでも「的」な考察でしかないから。
法学者が立法へ働きかけるのは禁じ手、という認識があるようなので、タレコミ文の
これ
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長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる -- Linus Torvalds
働きかける…のか? (スコア:4, 興味深い)
法学者が立法へ働きかけるのは禁じ手、という認識があるようなので、タレコミ文の
Re:働きかける…のか? (スコア:1)
インターネット世界での慣習についてはまだまだ検討されなければならない点があるということは全面的に原著者であるところの白田氏に同意します。
Re:働きかける…のか? (スコア:4, 参考になる)
今まで法律が解釈学として成立してきたからかもしれません。
解釈でできるのであれば、できる限り解釈で済ませよう、法律は変えてはいけないものなんだ、という考え方です。
立法論は最終手段として扱われていて、通常、立法論をぶちあげた時点で、「なんだ立法論か」で切られておしまいです(苦笑)
これは日本独自、でしょうね。アメリカ他では立法論も極普通に行われているようですし。
Re:働きかける…のか? (スコア:1)
レッシグ教授の『コモンズ』を読む [hotwired.co.jp]
textonly [hotwired.co.jp]
Re:働きかける…のか? (スコア:1)