まさか,《商業主義に陥った》とか揶揄されたりもする Google とかだけじゃなく,いや《国産》とかでも,《UK/USA肝煎り^h^h^入り》とかでも《ユダヤ謹製》《支那製》《特亜の陰謀》《猶太の員陰謀》とかの検索エンジン (いや,そんな《陰謀》を考えることも,それはそれでおもしろいかもしれないので,語る^h^h騙るべき場所を教えてもらえるなら,それはそれでサイワイかもしれないですが)),そんなものの《検索結果》が《世界》の全て (まぁ,或る意味,それは否定できないのですが) だとでも思っていない限り,ディスクに載っていない or 載り得ない《データがあることは,《常識》だと思うのですが,違いますかしらん?
『トロン』の世界 (坂村センセイの方ではなくて) ならともかく,既存で《紙》で在るものが全て《電子化》できるわけではありませんよね。《コンピューティング以前》の資料は山のようにあるわけですし,《以後》のものですら,スキャンして OCR or PDF (とかだったらマシな方) だの,マイクロフィッシュをディスクやテープにコピーするのは,《電子化》の本来ではありませんよね。《公式》にならない《文書》,《文書》にすらならない《約束事》(「言わなくてもわかるよね?」という確認すら要らない《圧力》もある)もありますよね。でもって,組織だの人間集団の中では言葉に表現されることすらないコミュニケーションがありますよね。
それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:3, 興味深い)
国勢調査権に基づく調査や、情報公開請求で文書が残って無いなんてあってはならないだろう。
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:5, すばらしい洞察)
文書があることすら気づかれたくない(情報公開請求されたくない)ので
せっかく電子的な公文書管理システムがあるのに
・公文書の登録しない
・システムを使わない
・旧来どおり書類は紙で保存
ツー役所がありますが
過去の文書を確認しようと思ったら結局、ファイリングの束をめくって探し出すという、非生産的なことを延々とやってます
書類の共有化、電子的な検索など微塵も頭に無し
web、サーチエンジンに慣れた身にはもうアフォかバカかと…
というより、公文書は国民の財産という、もっとも基本的な事を理解してない公務員は即刻首にして欲しい
#ヤバいんでAC
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:4, 興味深い)
裏金発覚のどさくさで、公文書の電子管理をやめるという案が出ています。
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:1)
> 文書があることすら気づかれたくない(情報公開請求されたくない)ので
「安全のため」に意図してそうしている場合もあれば,意図しないでも「伝統的に」そうなっている場合もあるでしょう。
量的に保存できないものもあるでしょう。
もちろん,それがよいことだとは思いませんが,「電子化」だけで解決するものでもないのかも,とも思います。。
> 公文書は国民の財産という、もっとも基本的な事を理解してない公務員は即刻首
そんなことが通ったら,ほとんど残らないのではないでしょうか?
# 「理解して」たりしても (お題目として「知って」いるだけかもしれませんけれども),実行に移すにはリスクが大き過ぎるでしょうし。
"Patriotism is the last refuge of a scoundrel." - Samuel Johnson
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:0)
意図的に保存してない場合はともかく、多くの諸先進国は保存してるけどね。文明国の義務だ。
既に、ホワイトハウスでは e-Mail なども自動的に保存されるようになっているし、他でもそういう方向に進んでいるのでは。
量的な問題というけど、英国やアメリカの役所は日本と比べると信じられないくらい大量の書類を保存してます。
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:1)
また,《旧来がそうであったから》という理由だけで,そこに何の観察も考察も反省もなく,これからもそうしていく,というのが望ましいとも思いません。(蒸気機関車だとか活版印刷だとか《江戸 (もちろん,他の地域・時代で置換可能) の伝統文化》だとか最近流行っているらしい昭和30年代あたりの風俗だとか,そういうものを《動態保存》しようという動機を否定する気も,まったくありません)
でも,「公文書の保存」とかいうものに象徴されることが,たかだか「公務員の責任」とかを騒いでみることで済むものでもない (「公務員」が親族や近所やその他日常の付き合いに全く存在しないというのが,狭いわたしの範囲では想像できないですけれど - あ,わたしの「家族」には公務員はいませんよ) し,ましてや,国家と国民,あるいは《ふつーに存在する社会》として,そんなに簡単なことだとも思っていないということです。
であれば,どういう「抵抗」が妥当かを考える上で,脊髄反射的な抵抗でないことが無力,というか,それ以上に,ストレス発散としてだけのマイナス要因でしかないことを,指摘してみたいと思うだけなのです。
以下,たかだか,do《お正月の親族の宴席で,遠い親戚のオジサンに無理矢理捕まって聞かせられたヨッパライ話》とでもみても結構です。というか,シラフ (ヨッパライを意識するような《業界用語》では《ソーバー》とかもいうらしいけれども結局訳語に過ぎない) の方とか,トピックから少しでもはみ出すコメントに興味ない方は読み飛ばしてくだされ。ごほごほ。
「多くの諸先進国」が欧米のような地域で主体となった国家を指すのであれば (更に言えば,それらをそうカンタンにひとまとめに考えていいのかどうかもありますが),現在まで続く彼 (か) の地の人々や国家といった《社会》は,「王権神授説」だの,ルソーやホッブズ,ロック,あるいはカントだのといった中学校で (上っ面を) 習うようなを云々するまでもなく,正教だろうとカソリックだろうとプロテスタントだろうと,そういう《枠組み》を《枠組み》の中から超えようとしたニーチェであってさえも,ましてや,《聖書》と併せてタルムードをも聖典とする人々であろうとも,それこそ《神代》から《契約》を前提とした「文明」ですね。『ヴェニスの商人』で,商人を《悪徳》とするのさえ,《契約》あってのこそです。
だから,《神》や《国家》と民衆との《契約》である法やそれに付随するもの,あるいは人 (個人であったり法人であったり) の間での《契約》には,強迫的ともいえる《動機》があります。口頭であろうと《契約》した以上は,それは《人間としての責務》になるのですから,書面を伴うなら尚更です。話は少し逸れますが,《解放の神学》だってイエスや《その父》と《信者》との《契約》がなければ成り立たないでしょうし,イスラームだって《契約》の文明でしょう (中東のアラブ諸国だの,イランだの,あるいはインドネシアだの,ムスリムたちの規範に《契約》がないとかいうなら侮辱以上のことでしょう) し,《南無》なんとかのとか呪文で何でも救われるとかいう仏教の《新派》(ヒンドゥーだって,《教祖サマ》だのを《信じる》ならばとか言ってる《教会》だの《学会》だのの《宗教》だって,あぁ,《宗教》といえば,もっと古い,呪文を唱えればそれで済むとか言っている《教》だって,あるいは《共産主義》だって,《契約》前提でしょう。
そういう《契約》の《文明》を,宗教はおろか儒教のような《倫理》すら《規範》としなかった極東の諸島国家がそのまま移植できているか,といえば,是とする方が,《世間様の常識》には理解が疎い・狭いだろうわたしの認識でも,かなりの程度アヤシイだろうと思うのです。
文化・文明では,《進化》が《必然》ではあり得ないと考えます (1親等の親族でも,かなり親しいだろうと思う友人でも,意は異にするかもしれない)。でも,それは《進化》《進歩》,というか,《成り行き》の先。必然的に,運命的といってもいいでしょうけれども,必ず《行く末》なわけではない。文化・文明を「移植すべきだ」という話だって,少なくとも極東の諸島国では,たかだか 1世紀がところからであるわけですけれども (新渡戸の《武士道》だのその類も明治以降で《外敵》に晒されたときの《不安》からくる《幻想》に過ぎないし,「剣道」「柔道」(それも,《道》とか言い出す前は《術》) だの「相撲道」だの (《道》になったのはいつのことやら),それがどれだけの《伝統》に思い縋っているのだか。《戦後民主主義教育》の《偏向》とかいうことに《目覚めた》ような,あるいは,たかだかその《偏向》に目覚めた故にその《反動》に酔ってしまえるような,そしてどちらも,その枠組みの外 (や《下》) のことに思いが至らない人々・集団にだって,それなりの《結果》があるだけでしょう。
# 「えらそうに書いているお前はどうなんだ?」。は? たぶん,次の選挙は,自民か民主か共産か社民か社会かに投票するでしょうね。地方選でも参院選でも。
「○○道」が近代の幻想でないと認識できていない人は多いようですけれども (「居直ってしまえば,「「諸先進国」ではない」「文明国ではない」とでも言えばよいのでしょうか。もちろん,だからといって,「それでいいのだ」,とバカボンパパにもなれないのですが,「んなカンタンなもんじゃない」というのは志が低いだけからなのでしょうか (yes だったら,黙ってアタマを剃るとか仙人になるとかしかないかしらん? まだ他に遁世の道はあるかどうか)。
そんな大風呂敷を広げないで,ものすごく狭い《社会》を考えてみても,職場だの町内だのもっと大きな or 小さな社会だのの,特別根拠がありそうにも思えない《流儀》,あるいは,有言・無言の《約束事》に逆らうような言動を取ろうとする際のリスク,じゃないな,《漠然とした不安》に抵抗するのは,別に「公務員」に限ったことではないでしょう。「談合 (かもしれないこと) がある」「隣の奴が交通費をズルして申請している」「家族がネコババした」とかいうような犯罪を疑われる場合でなくても,上司や先輩や同僚が《そうやっている》ことにあえて逆らって,しかも,逆らったことへの責任を取るのが自分,あるいは (こっちの方がもっと気持ちとしても重いと思うけれど) 自分の周りの誰か,であろうと予測できるときに,それでもあえて逆らって,「べきだ」とかいう《道理》を通すことが,そんなに簡単なことだとは思えません。
とかいう,天国にも行けないヨッパライの話は参考になるでしょうか?
---
橘いずみ『The sun in the sky』を聴きながら
"Patriotism is the last refuge of a scoundrel." - Samuel Johnson
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:0, 荒らし)
投稿するようにして下さい。
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:1, 興味深い)
>末端のソフトウェアも大事だというのはわかります。でも、役人が作る文書は
>e-Mail を含めすべて公文書なんだから、まずそれらを自動的にすべて保存し、
>文書の破棄を含め適切に管理するシステムを作るのが先
という意見に対し、
>《公式》にならない《文書》,《文書》にすらならない《約束事》(「言わなく
>てもわかるよね?」という確認すら要らない《圧力》もある)もありますよね。
というのが答えの核のところでしょう。通達のようにオープンにされることを想定
している文書と、運用指針・要領やその他の事務的連絡など外に出ちゃまずい(と
我々役人が思っている)文書があるので、一律にログを残すというのは現実的では
ない、と言うことですね。もしそうなった場合、役人は普段の事務連絡を非公式な
「私」のe-mailを使って流すか、FAXで流して爾後すぐにシュレッダー、というよ
うな運用をせざるを得ないということなわけです。
別に悪いことをしてるとかそうじゃなくて。正式発表前に事前に漏れちゃまずい情報
の他、発表後に事前のやりとりが聞かれちゃまずいものってあるんですよ。自分の携
わる仕事に関して言うと、法令審査基準の設定の経緯なんて詳細に発表されると、悪
意を持って「(法令には違反してるけど)ここまではやっても指導や取り締まり受け
ないんだ~」という企業が多発するのは必至なわけでして。
#色々まずそうなのでAC。
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:0)
いまいち何が問題なのかはっきりしないのですが、つまり何が「解決しないもの」なのでしょうか?
> # 「理解して」たりしても (お題目として「知って」いるだけかもしれませんけれども),実行に移すにはリスクが大き過ぎるでしょうし。
意味深だけどわかんないよう。理解力ないのか私?
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:1)
今年の目標とかにでもしておかないといけないかもしれないです。真面目半分ですが。
> > もちろん,それがよいことだとは思いませんが,「電子化」だけで解決するものでもないのかも,とも思います。。
> いまいち何が問題なのかはっきりしないのですが、つまり何が「解決しないもの」なのでしょうか?
…ぐわはっ -o-。
「解決するもの」の例示はあんまりにもカンタンすぎると思うのですが?
「日常」でドキュメント化できるものは,役人だろうがそうでなかろうが,いっぱいあるでしょう。でも,それは何割?
で,ドキュメント化できるものなら,それを《電子化》もできるできるでしょうし,ドキュメントにならないような通信の《ログ》に過ぎないものでも《電子化》は可能でしょう。でも,それは何割?
ドキュメント化,電子化できるようなもののうち,記録されるべきもの,というと,語弊があるな,記録されないもの,あるいは記録されるべきでないもの,がある (と思われているものがある) だろうことも認めませんか?
> > # 「理解して」たりしても (お題目として「知って」いるだけかもしれませんけれども),実行に移すにはリスクが大き過ぎるでしょうし。
> 意味深だけどわかんないよう。理解力ないのか私?
# たかだかおいらの書くことに「意味深」なんか,ありませんよ (^_^; (まずは ID で書いているのだから,これまで何を愚痴っているのかは,わかることだし)。
# っていうか,おいらに説明をするパフォーマンス力が足りないだけで,行間だのを読まないといけないとすれば記述だのの伝達するときの言語の表現力に不足があるのですね。
# とか書いても,たぶん,また,/. とかには書くだろうから,反省のないやつと思って,フィルタしてくださいね。
世の中の仕組みからしても,「公文書」をそういうことはよくないなぁ,という《理解》があったとしても,あるいは,《よくないけれど
# 《原理主義》としていうなら,《公務員》だの《議員》だのもっとエライ人だの,名前を呼ぶことが今でも忌まれるようなお方でも,どんな発言も行動も,《公》によって生活している限り,その場その場での公だ私だとかの言い訳なんぞなく《記録》されるべきでしょう。
## 昨年,勲章もらったとかいう伯父は,どのくらいエライのだか (個人としては尊ぶけれど,国家の表彰はどうなんだかね…)。
たかだかエディタだのワープロだので打ったような《役所の書類》 or 連絡ならメール とかいう世界のように,《ドキュメント》でも何でも《電子化》できるとかいう世界に住んでいるのでしょうか? (喧嘩売ってるわけではありません。そういうところもあるのか? と訊いているのです)
それに,「電子化」とかで *解決できる* ものの方が,あんまりにも,わかり易過ぎる,と思うのですけれども,穿ち過ぎでしょうかしらん?
# 「住基ネット」とか,まぁ,他の話題でも,賛成だろうと反対だろうと,《わかり易過ぎる》というところへの危機感が欠けていることが多いような。
# たいがいの《社会的・集団的な不安》は《わかりやすすぎる》ような《不安》だの《問題意識》だの《危機》だの《やつらはアブナイ》だのからきているような気がしますが,それはそれ。
役所に限らずとも,というか役所がおそらく最大のシンボルではあるのですが,《電子化》できないもの,《電子化》*できない* ものの存在を経験したことはありませんか?
まさか,《商業主義に陥った》とか揶揄されたりもする Google とかだけじゃなく,いや《国産》とかでも,《UK/USA肝煎り^h^h^入り》とかでも《ユダヤ謹製》《支那製》《特亜の陰謀》《猶太の員陰謀》とかの検索エンジン (いや,そんな《陰謀》を考えることも,それはそれでおもしろいかもしれないので,語る^h^h騙るべき場所を教えてもらえるなら,それはそれでサイワイかもしれないですが)),そんなものの《検索結果》が《世界》の全て (まぁ,或る意味,それは否定できないのですが) だとでも思っていない限り,ディスクに載っていない or 載り得ない《データがあることは,《常識》だと思うのですが,違いますかしらん?
『トロン』の世界 (坂村センセイの方ではなくて) ならともかく,既存で《紙》で在るものが全て《電子化》できるわけではありませんよね。《コンピューティング以前》の資料は山のようにあるわけですし,《以後》のものですら,スキャンして OCR or PDF (とかだったらマシな方) だの,マイクロフィッシュをディスクやテープにコピーするのは,《電子化》の本来ではありませんよね。《公式》にならない《文書》,《文書》にすらならない《約束事》(「言わなくてもわかるよね?」という確認すら要らない《圧力》もある)もありますよね。でもって,組織だの人間集団の中では言葉に表現されることすらないコミュニケーションがありますよね。
《お役所仕事》に象徴される《仕事》には,そういうものがゴマンとあるわけです。文字コードだとか管理の切り分けだとか,まぁ,《セキュリティ》とか,技術上ではそんなことに過ぎない (でも,《政治的》には十二分に大事なはずなのですけれども (《主権》が《神話》だからこそ守らなければならないと思っているだろう人ってのも少ないでしょう)) ものの,《行政上》や《実務上》はそんなものどころではないような》たかだか住基ネットでもそんなものに留まっている余裕は,《今日の仕事》《明日の仕事》では考慮する優先順序から落ちて当然でしょう。
別に,工事担当 (になるかもしれない) 業者 (の一員としての立場) なのに,設計どころか,コンサルの段階に♪なぁんでか♪関わってしまっているときの《資料》とか,提案書本文は使い回しなのは常時としても (というか,ある時だけ変わっていたら,その方がコワイ),まわってきた特記仕様書の記述がなんだかどっかで見たような (あれ? 書いたような??) だとか,そんなものが《証拠》にされるようなら,メールだって使わないようになるだけでしょう。
「義務」とかの《圧力》ではなくて,記録した方がトク,公開した方がトク,という動機付けがなければ,「じゃ,文書でなくて」というやり取りが増えるだけのようにも思えます。
"Patriotism is the last refuge of a scoundrel." - Samuel Johnson
Re:それより公文書館をまともにしろよ。 (スコア:0)
公文書、相変わらず紙で回ってくるんですよね。
で、収受登録するのにスキャナで読み取ってPDF。
OCRかけとけばまだしも、データとしての価値はかなりアレ。
公文書のうち開示請求があったり使い回したりするようなものは
全体でも相当数が少ない(大部分は通知や事務連絡)ので
そんなものに前述の手間をかけていると
「また公務員が時間つぶしてるよ」
と言われてしまいそうなので受付印押して収受簿に書いてファイリング。
文書担当とかやってるとそれなりに「ほら、秋頃のアレ」とか思い出す手がかりを
もらえると意外と思い出せるモノでして。
そんなわけで