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その条件で、さらに弁当に広告を貼り付けることを考える。弁当自体は「売れ」ようが「盗まれ」ようが、広告としては成立するわけだ。すると、なんとお店に取っては「盗まれるほど黒字」という凄まじい状態が発生する。
チラシを配るって、ようするにそういう事だよね。わざわざ手間暇かけてまでティッシュを配るのも同じだ。
ゲームも一緒。海賊版を問題視している奴らは、そもそものはじめに「ゲーム」そのものが「メディア」であることを無視している。ゲームがメディアであり、そこには広告を掲載する余地がある、と考えた途端に、「海賊版、どうぞどうぞ」という状態が発生すると判るはずだ。クソゲーでなければな。
逆に言うと、海賊版を問題視している連中は、ろくなゲームを作っていない奴らだから、ゲーマーとしては無視するに限る奴らに過ぎない、と言ってよい。
なるほど。それはおもしろいです。
弁当の蓋にシール貼る程度でも低コストで多少の効果がありそうですし、高コスト覚悟でキャラ弁のようなものを作るとかなり印象に残るでしょう。ゲームだって、アイテムの名前を商品名にするだけでも広告になるのに特に積極的にやってみようって動きは出てないですね。
ただ、膨大な開発費をペイできるほどスポンサーが見つかるかというと疑問なんですけど例えば開発費も人気も膨大そうなFFの続編を、広告付きの無料配布で行ったとしたら成功するんでしょうか。
例えば開発費も人気も膨大そうなFFの続編を、広告付きの無料配布で行ったとしたら成功するんでしょうか。
FFのようなゲームになると、「ブランディング」 関連商品 という名の収入が期待できます。
たとえば「ポーション」という名のジュースはもうありますよね。あれ、明らかにライセンス料がかなりの金額支払われているはずです。
ショウワノートはドラえもんの学習ノートを出していますが、あれのようにFFの学習ノート…学習ノートは駄目か、大学ノートでどうだ…を出したら、ライセンス料はどれぐらい入るでしょう? 鉛筆は? 消しゴムは?
フィギュアを含めたらどれぐらいのライセンス料になるでしょう?秋葉原は時々 FF一色の店舗が出るぐらい、FFやDQのアイテムって沢山ありますよね。
仮にFFの中で新幹線に乗るとスキー場に行ける、というマップを作ったとしましょう。で、そこでスノーボードのミニゲームが出来るようにしてある。で、JR+ガーラ湯沢とタイアップ。「チョコボードに乗りにガーラへ」。台湾や上海、シンガポールなどから沢山、観光客が来そうですよ?
このようにFFぐらいまでいくと「それ自身がブランド」なので、「広告媒体」としての価値を考えるよりも、すでにそれ自体が広告であると考えた方がよくなる、と思います。
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私には、FFとDQを無料頒布して失敗する要因としては、『懲りすぎてなんどもリリースを遅らせてしまい、ゲーマーから呆れられたとき』か『懲りすぎてリリースを遅らせすぎてしまい、慌てて機能を切り捨てたら今度はシナリオとして中途半端になったよDQ9』の2パターンぐらいしか思いつきません。リリースしてしまえば1年ぐらいは時間をかけて、アイテムを売りまくれるのですから。
しかも国ごとにそれらのアイテムを微妙にモデルチェンジすると「アメリカ版が欲しい」だの「フランス版が~」だのとコレクションしてくれる人がたくさんいる。
で、下火になってきた辺りで、「インターナショナル・バージョン」をリリース。そこには新しいマップとしてハワイが…
あれだけ関連商品を出して、アニメも映画もやって成功を収めているポケモンが未だに有料なのが謎です。任天堂は違法コピーに対する対策にも熱心なようですし。やっぱり任天堂は馬鹿なんですかね。
そういえば、今度iPhoneにiAdという広告プラットフォームが用意されるみたいです。あれも無料で配り歩けば広告の価値が上がりそうなのに、そういった話は聞こえてきません。やっぱりAppleは馬鹿なんですかね。
馬鹿ばっかりで困ってしまいますね。
その論はつきつめて言うと「ありとあらゆる商品は広告を掲載する余地があるから、すべての商品は広告を付けて無料化するべきだ、広告でペイできない商品はろくな商品ではないから無視するに限る」ってことだよね。
でもそのモデルの場合、広告主はどうやって費用を回収するの?広告で宣伝する商品も、「広告を付けて無料化しなければ無視すべき」ということになるんだよ。
> 広告主はどうやって費用を回収するの?広告を付けてじゃないかなぁ?無理な仕組みに見えつつ、実は案外うまく回ったりする気はしなくもないです。
それよりも何でも無料化してしまったらお金がなくても暮らしていけるわけで、そしたら働かなくなって作る人がいなくなりそうな気がしなくもない。
その論はつきつめて言うと
突きつめ方が間違っていますな。
商品はほとんどのものがメディアになります。これは正しい。しかし、「どれぐらい」メディアになりやすいかには違いがある。
電車もそうだよね。電車に乗ると広告が吊ってあって、その分電車賃は下がっている。広告による収入分は、無銭乗車している人に対しても成立する。我々が払っている電車賃は、無銭乗車している人たちの分をも考慮し、鉄道会社が欲しいと思った収益から広告費による収入を引いた残りの部分を均等割りした値だ。
ポイントは「どのメディアはどれぐらい広告媒体として優秀か」という点にある。ゲームや弁当など、個人が直接操作するメディアは広告効率が高い。電車のつり広告は広告効率が低い。Googleのように検索内容のようなヒントがあって、それに対して広告を打つと効率が上がるものがある。ゲームや弁当もそうで、ユーザーが何を選んだか、どう操作したかに応じて広告対象を選択すると、広告効率が上がる。電車のつり広告はそのような性質があまりない(路線ごとの客層に合わせた広告、ぐらいは存在するが)。
故に、電車のようなものの場合、無料化は難しい。ゲームや弁当は無料化しやすい。# もっと無料化が難しいものとして、不動産が挙げられますな。
と言うわけで、ここで弁当と電車を同列に並べてはいけません。逆に、greenteaさんが、「弁当」を例に持ってきたのは、その辺りが非常に優秀。
でもそのモデルの場合、広告主はどうやって費用を回収するの?
広告主は常に「商品の販売量が増える」事によって広告費を回収します。なので、その疑問は変ですね。
たとえばゲームAの中に別のゲームBの広告が入っているとしましょう。ゲームBはこの広告によって頒布量が増え、その分広告媒体として優良な性質を持つ事になります。結果、ゲームBの広告収入を増やせる事になる。1本当たりの広告費も上げられますし、本数も増える。この収入を持って、ゲームAに出した広告費を回収するのです。
実際にはそれらの他に、「完全無料化が難しい」商品群からの収益も使います。現実の収益はこちらから来る。
たとえば、「サザン」や「Tube」の歌は、湘南地方に対する若者の憧れを20年以上煽り続けました。おかげで、九十九里浜より湘南海岸の方が、夏場の諸物価は高いけれど、そちらの方が良く売れている、という現実を作り出している。彼らの歌は「湘南地方」の広告として作用しているので、そこに「広告メディア」としての特徴を見出すこともできるし、「広告メディアとして使う」事もできる。# 別例としてはユーミンの「中央フリーウェイ」。「右に見える競馬場」という一言のおかげで、# 東京競馬場の来客数が増えている事が知られています。
これらの結果増えるのは、ビーチパラソルのレンタル料だったり、海の家の使用料だったり、駐車場料金だったりするわけです。
ビーチパラソルや海の家や駐車場にも広告を付けて無料化できますよね。
「無料化が難しい」という言い訳をするような連中は、ろくな商品を作っていないという証にしかなりません。広告媒体として優秀なものだけが商品価値があるのです。
全然なりませんね。ビーチパラソルや海の家は『誰がその広告を見るのか』に関する選択肢が余りありません。電車の吊り広告と同じです。駐車場にいたっては、駐車する車が増えるほど広告が見えなくなります。どう見ても、これらは広告をつけても無料化できるようなメディアではありません。
あなたの主張は「広告を出して無料化」をバカの一つ覚え的に振りかざしているかのような印象を振りまきたい、ACならではの低品質主張 そのものですな。
広告媒体として優秀なものだけが商品価値があるのです。
逆は死んではありません。「商品価値がある物の中にしか、広告媒体として優秀なものは存在しない」のは真ですが、その逆は偽です。
別に反論は無いのですが、チョットこれだけは言わせてください。
クソゲーでも信者はいます!!
# デスクリ様とか
TV放送の違法コピーは「CMカットされている」現状を考えるうと、うまく回るとは思えんけどな。消費者特に違法コピーででも入手しようとする層からすれば広告は結局は邪魔でしかなく、ばっさり削除されるのがオチだろう。
TV番組において広告がカットされるのは、それが広告だからではない。コンテンツとして脈絡がないから
脈絡のあるコンテンツは消されないし消せない。
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物事のやり方は一つではない -- Perlな人
弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
その条件で、さらに弁当に広告を貼り付けることを考える。
弁当自体は「売れ」ようが「盗まれ」ようが、広告としては成立するわけだ。
すると、なんとお店に取っては「盗まれるほど黒字」という凄まじい状態が発生する。
チラシを配るって、ようするにそういう事だよね。わざわざ手間暇かけてまでティッシュを配るのも同じだ。
ゲームも一緒。
海賊版を問題視している奴らは、そもそものはじめに「ゲーム」そのものが「メディア」であることを無視している。
ゲームがメディアであり、そこには広告を掲載する余地がある、と考えた途端に、
「海賊版、どうぞどうぞ」
という状態が発生すると判るはずだ。クソゲーでなければな。
逆に言うと、海賊版を問題視している連中は、ろくなゲームを作っていない奴らだから、ゲーマーとしては無視するに限る奴らに過ぎない、と言ってよい。
fjの教祖様
Re:弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
なるほど。それはおもしろいです。
弁当の蓋にシール貼る程度でも低コストで多少の効果がありそうですし、
高コスト覚悟でキャラ弁のようなものを作るとかなり印象に残るでしょう。
ゲームだって、アイテムの名前を商品名にするだけでも広告になるのに特に積極的にやってみようって動きは出てないですね。
ただ、膨大な開発費をペイできるほどスポンサーが見つかるかというと疑問なんですけど
例えば開発費も人気も膨大そうなFFの続編を、広告付きの無料配布で行ったとしたら成功するんでしょうか。
1を聞いて0を知れ!
Re:弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
FFのようなゲームになると、「ブランディング」 関連商品 という名の収入が期待できます。
たとえば「ポーション」という名のジュースはもうありますよね。あれ、明らかにライセンス料がかなりの金額支払われているはずです。
ショウワノートはドラえもんの学習ノートを出していますが、あれのようにFFの学習ノート…学習ノートは駄目か、大学ノートでどうだ…を出したら、ライセンス料はどれぐらい入るでしょう? 鉛筆は? 消しゴムは?
フィギュアを含めたらどれぐらいのライセンス料になるでしょう?秋葉原は時々 FF一色の店舗が出るぐらい、FFやDQのアイテムって沢山ありますよね。
仮にFFの中で新幹線に乗るとスキー場に行ける、というマップを作ったとしましょう。で、そこでスノーボードのミニゲームが出来るようにしてある。で、JR+ガーラ湯沢とタイアップ。「チョコボードに乗りにガーラへ」。台湾や上海、シンガポールなどから沢山、観光客が来そうですよ?
このようにFFぐらいまでいくと「それ自身がブランド」なので、「広告媒体」としての価値を考えるよりも、すでにそれ自体が広告であると考えた方がよくなる、と思います。
.
私には、FFとDQを無料頒布して失敗する要因としては、『懲りすぎてなんどもリリースを遅らせてしまい、ゲーマーから呆れられたとき』か『懲りすぎてリリースを遅らせすぎてしまい、慌てて機能を切り捨てたら今度はシナリオとして中途半端になったよDQ9』の2パターンぐらいしか思いつきません。
リリースしてしまえば1年ぐらいは時間をかけて、アイテムを売りまくれるのですから。
しかも国ごとにそれらのアイテムを微妙にモデルチェンジすると「アメリカ版が欲しい」だの「フランス版が~」だのとコレクションしてくれる人がたくさんいる。
で、下火になってきた辺りで、「インターナショナル・バージョン」をリリース。そこには新しいマップとしてハワイが…
fjの教祖様
Re: (スコア:0)
あれだけ関連商品を出して、アニメも映画もやって成功を収めているポケモンが未だに有料なのが謎です。
任天堂は違法コピーに対する対策にも熱心なようですし。
やっぱり任天堂は馬鹿なんですかね。
そういえば、今度iPhoneにiAdという広告プラットフォームが用意されるみたいです。
あれも無料で配り歩けば広告の価値が上がりそうなのに、そういった話は聞こえてきません。
やっぱりAppleは馬鹿なんですかね。
馬鹿ばっかりで困ってしまいますね。
Re: (スコア:0)
その論はつきつめて言うと「ありとあらゆる商品は広告を掲載する余地があるから、すべての商品は広告を付けて無料化するべきだ、広告でペイできない商品はろくな商品ではないから無視するに限る」ってことだよね。
でもそのモデルの場合、広告主はどうやって費用を回収するの?
広告で宣伝する商品も、「広告を付けて無料化しなければ無視すべき」ということになるんだよ。
Re:弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
> 広告主はどうやって費用を回収するの?
広告を付けてじゃないかなぁ?
無理な仕組みに見えつつ、実は案外うまく回ったりする気はしなくもないです。
それよりも何でも無料化してしまったらお金がなくても暮らしていけるわけで、
そしたら働かなくなって作る人がいなくなりそうな気がしなくもない。
1を聞いて0を知れ!
Re:弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
突きつめ方が間違っていますな。
.
商品はほとんどのものがメディアになります。これは正しい。しかし、「どれぐらい」メディアになりやすいかには違いがある。
電車もそうだよね。電車に乗ると広告が吊ってあって、その分電車賃は下がっている。
広告による収入分は、無銭乗車している人に対しても成立する。我々が払っている電車賃は、無銭乗車している人たちの分をも考慮し、鉄道会社が欲しいと思った収益から広告費による収入を引いた残りの部分を均等割りした値だ。
ポイントは「どのメディアはどれぐらい広告媒体として優秀か」という点にある。
ゲームや弁当など、個人が直接操作するメディアは広告効率が高い。電車のつり広告は広告効率が低い。
Googleのように検索内容のようなヒントがあって、それに対して広告を打つと効率が上がるものがある。ゲームや弁当もそうで、ユーザーが何を選んだか、どう操作したかに応じて広告対象を選択すると、広告効率が上がる。電車のつり広告はそのような性質があまりない(路線ごとの客層に合わせた広告、ぐらいは存在するが)。
故に、電車のようなものの場合、無料化は難しい。ゲームや弁当は無料化しやすい。
# もっと無料化が難しいものとして、不動産が挙げられますな。
と言うわけで、ここで弁当と電車を同列に並べてはいけません。
逆に、greenteaさんが、「弁当」を例に持ってきたのは、その辺りが非常に優秀。
.
広告主は常に「商品の販売量が増える」事によって広告費を回収します。なので、その疑問は変ですね。
たとえばゲームAの中に別のゲームBの広告が入っているとしましょう。ゲームBはこの広告によって頒布量が増え、その分広告媒体として優良な性質を持つ事になります。結果、ゲームBの広告収入を増やせる事になる。1本当たりの広告費も上げられますし、本数も増える。この収入を持って、ゲームAに出した広告費を回収するのです。
実際にはそれらの他に、「完全無料化が難しい」商品群からの収益も使います。現実の収益はこちらから来る。
たとえば、「サザン」や「Tube」の歌は、湘南地方に対する若者の憧れを20年以上煽り続けました。おかげで、九十九里浜より湘南海岸の方が、夏場の諸物価は高いけれど、そちらの方が良く売れている、という現実を作り出している。彼らの歌は「湘南地方」の広告として作用しているので、そこに「広告メディア」としての特徴を見出すこともできるし、「広告メディアとして使う」事もできる。
# 別例としてはユーミンの「中央フリーウェイ」。「右に見える競馬場」という一言のおかげで、
# 東京競馬場の来客数が増えている事が知られています。
これらの結果増えるのは、ビーチパラソルのレンタル料だったり、海の家の使用料だったり、駐車場料金だったりするわけです。
fjの教祖様
Re: (スコア:0)
ビーチパラソルや海の家や駐車場にも広告を付けて無料化できますよね。
「無料化が難しい」という言い訳をするような連中は、ろくな商品を作っていないという証にしかなりません。
広告媒体として優秀なものだけが商品価値があるのです。
Re:弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
全然なりませんね。
ビーチパラソルや海の家は『誰がその広告を見るのか』に関する選択肢が余りありません。電車の吊り広告と同じです。
駐車場にいたっては、駐車する車が増えるほど広告が見えなくなります。
どう見ても、これらは広告をつけても無料化できるようなメディアではありません。
あなたの主張は「広告を出して無料化」をバカの一つ覚え的に振りかざしているかのような印象を振りまきたい、ACならではの低品質主張 そのものですな。
逆は死んではありません。
「商品価値がある物の中にしか、広告媒体として優秀なものは存在しない」のは真ですが、その逆は偽です。
fjの教祖様
Re: (スコア:0)
別に反論は無いのですが、チョットこれだけは言わせてください。
クソゲーでも信者はいます!!
# デスクリ様とか
Re: (スコア:0)
TV放送の違法コピーは「CMカットされている」現状を考えるうと、うまく回るとは思えんけどな。
消費者特に違法コピーででも入手しようとする層からすれば広告は結局は邪魔でしかなく、ばっさり削除されるのがオチだろう。
Re:弁当に広告をつけてごらん (スコア:1)
TV番組において広告がカットされるのは、それが広告だからではない。
コンテンツとして脈絡がないから
脈絡のあるコンテンツは消されないし消せない。
fjの教祖様