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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell
どこかの先生がおっしゃられていたのですが (スコア:0)
人間は死ぬわけですからその死の恐怖を和らげるためにボケが存在すると
そうすることで死の直前まで恐怖を感じることなく死ねるから幸せである。
逆に辛いのは癌患者のように余命が知らされて死の直前まで意識があることの方が
人にとって辛いと言う事らしいのですが…
どう思います?
#どちらがいいのかわかりませがね
Re:どこかの先生がおっしゃられていたのですが (スコア:1, 興味深い)
ボケて死を怖がらなくなると、子孫を多く残す可能性が増える
というならそういう方向に進化が働くでしょうが、
実際はそんな方向への進化の圧力は存在しません。
タダのトンデモ論ですな。
医学が発達する前は、大半の人間はボケる前に死んでいたものです。
さまざまな薬や治療法が発達して、寿命が延びた結果、
いままで無かったほど脳を長い間使うようになってきたが、
脳の方は進化の過程でそんなに長い期間使うようには設計されてはいなかった、
というのが、妥当な解釈かと。
そのうち現在薬でさまざまな臓器のトラ
Re:どこかの先生がおっしゃられていたのですが (スコア:1, 興味深い)
>タダのトンデモ論ですな。
元のACとは違うACですが、そういう予定調和論的な『学説』はあるみたいですよ。
生半可な記憶ですが、例えば「死後、見る風景」として報告されている
「川を渡る」「花畑」「人生の全再生」とかいう報告(瀕死の事故のあと生還した人の報告)は
「生まれる前に『死に瀕したら再生するプログラム』としてリストされていたもの」
と考える一派があるらしいです(例えば「死後、前世を振り返らないために必要な措置なので」とか)。
#90年代(まあ、オカルトとか新宗教とかもてはやされた時期)に聞いた話なので、
#その「一派」が今はもういない可能性もあるけど。
この議論がどの程度に真剣に議論されていたのか知らないのでAC。
Re:どこかの先生がおっしゃられていたのですが (スコア:1)
> そういう予定調和論的な『学説』はあるみたいですよ。
どんなトンデモだって,体裁さえ整っていれば (あるいは「自称」でも),「学説」になり得ますものね。
論に値いするかどうか,だけの話で。
# 「神様が全部創った」だって,「学説」。
それでも,ファンタジーとしても楽しめなかったり,トンデモとしても今ひとつだったりすると,それはもうそこらへんにうっちゃっとくしか。
"Patriotism is the last refuge of a scoundrel." - Samuel Johnson