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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell
本質を見ろということですよね。 (スコア:2, 興味深い)
なんでもかんでも人任せにしない。
その基準や認定の本質的な意味や、技術水準を見極めろってことでしょうね。
ただ個人レベルには限界があり、ある技術に対しては異常に詳しくとも、
こんなのわかんないよ。というのがあると思います。
そういう意味でもこういう場が必要なのだと認識した次第です。
もっとみんな発言しよう。おいら含めて。
ただ思うのは、この大日本印刷の問題はPマークではありません。
もっと深いところにある。
がんばろう。と自分に言い聞かせる。
Re:本質を見ろということですよね。 (スコア:3, 参考になる)
>その基準や認定の本質的な意味や、技術水準を見極めろってことでしょうね。
いやあ、それは大切な事だけど、この事件を斜めに見ても的外れでは?
個人的には、今まではPマークという共通基準を満たそうと努力する社会が続けば良い、
Pマーク取のための設定ハードルは本質的に間違っていないと思ってきました。
しかし、それが甘い認識だと思い知らされた今からは違います。
要は、どんなに良く出来たルールでも、鶴の一声で無かった事にされるわけで、
社長が三振したらストライクカウントが、もう三つ増える野球のようなもの、
社長の息子が万引きして、警備員に捕まっても見逃されるデパートのようなもの。
さながら接待ゴルフでナイスショ!を連呼するサラリーマンが運用している、
風見鶏マークに過ぎなかったという事が明らかになったのですから。
だというのに、実態が伴わないのに、この認定を背景に有利な取引が行われる。
だから、大日本印刷は不問になったのでしょうが、こうなってくると個人、
中小企業が「本質的意味、技術的水準を見極める」意味なんてなくなります。
有利な立場が得られるならば、間違った仕組みでも活用してしまうからです。
だから、3流以下でもいいから大卒資格が欲しいというような社会になった。
(大学不要論ではありません念のため)
逆にいえば、大日本印刷クラスの業務を行いたければPマークが絶対必要と言うこと、
プライバシー保護とは何の関係もないんだけど、馴れ合い社交クラブの会費ですよと。
まさに、Pマークの本質的(皮肉)必要性を知らしめたのではないでしょうか。
ここまで不公平なシステムだと最初から明文化されていれば、公に支持するのが困難で、
不公平の恩恵に預かれる企業だけが支持するシステムだったでしょうか?
否、限定的な馴れ合いに魅力を感じ、談合的な取引で利益を確保しようとするのは、
日本人がどうとかでなく、競争社会における生存本能のなせる技なのだと思います。
情報社会のサバイバルに、Pマークは絶対必要悪として大いに認知されていくでしょう。
これさえあれば、情報流出があっても「Pマークが取り消されなかったから、
あの会社は社会に影響がでかい会社なんだ」というアピールにできます。
情報流出がなければ、普通に「Pマークの無い会社よりも有利な条件」が得られます。
この事件を斜めに見ると、そういうビジネス的利点を見極めろという事なんですよ。