アカウント名:
パスワード:
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人
Diggの対応 (スコア:1, 興味深い)
ああいう対応がなされたというのがこの件のミソではあるんだろうけど、
スポンサーにへーこらしてる運営側の態度がダメっていう見方、正気かと思う。
なんぼ民主性をさえずっても結局のところ他人のふんどし。
そういうことを前提に楽しめないというのは無粋だなー、と思う。
/.のこのストーリーのタレコミ者が件のキーをタレコミ文に入れたのも恣意的だし
それを敢えてそのまま採用するのにも意図があろうよ。
自由だの民主だのにひたすら則ったがゆえの結果ではない。(はず)
自分がこれを主張することで自分のおかれた環境にどういう影響を及ぼすか、
まともな人なら本能的に計算する。これは欺瞞とか以前のことなのだが
そういう感覚がマヒしてる人が国内外を問わず溢れかえってるというのは悲しい話だし
それがインターネットというメディアの特性とされてしまうのはもっと悲しい。
Re:Diggの対応 (スコア:5, すばらしい洞察)
「自らの理想を手に入れるためには何をやっても構わない」的な風潮を
持ったものが少なくないのが気になります。
規制が厳しくなると文句垂れる連中がいますが、何故規制が厳しくなるのか
規制を厳しくさせる原因がどこにあるのか考え直してみる必要もあるのでは。
レジスタンスでのゲリラ的な手段を非難すべきか(Re:Diggの対応) (スコア:1, フレームのもと)
DRMのかかったコンテンツをサポート外のOS環境で試聴したい場合や非公開にされているデバイスのドライバを組む場合には、この手のヤクザな手段を使ったり、情報をバラまくことはやむを得ないことだと思いますけど。
何しろ、如何に合法的に情報を流したとしても、情報が流れたことを理由に締め付けが厳しくなるという結果は同じなのですから。
それに、合法的に流しても、公表したメディアにあの手この手で難癖を付けて(スポンサー引き上げさせるなどの手段もふくめた)圧力をかけ
Re:レジスタンスでのゲリラ的な手段を非難すべきか(Re:Diggの対応) (スコア:4, すばらしい洞察)
そんな理屈が通るなら、「GPLで公開されたコードを、GPL以外のライセンスで配布したい場合には、GPL違反は止むを得ない事」なんて理屈まで通ってしまう。
Re:レジスタンスでのゲリラ的な手段を非難すべきか(Re:Diggの対応) (スコア:0)
>GPL違反は止むを得ない事」なんて理屈まで通ってしまう。
うーん、このままでは元コメントの主旨と別モノだから通せるはずありませんね。
オープンソース派は通せない理屈を主張しているので、すばらしい洞察がついているのだろうけど、
誤解に基づくモデのように見えます。
>DRMのかかったコンテンツをサポート外のOS環境で試聴したい場合
コンテンツからDRMを解除して自由にする、というアプローチはフランスのiTunes以外では違法となりえますが、
コンテンツからDRMを解除せずに視聴する、DRMの目的とするところを害せずにというケースもありえます。
購入者の持っているのがWindowsPCではないために再生出来ない場合に、DRM非解除で利用したい場合、
これはDMCA違反になるのか、公正使用権(FAIR USE)の適法範囲になるのか微妙な所です。
また、DMCAの発祥地米国では「消費者がコマーシャルや不快に感じる場面を飛ばすために、DRM を回避する」
低俗な場面にペアレンタルコントロールを加えるという要求のために回避するのは合法とする、
というようなDMCA修正案が今年3月に提出 [internet.com]されています。
>非公開にされているデバイスのドライバを組む場合には、この手のヤクザな手段を使ったり
この手のヤクザな手段といっても、製品の解析までは組み込み系なら特にどこでもやってるというのは事実。
製品化などと無関係に、セキュリティの仕事のために解析している鵜飼さんのような方も居ます。
手法自体をヤクザと言ってしまうと、RFIDの脆弱性もシスコルーターの脆弱性も、ソニーのトロイの木馬CCCDも
圧力で無かった事になり、知ることの出来ない一般社会を危険に晒してしまうので考えモノでしょう。
そうした功の面を認めているのでしょうが、ヤクザな手段と罪の面が強調される書きかたをした事で
後ろのやむを得ないを過剰に引き立ててしまったのでしょう。
>情報をバラまくことはやむを得ない
解析結果を製品化するわけでもなくblogに書き留めておいたら、中国とか韓国の比較的緩い地域で
具体的な製品が出来上がってきて済し崩しで世界的ブランド企業が製品化してしまうというルートは
世界のどこかにあったかも知れませんが、やむを得ないと一般的に肯定は出来ないですね。
結果的にそうなったら、取り返しつかない事がある程度のニュアンスに留めた方が無難だったでしょう。
「DRM/非公開の部分を解析したい」というのは「元々公開が原則のGPL」に該当しないし、
「解析した結果を配布したい」というのも同様に無意味なことで比較になりえません。
「GPLのライセンス違反したバージョンに変えて配布したい」という概念と対称になるのは、
こういう具体的な行為 [mycom.co.jp]になるんじゃないでしょうか。
相手が望まない事はすべきでは無いという主旨でこうしたのだろうけど、それは大事だと思うし尊重する概念だけど、
比較が上手く出来ない概念だからといって、間違った対称関係を例に出すのはどうかと思います。
そういう意味で、こっちのコメントも充分フレームの元だと言えるのではないでしょうか。
言ってる事は正しくても、元コメントを誤解してしまい、噛み合ってない議論の中で主張しているのですから。