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私に言わせれば、今回の規格争いで勝利した「ブルーレイディスク」にしても、今後ブロードバンドが発達し、全てホームサーバからHDDにダウンロードするという方法に移行していく世の中になれば、
消え行く運命だと思う。
前提が偽ならば結論はすべて真である ってやつですね。
(前提)Aならば(結論)Bである、という命題A→Bの真偽は、Aが偽ならばBの値によらず真です。
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ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家
釣られてはいけませぬ。これはロジカルな罠です (スコア:5, すばらしい洞察)
別に言っていることは間違っていないと思います。ただ、実はこれはなにも言ってないのと同じ。
Re: (スコア:0)
Re: (スコア:2, おもしろおかしい)
前提が偽ならば、結論の真偽は不明。
Re: (スコア:0)
命題A→Bの真偽は、Aが偽ならばBの値によらず真です。
Re: (スコア:0)
Re: (スコア:1, 参考になる)
分かりやすく言うと、
「1+1=3ならば、Blu-rayは成功する」
という命題は、前者が絶対に成立しない以上、記号論理学的に「正しい文章」とされる、ということです。それどころか「1+1=3ならば5+5=25だ」という文章ですら、これは記号論理学的に正しい命題です。つまりBの真偽など問題とならない。
http://www.triplefalcon.com/Lexicon/Logic-1.htm [triplefalcon.com]
これをうまく使えば「1+1=3ならば世界の財宝は俺のもんだ」とか好きなだけ「記号論理学的に正しい日本語」を量産できますが、普通の感覚と違うのはどうしようもありません。
Re:釣られてはいけませぬ。これはロジカルな罠です (スコア:2, 興味深い)
「“1+1=3ならば世界の財宝は俺のもんだ”という文章は普通の感覚と違う」ということはないのではないでしょうか。
つまり間に言葉を補足すると「もしこの世の中が1+1=3という論理が通るようなハチャメチャな世界ならば、
世界の財産は俺のもんだというハチャメチャな主張が通る世界であってもおかしくない」という風に、
正常な人の日本語として読み替えることができますよね。
Re: (スコア:0)
前者は定義。後者は感想。
感想なんて『普通の感覚』であってもなんでもアリだもん。
だが定義では違う、という話。
Re:釣られてはいけませぬ。これはロジカルな罠です (スコア:1, 興味深い)
この場合
命題 A 1+1=3である
命題 B 世界の財宝は俺のものである
命題 A→B 1+1=3である「ならば」世界の財宝は俺のものである
とおきかえられる。
論理演算子「→」の概念というか定義からこれは
A B A→B
1 ホント ホント のとき ウソではない
2 ホント ウソ のとき ウソである
3 ウソ ホント のとき ウソではない
4 ウソ ウソ のとき ウソではない
という関係であるということを示している。これは
1番は「1+1=3であると同時に発言者が財宝をモノにしているとき、発言はウソではない」
2番は「1+1=3なのに発言者は貧乏のとき、発言はウソである」
3番は「1+1=3でないと同時に発言者が財宝を手にしているとき、発言はウソではない」
4番は「1+1=3でないと同時に発言者が貧乏のとき、発言はウソではない」
ということを示している。
現実は4番の状態にあるわけで、論理学的に言えば発言者はウソはついていない。
#一般常識的に言えば、明らかにAが成立していないのに「AならばBである」といわれたとき
#発言者は詐欺師か頭のおかしい人である可能性が高い。論理学的に真実でも信じてはいけない。