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海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい -- Steven Paul Jobs
医学に詳しいひと教えてください (スコア:1)
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Re:医学に詳しいひと教えてください (スコア:2, 興味深い)
今回の話は「卵でのウイルス培養」…つまり「ダチョウの卵でインフルエンザウイルスを増やす」とか「ダチョウの卵でインフルエンザワクチンを作る」というのとは無関係です。
#それはそれで実現したら有用そうなんだけど、有精卵であることが必須になるし、なんせ殻が固すぎて、接種孔開けたりするのに扱いにくいんじゃないかと…。
今回のはそうではなくて、「ダチョウの成鳥に抗原(になるもの)を接種したら、卵から多量の抗体を回収できる」というだけの話で、通常はウサギやヤギ、ヒツジなど(そして稀にニワトリ)を使って行われる、ポリクローナル抗体の作製をダチョウで行ったということ、そしてその応用例の一つとして「不活化したウイルス(≒インフルエンザワクチン)を打って、抗インフルエンザ抗体を作らせる」というので話題になっている、というだけのことです。
我々ヒトを含めた哺乳類の場合、抗体として5種類の免疫グロブリン(IgM(5量体), IgG, IgA(単量体、または分泌型である二量体), IgE, IgD)を持っており、このうちIgMとIgGが血中抗体の主役、分泌型IgAとIgGが粘膜抗体の主役として感染防御に関与します。またIgGのみは胎盤通過性を持っており母体から胎児に移行します。乳幼児は免疫機能が完全には発達していないのですが、生後6ヶ月くらいはこの母親由来の抗体が残っていて、ある程度の感染防御の役割を果たし、その後は自分自身が後天的に獲得する免疫で身を守っていく、というかたちになります。ただし、この抗体の種類や役割分担は、生物種によって異なり、ニワトリなどの鳥類ではIgM, IgAとIgYという三種類になっています。鳥類のIgYは哺乳類でいうIgGの役割を担っていると考えられていて、感染防御に重要であると同時に、そのトリが生んだ卵にもIgYが移行します。卵なんて、その中身は「栄養の塊」みたいなものですから、雑菌なんかにとっても格好の培地になります。なので、IgYとか卵白リゾチームとかで、大事な卵を感染から守る仕組みがあるわけですね。
ウサギやヤギ、ヒツジなどの哺乳類を使って、抗体を作製しようとする場合、その動物から採血した血液から抗体を分離してくる必要があります…言い換えると、大量の抗体を得るためには大量の血液を採取する必要がある、ということです。この場合、動物の生命に関わらない程度の少量採血(部分採血)を行う場合と、殺処分前提で全採血を行う場合がありますが、ウサギのような小型の動物では全採血でも採れる抗体の量は少ないというのがネックになります。一方、大型の動物では全採血なら大量の抗体が採れますが、部分採血は繰り返すのが大変で、量に限りが出てきますし、飼育費用や抗体作製のために必要な抗原の投与量も多く必要になるなどの問題があります。これらに対してニワトリでは卵を何度も生みますから、そこから連続的にIgY抗体を回収することが可能だというのが利点です。しかし、いかんせんニワトリでは体も卵も小さいので、一回に採れる量にはやはり限界がある…じゃあ大きい卵を、ということでダチョウが注目された、というのが背景にある、と。
#この他、主にマウスを用いたモノクローナル抗体の作製もありますが、それはまた別の話ということで。
なので、今回の話について言えば、最初の質問の答えは「インフルエンザワクチンを打ったヒトから、インフルエンザを移されますか?」というのと同じように、「不活化したウイルス(≒インフルエンザワクチン)を打ったダチョウなので、インフルエンザの感染源にはなりません」というのが答えになります。
ただまぁ可能性としては、抗体作製のために飼育してるダチョウがたまたまトリインフルエンザにかかって…というのが残ってはいますが…これはどうなるか判らないなぁ、というところです。実は、そもそもダチョウが、そのトリインフルエンザにかかるかどうかすら、よく判らないというのが正直なところでして。我々は、ニワトリもダチョウもカモもみんな同じ「トリ」と大雑把に考えがちですが、生物学的に見るとこれらの違いは大きい。言ってみれば「ヒトとブタとイヌ」が違うのと同じように、あるいはそれ以上に「ニワトリとダチョウとカモ」の違いも大きかったりするわけです。そもそもトリインフルエンザは、カモなどの水鳥の病気(消化器疾患)であって、ニワトリやシチメンチョウなどの家禽類にはその一部が感染するにすぎません。同様に考えれば、それらの「トリインフルエンザ」がダチョウに罹るかどうかは、実際にそのときになってみないと、ウイルス株が分離されてみないと判らない、ということになります。仮に、ダチョウが感染した場合、他のトリインフルエンザのケースから考えると、ウイルスは消化管に排泄されますので、卵殻の外側に付着する可能性はあります。しかし、卵の内部に感染する可能性はほとんどないんじゃなかろうか、と思われます。
#もちろん卵殻に付着していても、抗体を精製する過程で取り除けますので、衛生管理さえ十分ならば感染源になるリスクはないと考えてよろしいかと。