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その鍵は、どんなことを言うにしろ、「なぜ言うのか」を考える(または意識させる)とこからなのだと思います。しかし、そのような訓練をしたことの無い人にとっては、具体的にどうすればよいかわからず、途方にくれると思います。
実は「何を言うのか、何故言うのか、どの順番で言うのか」を意識するのは「3番目」です。
「十分な時間を掛けていいならば」文章の書き方は次のように訓練します。
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考えてみてください。迷子になるとき、人はどのようにして迷子になるのか?
目的地がわからず、自分が今どこにいるのか判らず、方角が判らず、途中の地形もわからない。この4つが集まって初めて、人は「完璧な迷子」になります。
実は、長い文章を書く人は、その過程で主語が入れ替わり、主張が入れ替わり、同じ事を繰り返す、という事を繰り返しています。これは迷子で言う「方向がわからず、地形が判らない」ために同じところをぐるぐると回っている状態です。
まず、この状態を止めなくてはいけません。そのためには視界を遮っている物を全て取り除くのが一番。本当の迷子と違って、「視界を遮る障害物」は「文章を書いている当人」が作ったものです。
ですので、まず、長い文章を短くする。グダグダと接続詞を使って文章をつないではいけない。SVか SVO か SVC以外のものを入れるな。
次に、使っている単語の意味をはっきりさせる。単語1つ1つについて、国語辞典を引かせる。単語の意味の中に自分が意図する意味が含まれているなどという理由ではその単語を使ってはいけない。「自分が意図する意味以外 含まれていない 場合にのみ、その単語を使ってよい」という厳しい制約をつける。そうすることで、短い文章であってさえ、いままで自分が書いてきたものがいかに「曖昧な事しかいえていなかったか」を理解させる。
この2つで、視界をクリアにし、周囲の地形が判るようにする。これができるようになるまでは、「歩く」事ができない人だってことです。「歩行」はできるが、赤ちゃんの「あんよは上手」状態。
常にそのような文章を書けるようになって初めて、「じゃぁ、xxx へ行ってみようか」と、旅行に出る事ができるようになる。
自分の立ち位置を理解し、目的地を理解し、そのために何を言うべきか、どの順序で言うべきかを考えられるようになるのは、「歩行」ができるようになってからでなくては、意味も意義も判らないし、有効性の確認もしようがありません。なので、これは3番目なんです。
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ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家
自分はまさにその分かっていないタイプです。 (スコア:1)
自分は、まさに、事例でしめされたところの「落ちる」「落ちた」や、「馬」「牛」の区別が「わからない」人間です。ここでいう「わからない」というのは、今の事例だけでなく、その他の言語表現についてもあてはまります。また、「馬から落馬」という形の記述もよくやっているようです。
文章や、資料を作成するとき、自分は、どうもこのような表現をしていることが多いようです。また、このような冗長な表現をする割に、肝心かなめの情報については全く記載しない、ということもよく指摘されます。このようなことは、傍目からみると「資料の読み手がどのような情報を欲しているか全く分かっていない」という風に捕らえられます。
このようなことを、仕事場は何度と無くいわれました。そして、改善したいと思いました。しかし、「第1歩として、何をどのようにすればよいのか?」が全く分からず、途方にくれています。結局、仕事場では、そのようなこと(相手の知りたい情報を提供できない)も一因となり、今は仕事場では適応不全という状態です。(異動または転職したい)。
このような事例は、ある情報を出すときに、どの情報が大事で、どの情報がささいなことか、それが全くわからない人におおいのではないでしょうか。実際、自分も、仕事場でいろいろな作業をしていて、どのような情報が大事で、どのような情報がささいなことであるか、しょっちゅう混乱します。まずは、その混乱をなくし、少しでも整理したい、とおもっています。
その鍵は、どんなことを言うにしろ、「なぜ言うのか」を考える(または意識させる)とこからなのだと思います。しかし、そのような訓練をしたことの無い人にとっては、具体的にどうすればよいかわからず、途方にくれると思います。(実際、今の自分がそうです。)
僕は、あることについて概念がなく、頭でも体でもわからないときは、まず「体でしってもらう」ことが必要ではないかと強く思ってます。そして、その概念を体で実践した場合には、まずはそれを肯定することも必要ではないかと思っています。ある意味、スポーツの初心者に基本的な運動を教える場合の手法を使うこと、それは必要ではないかと思っています。
では、今の場合にはどうするか? 答えがあったら、自分も知りたいです。
Re:自分はまさにその分かっていないタイプです。 (スコア:1)
実は「何を言うのか、何故言うのか、どの順番で言うのか」を意識するのは「3番目」です。
「十分な時間を掛けていいならば」文章の書き方は次のように訓練します。
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考えてみてください。迷子になるとき、人はどのようにして迷子になるのか?
目的地がわからず、自分が今どこにいるのか判らず、方角が判らず、途中の地形もわからない。この4つが集まって初めて、人は「完璧な迷子」になります。
実は、長い文章を書く人は、その過程で主語が入れ替わり、主張が入れ替わり、同じ事を繰り返す、という事を繰り返しています。これは迷子で言う「方向がわからず、地形が判らない」ために同じところをぐるぐると回っている状態です。
まず、この状態を止めなくてはいけません。そのためには視界を遮っている物を全て取り除くのが一番。本当の迷子と違って、「視界を遮る障害物」は「文章を書いている当人」が作ったものです。
ですので、まず、長い文章を短くする。グダグダと接続詞を使って文章をつないではいけない。SVか SVO か SVC以外のものを入れるな。
次に、使っている単語の意味をはっきりさせる。単語1つ1つについて、国語辞典を引かせる。
単語の意味の中に自分が意図する意味が含まれているなどという理由ではその単語を使ってはいけない。
「自分が意図する意味以外 含まれていない 場合にのみ、その単語を使ってよい」という厳しい制約をつける。
そうすることで、短い文章であってさえ、いままで自分が書いてきたものがいかに「曖昧な事しかいえていなかったか」を理解させる。
この2つで、視界をクリアにし、周囲の地形が判るようにする。
これができるようになるまでは、「歩く」事ができない人だってことです。「歩行」はできるが、赤ちゃんの「あんよは上手」状態。
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常にそのような文章を書けるようになって初めて、「じゃぁ、xxx へ行ってみようか」と、旅行に出る事ができるようになる。
自分の立ち位置を理解し、目的地を理解し、そのために何を言うべきか、どの順序で言うべきかを考えられるようになるのは、「歩行」ができるようになってからでなくては、意味も意義も判らないし、有効性の確認もしようがありません。なので、これは3番目なんです。
fjの教祖様
Re:自分はまさにその分かっていないタイプです。 (スコア:1)
コメント(説明)をしていただき、ありがとうございます。自分がどうして不必要に長い文章を書くのか。そして、自分がどうして的確な文章をかけないのか。自分はその理由を納得しました。
今の自分は、たとえると「歩けない」ということになります。したがって、今の自分が最初にすることは、たとえると「這い這いをする」ことになると思います。文章を書くということに関していえば、「短い文を書く」ということになります。
「十分な時間をかけていいならば」と書いていますが、自分は、この方法が、「最も短い時間で的確な文章をかける」と思います。