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>この技術、入出力信号だけの話ではないのでしょうかね?
ちょっと長くなりますがご勘弁を.
この手の技術,最近流行のスピントロニクス(spintronics)と呼ばれる技術の一種です.この語はspin + electronicsという成り立ちから予想できるように,これまで主に電荷しか使ってこなかった電子の性質にプラスして,スピン(要は電子自身が小さな磁石と働く性質で,スピンの方向はその磁極の向きに対応)も使ってやろう,というものです.
例えばすでに実現している代表的なデバイスとしてはトンネル磁気抵抗効果を使ったHDDのヘッドなどが上げられます.これは二つの導電性の強磁性体(しかもそのうち一方はHDDの記録層からの漏れ磁場で磁化の方向が容易に変わる)が薄い絶縁膜で隔てられたもになります.強磁性体内には強い磁場が存在しますので,その中の伝導電子のスピンが磁場と同じ方向を向いているのか,逆方向を向いているのかで電子のエネルギーが大きく異なります.絶縁膜の両側の強磁性体が同じ方向に磁化していると,ある方向を向いたスピンを持つ電子のエネルギーは両方の強磁性体で等しくなります.一方,磁化の方向が両側で異なると,片側の強磁性体内ではエネルギーの低かった電子が,絶縁膜をトンネルして逆側の強磁性体内に入った瞬間にエネルギーが高くなります(スピンの向きが逆なら高エネルギーから低エネルギーへ).トンネル効果においては,トンネルの前後でエネルギー差が大きければ大きいほど指数関数的にトンネル確率が小さくなりますので,二つの強磁性体の磁化の向きが等しいときには大きなトンネル電流が流れ,違うときには小さな電流しか流れません.このように,スピントロニクスを用いると電流と磁性を簡単に結びつけることができるわけです.
電流は電圧によって容易に発生させられますが,磁性(しかも局所的でそれなりに強い)というのはなかなかコントロールが難しいためミクロな領域では(コントロール可能な対象としては)これまであまり利用されてきませんでした.しかし,スピントロニクスは,何とかして電流とスピン(=磁性に関連する性質)を結びつけて,両者を自由にコントロールしよう,という技術と言えます.
では,何故そんな技術を開発するのか,という点ですが,一つは前述のTMRヘッドのように,強磁性体の磁化と電流を結びつけられるという利点が挙げられます.(何らかの方法で)強磁性体の磁化を電流でコントロールできれば,その磁化を保持可能な記憶として利用できるわけです(これがまさにMRAM).その場合,電流で磁性をコントロールする素子(スピントロニクス素子)が必要となります.二つ目は,今後もしかしたら実用化することがあるかも知れない(無いかも知れない)量子コンピュータでの利用です.量子コンピュータの演算素子に関しては色々な案がありますが,有力なものの一つが電子のスピンを量子ビットと見なす,というものです.この場合問題になるのは,いかにして電子のスピンをコントロールするか(初期状態のセットや演算,読み出しなど)という点です.実験なら外部磁場等でコントロールすればよいのですが,万一実用と言うことになるなら現在の半導体素子のように電流で読み書き・コントロールできないと普及は難しいでしょう.その解決にスピントロニクス素子(電流でスピンをコントロール,もしくはその逆を行う素子)が使えるのではないかと考えられていますし,いくつかの基礎的な結果が報告されています.そして三つ目,まあある意味一番大きな理由ですが,「何か新しいアイディアが出てきて面白そうだから,頭ひねって何か作ってみよう」というものです.研究者に対して,「新しいこんな性質を使うってアイディアがあるんだけど」と振るのは,子供におもちゃを与えるのと一緒です.何に使うとかは二の次で,とりあえず色々作ってみるわけです.(その中から使えそうなものが洗練されていき,場合によっては利用されるかも知れない)
そんなわけで,現状この研究は,「電気が流れないのに電流の情報を伝える素子が出来るって理論の人が言うから作ってみたら動いた.スゲェ!」とかまあそんなノリです.すぐに何かになる,というわけではありません.まあ基礎研究ですしね.ただ,原理的にはスピン主体での論理回路というものも構築可能なはずですので,外部とのIOは取り扱いの楽な電流でやって,内部的な情報伝達・情報蓄積・演算(場合によっては量子演算も)はエネルギーロスの少ないスピン流で,というものが実現する可能性が無いわけではありません.(まだまだ基礎研究なんで凄く遠いけど)
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Stableって古いって意味だっけ? -- Debian初級
スピントロニクス (スコア:5, 参考になる)
>この技術、入出力信号だけの話ではないのでしょうかね?
ちょっと長くなりますがご勘弁を.
この手の技術,最近流行のスピントロニクス(spintronics)と呼ばれる技術の一種です.
この語はspin + electronicsという成り立ちから予想できるように,これまで主に電荷しか使ってこなかった電子の性質にプラスして,スピン(要は電子自身が小さな磁石と働く性質で,スピンの方向はその磁極の向きに対応)も使ってやろう,というものです.
例えばすでに実現している代表的なデバイスとしてはトンネル磁気抵抗効果を使ったHDDのヘッドなどが上げられます.これは二つの導電性の強磁性体(しかもそのうち一方はHDDの記録層からの漏れ磁場で磁化の方向が容易に変わる)が薄い絶縁膜で隔てられたもになります.
強磁性体内には強い磁場が存在しますので,その中の伝導電子のスピンが磁場と同じ方向を向いているのか,逆方向を向いているのかで電子のエネルギーが大きく異なります.絶縁膜の両側の強磁性体が同じ方向に磁化していると,ある方向を向いたスピンを持つ電子のエネルギーは両方の強磁性体で等しくなります.
一方,磁化の方向が両側で異なると,片側の強磁性体内ではエネルギーの低かった電子が,絶縁膜をトンネルして逆側の強磁性体内に入った瞬間にエネルギーが高くなります(スピンの向きが逆なら高エネルギーから低エネルギーへ).
トンネル効果においては,トンネルの前後でエネルギー差が大きければ大きいほど指数関数的にトンネル確率が小さくなりますので,二つの強磁性体の磁化の向きが等しいときには大きなトンネル電流が流れ,違うときには小さな電流しか流れません.このように,スピントロニクスを用いると電流と磁性を簡単に結びつけることができるわけです.
電流は電圧によって容易に発生させられますが,磁性(しかも局所的でそれなりに強い)というのはなかなかコントロールが難しいためミクロな領域では(コントロール可能な対象としては)これまであまり利用されてきませんでした.しかし,スピントロニクスは,何とかして電流とスピン(=磁性に関連する性質)を結びつけて,両者を自由にコントロールしよう,という技術と言えます.
では,何故そんな技術を開発するのか,という点ですが,一つは前述のTMRヘッドのように,強磁性体の磁化と電流を結びつけられるという利点が挙げられます.(何らかの方法で)強磁性体の磁化を電流でコントロールできれば,その磁化を保持可能な記憶として利用できるわけです(これがまさにMRAM).その場合,電流で磁性をコントロールする素子(スピントロニクス素子)が必要となります.
二つ目は,今後もしかしたら実用化することがあるかも知れない(無いかも知れない)量子コンピュータでの利用です.量子コンピュータの演算素子に関しては色々な案がありますが,有力なものの一つが電子のスピンを量子ビットと見なす,というものです.この場合問題になるのは,いかにして電子のスピンをコントロールするか(初期状態のセットや演算,読み出しなど)という点です.実験なら外部磁場等でコントロールすればよいのですが,万一実用と言うことになるなら現在の半導体素子のように電流で読み書き・コントロールできないと普及は難しいでしょう.その解決にスピントロニクス素子(電流でスピンをコントロール,もしくはその逆を行う素子)が使えるのではないかと考えられていますし,いくつかの基礎的な結果が報告されています.
そして三つ目,まあある意味一番大きな理由ですが,「何か新しいアイディアが出てきて面白そうだから,頭ひねって何か作ってみよう」というものです.研究者に対して,「新しいこんな性質を使うってアイディアがあるんだけど」と振るのは,子供におもちゃを与えるのと一緒です.何に使うとかは二の次で,とりあえず色々作ってみるわけです.(その中から使えそうなものが洗練されていき,場合によっては利用されるかも知れない)
そんなわけで,現状この研究は,「電気が流れないのに電流の情報を伝える素子が出来るって理論の人が言うから作ってみたら動いた.スゲェ!」とかまあそんなノリです.すぐに何かになる,というわけではありません.まあ基礎研究ですしね.
ただ,原理的にはスピン主体での論理回路というものも構築可能なはずですので,外部とのIOは取り扱いの楽な電流でやって,内部的な情報伝達・情報蓄積・演算(場合によっては量子演算も)はエネルギーロスの少ないスピン流で,というものが実現する可能性が無いわけではありません.(まだまだ基礎研究なんで凄く遠いけど)