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科学と技術の間に「・」を、首相に法改正を勧告」記事へのコメント

  • どっちかというと科学技術なら科学が大事に見える。
    うしろに回して技術科学なら、技術の為の科学って感じじゃない?
    でもわからないのが成果主義に偏るってくだり。それは技術も科学も関係ないのではないかな。
    もちろん現在、成果主義的な傾向が強まってきているのは理解しているつもりだけど、
    いまさら世の流れをそう簡単に引き戻せるとは思えないんだけど。
    いずれにせよ、中点の有る無しによって何かが変わるというならば、変えてみるのもいいかもしれないね。

    • by flutist (16098) on 2010年08月26日 17時59分 (#1815859)

      科学においては、研究成果は広く全世界で共有すべきという理念があります。日本の税金で研究した成果も、世界でシェアすべきということです。その成果発表をどのくらい行ったかが科学者としての評価になります。

      しかし産業応用を重視すると、そう簡単には行きません。大ざっぱに言うと、発表しちゃったら公知になって特許がとれないので、研究内容によっては特許や工業化の目処がついてから論文にしてね、ということもあります。すると結果的に発表の機会を逃しちゃうこともあるので、研究者にとっては、あまり歓迎したくない状況です。それに場合によっては主戦力でもある学生は数年で研究室から旅立っていくので、のんびり発表を延ばすわけにも行きません。

      成果主義というと、前者の「とにかく論文の数が勝負」ということかもしれません。また後者も「経済効果はあったか、特許は何件か」みたいな成果主義とも言えます。学術会議は、こういう「とくかく○○」みたいな安直な評価をしてほしくない、だからまずは前者と後者を分けて考えてくれ、ということじゃないですかね?

      なお、朝日の記事では「短期的に結果を求める成果主義」とありますが、学術会議の PDF には「出口志向」とはあっても「短期」はありません。

      親コメント
      • by Anonymous Coward

        jstorが有料のうちは、その発言は認めがたい。

計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである

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