アカウント名:
パスワード:
すなおに酸化銀(III)とか書けばいいのにな。「過酸化」なんて使われるとO2 2-イオンが含まれているのかと誤解するじゃないか。
でも、論文のabstractで、物質名に「silver (III) oxide clathrate」とあるけど、包摂化合物って、なにがゲストになってるのか気になります。
仕事ついでにちょっとちゃんと調べたんですが,なんだか微妙な点が続々と……
>「silver (III) oxide clathrate」とあるけど
まず,結構昔の論文を元にして議論しています.で,そこでは,「理想的なAg2O3はキュービックな結晶だけど,実際にはAg3+とAg+などを取り込んで包摂的な欠陥を多数含んだ結晶ができるよ」という報告が1950年代頃になされており,それをもとにclathrateと呼んでいるようです.(だから,今回実際に作成されたのは,昔慣例的にAg2O3と呼ばれていたごちゃっとした化合物)
今回,Ag2O3ができたことの確認も粉末のXRDでのパターンで決めていますが,基準としているパターンもこの古い研究によるものです.
さて,ここからが問題になるのですが,実はもっと最近……といっても1985年ですが(Angew. Chem. Int. Ed., 24 (1985) 118-119),もっときっちり作った論文が報告されています(でも今回の論文ではreferされていません).で,その1985年の論文では,今回の論文と同じようにAgNO3を電解すると,という結果が報告されており,その際にはAg2O3は出来ないで,かわりにAg7O8NO3という[Ag7O8]+というケージにNO3-が入ったclathrateが出来る,という事が報告されています.#実際には,様々なアニオンが入ったものが作成可能.
条件から考えると,今回の論文でAg2O3として報告されているものの実体はこいつです.照合しているXRDパターンも,このclathrateのものと一致します.
ちなみにこの1985年の論文にはきちんとしたAg2O3の作成法も載っており,AgNO3と同時にAgPF6やAgBF4を混ぜると良い,と書かれており,単結晶構造解析により報告されている結晶構造も大きく異なるものとなります.またこの化合物は不安定であり,室温では徐々に酸素を放出して分解するようです.#強酸性環境では一気に分解.
そんなわけでまとめると,今回の論文は
・AgNO3水溶液を電解して結晶を得た.・データベースにあるAg2O3と回折パターンが一致したのでAg2O3として報告.
が,実は
・その合成法は過去に報告されており,しかもAg2O3が出来ないことが判明している.・データベースのXRDパターンは半世紀前のものであり,実はAg2O3ではなくAg7O8X(Xはアニオン)という包摂化合物のパターン.・純粋なAg2O3の作り方も既報.今回のものとは構造が違う.
という感じで,うん,なんというか,ちゃんと調べるとかなり微妙ですね.今回の論文の新規点は殺菌力のみ?
んー,まとめ役として著者に入っている(であろう)東谷先生というのも本来生物系の片のようですし,無機系のサーベイが不完全なのはしょうがないのかなあ……
>JOURNAL OF MATERIALS SCIENCEでは、これらの過去事例をスルーして載せちゃったって事なんですか?それと殺菌力については過去事例がないんですかね?
ま、ごちゃっと化合物でも殺菌力があるという能力が変わらないのであれば有用な反応を掘り起こして来た点で「使える」と思えるので拾いようはありそうですね。
>これらの過去事例をスルーして載せちゃったって事なんですか?
あー,それに関しては,査読をする側としての意見も書かせてもらうと,
1. 査読をするのは必ずしもその分野の人間ではない
例えば,鉄酸化物の磁性が専門の人のところに,コバルトナノ粒子を使ったhyperthermia(温熱療法)の論文が回ってきたりします.あまりにも畑違いならそりゃ断りますが,例えばナノ粒子の生成から物性測定,そしてhyperthermiaまでの部分が入っている論文だと,「まあ粒子作るところと物性関連は分かるからやっとくか」と取り組むことになります.そうすると逆に,hyperthermia部分はよく分からん(最低限のことは調べるけど,本当にそれが革新的なデータなのかはよく分からない)という状況になります.(その論文を断って,それが医学系の人のところに行くと今度は全く逆の状況になります)
そんなわけで,査読する人間は必ずしもその論文の内容の専門とは限らないので,特に新規性などに関しては見落とす可能性が多々あります.(特に「新製法だ!」とか「特性が良いものを選択的に作れる!」とかの微妙な新規性の場合)
今までに見たこともない物理現象,とかなら新規性が明らかでやりやすいんですが.
2. ショボイ雑誌だと査読も適当
J. Mater. Sci.は化学/マテリアル系では結構ショボイ論文誌です.例えばインパクトファクターで比べると,Nature Mater.の30は別格としても,Angew. Chem.,JACS,Adv. Mater.あたりが9-10程度,Chem. Mater.,J. Mater. Chem.,Inorg. Chem.あたりが4-5前後に対してJ. Mater. Sci.は2を切っています.というわけで,比較的どうでもいい雑誌(とか言うと失礼ですが).そういう雑多な論文誌なので,読む方もそれほど気合いを入れて査読をしません(すいません).また,雑多な論文誌は出版数が多いので,とにかくいっぱい査読が回ってきます.そのためさらに輪をかけて流し読み状態に……
>それと殺菌力については過去事例がないんですかね?
ざっと簡単に調べてみたところ,Ag+とAg3+が混じった様な酸化物(ただしきちっとした構造などは決めていない)で強い殺菌力がある,という論文はあるようです.が,何せAg+の殺菌力が強いため,Ag+関連の論文が非常にたくさんあって,検索が難しいことに.Silver OxideとかSilver(III)とかで引っかけようとしても,Ag2O関連の論文が山ほど引っかかっちゃうんですよね.Ag2O3だと引っかからないんですが,今回の論文の系は正確にはAg2O3では無いので,clathrate系のAg+とAg3+が入り交じったAgOx系ではすでにやられている可能性もあります(そして当然違う名前で論文に載っているので,Ag2O3では引っかからない).
気合いを入れて,いろんな語句の組み合わせで調べていけば分かるかも知れませんが,大変そう……
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
過酸化銀と書かれるとめちゃめちゃ腹が立つ (スコア:1)
すなおに酸化銀(III)とか書けばいいのにな。
「過酸化」なんて使われるとO2 2-イオンが含まれているのかと誤解するじゃないか。
でも、論文のabstractで、物質名に「silver (III) oxide clathrate」とあるけど、包摂化合物って、なにがゲストになってるのか気になります。
いろいろ微妙 (スコア:3, 興味深い)
仕事ついでにちょっとちゃんと調べたんですが,なんだか微妙な点が続々と……
>「silver (III) oxide clathrate」とあるけど
まず,結構昔の論文を元にして議論しています.
で,そこでは,「理想的なAg2O3はキュービックな結晶だけど,実際にはAg3+とAg+などを取り込んで包摂的な欠陥を多数含んだ結晶ができるよ」という報告が1950年代頃になされており,それをもとにclathrateと呼んでいるようです.
(だから,今回実際に作成されたのは,昔慣例的にAg2O3と呼ばれていたごちゃっとした化合物)
今回,Ag2O3ができたことの確認も粉末のXRDでのパターンで決めていますが,基準としているパターンもこの古い研究によるものです.
さて,ここからが問題になるのですが,実はもっと最近……といっても1985年ですが(Angew. Chem. Int. Ed., 24 (1985) 118-119),もっときっちり作った論文が報告されています(でも今回の論文ではreferされていません).
で,その1985年の論文では,今回の論文と同じようにAgNO3を電解すると,という結果が報告されており,その際にはAg2O3は出来ないで,かわりにAg7O8NO3という[Ag7O8]+というケージにNO3-が入ったclathrateが出来る,という事が報告されています.
#実際には,様々なアニオンが入ったものが作成可能.
条件から考えると,今回の論文でAg2O3として報告されているものの実体はこいつです.照合しているXRDパターンも,このclathrateのものと一致します.
ちなみにこの1985年の論文にはきちんとしたAg2O3の作成法も載っており,AgNO3と同時にAgPF6やAgBF4を混ぜると良い,と書かれており,単結晶構造解析により報告されている結晶構造も大きく異なるものとなります.またこの化合物は不安定であり,室温では徐々に酸素を放出して分解するようです.
#強酸性環境では一気に分解.
そんなわけでまとめると,今回の論文は
・AgNO3水溶液を電解して結晶を得た.
・データベースにあるAg2O3と回折パターンが一致したのでAg2O3として報告.
が,実は
・その合成法は過去に報告されており,しかもAg2O3が出来ないことが判明している.
・データベースのXRDパターンは半世紀前のものであり,実はAg2O3ではなくAg7O8X(Xはアニオン)という包摂化合物のパターン.
・純粋なAg2O3の作り方も既報.今回のものとは構造が違う.
という感じで,うん,なんというか,ちゃんと調べるとかなり微妙ですね.
今回の論文の新規点は殺菌力のみ?
んー,まとめ役として著者に入っている(であろう)東谷先生というのも本来生物系の片のようですし,無機系のサーベイが不完全なのはしょうがないのかなあ……
Re: (スコア:0)
>JOURNAL OF MATERIALS SCIENCE
では、これらの過去事例をスルーして載せちゃったって事なんですか?
それと殺菌力については過去事例がないんですかね?
ま、ごちゃっと化合物でも殺菌力があるという能力が変わらないのであれば
有用な反応を掘り起こして来た点で「使える」と思えるので拾いようはありそうですね。
Re:いろいろ微妙 (スコア:1)
>これらの過去事例をスルーして載せちゃったって事なんですか?
あー,それに関しては,査読をする側としての意見も書かせてもらうと,
1. 査読をするのは必ずしもその分野の人間ではない
例えば,鉄酸化物の磁性が専門の人のところに,コバルトナノ粒子を使ったhyperthermia(温熱療法)の論文が回ってきたりします.
あまりにも畑違いならそりゃ断りますが,例えばナノ粒子の生成から物性測定,そしてhyperthermiaまでの部分が入っている論文だと,「まあ粒子作るところと物性関連は分かるからやっとくか」と取り組むことになります.そうすると逆に,hyperthermia部分はよく分からん(最低限のことは調べるけど,本当にそれが革新的なデータなのかはよく分からない)という状況になります.
(その論文を断って,それが医学系の人のところに行くと今度は全く逆の状況になります)
そんなわけで,査読する人間は必ずしもその論文の内容の専門とは限らないので,特に新規性などに関しては見落とす可能性が多々あります.
(特に「新製法だ!」とか「特性が良いものを選択的に作れる!」とかの微妙な新規性の場合)
今までに見たこともない物理現象,とかなら新規性が明らかでやりやすいんですが.
2. ショボイ雑誌だと査読も適当
J. Mater. Sci.は化学/マテリアル系では結構ショボイ論文誌です.例えばインパクトファクターで比べると,Nature Mater.の30は別格としても,Angew. Chem.,JACS,Adv. Mater.あたりが9-10程度,Chem. Mater.,J. Mater. Chem.,Inorg. Chem.あたりが4-5前後に対してJ. Mater. Sci.は2を切っています.というわけで,比較的どうでもいい雑誌(とか言うと失礼ですが).
そういう雑多な論文誌なので,読む方もそれほど気合いを入れて査読をしません(すいません).また,雑多な論文誌は出版数が多いので,とにかくいっぱい査読が回ってきます.そのためさらに輪をかけて流し読み状態に……
>それと殺菌力については過去事例がないんですかね?
ざっと簡単に調べてみたところ,Ag+とAg3+が混じった様な酸化物(ただしきちっとした構造などは決めていない)で強い殺菌力がある,という論文はあるようです.
が,何せAg+の殺菌力が強いため,Ag+関連の論文が非常にたくさんあって,検索が難しいことに.Silver OxideとかSilver(III)とかで引っかけようとしても,Ag2O関連の論文が山ほど引っかかっちゃうんですよね.
Ag2O3だと引っかからないんですが,今回の論文の系は正確にはAg2O3では無いので,clathrate系のAg+とAg3+が入り交じったAgOx系ではすでにやられている可能性もあります(そして当然違う名前で論文に載っているので,Ag2O3では引っかからない).
気合いを入れて,いろんな語句の組み合わせで調べていけば分かるかも知れませんが,大変そう……