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研究費を獲得するために学内ベンチャーと言う名の不採算ベンチャーを作って、
大学の名前を利用して助成金獲得&消化モデルになり、事業といいながら稼ぐでもなく、研究といいながら学生実験の領域を脱出できない。研究者としても勝てない、企業としても勝てないのにゾンビのように研究費を食い続けるだけで話題を作り続けるしか、、
でも、この手の研究・開発っていったんメディアが取り上げると、一般的にも業界的にも有名になる。で、そういうメディアに取り上げられる研究やらメディアに取り上げられる政治力ってのも教授の能力と言いますか、むしろ教授ってのは個々の技術や知識よりもそういうのが、金を取ってこれる力が求められたりするのが実情かと。
実際、有名・話題になると、それらの関連技術を目当てにいろいろな共同研究先が増えてきて(学術or商用)、コラボレーションという名の下に何もしなくても名前が論文に入ってくるようになって、業績もドンドン増えて、たいしたことをして無くても、結構実績と学内での地位を確固たるものに出来たりします。研究者の皆さんは業績を上げないと首って人も多いので、とにかくコラボレーションが大好きでして。欧州ほどじゃないけど(やつらほど仕事しないで業績を作るのに血道を上げる人たちも珍しいが、同時にそれらのコラボの中から生まれるものも多いので、否定するほどでもないのだが)みなさん業績を増やしたいので。
名前を入れたら、名前を借りたら仕事になりそうな人にみんな群がります。コラボです。で、ドンドン業績が何もしなくても増えてくる。実際、研究者の9割はそういう人たちです。そんな感じで論文なり業績を増やさないと食えないってのがありますが。
とにかく、研究の価値はいろいろ。立場が変わればクソな研究も立派な研究に変身する。
個々の技術ややっていることが学生レベルであっても、全体としての方向性や、その学生レベルを大量にかき集めて一つのジャンルを作れば、それはそれである種の立派な研究だし(これがそうとは言わないにせよ、全体としてはそういう感じで研究を進めているんでしょ)。結局のところ「今」何をやっているかではなくて、どういう風呂敷を広げられるか?ってのが違うところかな。学生とは。学生は大抵は目の前の技術で終わっている事が多い。学問や技術全体から自分の世界やその業界内でのあたらしいカテゴリや自分のテーマを広げられる人は、まぁ、ほとんどいない。研究にとって大事なのは個々の技術じゃないところが多い。開発は個々の技術の方が大事だけどね。
実際、研究の価値って結構それぞれだし、業界も広いので、学術的や技術的価値がなさそうでもけっこう「捨てる神あれば拾う神あり」の世界。意外にこの手の話題になる人や話題になる研究ってのも重宝されます。
個人的には嫌いだけどね。学術的価値や技術的価値はそれぞれなので、そういうのは個人の好み。
ただ、その業績に群がる人間の数である程度客観的に決定づけられるとは思うが・・・実際そんなに変わらんってのが実情かと。よほどの仕事で無い限りは。このよほどの仕事が研究者の残り一割の人々。ただ残り9割がいるから一割が生まれるってのはある。
長くなったけど、ようするに、一概に否定するべきものでもないと言うこと。その研究に関しての個人の好みや価値観は別としてね。
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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
やれることがなくなったラボの末路 (スコア:0, すばらしい洞察)
研究費を獲得するために学内ベンチャーと言う名の不採算ベンチャーを作って、
大学の名前を利用して助成金獲得&消化モデルになり、事業といいながら稼ぐでもなく、
研究といいながら学生実験の領域を脱出できない。研究者としても勝てない、企業としても
勝てないのにゾンビのように研究費を食い続けるだけで話題を作り続けるしか、、
Re:やれることがなくなったラボの末路 (スコア:2, 参考になる)
でも、この手の研究・開発っていったんメディアが取り上げると、一般的にも業界的にも有名になる。で、そういうメディアに取り上げられる研究やらメディアに取り上げられる政治力ってのも教授の能力と言いますか、むしろ教授ってのは個々の技術や知識よりもそういうのが、金を取ってこれる力が求められたりするのが実情かと。
実際、有名・話題になると、それらの関連技術を目当てにいろいろな共同研究先が増えてきて(学術or商用)、コラボレーションという名の下に何もしなくても名前が論文に入ってくるようになって、業績もドンドン増えて、たいしたことをして無くても、結構実績と学内での地位を確固たるものに出来たりします。研究者の皆さんは業績を上げないと首って人も多いので、とにかくコラボレーションが大好きでして。欧州ほどじゃないけど(やつらほど仕事しないで業績を作るのに血道を上げる人たちも珍しいが、同時にそれらのコラボの中から生まれるものも多いので、否定するほどでもないのだが)みなさん業績を増やしたいので。
名前を入れたら、名前を借りたら仕事になりそうな人にみんな群がります。
コラボです。
で、ドンドン業績が何もしなくても増えてくる。
実際、研究者の9割はそういう人たちです。
そんな感じで論文なり業績を増やさないと食えないってのがありますが。
とにかく、研究の価値はいろいろ。
立場が変わればクソな研究も立派な研究に変身する。
個々の技術ややっていることが学生レベルであっても、全体としての方向性や、その学生レベルを大量にかき集めて一つのジャンルを作れば、それはそれである種の立派な研究だし(これがそうとは言わないにせよ、全体としてはそういう感じで研究を進めているんでしょ)。結局のところ「今」何をやっているかではなくて、どういう風呂敷を広げられるか?ってのが違うところかな。学生とは。学生は大抵は目の前の技術で終わっている事が多い。学問や技術全体から自分の世界やその業界内でのあたらしいカテゴリや自分のテーマを広げられる人は、まぁ、ほとんどいない。研究にとって大事なのは個々の技術じゃないところが多い。開発は個々の技術の方が大事だけどね。
実際、研究の価値って結構それぞれだし、業界も広いので、学術的や技術的価値がなさそうでもけっこう「捨てる神あれば拾う神あり」の世界。意外にこの手の話題になる人や話題になる研究ってのも重宝されます。
個人的には嫌いだけどね。
学術的価値や技術的価値はそれぞれなので、そういうのは個人の好み。
ただ、その業績に群がる人間の数である程度客観的に決定づけられるとは思うが・・・実際そんなに変わらんってのが実情かと。よほどの仕事で無い限りは。このよほどの仕事が研究者の残り一割の人々。ただ残り9割がいるから一割が生まれるってのはある。
長くなったけど、ようするに、一概に否定するべきものでもないと言うこと。
その研究に関しての個人の好みや価値観は別としてね。