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タケカワユキヒデも歌詞作りのコツということでいっていたが、親愛を表す表現は「恋人に対するそれ」のつもりで書くといい感じになるそうだ。味方に男性キャラがいないのは、男性キャラを絡ませると主要キャラの絆っていうポイントがずれるからで、#あの作品の味方男性キャラは基本マクガフィンユリっぽく感じたのは「世の中のその手の表現はだいたいそういうもの」ということにすぎないってレベル。#キン肉マンとか、テリーマンの献身とかタッグトーナメントのサンシャインの嘆きとかわりとそれが濃い。#ただあっちはキャラが多い上、キン肉マンへのベクトルが多いから気づきにくいだけ
要は、見たいものを見ただけの話。
すみません。調子にのってユリユリ言いすぎました。
まんがにしろ映画にしろ、作者は大事なことはぜんぶ隠してしまいます。直接描けないことがらもあるし、読者は隠されていたものを「自分で」見つけたときに、最大のインパクトを受けます。みんなエヴァとかまどマギとかガルパンとかけもフレを一生懸命解釈してました。その結果、隠さないときよりも作品がずっと奥の深いものになります。ちなみにものを隠す最良の方法は、目の前にどーんと置くことです。なぜかみんなの目に入らなくなります。探偵小説でもそうです。
隠されたものを見つける一つの方法
ヤマトの結末はジェノサイドが不可避でした。なぜなら女をめぐる争いでは強い方が勝つとは限らず、相手を生かしておくと女を奪われるからです。古代進のセリフ「我々は、戦うべきではなかった。愛し合うべきだった!勝利か。……くそでも喰らえ! 」は実に意味深長です。「男同士で愛し合おう。女はいらない」という意味ですから。女を取りあうから苦しいのであって、女を守るための戦いなら苦しくはないのです。ヤマトは宇宙規模のファム・ファタールの話でした。
--「宇宙戦艦ヤマト」のオープニング曲とエンディング曲はどちらも阿久悠先生の作詞ですが、それぞれに共通することばは多く、あらわれた順に並べると、オープニング曲では> 旅立つ 宇宙 かならず帰る 手をふる人に はるばる ロマン 誰かがエンディング曲では> あの娘がふっていた真っ赤なスカーフ 誰のため 旅立つ ロマン かならず帰る はるばる 宇宙の順番でした。適当にならんでいるわけではなく、この順番で重要なことばだと考えてかまいません。「旅立つ」「かならず帰る」のはヤマトのストーリーだから、それより前を調べると、オープニング曲は> (空)エンディング曲は> あの娘がふっていた真っ赤なスカーフ 誰のためとなります。「誰のため」は「誰かが」と主客で対比されているので、これがもっとも重要なことばであることがわかります。「手」「人」と「真っ赤なスカーフ」「あの娘」が対比されており、こちらも非常に重要です。ヤマトの航海をあらわす、「旅立つ」と「かならず帰る」の間に、それぞれ「宇宙」と「ロマン」が入り、それぞれの曲の意味が強調されています。ヤマトの本当の主題は、「あの娘」「誰のため」、すなわち、女は誰を選ぶのかということであり、勇ましいオープニング曲はダミーだということがわかります。
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長期的な見通しやビジョンはあえて持たないようにしてる -- Linus Torvalds
割とよくある (スコア:0)
タケカワユキヒデも歌詞作りのコツということでいっていたが、
親愛を表す表現は「恋人に対するそれ」のつもりで書くといい感じになるそうだ。
味方に男性キャラがいないのは、男性キャラを絡ませると主要キャラの絆っていうポイントがずれるからで、
#あの作品の味方男性キャラは基本マクガフィン
ユリっぽく感じたのは「世の中のその手の表現はだいたいそういうもの」ということにすぎないってレベル。
#キン肉マンとか、テリーマンの献身とかタッグトーナメントのサンシャインの嘆きとかわりとそれが濃い。
#ただあっちはキャラが多い上、キン肉マンへのベクトルが多いから気づきにくいだけ
要は、見たいものを見ただけの話。
Re: (スコア:1)
すみません。調子にのってユリユリ言いすぎました。
まんがにしろ映画にしろ、作者は大事なことはぜんぶ隠してしまいます。直接描けないことがらもあるし、読者は隠されていたものを「自分で」見つけたときに、最大のインパクトを受けます。みんなエヴァとかまどマギとかガルパンとかけもフレを一生懸命解釈してました。その結果、隠さないときよりも作品がずっと奥の深いものになります。ちなみにものを隠す最良の方法は、目の前にどーんと置くことです。なぜかみんなの目に入らなくなります。探偵小説でもそうです。
隠されたものを見つける一つの方法
Re:割とよくある (スコア:1)
ヤマトの結末はジェノサイドが不可避でした。なぜなら女をめぐる争いでは強い方が勝つとは限らず、相手を生かしておくと女を奪われるからです。古代進のセリフ「我々は、戦うべきではなかった。愛し合うべきだった!勝利か。……くそでも喰らえ! 」は実に意味深長です。「男同士で愛し合おう。女はいらない」という意味ですから。女を取りあうから苦しいのであって、女を守るための戦いなら苦しくはないのです。ヤマトは宇宙規模のファム・ファタールの話でした。
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「宇宙戦艦ヤマト」のオープニング曲とエンディング曲はどちらも阿久悠先生の作詞ですが、それぞれに共通することばは多く、あらわれた順に並べると、オープニング曲では
> 旅立つ 宇宙 かならず帰る 手をふる人に はるばる ロマン 誰かが
エンディング曲では
> あの娘がふっていた真っ赤なスカーフ 誰のため 旅立つ ロマン かならず帰る はるばる 宇宙
の順番でした。適当にならんでいるわけではなく、この順番で重要なことばだと考えてかまいません。
「旅立つ」「かならず帰る」のはヤマトのストーリーだから、それより前を調べると、オープニング曲は
> (空)
エンディング曲は
> あの娘がふっていた真っ赤なスカーフ 誰のため
となります。「誰のため」は「誰かが」と主客で対比されているので、これがもっとも重要なことばであることがわかります。「手」「人」と「真っ赤なスカーフ」「あの娘」が対比されており、こちらも非常に重要です。ヤマトの航海をあらわす、「旅立つ」と「かならず帰る」の間に、それぞれ「宇宙」と「ロマン」が入り、それぞれの曲の意味が強調されています。ヤマトの本当の主題は、「あの娘」「誰のため」、すなわち、女は誰を選ぶのかということであり、勇ましいオープニング曲はダミーだということがわかります。