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バレンタインデーの贈り物に欲しいもの、贈りたいもの」記事へのコメント

  • by kazunosuke (4148) <hirosuke78NO@SPAMhotmail.com> on 2004年02月09日 1時39分 (#491922) 日記
     そのむかし小学校ではバレンタインに学校にチョコレートを
    持ってくることは禁止されていた。理由は「貰えない子が、かわいそうだから」。
    幼心に判っていた。チョコを貰えない事実を「学校で禁止されているから」との
    大義名分に負わせざろう得ない自分自身の狡さに。

     守られていることは逆に逆光へ向かう力強さを削ぐことにはならないだろうか。
    中高大と社会に出て、大義名分に守られぬ生身の自分の弱さをつくづく感じた。
    「バレンタインなんて下らん」と言ってしまうのは簡単である。
    しかしハナからその制度の外に身を置くものが批判するのは筋違いである。
    男はチョコを貰って初めてバレンタインデーを否定できるのだ。
    タモリが毎年言っている「バレンタインなんて無くていいね」とのセリフ、
    それは惰性以外の何物も無い。実感もこもっていない、芸能界に身を置くものの、
    自虐ネタにもならないセリフに同意できる諸兄が、全国にいったいどれだけいるのだろうか。
    激しく疑問である。

     いつも何かを誰かのせいばかりにして生きてきた。
    誰かのせいに出来ないものならば世の中の制度をその批判の対象としてきた。
    でも、もう誰か・世の中のせいにはしたくない。全ての理由を自分に求めたい。
    それが痛みを伴うものであったとしても、それを受け入れる準備は出来ている。
    むしろ、いっそのこと・・・。

     バレンタインには痛みが欲しい。

    それは「大義名分」や「社会批判」で守られない、逆光で生きていく、強さへの決意である。

    #カッコ良いこと言ってそうで、全然カッコ良くないのでIDで(ぉ。
    • このコメントをもうちょっと要約して女性の前で話したら、
      チョコレートの一つくらいは舞い込むのでは…、って
      余計なお世話かな?(汗)

      いや、
      >痛みが欲しい
      の発言がちょっとかっこいいと思ったものでね。

一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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