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私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson
感情的な批判が多すぎるような (スコア:3, すばらしい洞察)
私もさすがに森教授の見解には懐疑的ではあるのですが、ネット上でのヒステリックな批判にもなんだかなあと感じてしまいます。自分の趣味でしかないゲームを批判されていることと、自分自身が否定されていることとの区別がついていないんじゃないか、と思うわけです。
ゲームの話ではなくて脳の話 (スコア:1)
>自分自身が否定されていることとの区別がついていないんじゃないか、と思うわけです
私はちょっと違う意見でして、
ゲーム批判だけではないのではないか、
「ゲーム脳」はある種「ゲームにシンクロしやすい体質」なのだと考えていまして、
キチガイ呼ばわりして「ゲームにシンクロしやすい体質」を批判する
Re:ゲームの話ではなくて脳の話 (スコア:1)
いくらゲーマーでも、その人からゲームを奪ったら何も残らない、ということはないのではないでしょうか。
#もし、そう感じている人がいるとすれば、その認識を修正していくのが先だと感じます。
よしんば「ゲームにシンクロしやすい体質」があって、それを批判しているとしても、「ゲームにシンクロしやすい体質」はその人の属性のほんの一部に過ぎないでしょう。それを全人格の批判と捉えることに、猛烈な違和感を持ちます。
ゲーム脳論の本質はオタク・バッシング (スコア:2, すばらしい洞察)
それは「ゲームにシンクロしやすい体質」を「ゲームオタクであること」に言い換えると、理解できます。
ゲーム脳論の本質はオタク・バッシングですが、
では何がバッシングを受けているのかと言えば、
「話題が狭い」「会話が出来ない」「話がマニアックすぎて理解不能」といったコミュニケーションスキルの問題です。
ここに外観(ファッションやコスメ、ダイエットなど)も含まれています。
それらは「TPOをわきまえた行動」とか「空気を読む」とか「機転・融通が利く」と言った形で表に出ます。
こうした問題は、趣味云々の問題ではなく、全人格とまでは言いませんが人格の大部分を占めている様な気がします。
つまり、猛烈な違和感の正体は、
コミュニケーションがうまいとか下手とか、異性にモテるとかモテないとかの問題が異常なまでに先鋭になり、
コミュニケーションスキルが人の物差しなってしまった結果、
「話の通じないやつとはつきあいたくない」という人格攻撃に進むのだがそれはどうか?だと思うのですが。
Re:ゲーム脳論の本質はオタク・バッシング (スコア:0)
価値基準が違う相手を認めないというそれ自体が
コミュニケーションスキルの欠如であるということに
気付いてないんだろうね。この教授も可哀想な人間だな。