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スラドでも新聞読まないとかTV観ないとか誇らしげに宣言しちゃう人がたまにいるけど、そういう手合いが増えてるんですね。
どんな言論もある程度は全員に共通する文脈がないと話にならないので、この流れは非常に危険だと思います。行き着く先は(もうなっている気もするけど)思想の分裂・極端化と対話の停止だし、ジャーナリズムのない世界への退行だと思う。
タレコミにはこうありますね。
新聞会社や地域放送は生き残りをかけ、「何を伝えるべきか」ではなく「人々は何を耳にしたいか」に頼るようになってしまった。
あなたが考える危険なこの流れはいわばマスコミが作ったものというわけですけど。
さて新聞やテレビで操作された情報という「共通する文脈」が大衆に必要というのなら、みんな共通の考えになるというのですから、それこそ「対話の停止」した時代がやってくるでしょう。しかしこの情報化社会にあって自分で情報を収集し選択する能力があれば、20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。ただ現実的に日常生活に追われている人にそんな暇はないのですが。
>> この情報化社会にあって自分で情報を収集し選択する能力があれば、20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。
米国のFOXニュースってご存知でしょうか?あの局は、嘘だろうが何だろうが、とにかく典型的な保守派の喜ぶようなネタを常に放送し続けることで、米国でNo.1の人気ニュースチャンネルへとのし上がりました。もちろん日本のメディアでも右寄り/左寄りというのはありますし、戦時中の出来事に対する報道姿勢や日中関係の解釈など、いろいろ差はありますし、今だと小沢問題についての報道姿勢などにも温度差はあると思います。しかし、FOXニュースの場合は報道姿勢とかいう次元の話ではなく、(当時の)ブッシュ政権を擁護するために事実無根なネタを放送し続けて誤解を流布し、それらの訂正を一切していません。ところが、そんな局が全米視聴率No.1のニュースチャンネルなのです。(ブッシュ政権崩壊の後で人気が落ちたらしいので、今は違うかもしれない)
ブッシュ政権時代にFOXニュースが延々と嘘を垂れ流した結果、いまだに「イラクは911の黒幕であり、国連の査察でイラクに大量殺戮兵器が見つかったのでブッシュ政権はイラクへの攻撃を開始したのだ。それら全て物的証拠もあがっていた」と信じているような人が米国民の何割とかいうレベルの割合でいます。しかも、これは(失礼な言い方かもしれないですが)「知識レベルの低い人は救いようがない」的な話ではありません。政治家や財界の大物などでも「CNNに代表される他のメディアはリベラルに偏向した嘘の報道を流している。だから自分は中立的なFOXニュースしか見ない」という思想の人がそれなりの割合で存在していますし、最近は他社も(単に人気取りだけのために)報道姿勢を保守寄りにシフトしつつあると言われています。このような状況を見ると「自分の見たいニュースしか見ない」「皆の見たいニュースしか流さない」という傾向は非常に危険だと思いますね。でも、その改善策は思いつかないですが。強いていえば子供の頃からの教育で何とかするしかないという話でしょうね。
最近は他社も(単に人気取りだけのために)報道姿勢を保守寄りにシフトしつつあると言われています。このような状況を見ると「自分の見たいニュースしか見ない」「皆の見たいニュースしか流さない」という傾向は非常に危険だと思いますね。
なるほどね。マスコミの視聴率偏重の流れを作ったのは、報道で思考停止した視聴者が作ったというわけですか。
しかしそれはテレビの影響力が強くなったというだけでしょう。昔からテレビには人を動かす影響力があったので、大々的なテレビ広告をうつことでそれに見合う集客をすることができたわけですし、しかも映像の分野の技術革新のおかげで、言論封鎖しなくても、現実と虚構を埋める精巧につくられたニュースが(20年前と比べて)今はお手軽に作成できるようになった。FOXテレビのようなメディアが20年前に存在していれば、20年前の人たちもつまらないニュースには見向きもしなかったでしょうな。
# 余談ですが、以前の「プレジデント」誌では、日本の田舎ではテレビ広告の影響力が根強いものの、都会では携帯電話の広告が台頭してきているため、業種によってはテレビ広告を選択しない流れがあるのだとか。米国でもテレビ広告の影響力は減ってきているといわれていますな。まあそれがメディアの視聴率偏重に拍車をかけているかもしれませんが。
これには大衆の知識レベルや時代は関係ありませんよ。たとえば昔は多かった信心深い人たちでさえ、自分の信じているものを客観的に選んでいたわけではない人がほとんどでしたから。生物学的な死を迎えた後の世界にいたっては、輪廻転生したり極楽浄土に行ったり地獄に堕ちたりと、各人の信じようで三者三様なのは滑稽でもありましたな(今も変わりありませんが)。
それでメディア報道などで「自分の信じたいものだけを信じる」傾向は、昔のニュースメディアにそれだけの力がなかったというだけで、今に始まったことではないってことでヨロ。
録画による視聴は増える傾向にある予測(2005年)http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20084029,00.htm [cnet.com]
録画だと CM はスキップされるという調査報告(2009年)http://news.livedoor.com/article/detail/4414844/ [livedoor.com]
若者は“テレビ離れ”していない…?(2010年1月)http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20407542,00.htm [cnet.com]
上掲の分析内容を添削した方の記事http://d.hatena.ne.jp/LM-7/20100130/1264821653 [hatena.ne.jp]
興味深いですね。危険というか実に人間くさい話だと思います。「自国は間違っている」「自分は間違っている」という情報は嫌だというのは自然な感情ではないでしょうか。自己否定は成長に必要ですが、受け入れすぎれば精神的に病んだり、自ら立場を失ってしまいます。自己否定と自己肯定のバランス感が人によって違い、FOXテレビを好むちょっと精神的に弱いか、狡猾な人々がそれなりに居るというだけの話だと思います。報道される大規模の「真実」ってほとんどの人にとっては、それくらいの価値しかないんではないでしょうか。
因果が逆ですね。それを求める人が増えたからマスメディアが迎合しはじめたんだと私は思いますが。
さて新聞やテレビで操作された情報という「共通する文脈」が大衆に必要というのなら、みんな共通の考えになるというのですから、それこそ「対話の停止」した時代がやってくるでしょう。
やってきません。知識セットが共通であることは必ずしも一つの解釈のみを与えない。現に私とあなたは共通の情報から違う意見を持ったわけで。
しかしこの情報化社会にあって自分で情報を収集し選択する能力があれば、20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。
だから常識がなくなっていくのであって、私はまさにそれを危惧しているのです。
相手の知識セットが仮定できないというのは、まともな議論の前には各個が独自の情報ソースをすべて明らかにして検証しなければいけないということですよ。独自の情報を逐一検証するより、共通する知識とそこからの各個の差分のみを検証する方がずっと能率的であって、マスメディアが知識を「押し付ける」機能を低下させつつあるのは憂慮すべき事態だと思うのですが、如何か。
そもそも"右へならえ"の状態で"まともな論議"ができるんでしょうか?
ここの人たちに言わせれば多分「左へならえ」ですね。
冗談はさておき、新聞やTVがなんと言おうが我々はそれに反証を立てることだってできるので別に良いんじゃないでしょうか。戦前・戦中とはそこが違います。私はなにもメディアを鵜呑みにしろなんて言ってませんよ。ただ誰も彼もがオレオレ情報を持ち出しては「話にならない」と言ったまでです。検証も面倒だし。
# このthread的にははじめて書き込むACです。
心配される側面もわからなくはないですが、元々「常識」と思ってた例が(FOXニュースの例のように)分断されたコミュニティの中にあった、という見方もできませんか? そして、その分断が進んでいるのが現代である、と。
そう考えると、対話にはまず共通認識セットの構築と確認が必要になる、という「常識」が生まれることは、人間というミーム群としては、進化にあたるように思っています。
当然、そのためには、個々の共通認識セットの確認のコストを下げる必要があります。例えば、ネットコミュニティを眺めていると「ネトウヨ」と「はてサヨ」の皆さんがいろいろ(共通セットのないまま)不毛な議論をしてたりしますが、こういった断絶をどう有意義な議論に組み込んでいくか、とか考えると、やるべきことが見えてくるように思います。
知識セットが共通であることは必ずしも一つの解釈のみを与えない。
知識のセットが共通であることで、一定のバイアスは掛かるのは間違いないです。
相手の知識セットが仮定できないというのは、まともな議論の前には各個が独自の情報ソースをすべて明らかにして検証しなければいけないということですよ。
それによるメリットもあるのでは?議論の幅は広がりますよ。
独自の情報を逐一検証するより、共通する知識とそこからの各個の差分のみを検証する方がずっと能率的であって、マスメディアが知識を「押し付ける」機能を低下させつつあるのは憂慮すべき事態だと思うのですが、如何か。
効率的な分、バイアスの掛かった、視野の狭い、議論になる
> 20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。
え? 大昔、「ワープロ」なるものが発売されたころ「これであなたも文筆家に」なんて言われ、DTMが流行すると「これであなたも大ヒットメロディーメーカーに」なんて言われました。その結果がどうだったかは言わずもがな。
そこでネットが発達して、ブログなりで情報発信の道具がそろったからといって「各自がジャーナリストになれる」だなんて臆面もなくよく言えますね。ジャーナリストも、文筆家や作曲家などと同様道具揃えてできる職業じゃないですよ。
面白い指摘ですがどうでしょうかね?
かつて、文豪になるには素養が必要で、ワープロがあったところでどうにもなりませんでした。逆に言うと素養さえあればケータでも小説家になれたりもしますが、いずれにしても能力主義です。
DTMも同様、素養がなければ宝の持ち腐れでした。
翻ってジャーナリストになるにはどうでしょう?ただ一次ソースを伝えられるだけでいいのです。視聴率が取れるよう面白おかしく脚色して伝えるには演出家としての能力が必要でしょうがたまたま起こった事実を伝えるだけならyoutubeの映像で十分です。
道具と機会さえあればOKなのがジャーナリストですよ。彼らの活動の大半はその機会を増やすためのものでしかない。
ネットにジャーナルを奪われたマスコミは、ますます演出方面にシフトすることでしょうね。残念なことですが。
演出方面に力を入れてくのもアレですが、「テレビ評論家達 小沢から金を貰って擁護していた! [google.co.jp]」ってのが増えるのもいやですねぇ。
買収のしようがない個人のブログの方がマシと言われても仕方ない。
# だから一時期個人ブログのふりして広告やるのが流行ってたんでしょうね。
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海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい -- Steven Paul Jobs
常識のない世界 (スコア:4, すばらしい洞察)
スラドでも新聞読まないとかTV観ないとか誇らしげに宣言しちゃう人がたまにいるけど、そういう手合いが増えてるんですね。
どんな言論もある程度は全員に共通する文脈がないと話にならないので、この流れは非常に危険だと思います。行き着く先は(もうなっている気もするけど)思想の分裂・極端化と対話の停止だし、ジャーナリズムのない世界への退行だと思う。
言ってないことに反論するなよ
Re:常識のない世界 (スコア:5, すばらしい洞察)
タレコミにはこうありますね。
あなたが考える危険なこの流れはいわばマスコミが作ったものというわけですけど。
さて新聞やテレビで操作された情報という「共通する文脈」が大衆に必要というのなら、みんな共通の考えになるというのですから、それこそ「対話の停止」した時代がやってくるでしょう。しかしこの情報化社会にあって自分で情報を収集し選択する能力があれば、20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。ただ現実的に日常生活に追われている人にそんな暇はないのですが。
モデレータは基本役立たずなの気にしてないよ
Re:常識のない世界 (スコア:5, 興味深い)
>> この情報化社会にあって自分で情報を収集し選択する能力があれば、20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。
米国のFOXニュースってご存知でしょうか?あの局は、嘘だろうが何だろうが、とにかく典型的な保守派の喜ぶようなネタを常に放送し続けることで、米国でNo.1の人気ニュースチャンネルへとのし上がりました。もちろん日本のメディアでも右寄り/左寄りというのはありますし、戦時中の出来事に対する報道姿勢や日中関係の解釈など、いろいろ差はありますし、今だと小沢問題についての報道姿勢などにも温度差はあると思います。しかし、FOXニュースの場合は報道姿勢とかいう次元の話ではなく、(当時の)ブッシュ政権を擁護するために事実無根なネタを放送し続けて誤解を流布し、それらの訂正を一切していません。ところが、そんな局が全米視聴率No.1のニュースチャンネルなのです。(ブッシュ政権崩壊の後で人気が落ちたらしいので、今は違うかもしれない)
ブッシュ政権時代にFOXニュースが延々と嘘を垂れ流した結果、いまだに「イラクは911の黒幕であり、国連の査察でイラクに大量殺戮兵器が見つかったのでブッシュ政権はイラクへの攻撃を開始したのだ。それら全て物的証拠もあがっていた」と信じているような人が米国民の何割とかいうレベルの割合でいます。しかも、これは(失礼な言い方かもしれないですが)「知識レベルの低い人は救いようがない」的な話ではありません。政治家や財界の大物などでも「CNNに代表される他のメディアはリベラルに偏向した嘘の報道を流している。だから自分は中立的なFOXニュースしか見ない」という思想の人がそれなりの割合で存在していますし、最近は他社も(単に人気取りだけのために)報道姿勢を保守寄りにシフトしつつあると言われています。このような状況を見ると「自分の見たいニュースしか見ない」「皆の見たいニュースしか流さない」という傾向は非常に危険だと思いますね。でも、その改善策は思いつかないですが。強いていえば子供の頃からの教育で何とかするしかないという話でしょうね。
「自分の信じたいものだけを信じる」流れは20年前もあったよね (スコア:2, 興味深い)
なるほどね。マスコミの視聴率偏重の流れを作ったのは、報道で思考停止した視聴者が作ったというわけですか。
しかしそれはテレビの影響力が強くなったというだけでしょう。昔からテレビには人を動かす影響力があったので、大々的なテレビ広告をうつことでそれに見合う集客をすることができたわけですし、しかも映像の分野の技術革新のおかげで、言論封鎖しなくても、現実と虚構を埋める精巧につくられたニュースが(20年前と比べて)今はお手軽に作成できるようになった。FOXテレビのようなメディアが20年前に存在していれば、20年前の人たちもつまらないニュースには見向きもしなかったでしょうな。
# 余談ですが、以前の「プレジデント」誌では、日本の田舎ではテレビ広告の影響力が根強いものの、都会では携帯電話の広告が台頭してきているため、業種によってはテレビ広告を選択しない流れがあるのだとか。米国でもテレビ広告の影響力は減ってきているといわれていますな。まあそれがメディアの視聴率偏重に拍車をかけているかもしれませんが。
これには大衆の知識レベルや時代は関係ありませんよ。たとえば昔は多かった信心深い人たちでさえ、自分の信じているものを客観的に選んでいたわけではない人がほとんどでしたから。生物学的な死を迎えた後の世界にいたっては、輪廻転生したり極楽浄土に行ったり地獄に堕ちたりと、各人の信じようで三者三様なのは滑稽でもありましたな(今も変わりありませんが)。
それでメディア報道などで「自分の信じたいものだけを信じる」傾向は、昔のニュースメディアにそれだけの力がなかったというだけで、今に始まったことではないってことでヨロ。
モデレータは基本役立たずなの気にしてないよ
テレビによる広告効果は低下傾向 (スコア:1, 興味深い)
録画による視聴は増える傾向にある予測(2005年)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20084029,00.htm [cnet.com]
録画だと CM はスキップされるという調査報告(2009年)
http://news.livedoor.com/article/detail/4414844/ [livedoor.com]
若者は“テレビ離れ”していない…?(2010年1月)
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20407542,00.htm [cnet.com]
上掲の分析内容を添削した方の記事
http://d.hatena.ne.jp/LM-7/20100130/1264821653 [hatena.ne.jp]
Re: (スコア:0)
興味深いですね。
危険というか実に人間くさい話だと思います。
「自国は間違っている」「自分は間違っている」という情報は嫌だというのは自然な感情ではないでしょうか。
自己否定は成長に必要ですが、受け入れすぎれば精神的に病んだり、自ら立場を失ってしまいます。
自己否定と自己肯定のバランス感が人によって違い、FOXテレビを好むちょっと精神的に弱いか、狡猾な人々が
それなりに居るというだけの話だと思います。
報道される大規模の「真実」ってほとんどの人にとっては、それくらいの価値しかないんではないでしょうか。
Re:常識のない世界 (スコア:3, 興味深い)
あなたが考える危険なこの流れはいわばマスコミが作ったものというわけですけど。
因果が逆ですね。それを求める人が増えたからマスメディアが迎合しはじめたんだと私は思いますが。
さて新聞やテレビで操作された情報という「共通する文脈」が大衆に必要というのなら、みんな共通の考えになるというのですから、それこそ「対話の停止」した時代がやってくるでしょう。
やってきません。知識セットが共通であることは必ずしも一つの解釈のみを与えない。現に私とあなたは共通の情報から違う意見を持ったわけで。
しかしこの情報化社会にあって自分で情報を収集し選択する能力があれば、20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。
だから常識がなくなっていくのであって、私はまさにそれを危惧しているのです。
相手の知識セットが仮定できないというのは、まともな議論の前には各個が独自の情報ソースをすべて明らかにして検証しなければいけないということですよ。
独自の情報を逐一検証するより、共通する知識とそこからの各個の差分のみを検証する方がずっと能率的であって、マスメディアが知識を「押し付ける」機能を低下させつつあるのは憂慮すべき事態だと思うのですが、如何か。
言ってないことに反論するなよ
Re:常識のない世界 (スコア:1, すばらしい洞察)
ネットだと突然「相手の知識セットが仮定できな」くなるって結論には違和感を
感じざる得ないな。
新聞の朝日で無く、ネットのアサヒで情報を得てると、突然「共通な知識セット」と
やらから取り残されるってことはないでしょう。むしろ、ネットだと並べて情報を
見れるから、ひとつの話題でも複数の報道機関を参考に出来る分、優れてると思うし。
残念ながらテレビがラジオのシェア奪ったときに「ラジオを聞かずにテレビなんて
見てる奴はアホだ」って言ってるのと同じレベルの話にしか思えない。
情報元が「ネット」って奴が増えると、常識の共有を危惧しなきゃいけないほど、
テレビや新聞は優れたツールじゃ無かったと思うけどね。
それに、テレビと新聞みてるはずのノンポリ世代と話してると、本当に政治的な
話題になると自分の意見が無くって「大丈夫か?」って思うけどね。
「共通の知識セット」ってより「植え付けられた思想」って状態だし。
Re:常識のない世界 (スコア:1)
戦時中の言論統制を思い浮かべてしまう、というと極論だと言われるかもしれませんが。
Re:常識のない世界 (スコア:2)
そもそも"右へならえ"の状態で"まともな論議"ができるんでしょうか?
ここの人たちに言わせれば多分「左へならえ」ですね。
冗談はさておき、新聞やTVがなんと言おうが我々はそれに反証を立てることだってできるので別に良いんじゃないでしょうか。戦前・戦中とはそこが違います。
私はなにもメディアを鵜呑みにしろなんて言ってませんよ。ただ誰も彼もがオレオレ情報を持ち出しては「話にならない」と言ったまでです。検証も面倒だし。
言ってないことに反論するなよ
Re: (スコア:0)
# このthread的にははじめて書き込むACです。
心配される側面もわからなくはないですが、元々「常識」と思ってた例が(FOXニュースの例のように)分断されたコミュニティの中にあった、という見方もできませんか? そして、その分断が進んでいるのが現代である、と。
そう考えると、対話にはまず共通認識セットの構築と確認が必要になる、という「常識」が生まれることは、人間というミーム群としては、進化にあたるように思っています。
当然、そのためには、個々の共通認識セットの確認のコストを下げる必要があります。例えば、ネットコミュニティを眺めていると「ネトウヨ」と「はてサヨ」の皆さんがいろいろ(共通セットのないまま)不毛な議論をしてたりしますが、こういった断絶をどう有意義な議論に組み込んでいくか、とか考えると、やるべきことが見えてくるように思います。
Re: (スコア:0)
知識セットが共通であることは必ずしも一つの解釈のみを与えない。
知識のセットが共通であることで、一定のバイアスは掛かるのは間違いないです。
相手の知識セットが仮定できないというのは、まともな議論の前には各個が独自の情報ソースをすべて明らかにして検証しなければいけないということですよ。
それによるメリットもあるのでは?議論の幅は広がりますよ。
独自の情報を逐一検証するより、共通する知識とそこからの各個の差分のみを検証する方がずっと能率的であって、マスメディアが知識を「押し付ける」機能を低下させつつあるのは憂慮すべき事態だと思うのですが、如何か。
効率的な分、バイアスの掛かった、視野の狭い、議論になる
Re: (スコア:0)
> 20年前と違って各自がジャーナリストになれる時代でもありますよ。
え? 大昔、「ワープロ」なるものが発売されたころ「これであなたも文筆家に」なんて言われ、DTMが流行すると「これであなたも大ヒットメロディーメーカーに」なんて言われました。
その結果がどうだったかは言わずもがな。
そこでネットが発達して、ブログなりで情報発信の道具がそろったからといって「各自がジャーナリストになれる」だなんて臆面もなくよく言えますね。ジャーナリストも、文筆家や作曲家などと同様道具揃えてできる職業じゃないですよ。
Re:常識のない世界 (スコア:1, すばらしい洞察)
面白い指摘ですがどうでしょうかね?
かつて、文豪になるには素養が必要で、ワープロがあったところでどうにもなりませんでした。
逆に言うと素養さえあればケータでも小説家になれたりもしますが、いずれにしても能力主義です。
DTMも同様、素養がなければ宝の持ち腐れでした。
翻ってジャーナリストになるにはどうでしょう?
ただ一次ソースを伝えられるだけでいいのです。
視聴率が取れるよう面白おかしく脚色して伝えるには演出家としての能力が必要でしょうが
たまたま起こった事実を伝えるだけならyoutubeの映像で十分です。
道具と機会さえあればOKなのがジャーナリストですよ。
彼らの活動の大半はその機会を増やすためのものでしかない。
ネットにジャーナルを奪われたマスコミは、ますます演出方面にシフトすることでしょうね。
残念なことですが。
Re: (スコア:0)
演出方面に力を入れてくのもアレですが、「テレビ評論家達 小沢から金を貰って擁護していた! [google.co.jp]」ってのが増えるのもいやですねぇ。
買収のしようがない個人のブログの方がマシと言われても仕方ない。
# だから一時期個人ブログのふりして広告やるのが流行ってたんでしょうね。