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この手の研究は,波束エンジニアリング等と呼ばれる最近ちょっと流行の面白い研究です.簡単な概念を述べますと,
まず,超短パルスレーザーで分子の振動状態を励起します.まあここでは単純にヨウ素分子だとか水素分子だとかのような二原子分子を考えましょう.通常の励起では,吸収される波長と同じエネルギー差のところのみが励起されるわけですが,パルス幅(光のパルスの持続時間)が十分短い場合単一の波長というものがきちんと定義できず(例えばデルタ関数の場合,フーリエ変換すると全波長の重ね合わせであるように,短パルスにすると言うことは様々な波長成分を持たせることに相当),様々な振動準位が同時に励起されます.つまり,一発のパルスで複数準位の重ね合わせが励起されます.このとき,様々な振動の重ね合わせが「波束」と呼ばれる一種の集合体であるかのように振る舞います.海で様々な波長の波が重なって,一つの大きな波(のように見えるもの)として移動していくようなものです.具体的には,ある波束Ψは
Ψ = C1ψ1exp(-iω1t+iφ1) + C2ψ2exp(-iω1t+iφ2)…
といった形で励起されます.Cnは分子のn番目の振動準位の振幅,ψnはn番目の振動状態の関数,ωnはn番目の準位の波動関数の位相の振動成分(異なる準位は,異なる速度で位相が変化する.単一の準位のみでは位相は意味を持たないが,異なる関数同士の相対的な関係=位相差は時間とともに変わる),φnは励起された瞬間の初期位相です.
ここで,パルス幅,パルスの中心波長(前述の通り,波長が分布を持つため)などを制御することで,この「波束」の各成分のCn,各成分の初期位相φnを独立に制御できます.つまり,好きな初期状態を分子に書き込めるわけです.#これによって作られる波束構造は,分子よりも遙かに小さくなります.#つまり将来的には分子/原子内に,原子より小さい「何か」を構築できるかも?
その後,ある任意の時間待ちます.そうすると,iωtという項によって波束を構成する各成分は次々に位相を変化させていきます.この位相が変化していく過程がある種の演算(の一部)になります.
最後に,演算&情報を取り出します.分子に対して再度短パルスを与えもう一つの波束を生成し,これと最初の波束(の時間発展したもの)とを干渉させます.すると例えばある位相を持った成分だけを生き残らせたり,といった処理が可能となりますので,生き残った準位が何であるのかを読み出すわけです.(微妙に違う他の方法もありますが,まあこんな感じで)
物理過程をすべてすっ飛ばして書くと(こう書いてしまうと範囲が広すぎてあまりよろしくはありませんが……),input -> blackbox -> outputであり,output = f(input)という一種の関数(ゲート)を分子で構築できるわけです.もっと具体的な例で言えば,こういった波束制御によってCNOTゲートを作れることが実証されています.これは量子演算における基本となる素子で,基本的にこれからすべての量子ゲートが構築可能です.つまり,分子ベースの量子コンピュータを作り得る,ということでもあります.あるインプットを短パルスレーザーで与えて,望む演算に相当する放置時間+演算用パルス,それによって新たに生じた状態をまた時間発展させ……と,継続して異なる演算を何度も重ね,最後に出力を得る,というような流れですかね.
また,ビット密度の高さも魅力です.論文でも書かれていますが,二原子分子の振動励起準位として10個ほど使用すれば(現在のレーザー制御技術ならこのぐらいは不可能ではない),各準位の振幅を二値,位相を二値とおおざっぱな取り方をしても原子2個(二原子分子だから)で20bit相当となります.
まあもっとも,これが今日明日に何かになると言うわけではありませんが,まあずっと先には何かにつながるかも知れません.
>任意の波動で同じことができますか?
今回の実験の範囲の古典的アナロジーなら,出来無いことはないんじゃないですかね.多分.ただ分子振動だと一周回った後のものはまた元に戻って繰り返しますけど,時間発展で飛んでっちゃうような系(基板平面上での電子だとか)だと無理な気はします.
>これで速くできる理由がよく分からなかったので
単純に,使っている振動状態の関数の位相部分の時間変化が非常に速いためです.結構上まで叩き上げてますからねえ(振動の量子数で34,36,37,38の4つを使用).
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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall
おおよその概念(簡略化のため不正確) (スコア:5, 参考になる)
この手の研究は,波束エンジニアリング等と呼ばれる最近ちょっと流行の面白い研究です.
簡単な概念を述べますと,
まず,超短パルスレーザーで分子の振動状態を励起します.まあここでは単純にヨウ素分子だとか水素分子だとかのような二原子分子を考えましょう.通常の励起では,吸収される波長と同じエネルギー差のところのみが励起されるわけですが,パルス幅(光のパルスの持続時間)が十分短い場合単一の波長というものがきちんと定義できず(例えばデルタ関数の場合,フーリエ変換すると全波長の重ね合わせであるように,短パルスにすると言うことは様々な波長成分を持たせることに相当),様々な振動準位が同時に励起されます.つまり,一発のパルスで複数準位の重ね合わせが励起されます.
このとき,様々な振動の重ね合わせが「波束」と呼ばれる一種の集合体であるかのように振る舞います.海で様々な波長の波が重なって,一つの大きな波(のように見えるもの)として移動していくようなものです.
具体的には,ある波束Ψは
Ψ = C1ψ1exp(-iω1t+iφ1) + C2ψ2exp(-iω1t+iφ2)…
といった形で励起されます.Cnは分子のn番目の振動準位の振幅,ψnはn番目の振動状態の関数,ωnはn番目の準位の波動関数の位相の振動成分(異なる準位は,異なる速度で位相が変化する.単一の準位のみでは位相は意味を持たないが,異なる関数同士の相対的な関係=位相差は時間とともに変わる),φnは励起された瞬間の初期位相です.
ここで,パルス幅,パルスの中心波長(前述の通り,波長が分布を持つため)などを制御することで,この「波束」の各成分のCn,各成分の初期位相φnを独立に制御できます.つまり,好きな初期状態を分子に書き込めるわけです.
#これによって作られる波束構造は,分子よりも遙かに小さくなります.
#つまり将来的には分子/原子内に,原子より小さい「何か」を構築できるかも?
その後,ある任意の時間待ちます.そうすると,iωtという項によって波束を構成する各成分は次々に位相を変化させていきます.この位相が変化していく過程がある種の演算(の一部)になります.
最後に,演算&情報を取り出します.分子に対して再度短パルスを与えもう一つの波束を生成し,これと最初の波束(の時間発展したもの)とを干渉させます.すると例えばある位相を持った成分だけを生き残らせたり,といった処理が可能となりますので,生き残った準位が何であるのかを読み出すわけです.(微妙に違う他の方法もありますが,まあこんな感じで)
物理過程をすべてすっ飛ばして書くと(こう書いてしまうと範囲が広すぎてあまりよろしくはありませんが……),
input -> blackbox -> output
であり,
output = f(input)
という一種の関数(ゲート)を分子で構築できるわけです.
もっと具体的な例で言えば,こういった波束制御によってCNOTゲートを作れることが実証されています.これは量子演算における基本となる素子で,基本的にこれからすべての量子ゲートが構築可能です.つまり,分子ベースの量子コンピュータを作り得る,ということでもあります.あるインプットを短パルスレーザーで与えて,望む演算に相当する放置時間+演算用パルス,それによって新たに生じた状態をまた時間発展させ……と,継続して異なる演算を何度も重ね,最後に出力を得る,というような流れですかね.
また,ビット密度の高さも魅力です.論文でも書かれていますが,二原子分子の振動励起準位として10個ほど使用すれば(現在のレーザー制御技術ならこのぐらいは不可能ではない),各準位の振幅を二値,位相を二値とおおざっぱな取り方をしても原子2個(二原子分子だから)で20bit相当となります.
まあもっとも,これが今日明日に何かになると言うわけではありませんが,まあずっと先には何かにつながるかも知れません.
Re:おおよその概念 (スコア:1)
新手のAAですね。ええ、わかります。
Re:おおよその概念(簡略化のため不正確) (スコア:1)
ご存じしたらお尋ねさせていただきたいのですが、
1.必要なエネルギー(電力)は既存の半導体コンピュータに比べてどうか(同程度の計算をさせて)
2.設備の敷地面積やオペレーターの数は?
3.利用のための段取り時間や、アウトプットを利用できる形に加工する時間は?
Re: (スコア:0)
量子を使うところが先端的ではありますが,
基本は古典力学の波動だと理解しました.
位相を進めた後の状態が演算結果として
使えるってことは,分散関係が
線形じゃない任意の波動で同じことができますか?
また,これで速くできる理由がよく分からなかったので,
よろしければ教えてほしいです.単に,極めて小さいからですか?
Re:おおよその概念(簡略化のため不正確) (スコア:2, 参考になる)
>任意の波動で同じことができますか?
今回の実験の範囲の古典的アナロジーなら,出来無いことはないんじゃないですかね.多分.
ただ分子振動だと一周回った後のものはまた元に戻って繰り返しますけど,時間発展で飛んでっちゃうような系(基板平面上での電子だとか)だと無理な気はします.
>これで速くできる理由がよく分からなかったので
単純に,使っている振動状態の関数の位相部分の時間変化が非常に速いためです.結構上まで叩き上げてますからねえ(振動の量子数で34,36,37,38の4つを使用).