【2DEG】 2次元電子ガス(2-Dimensional Electron Gas).例えば2種類の異なる半導体の板をくっつけると,両者のフェルミ準位を一致させるために,電子のバンドが界面に向かって曲がります(詳しくは固体物理か,半導体物理の本を参照).このため,半導体の界面でだけ伝導帯のエネルギーが低く,そこにだけ伝導電子が存在するような界面を作ることが出来ます.界面に垂直方向に少し動くとバンドのエネルギーが高くなってしまい伝導電子は入り込めないことから,電子は擬似的な2次元空間(厳密には少し厚みがあるが,ほぼ無視できる)内でだけ自由電子(電子ガス,とも呼ばれる)として動ける状態が実現できます. 今回の場合はまあ,基板一面に薄っぺらい導電性の膜が出来ている,と言う程度の理解で良いのではないかと.
簡単に関連事項など (スコア:5, 参考になる)
量子状態を操るのは,光が一番簡単です.
最近では単一光子を発生させられますし,entangleした光子対なども簡単に作れる,縦偏光-横偏光だの円偏光の右巻き左巻きといった二状態を量子ビットとしたような系も簡単に実現できる.演算面を見ても偏光素子での偏光の分割,ビームスプリッターによる分割(単一光子の場合,経路Aに進んだ状態と経路Bに進んだ状態の重ね合わせが作れる),またその逆過程によって複数の状態を重ね合わせる(異なる経路を通ってきた光をビームスプリッタに入れて一つの光にする)とかが出来ます.検出も,単一光子検出が簡単にできるので問題なし.また量子状態の保持時間も尋常じゃなく長く,固体中などに入れない限り事実上どこまでもその量子状態を保ったまま進んでいく.
ところが問題が一つあって,文字通り光の速度で飛んで言ってしまう,ということです.
このため,データをバッファしておいて必要なときに演算を作用させる,ということが出来ない.あらかじめ演算(に相当する光学素子の配置)を決めておいて,そこに光を入れて結果を見る,ということはやりやすいのですが,「データが来たからじゃあ次はこういう演算をやろうかな」ということがほぼ出来ない.
これに対し電子(のスピン)などは,固体中(=特定の場所)である程度の時間保持しておいて,そこにマイクロ波やら磁場やらを加えることでスピンを反転させたりなんだりといった演算を後からやることが出来る.今の技術ですと,やはり電場磁場を使う技術が一番進歩しているわけで,そういう意味では電子は扱いやすい.ところが固体中で,スピンなどの量子状態を決め撃ちで単一電子を発生させるのはなかなか難しい.また固体中では周囲のスピンなどとの相互作用で緩和してしまうため,あまり長時間量子状態を保持することも出来ない.
そんなわけで,
1. 光として特定の量子状態を発生させる
2. それをある電子に転写
3. 電場や磁場でいろいろと量子状態を操作(=量子演算)
4. それを再度光に転写し,次の素子だとか遠方の相手へと転送したり読み出したりする
などと言った,光と電子を複合させると便利なんじゃないの?という話が出てきます.
でまあ,話は出てくるものの,実際に単一電子と単一光子で情報をやりとりするのはなかなか大変だったりするわけで,そういうものの要素技術の一つが確認できたよ,という感じですか(真空中にトラップしたイオンなどだとやりやすいので例があるが,膨大な原子・電子のいる固体中ではいろいろ難しい).
実験の詳細に関しては,図を書くのが面倒なんで時間があればまた後で.
実験の概要 (スコア:4, 参考になる)
【専門用語を普通に使ってしまった場合】
半導体界面に出来る2DEGを電流の流路に利用し,その上に量子ドットおよびそれに隣接した量子ポイントコンタクトを作成します.量子ドット近傍に光を当てて励起子をつくると,そのうちの電子が量子ドットにトラップされます.中に電子がトラップされているかどうかは,量子ドットのすぐ横に作り込んだ量子ポイントコンタクトの伝導度で計測可能です.量子ドットにトラップされた電子は外部へトンネルして漏れだしてしまうのですが,磁場をかけるとトラップされている電子のスピンの向きに依存してエネルギーや空間分布が異なることからトンネル確率が変化します.この磁場は同時に中にトラップされている電子のスピンの向きを変える効果もあります.これを使い電子が抜ける時間を計測したところ,強磁場をかけることで量子ドット内の電子のスピンを制御できることが明らかとなりました.
……分野外の人にとってはきっと暗号というか呪文というか.こんなだから宗教と変わらないとか言わ(略)
そんなわけで各専門用語の簡単な説明.
【2DEG】
2次元電子ガス(2-Dimensional Electron Gas).例えば2種類の異なる半導体の板をくっつけると,両者のフェルミ準位を一致させるために,電子のバンドが界面に向かって曲がります(詳しくは固体物理か,半導体物理の本を参照).このため,半導体の界面でだけ伝導帯のエネルギーが低く,そこにだけ伝導電子が存在するような界面を作ることが出来ます.界面に垂直方向に少し動くとバンドのエネルギーが高くなってしまい伝導電子は入り込めないことから,電子は擬似的な2次元空間(厳密には少し厚みがあるが,ほぼ無視できる)内でだけ自由電子(電子ガス,とも呼ばれる)として動ける状態が実現できます.
今回の場合はまあ,基板一面に薄っぺらい導電性の膜が出来ている,と言う程度の理解で良いのではないかと.
【量子ドット】
絶縁体に埋め込まれた導体を考えます.サイズを小さくして行くと,もはやバルクのような連続準位を持った導体とは見なせなくなります.電子が狭いところに押し込められるため,電子を一個加えるごとに(クーロン反発が効いて)次の電子を入れるのが大変になりますし,そもそも原子や分子と同じように準位が離散的になるため,内部の電子はある決まった飛び飛びのエネルギーしか取れなくなります.これが量子ドット.このような量子ドットでは電子間反発が強く効くことから,電子が一個だけ入ったり,一個だけ出たり,という操作がやりやすく,電子一個を扱う上では手頃な構造です.
【量子ポイントコンタクト】
前述の2DEGは,二次元方向には自由に広がった電子系です.さてここで,この2DEGの上に絶縁層をのせ,さらに上にゲート電極を取り付けます.ここでゲート電極に負の電位をかけていくと,クーロン反発により電子が押しのけられ,ゲート電極の下の部分には電子が入れなくなります.もともとの2DEGは2次元に広がった平面でしたが,このようなゲート電位をかけることで平面の中に電子の入れない構造を自由に作ったり(=ゲートに負電位をかける)消したり(=ゲート電圧を無くす)出来るわけです.
量子ポイントコンタクトは,このゲート電位を利用することで二つの2DEGの間に狭い流路を作ったようなものに相当します.例えば以下のような構造です(□は上にのっているゲート電圧を示し,画面に平行に上下左右方向に半導体界面=2DEGが広がっている).
上下には2DEGが広がっていますが,その間にゲートが左右両側から広がっています.ここにゲート電圧を負にかけると,電子が上下方向に移動しようと思うと真ん中の細い部分(矢印の分)を通らなければならないことになります.このような細い接触が量子ポイントコンタクトと呼ばれるものです.このような構造の特徴は,ゲート電極を作り込む段階で多少誤差があっても,かける電圧を変化させることで中心の部分の透過率を好きにコントロールできる,と言う点です.ゲート電圧を負に大きくかけると,ゲート電極の周囲からもどんどん電子が排除されるため,中心のルートはどんどん狭くなり,最終的には閉じるところまで持って行けますし,逆にかける電圧を小さくすれば電子が通りやすくなるわけです.素子の作成段階で誤差があろうが何だろうがきれいに実験が出来ると言う便利な構造です.
【今回の実験】
今回の実験の構造は,(実際の素子より簡略化して)簡単に書くとこんな感じです.
黒い四角が量子ドットで,周囲は2DEGとその上に作り込まれたゲート電極です.
ゲート電圧に適度な電位をかけ,図の上下間での伝導度を測り続けます.単一光子による光励起により量子ドットの中に電子が入ると,量子ドットは負に帯電しますから,クーロン反発により量子ドットの近くには2DEGの電子が近づきにくくなります.その結果上下間での伝導度は悪くなりますから,逆に言えば伝導度が悪くなると量子ドット内に電子が入ったことがわかります.中にいた電子が抜け出ると,今度は伝導度が元に戻るため伝導性が上がります.これによって,いつ電子が入ったのか,抜けたのかが測定できます.
これを使って,単一光子で単一電子が励起されたことをまず確認しています.
次に,この系全体に磁場をかけます.そうすると,電子はいわば小さな磁石ですから,そのエネルギーは電子のスピンが磁場と同じ向きなのか逆向きなのか(電子はスピン1/2の粒子なので,磁場下のような1軸異方性の元ではこの二通りの向きしか確定しない)によってエネルギー(と,空間分布)が変わります.こういった値が変わると,量子ドットからトンネル過程により抜けていく確率が変わります.また同時に,量子ドットにトラップされている電子のスピンがある程度の確率で安定な向きに変化します.こういった効果により,磁場を印加すると電子が漏れ出てくるまでの時間が変わるはずです.で,実際磁場をかけて測定したらちゃんと変わりましたよ,と.
そんなわけで今回の実験でわかったことは,
・単一光子で単一電子を量子ドットに励起することが出来た
・それを測定できた
・電子が抜けていく時間も測定できた
・磁場を書けると電子の抜ける平均時間も変化した
今後は,始めに当てる単一光子の偏光の向きを制御してどちらか一方のスピンを持つ電子のみを選択的に励起,それに対して同じような磁場中で漏れ出てくるまでの時間を見たりするよ,とプレスリリースなどに書いてありますが,どうせならそこまでやってから論文にしろと思わなくもない.
#やってみてきれいな結果が出なかったんじゃ……とか思っちゃいます.
またプレスリリースに「さらに捕捉された単一電子のスピンを、その状態が失われる前に検出できることを確認することに初めて成功しました」とか書いてあるのもミスリーディングじゃ…….
これだけ読むと,補足された状態で電子のスピンを読んだみたいですが,電子のスピンを直接読めているわけじゃありませんし(あくまで統計的な結果がわかるだけで個々の電子に関して測定できているわけではない),検出器に引っかかるのは量子ドットから外に出る段階なんで補足された電子の状態を読んでるわけじゃなかったりします.
Re: (スコア:0)
・光と電子の情報受け渡しに成功
・光を通信、電子を演算に使うための要素技術
・超光速ネットワークと演算装置間の夢が一つ埋まった
こんなイメージ?
# 俺が生きているウチに実現するかよく分からん話
Re: (スコア:0)
超光速は無理だと思います……
#少なくともこの技術の発展系としては。
Re: (スコア:0)
超光速は無理だと思います……
#少なくともこの技術の発展系としては。
え?何で光子を使った量子テレポーテーションを使えば
光子で超光速ネットワークが構築できて、その光子を電子に転写することで
電子回路とつなげるんじゃないの???
# 今回の技術で超光速ネットワークを作れるとは思ってないけど
# phason氏がentangleした光子対とか出してくるからそういう狙いかなぁ、と
Re:簡単に関連事項など (スコア:2, 参考になる)
量子テレポーテーションでは超光速で有意な情報を送ることは出来ません.
量子状態自体は超光速で変化しますが,それを有意な情報として取り出すために必要な情報自体は古典的な経路(光速以下の経路)で送る必要があります.
#この古典的な情報無しで観測すると,単なるランダムなデータとしてしか取り出せない.
今回の技術などの発展系としては,
・インターコネクトに光を利用した量子コンピュータ
・途中で量子誤り訂正などを行いながら伝達する量子暗号
とかまあその系統じゃないかと.
Re:簡単に関連事項など (スコア:1, おもしろおかしい)
現時点では1個の電子の量子状態を観測し制御する実験装置の段階なので、
本物の、実用性のある量子コンピュータを作れるのは
10年後とか50年後とか100年後になるのだと思いますが、
量子のスピン状態や量子テレポーテーションを
演算の超高速化に利用するのは無理だと(現時点では)仮定するとして、
例えば仮に、
ビル・ゲイツさんとか故マイケル・ジャクソンさんとか、
やらないだろうけどマーク・ザッカーバーグさんとかの、
変人かつ大金持ちの人が、
この実験装置をそのまま超大量に作って並べて、超巨大なロジックを組み上げて、
量子演算で動くPDP11や4004のクローンを作るよ~プロジェクトを今日立ち上げたら、
やろうと思えば、装置全体の演算速度は遅くなってしまうので実用性は皆無なものの、
いちおう本物の「使うことができる」量子コンピュータが稼動できちゃうってことですかっ!?
夢のような辛い現実ような、やっぱり夢のお話ですが。
Re:簡単に関連事項など (スコア:1)
>装置全体の演算速度は遅くなってしまうので
量子演算でビット数を増やすには,すべてのビットの間でentanglementが成り立っていないといけません.つまり,すべてのビットが一つの量子系として渾然一体となっていなくてはいけません.
AとBという二台の装置があったとして,Aから情報を送ってBに伝えて,Bから情報を送ってAに伝えることが出来ても,ビット数は増えません.単に,少ないビット数の量子コンピュータが2台あるだけになってしまいます.
1bitのCPUが32個あっても32bit CPUにならないのと似たようなもの,と言ったら良いでしょうか.
#でも32bit CPUを2個並べると64bit級にはなる(違う)
もちろん問題を古典的に細かな単位に分解して,非常に単純な量子コンピュータ(現時点で世の中で実現しているのはたったの数qubit)で解ける問題の積み重ねにまでしてやればまあ(現在でも)出来ないことはありませんが,それはもはや古典的なコンピュータに,量子コンピュータの原理を使ったものが補助回路的に入っている,というような物体になってしまいますので……
古典で言うと……なんでしょうかね.
例えばPCで,プログラムを入力するとそれを機械式リレーの入出力の列(ただし情報を一時保持しておくためにPC上のメモリを使う)に変換して,I/Oを通して外部に接続したリレーに1ステップ出力,その結果を1ステップ読み取り,メモリにストアして,それを元にまた何をリレーに出力するかをPC上で普通に計算してリレーへ……
という仕組みがあったとして,これを機械式リレーを用いたコンピュータと呼べるかというと違う気がするんですよ.それと同じ感じで.
Re: (スコア:0)
元コメントのtaiyakissです。
いまの段階では、どんなに予算を掛けて大掛かりな装置を作ったとしても、
数ビットのon/offと、数ビットのメモリ程度にしか動作しないということなのですね。
1ビットスライスのアキュムレータみたいな原始的な装置を発想して書き込みしました。