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RFC とか,ちょっと次元が違うけど W3C の勧告なんかは,「法」として機能していると思うんですが,強制力をもたないところが「法」とは違いますよね。自然発生的な「慣習」でもないし。 こういうのを現実社会の枠で定義し直すとするとどういう言い方が適当なんでしょうか。
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海軍に入るくらいなら海賊になった方がいい -- Steven Paul Jobs
RFCとか (スコア:1)
RFC とか,ちょっと次元が違うけど W3C の勧告なんかは,「法」として機能していると思うんですが,強制力をもたないところが「法」とは違いますよね。自然発生的な「慣習」でもないし。
こういうのを現実社会の枠で定義し直すとするとどういう言い方が適当なんでしょうか。
Re:RFCとか (スコア:2, すばらしい洞察)
一般的に、「財産」は保有・確保することに意義があり、
法は、その財産の所有権の利害調整を中心に発展してきたという
側面があると思います。(ちょっと極端な言い方かな?)
しかし、「情報」の場合には流通することにこそ意義があり、
またコピーロスやコストがほぼゼロに近いという性質も持つために、
従来の所有権概念が妥当性を得なくなっている部分があると思われます
(他者の知的財産権侵害等の周縁部分の権利関係は除く)
そこでは、権利確保よりも、むしろ、効果的に情報を流通させることで、
社会全体の福利を増幅させることのほうが、結果的に
諸個人の福利も増大する可能性を持つと思います。
このような場面での規範(法?)の役割は、
権利排他の線引きを執行する強制力ではなく、
流通や共有を促進させるような、手続きの標準化や
多様なアイデアを効果的に接合させられるようなアーキテクチャモデルの
提示だと思います。
RFCやW3C勧告は、この点で、社会的に有用な役割を果していると思います。
#既存の法秩序の中で、このような有用な効果を保護してゆくためには、
流通させること自体を、権利化する必要があるのかな。(誰の・・?)
ツッコミどころ満載だと思うけど、恥かき覚悟でID