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文学作品では語順が重要なので
は意味はおなじだがかなり異なるニュアンスを持ちます。それぞれ
です。なので
対比するなら
・昨日は花子さんが来た
ではなく、・昨日は花子さんは来なかったなのではないですか?そうすると、(花子さんは病気したんだろうか)と同じニュアンスが感じられることも可能なので変えてしまったのでしょうか?
いや、文頭に重要度を付けるという主張をしているのは理解していますが、少なくとも日本語の場合はそんな単純なものではないと思いますよ。
・昨日は花子さんは来なかった・花子さんは昨日は来なかった
この例は短文なので初めの主語が重要度が高い解釈が順当かもしれませんがもう少し長い文になると、日本語は文末の方で「来た」(肯定)か「来なかった」(否定)が決定する文法なので、最後のほうに来る主語が文末の動詞と強力に結びつく解釈がしっくりとくる気がします。
ええ、意味とニュアンスは区別していますよ。私は日本語はあなたの主張するような単純なニュアンスではないといっています。日本語はあなたの主張するような単純なニュアンスではないと私はいっています。あなたはこのニュアンスがわかりますか?
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計算機科学者とは、壊れていないものを修理する人々のことである
文学作品では (スコア:-1, 参考になる)
文学作品では語順が重要なので
は意味はおなじだがかなり異なるニュアンスを持ちます。それぞれ
です。なので
・昨日は花子さんは来なかった (スコア:1)
対比するなら
・昨日は花子さんが来た
ではなく、
・昨日は花子さんは来なかった
なのではないですか?
そうすると、(花子さんは病気したんだろうか)と同じニュアンスが感じられることも可能なので変えてしまったのでしょうか?
Re:・昨日は花子さんは来なかった (スコア:1)
いや、文頭に重要度を付けるという主張をしているのは理解していますが、少なくとも日本語の場合はそんな単純なものではないと思いますよ。
・昨日は花子さんは来なかった
・花子さんは昨日は来なかった
この例は短文なので初めの主語が重要度が高い解釈が順当かもしれませんがもう少し長い文になると、日本語は文末の方で「来た」(肯定)か「来なかった」(否定)が決定する文法なので、最後のほうに来る主語が文末の動詞と強力に結びつく解釈がしっくりとくる気がします。
Re:・昨日は花子さんは来なかった (スコア:1)
ええ、意味とニュアンスは区別していますよ。
私は日本語はあなたの主張するような単純なニュアンスではないといっています。
日本語はあなたの主張するような単純なニュアンスではないと私はいっています。
あなたはこのニュアンスがわかりますか?