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興味が持てるものを見つけられなければ、別に高校卒業で即、大学に入る必要も無いで
>18やそこらで自分のやりたいことが分かればそりゃ幸せでしょうけれど。 大学に18で入らなければいけないという規則はありません。 また、本来はその年齢である程度の自我の完成を求められているのも事実。
ここで議論の対象になっている(つまり足を引っ張っている)の はそのようなアンテナを張ることなく、ただなんとなく大学に 入り、ただなんとなく通っている人のことです。
合衆国の学生、特に一流大学といわれるところの学生は、「授業料を払っているからには、その分ちゃんと身に付けたい」という意識が非常にはっきりしています。
なぜそうなのか、わかって言ってるんですか?私立のいわゆるトップスクール(アイビーリーグなど)だと、学部の年間学費だけで輕く$20,000以上です。たとえば
なぜそうなのか、わかって言ってるんですか?私立のいわゆるトップスクール(アイビーリーグなど)だと、学部の年間学費だけで輕く$20,000以上です。たとえば、もっとも学費の高い学校のひとつ Yale U. なら年$27,000(専攻問わず)、全寮制なので寮費を入れると約$35,000になります。
例え学費の安い州立大学でも一流校は学生の意識が高いです。
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人生unstable -- あるハッカー
知識っていうか (スコア:2, すばらしい洞察)
学までで終わるわけじゃないのだな、ってのも。
おかげで今でも自分の専攻に関連する本を読んだりしてますし、
大学のゼミに飛び入りで参加させてもら
(I can't get no) satisfaction
一反論 (スコア:2, すばらしい洞察)
適切な指導であれば、学生が興味を持っていない、あるいは知らなかったその分野における基礎知識や周辺知識などある程度の強制力をもって誘導させることが可能です。知識は他でも言われているように、興味さえあれば高校生でも十分蓄えることが出来ます。学生にとって面白くない、しかし重要な常識を取得することも大学では必要だと思います
Re:一反論 (スコア:0)
故に、「大学に行ってやりたいこと(興味の持てる対象)を探す」という事自体が既に本末転倒しているのでは?
興味が持てるものを見つけられなければ、別に高校卒業で即、大学に入る必要も無いで
Re:一反論 (スコア:1)
> 自体が既に本末転倒しているので は?
そんなことはないですよ。大学に行ったからこそ興味のもてる対象がはっ
きりわかるということもあるわけだし。
18やそこらで自分のやりたいことが分かればそりゃ幸せでしょうけれど。
> #それとも、自分のやりたい事も解らない奴の為に、幼稚園的な
> 普通科大学を作るべきだってのか?
幼稚園的かどうかは知りませんが、私の大学はそんな感じでした。
研究よりは教育重視。1、2年次は徹底的に学問に関する基礎体力を
つけるという方針で、大量の課題図書とレポ
Re:一反論 (スコア:0)
それを言ったら、永久に最高レベルの教育は出来ないって事に成りはしないか?
足を引っ張るヤツを認めるって事は。
>18やそこらで自分のやりたいことが分かればそりゃ幸せでしょうけれど。
大学に18で入らなければいけないという規則はありません。
また、本来はその年齢である程度の自我の完成を求められているのも事実。
Re:一反論 (スコア:1)
「興味の持てる対象」というのは学問的興味というか、知的好奇心
といった意味に読み取ったんだけど、ぼくが読み違えたのかな。
AC氏とぼくの間では大学(特に学部レベル)に専門性を求めるか、
Liberal Arts 的な知識教養を求めるかというあたりで認識に違い
があるんでしょうね。
# 出身学部は「教養」学部 :-)
医者になるために医学部に行くとか、法曹に進みたいから法学部を
選ぶとか、専門性が求められる学部を選ぶなら、そりゃ「熟考」が
必要でしょう。しかし、現実問題としてみんながみんなそういう道
を進むわけではないですよね。
社会に出る前にいろんな知の分野を鳥瞰する場があったっていいん
じゃないの? より深く学びたいなら大学院なり何なりに行けば?と
いうのが Liberal Arts の(荒っぽい)考え方です。
大学に行くからにはそれなりの知識欲というかそういうものが必要
だ、とはぼくもそう思いますし、それなりに自我を完成させていろ、
というのも尤もなことです。
でも、そのことと、「学問的に」興味の持てる対象というのは必ず
しもリンクしないんじゃないでしょうか。ぼくは学部のときに心理
のカウンセリングの授業で非常に触発され、そっちの方に進もうか
とも考えたことがあります。
それ以外にも、大学はいろいろな意味で知的好奇心を刺激される場
でした。そんな中で自分は院に進んでいろいろあって今の仕事をし
ていますが、それが他人やら大学の足を引っ張ったことになるのか
な。
Re:一反論 (スコア:1)
常にアンテナを張っているような人なら、大学に限らず知識欲
を刺激される場面はたくさんあると思います。そういう人は、
最初は目的もはっきせずに大学に入ったとしても、大抵最終的
には満足できるでしょう。sasa氏がそうであったようにです。
ここで議論の対象になっている(つまり足を引っ張っている)の
はそのようなアンテナを張ることなく、ただなんとなく大学に
入り、ただなんとなく通っている人のことです。
そういう人は「目標を探す」という目的にすら積極的ではあり
ません。そんな状態の人は、周囲がどう働きかけてもなかなか
刺激に感じることないし、大学がそこまでの(ある意味無駄な)
労力を払う必要はないと思います。
その分の労力を、自分の研究ややる気のある学生相手に遣うと
いうのが、多くの大学教官の姿勢だし、私はそれでいい(とい
うかそうあるべき)と思いますが。
Re:一反論 (スコア:1)
合衆国の学生、特に一流大学といわれるところの学生は、「授業料を払っているからには、その分ちゃんと身に付けたい」という意識が非常にはっきりしています。例え授業料を親に払ってもらっていても、親にそれだけ払ってもらっているからには、勉学しないと申し訳ない、と思っているようです。(あくまで自分の知っている少数の例ですが。)
それに比べ、日本では親が授業料払うのは当然、大学にはしかたなく行っている、という惰性学生が多い。これは、「学歴社会」という、あと数年で崩壊するであろう旧態然とした幻想を親があいかわらず抱いているということでしょうか。
高校までで自分の興味を探せなかった人は、数年フリーターでもやって、それから(親に頭下げてお金だしてもらってでも)目的を持って大学に行く、ということを、親が許容することから始めないと、大学や子どもに押しつけてもしかたない気がします。
Re:一反論 (スコア:0)
なぜそうなのか、わかって言ってるんですか?私立のいわゆるトップスクール(アイビーリーグなど)だと、学部の年間学費だけで輕く$20,000以上です。たとえば
Re:一反論 (スコア:1)
それを承知の上で言っています。例え学費の安い州立大学でも一流校は学生の意識が高いです。単に学費だけの問題であれば、公立大学の学生は意識が低いはずですよね。
Re:一反論 (スコア:0)
Re:一反論 (スコア:1)