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なんて噴飯物のステロタイプな思考。恒星間飛行に要する超技術を考慮すると、たかが植民地探しに外宇宙に出る事自体無意味。大西洋横断以前にも(陸地沿いだが)同等距離の航海技術は存在してたし、近海や内海でも外洋航海相当の荒天は経験済み。技術的には実は高度な物では無く、要は「リスクを取れるか」の問題だった。
でも、恒星間飛行となると、とんでもない技術革新が必須。ぶっちゃけ、外宇宙に殖民するよりもコロニーとかを作る方がはるかに容易だし、殖民に適した惑星を探すよりもテラフォーミングとかを検討する方がよっぽど早いと思われる。資源とかも、地殻を掘りぬく手間を考慮すれば、そこらの小惑星から採取する方がよっぽど低コスト。
もし、地球に異星人が来るとすれば、目的は資源や殖民以外の「何か」しか無いと思ってる。文化交流が目的とかの方が余程現実的じゃないかな?
>もし、地球に異星人が来るとすれば、目的は資源や殖民以外の「何か」しか無いと思ってる。>文化交流が目的とかの方が余程現実的じゃないかな?
目的が実に平和的で、訪問者の動機は敬虔な信仰で戦争なんて起きてないけど、訪問地がとてつもない大混乱に陥った事例なんてのも世界史を手繰れば枚挙に尽きないわけで。
例:マンサムーサ [wikipedia.org]
マンサ・ムーサは1324年のメッカ巡礼で有名である。豪華なムーサの一行は周辺の国家にマリ帝国の富裕さを知らしめた。(snip)
途上で訪れたカイロでは莫大な黄金をばらまいたため、金相場が暴落し10年以上の間インフレーションが続いたといわれる。ムーサのメッカ巡礼後にマリを訪れたマムルーク朝の学者アル=ウマリー(英語版)はこの様子を次のように表している。「エジプトでの金の価格は彼ら(マンサ・ムーサ一行)が来たあの年(1324年)までは高かった。1ミスカール(英語版)、4.25グラム)の金は25ディルハム(通貨単位)を下回ることはなく、常にそれを上回っていた。しかしその時以来金の価格は下落し現在も下がり続けている。1ミスカルの金の価格は22ディルハムを下回った。そのときから約12年たった今日でもこのような状態であるのは、彼らがエジプトに持ち込み、ばら撒いていった大量の金が原因である」
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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall
植民地探しには宇宙は広過ぎる (スコア:3)
なんて噴飯物のステロタイプな思考。
恒星間飛行に要する超技術を考慮すると、たかが植民地探しに外宇宙に出る事自体無意味。
大西洋横断以前にも(陸地沿いだが)同等距離の航海技術は存在してたし、近海や内海でも外洋航海相当の荒天は経験済み。
技術的には実は高度な物では無く、要は「リスクを取れるか」の問題だった。
でも、恒星間飛行となると、とんでもない技術革新が必須。
ぶっちゃけ、外宇宙に殖民するよりもコロニーとかを作る方がはるかに容易だし、殖民に適した惑星を探すよりもテラフォーミングとかを検討する方がよっぽど早いと思われる。
資源とかも、地殻を掘りぬく手間を考慮すれば、そこらの小惑星から採取する方がよっぽど低コスト。
もし、地球に異星人が来るとすれば、目的は資源や殖民以外の「何か」しか無いと思ってる。
文化交流が目的とかの方が余程現実的じゃないかな?
-- Buy It When You Found It --
Re:植民地探しには宇宙は広過ぎる (スコア:4, 興味深い)
>もし、地球に異星人が来るとすれば、目的は資源や殖民以外の「何か」しか無いと思ってる。
>文化交流が目的とかの方が余程現実的じゃないかな?
目的が実に平和的で、訪問者の動機は敬虔な信仰で戦争なんて起きてないけど、訪問地がとてつもない大混乱に陥った事例なんてのも世界史を手繰れば枚挙に尽きないわけで。
例:
マンサムーサ [wikipedia.org]
マンサ・ムーサは1324年のメッカ巡礼で有名である。豪華なムーサの一行は周辺の国家にマリ帝国の富裕さを知らしめた。(snip)
途上で訪れたカイロでは莫大な黄金をばらまいたため、金相場が暴落し10年以上の間インフレーションが続いたといわれる。ムーサのメッカ巡礼後にマリを訪れたマムルーク朝の学者アル=ウマリー(英語版)はこの様子を次のように表している。「エジプトでの金の価格は彼ら(マンサ・ムーサ一行)が来たあの年(1324年)までは高かった。1ミスカール(英語版)、4.25グラム)の金は25ディルハム(通貨単位)を下回ることはなく、常にそれを上回っていた。しかしその時以来金の価格は下落し現在も下がり続けている。1ミスカルの金の価格は22ディルハムを下回った。そのときから約12年たった今日でもこのような状態であるのは、彼らがエジプトに持ち込み、ばら撒いていった大量の金が原因である」