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匿名発言の濫用は匿名発言の制限を招く」記事へのコメント

  •  戦中の日本で、「贅沢は敵だ」というスローガンに対して、

    『贅沢は素敵だ』

    …との匿名スローガンが秘かに喝采されていたという話を思い出しました。

     「弾圧」から逃れるための匿名と「責任」から逃れるための匿名では、重みが違うということを感じます。
    だから(一応)言論弾圧のない現在の日本では、匿名は軽く扱われるんでしょう。
    • by G7 (3009) on 2003年06月28日 16時39分 (#347427)
      >「弾圧」から逃れるための匿名と「責任」から逃れるための匿名では、重みが違うということを感じます。

      「弾圧」が今まさにそこで生じているのかどうかは、第三者からは観測不可能であることが
      多い(過半数かどうかはさておき)んじゃないかなあ?
      弾圧の過程が隠されることは、弾圧というものの性質上、きっと珍しくなかろう。

      で、そういう時には、弾圧が「ない」にも関わらず匿名を使っている、かのように
      第三者からは見えてしまうんじゃないかな。

      というわけで、その匿名発言行為がほんとに「重い」かどうかは、当人(と謎の弾圧者)にしか判らないのかも知れません。

      #幸運なことに大抵の場合は身軽なのでG7

      ところで、

      >贅沢は素敵だ

      これ、今の我々から見れば確かに、重みのあるパロディ(=戦い)なんだけど、
      当時の"常識"から見れば、ただの破廉恥だったんじゃないかなあ。
      もちろん、あの時代の"常識"を否定することで今の我々が成り立ってるわけだから、
      食い違いがあるのは当たり前なんだけど、
      問題は、重いかどうかを判定する我々も、相対的な視点からしかモノを見れない、ってことかと。

      そういう意味では、今の国家に潰されないように程ほどにしとけ(^^;という意見は、
      よしあしはさておき、なんか相対的であって弱いよなあ、という印象がある。

      うーん。他人の戦いが、自分の目に価値有るものとして映るかどうか、という問題だったりしないだろうか?
      リスクを冒してでも戦い続けるべき事柄なのか、リスク回避を優先すべきなのか、の線をドコに引くべきかが、
      各人の思想信条によって判定されてるという類の…
      親コメント

私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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