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経典の中の差別語、解決できるか」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward on 2021年09月24日 23時17分 (#4118991)

    浄土真宗の開祖である親鸞聖人は観無量寿経について「機の真実」すなわち人間普遍の罪悪性を説く経典であるとしています。
    子宝欲しさに仙人を殺した頻婆娑羅王は貪欲、怒りに任せて親殺しに及んだ阿闍世王子は瞋恚、釈尊に助けを求めながら筋違いな恨み言をぶつける韋提希夫人は愚痴といった寸法です。
    「是旃陀羅」という台詞は母に剣を向けた阿闍世を厳しく諫める大臣のもので、「父を殺して王位を奪う者は多くいたが、母親を殺すのは旃陀羅の行いであるからもはや支持できない」という趣旨です。
    これはまさしく戦士階級であるクシャトリヤの論理で、観経で繰り広げられる惨劇の根源であり罪悪として説かれているわけです。
    どうしてこの経典が差別を助長することになるのか理解に苦しみます。かつての世相に迎合して曲解したならそちらを問題にしなければなりません。
    ところで水平社創立100年を控え大谷派内で解決の声が高まってると記事にはありますが、よっぽど政治的にズブズブなんですね。経典改変という形のある成果をプレゼントしたくて仕方ないんでしょうか。

    • by Anonymous Coward

      現実に仏教国で根強い差別が1000年以上続いてきた歴史があるのだから、仏典の責任は免れないだろうが
      解釈次第でいくらでも差別肯定が可能で、事実、そう解釈されてきた
      差別は仏教以前からあって、仏教はそんな現実に迎合してきたわけだが、仏教が作った差別もある
      仏典は差別中立ではなく明らかに差別的

ソースを見ろ -- ある4桁UID

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