アカウント名:
パスワード:
世界初のウェブブラウザWorldWideWebは、当時注目されていたスティーブ・ジョブズのコンピュータNeXT上で作成された。リンクを辿ったブラウジングだけでなく、HTML文書の編集、リンクの埋め込みも簡単に行える点が特徴で、バーナーズ=リーはその後登場するブラウザが編集機能を持たないことをしばしば残念がっていた。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
目玉の数さえ十分あれば、どんなバグも深刻ではない -- Eric Raymond
誰でもが発信するという考え方 (スコア:5, 参考になる)
とあるように、一貫して誰でも発信者になれるという考え方に重きを置いた方なのでしょう。さすがですね。
Re:誰でもが発信するという考え方 (スコア:4, 興味深い)
共同編集するって考え方って難しかったんですよね。
思うに、ウエブが出てきて、リンクを書籍編集者に
説明したら、文章の途中でほかの文章にいったら、
どうやって最後まで読むんだ。といわれた時代。
サイトを作るっていうと、まずはサイトの構成図を
階層的に作るって発想をする時代(まだ一般的)
ブログとトラックバックの発明によって、
著者単位のコンテクストではあるけど、
階層的ではない、時系列にフラットなノードが、
トラックバックによって緩やかにつながり、
まぁまぁウエブになってきた時代。(ごく最近)
ウイキ
Re:誰でもが発信するという考え方 (スコア:1)
> ひとつのノードを共同編集していく試みが
> 試されている時代(今)
wikiって、自由にリンクできることが面白いと思ってます。
「階層的なページ構造」ではなく、
「フラットなページ群が相互にリンクしていく構造」なんですよね。
それを有効に使ってるサイトはあまり多くないですし、
サイト内のリンクがすごく容易なのに比べ、
サイトを越えた interwiki が面倒というかその点でblogに負けてる感じですが、
Wikipedia の中をさまよってると「web」って感じます。
そのあたりのリンクを全自動にした はてな の方が面白いんですが、
字面だけで張った間違えたリンクも多いのでちょっとイマイチ
Re:誰でもが発信するという考え方 (スコア:2, 興味深い)
ハイパーテキストってノードはどれも同格で、
それがフラットに相互リンクしていくっていうのが
面白さなので、そこを考えると、interwikiとtrackbackを
比較すると、trackbackに軍配があがる。
ただ、相手に対するリンクのシステムが、
名前空間をつかってリンクするって発想は、
wikiのほうが理想的。
日本人的にはもちろん2バイトで。
一般的に編集と閲覧の画面がまったく違うblogに対して、
ノード単位でモードを切り替えられるwikiのほうが、
多分、最初考えられていたWWWに近いのかなぁと思う。
それがモードレスになるとさらに理想
別に階層的サイトがいけないわけじゃないんだけど、
階層から発想するんじゃなくって、フラットとフラット
がつながっていくことによって、ツリーが自律的につながるような
(またツリー的にアクセス可能なような)ほうが、
よりウエブ的じゃないかと
wikiはまだそこの視点にいけてないサイトが多いとおもうな。
機能の面でも、編集の仕方も
Re:誰でもが発信するという考え方 (スコア:1, 興味深い)
#全てのページが編集可能になったら、全てのページがエロ宣伝とエロページになったりして。