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『リンクされたくなければ認証を掛けろ』というのは、 むしろリンクが原則自由であると主張する人々(あたしも含みますが)の主張です。
認証には、 同じ事象でありながら二つの意味があります。、 一つは『外からのアクセスを遮断する』、 もう一つは『内側からの情報発信を遮断する』です。
言論が発せられる時、 その到達可能範囲内においては、 自由に対抗言論を発する事の出来るのが、 社会として健全な状態です。 そして、 他の言論に言及する言論を発するとき、 元の言論に対する参照(ウェブにおいてはリンク)を行うのは、 むしろ義務であり礼儀であり、 不可分な行為です。 従って、 別コメントにも書きましたが、 自らの言論への参照を禁ずるというのは、 他者の言論を封じる事に通じ、 自らに許す権利を他者には許さないと主張しているのに等しいのです。
そしてここで、 認証の後者の意味、 『内側からの情報発信を遮断する』が効いてきます。 到達不能領域から対抗言論を発する必要はなく、 必然的にリンクの必要がなくなりますから。 『リンクされたくなければ認証を掛けろ』とはそういう意味だとあたしは考えます。
# ぶっちゃけて言うと、内輪だけの話をしたいなら、 # 公の場ではしなさんな──って事ですね。
インターネットの常識は確かに変化しています。 リンクの自由な WWW が生じた事もその一つです。 だと言うのに── gopher 時代に後戻りしてどうするんですか!
リンク禁止と掲示しただけでは強制力は無いので、それにあたりませんね。 つまり、あなたの言う自由に対抗言論を発する事の出来る健全な状態でしょ。
現状はその通りです。 そしてその現状を守りたいと思っています。 だからこそ、 強制力が働く方向へ行かないように抵抗しているわけです。
他人が嫌がっていることが明確なのに、自分の価値を押し付けた上で「礼儀」 とはなんと傲慢なことでしょう。
ある言論を賛同するにせよ反論するにせよ参照したならば、 参照元を明示するのは言論における最低限の礼儀でしょう。 それを怠れば、 例えば剽窃(くだけて言えばパクりですかね)と非難されても文句は言えないのですよ。
# 嫌がれば何でも拒否できるというなら、あたしゃ納税が嫌ですね〔笑〕。
ディープリンク禁止のように到達可能でかつリンク不可の場所が必要である 事をすっかり忘れている違憲ですね。
ディープリンクの存在は忘れていませんよ。 それを禁ずる事にも反対していますから。 ディープリンクもリンクです。
# そう言えば初めて知ったのは この時 [srad.jp] でしたね。
社会が発展すればアクセスが不適切なものも発生するだけです。
参照に過ぎないリンクを禁ずるのがおかしいと言っているのです。 不適切なアクセスは、 それは当然不適切でしょう。
「リンク禁止」を掲示できない状況は現状を守る事には成りませんね。
『掲示できない』とは言っていません。 貴方の言い方を借りれば『現に掲示できている』でしょう? その言論に対して『「リンク禁止」は不当』との対抗言論を返しているだけです。
相手が嫌がっている方法を使うのは既に礼儀ではないですね。
『嫌がっている』のみを根拠にするなら、 「『リンク禁止』を嫌がっている」で返せるので無効です。
そもそも、パクリが非難されるのはパクリ行為が問題であって、リンクは 関係ありません。
参照元の明示無しに他者の言説を用いれば紛れもなく剽窃なのですけれど。
無礼をはたらいている自分に負い目が有るから「礼儀」 と言う事にしたいだけでしょう。
『と言う事にしたいだけ』は逆の『と言う事にしたいだけ』で返せるから──ってのはまぁやめときましょう。 フレームの元だし。
いつ、いやがれば何でも拒否できるという話が出たのでしょう。
『嫌がっている』のみを根拠にするなら、 「『リンク禁止』を嫌がっている」で返せるので無効──を支持する反例を出したのみです。 反例を出したのは、 当然それが未出だったからです。
自分の嫌いな物だからと過剰反応して、不適切な例を出すのはどんな意図 ですか? 何度も何度も。
アクセスコントロールによりディープリンク出来ないようにしている場合は?
確かにそれはありますね。 現状では、 これに関しては不見識を認めます。
ID/PW認証によるアクセスコントロールも一緒でそれは「到達不能領域」で なく「コントロールされている領域」です。
こちらは、 『認証の二つの面』で説明した通りです。 認証により通過を許された『領域』(この場合は行為者である人間の集合になりますね)に、 言論の到達領域が限られています。
# ここでの『到達』の主語は人ではなく言論、即ち情報です。
参照はリンク以外でも行えますから問題ありません。
到達を可能にする妥当な参照は、 技術的にはリンクと等価です。 先ほどの『ディープリンクを禁止されたサイト』の場合であっても、 『そこへ到達し得る遮断されない一連のシャロウリンク』をまとめて一つのリンクとする事だって可能なのですから。 故にこれを拒絶するのは参照を拒絶するのと等価です。
この人は何を言っているのでしょう。まず「無効です」って何が無効なの?
これから説明しておかないとどうしようもないですね。 対立する二つの事柄を、 全く同じ根拠で主張できるなら、 それのみを元に主張を続けることは、 いわゆる千日手に陥るだけで、 議論の上では全く不毛で無意味です。 主張を続けるのなら、 他に合理的な根拠が必要です。
貴方の属している社会(と言うと用語としてしっくりこないのですが、 要するに人々の集まり)では、 言及の際に言及対象を指し示す手段としてリンクを用いるのは非礼なのでしょう。 あたしの属している社会では、 言及するなら明確に言及対象を指し示す事が礼儀で、 そのための手段としてリンクがある、 と。 これが衝突して更に、 『リンクされるのは嫌だ』『リンクできないのは嫌だ』がぶつかっているわけですから、 それ以外の根拠を持ち寄りあい、 合意に至ることで解決する以外にありません。
赤い果物をある人がリンゴとなずけた場合、リンゴを指して「それはリンゴ」という 場合に誰かが名付け親かを示さなくても問題ないように。
これが貴方の言う『不適切な例』以外の何物なんですか?
ここもそうですね、返せたって嫌がっていることをやっている事実は変わり ません。
それはそうですね。 確かに『リンクを嫌がる人が存在する』以上、 リンクを張るという行為は『嫌がっていることをやっている』事になります。 嫌がる事のみでは他者の行動を規制できないというだけで。
は?私は「リンク禁止」の主張など一度もしていませんよ。
なるほど。 「『リンクは原則自由』ではない」という主張でよろしい?
前記とおり無意味な例えですが、 であれば、前に出た認証手段はAの言論に対しBが批判を表明する場合Cに示した リンクが到達不可能な状況を作っており、それは現在のWWWシステムの形態です。
ディープリンクを規制する手法が存在していることに関しては、 貴方の指摘を頂くまで全く失念していました(ご指摘に感謝します──持論の再構築の機会を得られました)。 ディープリンク規制に反対は続けます。 それが『言論の対象性に対して不健全な状況』をもたらすので。
リンク禁止批判者が良く使うフレーズをあなたに送りましょう。 「システムがそうなっているのだから従え」 #当然、私の本位ではありません。あくまでもリンク禁止に過剰反応している #人たちの意見です。
気が合いますね。 あたしも「システムがそうなっているのだから従え」なんて事には賛同できません(でなければ、 一々反対の意見を持っている人と議論などしませんし)。 あたしがこだわってるのは『言論の行使における自由度』なので。
リンクを主張する理由が「礼儀」にあるといいながら、
そうは言っていませんよ。 ある言論に言及する言論を行使する際に、 言及元を明確に参照するのは礼儀であり義務である(と、 少なくともあたしの属する『社会』では考えられている)。 ウェブにおいてはリンクがその主な方法であり、 言論の自由度の対象性を減ずる惧れがあるが故に、 合理的理由なしにそれ以外の方法を強制される謂れはない──という事で。
実際にあなたは何百文字もの他人から借りた表現を使っているのに、その 出所を一切出していないではないか? 自分だけは特別とでも言いたいのか?
通常使われる表現に出所を示せなどとは主張していません。
>嫌がる事のみでは他者の行動を規制できないというだけで。 できないという判断は不適切ですね。 前にも言ったようにもう、WWWシステムはもう片田舎ではありません。 都会ではストーカーや迷惑行為に対する法規の整備が進んでいます。 WWWの場合も、今は上記のようなショートカット法律が無いから大変な だけで規制ができない訳ではない。
>嫌がる事のみでは他者の行動を規制できないというだけで。
できないという判断は不適切ですね。 前にも言ったようにもう、WWWシステムはもう片田舎ではありません。 都会ではストーカーや迷惑行為に対する法規の整備が進んでいます。 WWWの場合も、今は上記のようなショートカット法律が無いから大変な だけで規制ができない訳ではない。
それはもちろん出来ないわけではないでしょう。 リンクによって、 ないしはそれを使う事で、 具体的に迷惑行為が生じているのならば(生じる可能性があるのは認めています)。 ですが、 それを引き起こしうるからといって、 予防的にリンクを禁止する必要はありません。 また、 嫌がる事『のみ』を根拠に規制することも出来ません。 何らかの合理的な判断基準が必要で、 それはストーキングにせよ迷惑行為にせよ同じ事です。
#ちなみに、私はリンクは原則自由だと思っていますし、現実もそうですし。 #当然、原則自由というのはそうでない場合を担保として認めるから成り立 #つのです。 #「リンク禁止」を許すことは『リンクは原則自由』を指し示しています。 #そんなことも判らない?
一定の条件下でリンクの禁止、 ないし解除を求める事が出来る──というのはその通りです。 例えば、 img タグによるイメージへのリンク、 元々はヘルパーアプリケーションによる別窓表示でしたからあまり問題にされませんでしたが、 プラグインやブラウザ自体の対応によってインライン表示されるのが主流となった事で、 出自が曖昧に見え易くなったので、 他サイトのものに対しては許可を求めるのが普通ですよね。 サブフレーム内への他サイトのページの表示も同等です。 技術の進歩に伴い常識が変わった例でしょう。 他には、 人気コンテンツにアクセスが集中したとかで帯域が圧迫されたので、 直接リンクをするのはやめて欲しいという要求なら、 あたしなら普通に従うでしょう。 プロバイダによる公開停止を招いては、 掲載者の自由度を減ずる結果になりますし、 そうでなくても同一通信路を共有する人々の自由度を減じますから。
だからと言って、 合理的理由無しにサイト全体へのリンク、 ないしはディープリンクを禁ずる正当性の根拠にはならないですけれど。
>ディープリンク規制に反対は続けます。 ええ、ご自由に。 でもちゃんとした理由を出しましょうね。 不用意に「礼儀」を使って痛がったり、 オウム返しに同じ事を言えば相手の意見が無効だとか無茶言ったり、 でっち上げを流布して議論相手を貶めるようなことをしたりと 子供の駄々のようでないものをお願いします。
>ディープリンク規制に反対は続けます。
ええ、ご自由に。 でもちゃんとした理由を出しましょうね。 不用意に「礼儀」を使って痛がったり、 オウム返しに同じ事を言えば相手の意見が無効だとか無茶言ったり、 でっち上げを流布して議論相手を貶めるようなことをしたりと 子供の駄々のようでないものをお願いします。
『言論の対象性に対して不健全な状況をもたらす』が理由なのですけれど、 次の項と共通なのでまとめます。
ここ /.J でよく見かける間違いの良い例です。 言論(の自由)を含む健全な自由を単なる野放で野蛮で無法な状態の事だと 思い込む悪い理解の典型的です。 身勝手に自分の都合に合えば他人のことなど無視して自分に都合にいい自由 のみを求める典型ですね。
どうしてこういう解釈になるんでしょう? そういう誤解を避ける為に、 『言論の自由』という表現はあえて避けていたんですけれど。 そりゃ、 無制限の自由を各自が主張しては無法状態でしょうし、 そんな余地は現実の世界にはありません。 だからこそ『自由度の対象性』を主張しているのです。 同程度の自由度を互いに認めよ、 と。
それで結局──『嫌だ』以外に、 ある一定範囲に無条件にリンクを禁ずる理由って何なんですか? そこが判らないから納得できていないのです。
>>>元の言論に対する参照(ウェブにおいてはリンク)を行うのは、むしろ義務であり礼儀であり
と、ちゃんと言っている。 #よく見たら義務とすら言っているよ。 あなたは明確にリンクが礼儀で義務といっている。
そう言っています。 リンクと参照は等価であり、 言論に言及する言論とは不可分、 不可分の根拠が礼儀と義務、 それ故に、 リンク即ち参照を拒絶するのは自由度の対象性を崩す、 とね。 まぁ確かに、 貴方がそれを認めていないのは判っていましたけど、 あたしがそれを認めている事も伝えたはずですけど? 途中を端折らないでください。
当然、現在はリンクが禁止されても情報の出所を示せる。リンクを禁止しても 「言論の自由と健全性」は確保されている。
代替手段を他者に採らせるなら、 当人の合意がない限り合理的な根拠が必要ですよ。
#蛇足だけど、近代の言論の自由は情報を統制する自由を含んでいることを知ら #ないだろう。
対象性の保証にそれは含まれると考えていますけど。
では、(#990113) で、 >>>参照元の明示無しに他者の言説を用いれば紛れもなく剽窃なのですけれど。 に追加する条件を示してください。 条件が併記されていないものは通常と判断するしかないので。
表現の組み合わせが、 それの表現する主張に関してある一定の規模を超えたら──とでも言うしかありませんね。 個別判断すべき点でしょう。 過般化すべきではありません──どうも貴方にはそういう傾向があるようですが。
いいえ、前に記したように現実に規制されています。 ストーカー規正法は既存の法律では実害が発生してからしか警察の介入が できない、つまり一般人が警察などに「合理的な判断基準」として実際に 暴力を振るわれたなどの深刻な実害が必要だったので、「嫌だ」と言う理 由で介入できるようにしたショートカットです。
介入まではそうですね。 そしてその『嫌だ』が正当か否かの判断には、 最終的には合理的な基準が必要です。
ストーカー規正法は国家権力の介入だから一定レベル以上ですが、民が 自己の財産と支配範囲で禁止するのは本当に「嫌だ」で十分です。これは 憲法にある基本的な権利です。
一般に他人のサイトへは『自己の財産と支配範囲』は及びませんよ。 外部からのリンク≡参照は、 外部のサイトの一部であり、 故にそのサイトの持ち主の『財産と支配範囲』ですから。
いいえ、理解が間違っています。 リンク禁止を求めるのは常に自由ですね。それが健全な言論の自由。 一定の条件が必要なのは求めに対し強制力を付加する場合です。
ああ、 ごめんなさい、 ここはその通り。
ここ /.J でよく見かける間違いだからです。
それが正しいとして、 それとあたしの主張が等価だと言う根拠は? 自由に対する一定の制限により秩序を保つことについては、 あたしも認めてるんですけど。
だから、ある人が自分の財産と支配下でリンク禁止を自由に掲示でき、 それに反論する者が自分の財産と支配下で自由の反論できるのは お互いに同じ権利と自由をもつ『自由度の対象性』な状態でしょう。
その通り。 掲示がなされたならば強制的に消せなどと主張していません。 その掲示が不当で正しくないという主張を対抗言論として掲げているのであって。
その上で禁ずる合理的理由を示してくれと言ってるんですが、 まぁそれはとりあえず後にしましょう──どうもそれ以前の段階のようなので。
それでは、 何故参照に過ぎないリンクを嫌うのですか? それが判らなければ、 合意にせよ妥協にせよ、 その前提となる立場の理解もあったものじゃない。
#それも合理的理由が必要なくそういう感情を持つだけで十分。 #それが近代の言論の自由。
感情のみでの衝突を常態とするなら、 それは前近代の無秩序でしょうに。
違いますね。リンクは参照を示す数多の手段の一つでしかない。 例え国家権力を使ってリンクを禁止しても参照ができる状況であるのに、 自己の範囲での禁止掲示の有無が参照の可否と等価になる分けない。
代替手段が存在する事それのみをもって、 ある手段を規制できるわけがないでしょう。 そしてリンクは通常主に用いられる手段であるのに、 それを規制するならば自由度が減殺されます。 有害性に関する相応の合理的根拠が必要です。
そうなら、対象性の保証のためには「リンク禁止掲示の容認」と結論されますね。
掲示それ自体はそうですよ。 そこで争ってはいません。
私の傾向は、言論の自由、個人の尊厳、適切な平等を尊重する方向です。 あなたのように、自分の好みが礼儀だとか、嘘で他人を貶めるとか、 言論の自由を軽視する傾向はありません。
ある規則あるいは法則を、 それが成立する適切な前提を無視ないし軽視して、 必要以上に広範囲へ敷衍しようとする過般化の傾向が貴方にはある──と書いたのですが。
つまり、「嫌がる事『のみ』を根拠に規制することも出来ません。」が失言 だと認めた訳ですね。
いいえ。 介入即ち規制とは認めていませんから。
元々、「リンク禁止の掲示」の話なのだかそんなことは関係ないでしょう。
『リンク禁止』の話ですけど。 すりかえてるのはどちらなんだか。 禁止を掲示するのはそりゃ勝手です──掲示自体は。 そしてその掲示がなされた(のでこのストーリーが上がった)。 しかもそれは公的機関のサイトで影響力が大きい。 だからこそ、 その内容、 『リンク禁止』が妥当か否かを議論しているというのに。
散々公的機関の義務としての話をしていないのにいきなり公的機関をたたけば 自分に有利になると勘違いでもしましたか。 言論の世界では弱者である公的機関を悪者にしても何も解決しませんよ。 違うというならどこが「公的機関」限定の話なのか示してみろ。
散々公的機関の義務としての話をしていないのにいきなり公的機関をたたけば 自分に有利になると勘違いでもしましたか。 言論の世界では弱者である公的機関を悪者にしても何も解決しませんよ。
違うというならどこが「公的機関」限定の話なのか示してみろ。
なるほどね。 解ってしまえば解りやすい。 つまり貴方が事前に行う頓珍漢な非難は、 他者の方が酷いと言い張ることで、 自らの行為をうやむやにしようとしているわけですね。 そんな事をしても、 貴方の言動の質が変化するわけではあるまいに。 これは『勝手に思い込みそれを非難する』ですな。
『公的機関のサイトで影響力が大きい』という補足説明を付けた事だけで、 よくもまぁそこまで想像力を逞しく出来るものだと感心しますよ。 誰も『公的機関なるが故のみをもって公的機関のみを──』なんて話はしていないのに。
公的機関のサイトに『リンク禁止』の掲示がある事は、 影響が大きいでしょう。 そしてまた、 公的機関のサイトが『リンク禁止』の掲示を取り下げたとしたら、 それもまた影響が大きいでしょう。 波及効果が期待できて効率がいい、 個人サイトの一つ一つについて、 掲示がなされるたびに一々騒ぐなんてのよりはね。 だから取り上げた──それだけの事ですよ。
しかしまぁ、 『効率』を言うならば──これ以上貴方と言い合いしてても、 労多くして何の実りも無さそうです。
あたしは続ける気を失いました。 つまり、 貴方はあたしを言い負かした事になります。
貴方の勝ちですおめでとう。
じゃ、 これで逃げますね。
ホームページを作った人が無断リンクは イヤだと言っているのですからそれで十分でしょう。
別のページを作った人が「『無断リンクはイヤだ』と言われるのは嫌だ」と言えば返せますので、 それでは不十分です──なんてな冗談はともかく。
ウェブにおけるリンクは即ち参照で、 これを『禁ずる』と言うのは『言及するな』と言ってるのに等しく、 自らは言論を用いながら他者にはそれを許さないという、 恐ろしく傲慢な行為に思えるのですけれどね。
許諾を取れば『言及』は可能なのです。
つまり、 あたしのコメントに対する貴方の返事を、 許諾制にする事で封じる事が可能だ──と?
ご冗談を。 何十年前の常識ですかそれは。
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犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward
リンクは勝手という常識は (スコア:3, 興味深い)
リンクされるのがイヤならホームページを作るな
という言い分はもう通用しない。
機能があるから、使うのは勝手というわけではない。
その辺の常識がないから何度も同じネタが出てくる。
内田百閒の家の玄関には
「世の中に人の来るこそうれしけれ、とは言うもののお前ではなし」
という歌が貼ってあったとさ。
世の中に人の来るこそ~ (スコア:4, 参考になる)
「世の中に人の来るこそうるさけれ、とはいふもののお前ではなし」
をパロったものですね。
ま、ものごと両面あるということです。
自説の補強にこの狂歌を引いてくるのは
あまり賢いやりかたではなかったようで。
Re:世の中に人の来るこそ~ (スコア:1)
だから本歌取りの方を書いたのです。
物事に両面あるという話ではなくて、
昔はうれしかったのだが、
今はうるさいのだということです。
百閒のこの歌知っている人は、元歌は承知していると思いますよ。
「まあだだよ」ってご存知でしょう。
Re:世の中に人の来るこそ~ (スコア:1)
でもなんで元歌と両方書かなかったの?
そのほうが説得力あったと思うけど。
常識がいつ変わったの? (スコア:3, すばらしい洞察)
まだ変わってないから問題になるんじゃないの?
#こうやって議論が絶えない状態にあることこそが、
#討議型民主主義 [google.co.jp]成立のために重要なところ。
# mishimaは本田透先生を熱烈に応援しています
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:2, 興味深い)
>リンクは勝手という常識はもう変わったのだ。
に同感です。
以前は、沢山リンクされるほどPageRankが上がって、良いのだと
思っていました。だけど最近は、スパム認定されるページ(を
ざわざわ作って、そこ)から敵のホームページに山ほどリンクを
張って、敵のホームページを陥れる(結果として、自分のページが
上がる)というSEO(特にGoogle対策)があると知りました。
警察のHPがPageRankを気にしてるとは思えませんので、別の
理由なんでしょうが。一般のページの場合でも今後は、勝手な
リンクを許可しない例が出てくるんじゃないでしょうか。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:1, すばらしい洞察)
リンクを悪用する奴には何の意味もありませんな。
ぶっこぬきツール満載雑誌の表紙に「悪用厳禁」と書くようなものです。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
> リンクを許可しない例が出てくるんじゃないでしょうか。
それは「許諾の権限を持つ例」が発生し得ると言う事?
だとすれば、その根拠に関心は尽きません。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:1)
良く知っています。(今までのスラドでも何度も言われていますし)
ですが現状を見ると、mixiなどのSNSや、会員制のwebサイトなど、
リンクを張られていても会員じゃなければ見れない情報がすでに
たくさん存在しています。それらの情報を、会員以外に見せるか
どうかの権利は、すでに運営者や会員が持っていわけです。
どこへでも自由にリンクできた時代は終わって、あちこち鍵を
掛け始めた。そう考えると、リンクが勝手という常識が変わって
くるのも、不思議ではないと思います。
#たとえ話をすると、また荒れそうですが。そろそろこの話も
#終了してると思うので。あえてたとえ話。
昔の日本やど田舎では、玄関に鍵を掛けないのが普通ですが。
都会では玄関どころかマンションの入り口さえも鍵付きで
認証が必要なのが最近ではむしろ当然です。
インターネットの常識だって、時代と共に変わるのがむしろ
自然な成熟過程ではないでしょうか。
遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
『リンクされたくなければ認証を掛けろ』というのは、 むしろリンクが原則自由であると主張する人々(あたしも含みますが)の主張です。
認証には、 同じ事象でありながら二つの意味があります。、 一つは『外からのアクセスを遮断する』、 もう一つは『内側からの情報発信を遮断する』です。
言論が発せられる時、 その到達可能範囲内においては、 自由に対抗言論を発する事の出来るのが、 社会として健全な状態です。 そして、 他の言論に言及する言論を発するとき、 元の言論に対する参照(ウェブにおいてはリンク)を行うのは、 むしろ義務であり礼儀であり、 不可分な行為です。 従って、 別コメントにも書きましたが、 自らの言論への参照を禁ずるというのは、 他者の言論を封じる事に通じ、 自らに許す権利を他者には許さないと主張しているのに等しいのです。
そしてここで、 認証の後者の意味、 『内側からの情報発信を遮断する』が効いてきます。 到達不能領域から対抗言論を発する必要はなく、 必然的にリンクの必要がなくなりますから。 『リンクされたくなければ認証を掛けろ』とはそういう意味だとあたしは考えます。
# ぶっちゃけて言うと、内輪だけの話をしたいなら、
# 公の場ではしなさんな──って事ですね。
インターネットの常識は確かに変化しています。 リンクの自由な WWW が生じた事もその一つです。 だと言うのに── gopher 時代に後戻りしてどうするんですか!
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:0)
リンク禁止と掲示しただけでは強制力は無いので、それにあたりませんね。
つまり、あなたの言う自由に対抗言論を発する事の出来る健全な状態でしょ。
それなのに、言論が封じられていると思っているなら、他の方が指摘している
ような過剰反応によるものですね。
自分が嫌なことは「嫌だ」と言える社会が健全であって、「嫌だ」といえない
社会こそ言論が封じられた不健全な状態ですね。
>礼儀であり
他人が嫌がっていることが明確なのに、自分の価値を押し付けた上で「礼儀」
とはなんと傲慢なことでしょう。
>到達不能領域から対抗言論を発する必要はなく
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
現状はその通りです。 そしてその現状を守りたいと思っています。 だからこそ、 強制力が働く方向へ行かないように抵抗しているわけです。
ある言論を賛同するにせよ反論するにせよ参照したならば、 参照元を明示するのは言論における最低限の礼儀でしょう。 それを怠れば、 例えば剽窃(くだけて言えばパクりですかね)と非難されても文句は言えないのですよ。
# 嫌がれば何でも拒否できるというなら、あたしゃ納税が嫌ですね〔笑〕。
ディープリンクの存在は忘れていませんよ。 それを禁ずる事にも反対していますから。 ディープリンクもリンクです。
# そう言えば初めて知ったのは この時 [srad.jp] でしたね。
参照に過ぎないリンクを禁ずるのがおかしいと言っているのです。 不適切なアクセスは、 それは当然不適切でしょう。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:0)
「リンク禁止」を掲示できない状況は現状を守る事には成りませんね。
えせ教典やシステムの都合に人間が合わせるのは間違いです。
>参照元を明示するのは言論における最低限の礼儀でしょう。
相手が嫌がっている方法を使うのは既に礼儀ではないですね。
パクリだって無い事をリンクで証明するような極端に特殊な例を出しても
無意味ですね。パクリかそうでないかを示す手段は数多に存在します。
そもそも、パクリが非難されるのはパクリ行為が問題であって、リンクは
関係ありません。何が何でも非難したいからといって、関係ない物と無理
矢理結びつけている非道理
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
『掲示できない』とは言っていません。 貴方の言い方を借りれば『現に掲示できている』でしょう? その言論に対して『「リンク禁止」は不当』との対抗言論を返しているだけです。
『嫌がっている』のみを根拠にするなら、 「『リンク禁止』を嫌がっている」で返せるので無効です。
参照元の明示無しに他者の言説を用いれば紛れもなく剽窃なのですけれど。
『と言う事にしたいだけ』は逆の『と言う事にしたいだけ』で返せるから──ってのはまぁやめときましょう。 フレームの元だし。
『嫌がっている』のみを根拠にするなら、 「『リンク禁止』を嫌がっている」で返せるので無効──を支持する反例を出したのみです。 反例を出したのは、 当然それが未出だったからです。
リンクされるのが嫌いだからと過剰反応して、 『リンク禁止』の主張を繰り返されてるからなんですけどね。 何度も何度も。確かにそれはありますね。 現状では、 これに関しては不見識を認めます。
こちらは、 『認証の二つの面』で説明した通りです。 認証により通過を許された『領域』(この場合は行為者である人間の集合になりますね)に、 言論の到達領域が限られています。
# ここでの『到達』の主語は人ではなく言論、即ち情報です。
到達を可能にする妥当な参照は、 技術的にはリンクと等価です。 先ほどの『ディープリンクを禁止されたサイト』の場合であっても、 『そこへ到達し得る遮断されない一連のシャロウリンク』をまとめて一つのリンクとする事だって可能なのですから。 故にこれを拒絶するのは参照を拒絶するのと等価です。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
これから説明しておかないとどうしようもないですね。 対立する二つの事柄を、 全く同じ根拠で主張できるなら、 それのみを元に主張を続けることは、 いわゆる千日手に陥るだけで、 議論の上では全く不毛で無意味です。 主張を続けるのなら、 他に合理的な根拠が必要です。
貴方の属している社会(と言うと用語としてしっくりこないのですが、 要するに人々の集まり)では、 言及の際に言及対象を指し示す手段としてリンクを用いるのは非礼なのでしょう。 あたしの属している社会では、 言及するなら明確に言及対象を指し示す事が礼儀で、 そのための手段としてリンクがある、 と。 これが衝突して更に、 『リンクされるのは嫌だ』『リンクできないのは嫌だ』がぶつかっているわけですから、 それ以外の根拠を持ち寄りあい、 合意に至ることで解決する以外にありません。
これが貴方の言う『不適切な例』以外の何物なんですか?
それはそうですね。 確かに『リンクを嫌がる人が存在する』以上、 リンクを張るという行為は『嫌がっていることをやっている』事になります。 嫌がる事のみでは他者の行動を規制できないというだけで。
なるほど。 「『リンクは原則自由』ではない」という主張でよろしい?
ディープリンクを規制する手法が存在していることに関しては、 貴方の指摘を頂くまで全く失念していました(ご指摘に感謝します──持論の再構築の機会を得られました)。 ディープリンク規制に反対は続けます。 それが『言論の対象性に対して不健全な状況』をもたらすので。
気が合いますね。 あたしも「システムがそうなっているのだから従え」なんて事には賛同できません(でなければ、 一々反対の意見を持っている人と議論などしませんし)。 あたしがこだわってるのは『言論の行使における自由度』なので。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
そうは言っていませんよ。 ある言論に言及する言論を行使する際に、 言及元を明確に参照するのは礼儀であり義務である(と、 少なくともあたしの属する『社会』では考えられている)。 ウェブにおいてはリンクがその主な方法であり、 言論の自由度の対象性を減ずる惧れがあるが故に、 合理的理由なしにそれ以外の方法を強制される謂れはない──という事で。
通常使われる表現に出所を示せなどとは主張していません。
それはもちろん出来ないわけではないでしょう。 リンクによって、 ないしはそれを使う事で、 具体的に迷惑行為が生じているのならば(生じる可能性があるのは認めています)。 ですが、 それを引き起こしうるからといって、 予防的にリンクを禁止する必要はありません。 また、 嫌がる事『のみ』を根拠に規制することも出来ません。 何らかの合理的な判断基準が必要で、 それはストーキングにせよ迷惑行為にせよ同じ事です。
一定の条件下でリンクの禁止、 ないし解除を求める事が出来る──というのはその通りです。 例えば、 img タグによるイメージへのリンク、 元々はヘルパーアプリケーションによる別窓表示でしたからあまり問題にされませんでしたが、 プラグインやブラウザ自体の対応によってインライン表示されるのが主流となった事で、 出自が曖昧に見え易くなったので、 他サイトのものに対しては許可を求めるのが普通ですよね。 サブフレーム内への他サイトのページの表示も同等です。 技術の進歩に伴い常識が変わった例でしょう。 他には、 人気コンテンツにアクセスが集中したとかで帯域が圧迫されたので、 直接リンクをするのはやめて欲しいという要求なら、 あたしなら普通に従うでしょう。 プロバイダによる公開停止を招いては、 掲載者の自由度を減ずる結果になりますし、 そうでなくても同一通信路を共有する人々の自由度を減じますから。
だからと言って、 合理的理由無しにサイト全体へのリンク、 ないしはディープリンクを禁ずる正当性の根拠にはならないですけれど。
『言論の対象性に対して不健全な状況をもたらす』が理由なのですけれど、 次の項と共通なのでまとめます。
どうしてこういう解釈になるんでしょう? そういう誤解を避ける為に、 『言論の自由』という表現はあえて避けていたんですけれど。 そりゃ、 無制限の自由を各自が主張しては無法状態でしょうし、 そんな余地は現実の世界にはありません。 だからこそ『自由度の対象性』を主張しているのです。 同程度の自由度を互いに認めよ、 と。
それで結局──『嫌だ』以外に、 ある一定範囲に無条件にリンクを禁ずる理由って何なんですか? そこが判らないから納得できていないのです。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
そう言っています。 リンクと参照は等価であり、 言論に言及する言論とは不可分、 不可分の根拠が礼儀と義務、 それ故に、 リンク即ち参照を拒絶するのは自由度の対象性を崩す、 とね。 まぁ確かに、 貴方がそれを認めていないのは判っていましたけど、 あたしがそれを認めている事も伝えたはずですけど? 途中を端折らないでください。
代替手段を他者に採らせるなら、 当人の合意がない限り合理的な根拠が必要ですよ。
対象性の保証にそれは含まれると考えていますけど。
表現の組み合わせが、 それの表現する主張に関してある一定の規模を超えたら──とでも言うしかありませんね。 個別判断すべき点でしょう。 過般化すべきではありません──どうも貴方にはそういう傾向があるようですが。
介入まではそうですね。 そしてその『嫌だ』が正当か否かの判断には、 最終的には合理的な基準が必要です。
一般に他人のサイトへは『自己の財産と支配範囲』は及びませんよ。 外部からのリンク≡参照は、 外部のサイトの一部であり、 故にそのサイトの持ち主の『財産と支配範囲』ですから。
ああ、 ごめんなさい、 ここはその通り。
それが正しいとして、 それとあたしの主張が等価だと言う根拠は? 自由に対する一定の制限により秩序を保つことについては、 あたしも認めてるんですけど。
その通り。 掲示がなされたならば強制的に消せなどと主張していません。 その掲示が不当で正しくないという主張を対抗言論として掲げているのであって。
その上で禁ずる合理的理由を示してくれと言ってるんですが、 まぁそれはとりあえず後にしましょう──どうもそれ以前の段階のようなので。
それでは、 何故参照に過ぎないリンクを嫌うのですか? それが判らなければ、 合意にせよ妥協にせよ、 その前提となる立場の理解もあったものじゃない。
感情のみでの衝突を常態とするなら、 それは前近代の無秩序でしょうに。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
違いますね。リンクは参照を示す数多の手段の一つでしかない。
例え国家権力を使ってリンクを禁止しても参照ができる状況であるのに、
自己の範囲での禁止掲示の有無が参照の可否と等価になる分けない。
#過剰反応でそう思い込みたいだけでしょう。
>言論に言及する言論とは不可分、不可分の根拠が礼儀と義務、
そんな理屈は存在しません。
「言論に言及する言論とは不可分」はいいとしても「不可分の根拠が
礼儀と義務」は何の根拠も関連性も無い。つまり、自分が正しいと思えば礼儀
たとする傲慢な考えということがいっそうはっきりしましたね。
>それ故に
上記のように無意味で理由にならない事象を並べて、それを基礎として
「それ故に」と続けた内容が何の根拠も無いことであるのは明白。
> 当然、現在はリンクが禁止されても情報の出所を示せる。リンクを禁止しても「言論の自由と健全性」は確保されている。
>代替手段を他者に採らせるなら、当人の合意がない限り合理的な根拠が必要ですよ。
根拠など必要無いですね。
代替手段を使うかどうかを選択するのは言論を発信するほうの選択に依存して
いるのだから。
何で他者の選択に根拠を示す必要があるの? 自我自尊を否定するの?
自分の選択の話なのに「採らせるなら」表現がでること自体がおかしい。
> #蛇足だけど、近代の言論の自由は情報を統制する自由を含んでいることを知ら
> #ないだろう。
>対象性の保証にそれは含まれると考えていますけど。
そうなら、対象性の保証のためには「リンク禁止掲示の容認」と結論されますね。
>どうも貴方にはそういう傾向があるようですが。
私の傾向は、言論の自由、個人の尊厳、適切な平等を尊重する方向です。
あなたのように、自分の好みが礼儀だとか、嘘で他人を貶めるとか、
言論の自由を軽視する傾向はありません。
>介入まではそうですね。
つまり、「嫌がる事『のみ』を根拠に規制することも出来ません。」が失言
だと認めた訳ですね。
それに絡めた話もすべて無根拠に記したと判断してよいですね。
>『嫌だ』が正当か否かの判断には、最終的には合理的な基準が必要です。
そんなもの勝手にやればよい。
批判したい人の財産と支配下で自由に。
ただ、他人が自分の財産と支配下で行っていることには関係ない。
>一般に他人のサイトへは『自己の財産と支配範囲』は及びませんよ。
は? 何あたりまえの事を言っているのですか?
それは私が何度も言ってきたことでしょう。
議論に負けそうだから相手が言っていることをさも自分が言っているように
摩り替える作戦ですか?
>外部からのリンク≡参照は、外部のサイトの一部であり、故にそのサイトの持ち主の『財産と支配範囲』ですから。
で、それがどうかしましたか?
元々、「リンク禁止の掲示」の話なのだかそんなことは関係ないでしょう。
もとの(#991492)でも対象性の片方に「反論する者が自分の財産と支配下で
自由の反論」と認めているのになぜこんなことを書くのでしょう。
実例でも、議論の内容そんなことはでてきていませんよ。
#あ~。過剰反応している一部の馬鹿は除く。
やはり、話題を摩り替えようとしていますね。
これで何度目でしょうか? 嘘で議論相手を貶める手法…(悪質ですね)
>何故参照に過ぎないリンクを嫌うのですか?
それはリンク禁止を提示しているところに聞け。
私は他人の意見を代弁する立場に無い。(私はリンク禁止など一度もしたことが無い)
だいたい、リンク禁止は「無断リンク禁止」が主たるものだから、普通の
考えならすでに聞いていることでしょう。
議論がここまできて教えてくださいとはなんと不誠実なのでしょう。
>それが判らなければ、合意にせよ妥協にせよ、その前提となる立場の理解もあったものじゃない。
じゃあ聞いてくれば…
>感情のみでの衝突を常態とするなら、それは前近代の無秩序でしょうに。
誰がそんなことを言いましたか?
また過剰反応と勝手な思い込みに流布適切な発言ですね。
この方は先ず、在りもしないことをでっち上げてそれに反論することで
何か正しいことを言った気になる方のようです。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
代替手段が存在する事それのみをもって、 ある手段を規制できるわけがないでしょう。 そしてリンクは通常主に用いられる手段であるのに、 それを規制するならば自由度が減殺されます。 有害性に関する相応の合理的根拠が必要です。
掲示それ自体はそうですよ。 そこで争ってはいません。
ある規則あるいは法則を、 それが成立する適切な前提を無視ないし軽視して、 必要以上に広範囲へ敷衍しようとする過般化の傾向が貴方にはある──と書いたのですが。
いいえ。 介入即ち規制とは認めていませんから。
『リンク禁止』の話ですけど。 すりかえてるのはどちらなんだか。 禁止を掲示するのはそりゃ勝手です──掲示自体は。 そしてその掲示がなされた(のでこのストーリーが上がった)。 しかもそれは公的機関のサイトで影響力が大きい。 だからこそ、 その内容、 『リンク禁止』が妥当か否かを議論しているというのに。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
だから、何も規制されていないでしょう。
あたかも規制されているように過剰反応しているのはリンク禁止に文句を言っているほう。
>通常主に用いられる手段であるのに、それを規制するならば自由度が減殺されます。有害性に関する相応の合理的根拠が必要です。
だから、何も規制されていないでしょう。
昔の発言のみならず、コメントしている直前発言でもそれは明示されている。
ていないことが示されているのに、
嘘でも100回規制されるといえば本当になるといいたいのですね。
在りもしない事象をでっち上げて批判したつもりになるの止めてください。
>いいえ。介入即ち規制とは認めていませんから。
ほう。ではあなたの言う規制とは何?
>公的機関のサイトで影響力が大きい。だからこそ、その内容、『リンク禁止』が妥当か否かを議論しているというのに。
公的機関サイトの話と『リンク禁止』の妥当性の話は別です。
さらに、礼儀などという話はリンクをする行為者の話としていっていましたね。
リンクされる側の公的機関サイトの話ではなく。
散々公的機関の義務としての話をしていないのにいきなり公的機関をたたけば
自分に有利になると勘違いでもしましたか。
言論の世界では弱者である公的機関を悪者にしても何も解決しませんよ。
だいたい、あなたは(#989938)でこのサブジェクトの話題を立ち上げ、
>>>自由に対抗言論を発する事の出来るのが、社会として健全な状態です。
>>>元の言論に対する参照(ウェブにおいてはリンク)を行うのは、むしろ義務であり礼儀であり、
>>>インターネットの常識
>>>gopher 時代に後戻りしてどうするんですか!
のように一般的なWEBシステム上の常識について話を始め、ついさっきまでそういう
話をしてきましたね。その前だって公的機関とか言っていない。
違うというならどこが「公的機関」限定の話なのか示してみろ。
#何でもいいぞ、今までの話をそのまま公的機関に限定すれば変な話ばかり
#だから。
/.J であなたのような変な言論をする人の特徴ですね。
自分の言論のおかしさを話題を摩り替えることでごまかそうとしている。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
なるほどね。 解ってしまえば解りやすい。 つまり貴方が事前に行う頓珍漢な非難は、 他者の方が酷いと言い張ることで、 自らの行為をうやむやにしようとしているわけですね。 そんな事をしても、 貴方の言動の質が変化するわけではあるまいに。 これは『勝手に思い込みそれを非難する』ですな。
『公的機関のサイトで影響力が大きい』という補足説明を付けた事だけで、 よくもまぁそこまで想像力を逞しく出来るものだと感心しますよ。 誰も『公的機関なるが故のみをもって公的機関のみを──』なんて話はしていないのに。
公的機関のサイトに『リンク禁止』の掲示がある事は、 影響が大きいでしょう。 そしてまた、 公的機関のサイトが『リンク禁止』の掲示を取り下げたとしたら、 それもまた影響が大きいでしょう。 波及効果が期待できて効率がいい、 個人サイトの一つ一つについて、 掲示がなされるたびに一々騒ぐなんてのよりはね。 だから取り上げた──それだけの事ですよ。
しかしまぁ、 『効率』を言うならば──これ以上貴方と言い合いしてても、 労多くして何の実りも無さそうです。
あたしは続ける気を失いました。 つまり、 貴方はあたしを言い負かした事になります。
貴方の勝ちですおめでとう。
じゃ、 これで逃げますね。
Re:遮断されるのが双方向なら何の問題もないのですよ (スコア:1)
ということにしたいのですね。
>他者の方が酷いと言い張ることで
正しい批判しか私はしていませんね。
逆に私は今まで何度etsavのでっち上げを指摘したことか。
また、自分がしてきた悪事を他人がしていたように摩り替える手法ですね。
人生で後何万回繰り返すつもりでしょうか?
>これ以上貴方と言い合いしてても、労多くして何の実りも無さそうです。
わざわざこんなことを書き込むあたりが馬鹿ですね。
>貴方の勝ちですおめでとう。
>じゃ、これで逃げますね。
と、自己暗示をかけると...
そうやって、内に篭っているがいい。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:1, すばらしい洞察)
そう、だからリンクされたくない奴はウェブページを公開するべきではない。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:1, すばらしい洞察)
リンク元が「全然関係ない」ということはあり得ません。
ご町内の住人に対し「あの表札は◯◯の家だ」という情報を隠すことの不毛さを考えてみてください。
Web ページを公開するということは、全世界とご町内同然のおつきあいをするということです。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
肥大化によってwebのコンテンツ同士の距離はちょっとずつ広がっている様に見えます。
本当に、本当に、みんな近所?みんなお友達?
ものすごい超高速の乗り物がwebにはあるけど、それを乗リ回すにも時間的限度があるよね。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
あなたが迷子になっただけで、街が広がったわけではありません。
誤解のないように言っておくと、街の規模がいくら大きくなろうと、
サイト間のネットワーク距離がいくら離れようと、
ページ間の論理的な距離がそれに比例して増えるわけではないという意味です。
あなたが距離を感じるということは、
望みの情報にたどり着くまでの迷い道が長かったということに過ぎず、
実際のコンテンツ間に距離があるわけではないのです。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
結果として母数が増えると情報は偏在していくので、
フラットな世界というのは人間自身の限界によって夢物語になるのですよ
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
> という言い分はもう通用しない。
> 機能があるから、使うのは勝手というわけではない。
断言するからには、確定判決でも出たのですか?
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0, フレームのもと)
面倒くさがって、リンクなんか勝手に張ればいいじゃないか
リンク張っちゃ悪いという法律でもあるのか
と突っかかる方が多いですね。
この方がそうかどうか知りませんが、嘆かわしいことです。
確定判決も何もホームページを作った人が無断リンクは
イヤだと言っているのですからそれで十分でしょう。
勝手に常識を変えられてたまりますか (スコア:5, 興味深い)
別のページを作った人が「『無断リンクはイヤだ』と言われるのは嫌だ」と言えば返せますので、 それでは不十分です──なんてな冗談はともかく。
ウェブにおけるリンクは即ち参照で、 これを『禁ずる』と言うのは『言及するな』と言ってるのに等しく、 自らは言論を用いながら他者にはそれを許さないという、 恐ろしく傲慢な行為に思えるのですけれどね。
Re:勝手に常識を変えられてたまりますか (スコア:0, フレームのもと)
許諾を取れば『言及』は可能なのです。
それがイヤだと主張する方が
恐ろしく傲慢な行為に思えますが。
Re:勝手に常識を変えられてたまりますか (スコア:3, すばらしい洞察)
つまり、 あたしのコメントに対する貴方の返事を、 許諾制にする事で封じる事が可能だ──と?
ご冗談を。 何十年前の常識ですかそれは。
Re:勝手に常識を変えられてたまりますか (スコア:2, すばらしい洞察)
つまり言及できないと考えても差し支えないのでは?
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:5, すばらしい洞察)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
公務執行妨害では?えーと、「リンクを張らせない」という公務を妨害しているのでは?
「ころび公妨」という言葉もあることだし、何もしなくても引っ張れます。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
それを公務と呼ぶのなら、ますます法的な根拠も求めたくなりますね。
まさか、公務員は公務の名の許に何を行っても許されるとか思っていませんよね?
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:1)
俺には、突っかかっているのは「リンク禁止」と言っている奴に見える。
「イヤだ」と言えば従って当然ならば、ページ見た奴は「リンクしないの禁止」もありなんだろうか?
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
イヤだと言っているのですからそれで十分でしょう。
それで十分だと思います。言うのは勝手ですから。
# 何かトラウマでもあるの?
いろいろまずいのでAC
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
それともまさか検索結果からのリンクはOKとか言い出しますか?
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
このネタはもうくどいほど取り上げられていて
毎回同じことを言っているので
いちいち取り上げる必要はないと思います。
年末とかにその年の分をまとめてやるだけでいいでしょう。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:1, 興味深い)
ある程度ちょくちょくやってもらえると
それなりに意味あるんではないかなと愚考する次第です。
#さすがに毎日とかはいらんが
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
公開している以上は「見てもらうため」であるのは間違いないとしても、著名なサイトにするという意図のない場合もまた考えられる。
いつまでも古い慣習にとらわれてるwwwゴロも、少しは色々なケースを考えるように。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:2, すばらしい洞察)
「必要以上」にランクが上がる事なんて有り得ない罠。
釣果以外でリンクされると言う事は、
リンクしたヒトには必要だったと言う事です。
検索エンジンのランクは、利用者の必要性を反映する事を目指している。
著作者の必要性に従わせたいなら、ロボット除けをすれば宜しい。
自分の権限の範囲内をコントロールするだけで満足しなさい。
他人様の行動にまで余計な指図をする馬鹿は要らん。
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)
Re:リンクは勝手という常識は (スコア:0)