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驚くほど愚かな行為に与えられる「ダーウィン賞」、2009年の受賞者が決まる」記事へのコメント

  • どう考えても (スコア:2, おもしろおかしい)

    by Anonymous Coward
    民主党に政権を取らせた日本の有権者が受賞すべきだろ
    • by ctrl_alt_meta (19732) on 2010年01月07日 18時59分 (#1699410)

      政治と宗教と野球の話は歓談に向かないというわかりやすい実例になってるね。

      まあ、ダーウィン賞を受賞するほどの愚かな行動ではないけど。

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      • by Elbereth (17793) on 2010年01月07日 20時00分 (#1699439)
        あとはOSとエディタと言語と……って、宗教に入るんだっけ?
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        • 宗教ってのはジャンルじゃなくてあり方だと思うよ。

          無条件に信じることが出発点になってる知識体系は皆宗教。

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          • 無条件に信じることが出発点になってる知識体系は皆宗教。

            という教義の宗教ですね。

            --
            うじゃうじゃ
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          • by the.ACount (31144) on 2010年01月08日 12時41分 (#1699738)

            そんな宗教ばかりじゃないってのに、宗教にあやまれ!

            --
            the.ACount
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            • 信仰を出発点にしない宗教があるの?

              #ネタだとすると元ネタが分らないなー。

              私の#1699483の定義では通常宗教に入らないものも宗教になるという指摘ならば分る。
              それは宗教論争的なことになりそうなものをすべて含めるために意図的に広い定義にしたのだからそういう指摘は織り込み済み。
              また定義の意味合いの説明が足りてないから「それは、その定義を信じろってこと?(=宗教?w)」とまぜっかえした形の#1699622の指摘もわからなくもない。

              けど、宗教で漏れているものがあるとはおもわなかったなぁ。

              念のため言うと、信じてる内容の良し悪しを私は評価してないよ。信仰から始まるってことを別の言い方で言っただけ。

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              • > 信仰を出発点にしない宗教があるの?

                どうも話に聞く「仏教」って宗教のある一部はですね、神だとか死後の世界とかそういうのをまるで認めない [kazokuso.net]ところから出発するそうで・・・

                本来、仏教では霊魂の存在をみとめず、生も死もありません。釈迦は弟子のマールンクヤに死後の世界について質問され「今すべきことをせずに、わかりもしないことを考えるのはやめなさい」と教えています。
                 死後の世界はあるか、ないか。有か無かとの問いに、是(ぜ)とも非(ひ)ともこたえないのです。こうした観念の遊びは苦悩の解決や人間の救いに役立たないという意味です。

                # 私自身が仏教徒かどうかは疑問符が付くところですが、この問答は好きですw

                というか、それがどうも教祖の始めたことらしいのですが、今日では教祖が神みたいなものにされちゃってるのが日本を含むあちこちでの仏教のように見えます。

                --
                Something really matters.
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              • 哲学と宗教の境目の話ですね。儒教、道教なんかは仏教より歴史が短い分もっと分りやすいですが。

                それらの教えの内容を弟子がちゃんと懐疑できてる内は「宗教(religion)」ではなかったのだと思うのですよ。
                (古代においては元々宗教と哲学の峻別は曖昧で意識されていないわけですし。)
                それが何か(教祖でも経典でも神でも世界観でも)を「まずは真実と信じる」に変質した時点で宗教化したのではないかと思うのです。

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              • 論語の内容を普通に論じるだけならは古代の哲学の学説である「儒学」なのだけど
                孔子廟 [wikipedia.org]を有り難がって参拝するようになると宗教的な「儒教」になってくる。

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              • > それらの教えの内容を弟子がちゃんと懐疑できてる内は「宗教(religion)」ではなかったのだと思うのですよ。

                大衆の何割かはあまり真面目に考えない部分があり、また弟子の何割かは上手に説明できない部分があるかと思います。・・・と考えたら以下のようなやり取りがあちこちで発生したかもしれないと妄想しました。

                割に考える大衆:「どうして**は××なの?」
                説明下手な弟子:「とにかく教祖が言うから間違いないんだ!!疑うと地獄に落ちるぞ!!」
                考えてない大衆:「よしわかったおれ入信しちゃうぞ」

                この妄想と今日の仏教の状況から我々が学べる事は、教祖だけ哲学の部分を悟っててもダメで

                1. 弟子にきちんと説明する
                2. 弟子が孫弟子に説明できるようになるまで訓練する
                3. 弟子が孫弟子を一人前になるまで訓練できるように訓練する

                あたりまで教祖が面倒を見てあげられないとイカンということでしょうか。

                # 4. 孫弟子がひ孫弟子を訓練できるように弟子が訓練できるように教祖が弟子を訓練して・・・
                # 以下無限ループ?

                --
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              • まぁ概ねそういうことだと思います。現代でもままあることではあります。
                権威主義的な態度というのはきわめて宗教的だと思います。
                官僚信仰とか試験信仰とかは単なる比喩でなく実際に信仰なのではないかと思っています。

                (余談ですが、その信仰は未だ結構根強いように思われます。
                最近の官僚バッシングは「信仰」を裏切られたという気持ちからくる怒りに見えて仕方ありません。)

                そう思うと実はナショナリズムなども一種の宗教じゃないかとか思うわけです。
                自国や自民族の様々な性質を無条件に信じることから始まりますからね。

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              • >そう思うと実はナショナリズムなども一種の宗教じゃないかとか思うわけです。
                >自国や自民族の様々な性質を無条件に信じることから始まりますからね。

                いやあ、そう思うと真に無宗教になるのは難しそうですね。
                例えば私なんかは「人々が世界を良くするのに努力する」のはきっと成功する、成功してほしいと思っているのですが(努力信仰とでも言いましょうか)、人々のありようによっては全く逆に努力なんかしないのが最適である可能性すらあるわけです。他のどなたかは自分のやる事に間違いなどは発生しないと固く信じて疑わない方もいらっしゃるような気がしますし(オレオレ信仰?)、ロイビトンとかヘルペスとかいうマークの付いた商品を購入する事でであたかも魂が清められるかのように振舞う人々もいるわけです(ブランド信仰)。

                良く考えれば、「自分が生存している」という事は他の誰に何と言われようと「良い事であるはず」だと、ウツ等のご病気でない方ならそう思っているはず(オレオレ生命信仰とでも言いいますか)ですから、完全に信仰を捨てて生きるのは難しそうです。少なくともオレオレ生命信仰くらいは持ってないと自分の生命維持が難しそうですし、あまり「そうありたい姿」に近くはなさそうに見えます。

                完全に信仰を捨てる事が難しいと言うことを受け入れるならば、何を信じるべきかということを考えたくなりました。オレオレ生命信仰は必要そうな条件であって十分ではなさそうなのですが、そこらへんはまた今度にしましょうか。

                # やっぱり空飛ぶスパゲッティモンスター? ラーメン

                オフトピもいいところですが、私にとっては楽しいやり取りが出来ました。ありがとうございます。

                --
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              • 懐疑といえば、「私は考える、ゆえに私はある」の方法的懐疑で有名なデカルトは「暫定道徳」なんてことも書いています。

                それはまぁ平たく言うと、
                方法的懐疑といっても自分の信念を全部いきなり疑うと日常生活に支障を生じるので、
                現状の信念を構成する知識は暫定的なものと理解した上でいったん受け入れて、
                その後、段階的に疑って徐々に置き換えて行きなさいよという
                実際的というか、エンジニアリング的というかな助言です。

                私は「宗教」に関してもそんな感じでいいのではないかなと思っています。
                (「宗教」のみならず「常識」や「しつけ」と言われているものとかもある程度大人になってからそうやって置き換えていけばいいのかなと。)

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              • by Anonymous Coward
                > そう思うと実はナショナリズムなども一種の宗教じゃないかとか思うわけです。
                > 自国や自民族の様々な性質を無条件に信じることから始まりますからね。

                それはナショナルアイデンティティや民族的アイデンティティと呼ばれます。普通は宗教的アイデンティティとは区別されます。
                似ているから同じだというのは乱暴すぎます。
              • by the.ACount (31144) on 2010年01月09日 10時27分 (#1700230)

                禅宗では、「仏に出会えば釈迦を殺して仏の呪縛を破り、達磨に出会えば達磨を殺して・・・」なんてのが残ってる。
                仏教だって全部が教祖が神みたいなものにされちゃってるわけじゃない。
                仏を信じてるみたいな他力本願だって、「自力とか他力とか言ってるうちは本当の他力じゃない」などと言うから、「仏を信じる」とはチョト違う。

                --
                the.ACount
                親コメント
              • > 仏を信じてるみたいな他力本願だって、「自力とか他力とか言ってるうちは本当の他力じゃない」
                > などと言うから、「仏を信じる」とはチョト違う。

                なるほど、素人の私が葬式などを通してなんとなく眺めた仏教と仏教関係者の認識には開きがあることが分りました。どうもありがとうございます。

                --
                Something really matters.
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              • まず第一に「一種」と書きました様に
                「同一」、「同値」ではなくサブクラスであり、そういう属性を持っているという意味で書いています。私の定義(#1699483と#1699774あたりで書いている)で宗教であることに反しないならそれ以外の性質を持っていたとしても私の主張としては特に問題は発生しないわけです。

                日本人を観ていればわかるとおり複数の宗教の影響下に入ることは問題なく可能ですし、欧州でも土着の民族宗教的行事(クリスマス、ハロウィン、イースターなど)をキリスト教が取り込むなど混交が発生しています。ナショナリズムが宗教の一種だとしても他の宗教の信仰と衝突はしません。

                むしろナショナリストの中に「自称信心深くかつそれを声高に叫ぶ」人(政治勢力としてのキリスト教右派とか天皇崇拝者とか)がいるなどむしろ「信者」という属性に共通性・類似性があるような気さえします。一方、キリスト教を生んだユダヤ教は元来民族宗教ですし、様々な民族に見られる祖霊崇拝の類など血統に基づく宗教というのも珍しくなくて、そういう歴史的な面から見てもナショナリズムと宗教というのは結構近縁なのではないかと思います。

                さらにいえばナショナリズム=ナショナル/民族アイデンティテイでもないでしょう。
                私がナショナリズムに関して言っている「自国や自民族の様々な性質を無条件に信じる」というのも、単に自分がその国家、民族の一員だというアイデンティティ以上のもの、例えば自国家、自民族の優秀さや伝統や統治者の血統の正当性などを無条件に信じるような側面も含めて考えていますので「アイデンティティ」で置き換えるのは狭すぎるというのもあります。
                (私などはそういういう意味で私のアイデンティティが日本人であることにゆらぎは殆どないけど、優越性や優秀性、そしてそれに基づく自国/自民族中心主義の正統性といったものは信じていないのでナショナリストとはいえない。)

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              • by Anonymous Coward
                > 「同一」、「同値」ではなくサブクラスであり、そういう属性を持っているという意味で書いています。

                宗教とナショナリズムは確かに似たところがありますが、一方が他方のサブクラスというわけではなく。むしろ似たものとして並列されるべきものです。
                宗教をナショナリズムの優位に置く合理的根拠はありますか?

                > さらにいえばナショナリズム=ナショナル/民族アイデンティテイでもないでしょう。

                引用がやや不正確でした。すみません。
                自分が自国/自民族に属するということを無条件に受け入れることがナショナル/民族アイデンティティです。これは合理的判断に基づいて
              • 私としてはナショナリストをあなたのいう「排外的ナショナリスト」に近い意味で使ってます。
                というのは単にナショナル・アイデンティティのあるだけでそれに関する思想的な面(いわゆる「ナショナリズム」)がない人を
                「ナショナリスト」と呼ぶのは世間の用法(例:Wikipediaのナショナリズム [wikipedia.org])に照らして違和感があるからです。

                親コメント
              • 似たものを表現する関係としてサブクラスという関係を考えています。サブクラスと親のクラスはどちらが「優位」ということはありません。2つの分類の間にある構造的な類似(より厳密には包含)の関係を表現しているだけであり、何らかの種類の価値判断、価値の上下は伴いません。

                そもそもこのコメントツリーでの宗教に関する私の定義(#1699483と#1699774あたりで書いている)「信じるところ(あるいは信仰)からはじまるものが宗教」は、おそらく世間に流布する定義に比べて一般化されたものです。(これは意図して一般化しています。)そして「(ナショナリズム」はその定義の下でサブクラスの関係にあるだと言っているだけです。

                親コメント
              • 福岡市民(住民票的意味で)とか名古屋者(出生地、出身地的な意味で)とか日本人(法的な国籍、および歴史的に姓の由来である母方で言えばここ500年ばかりは日本の中部地方に住んできた一族の末裔という意味で)と地球人(まぁ地球に起源をもつと考えられているヒト科の生き物の意味で)は別に矛盾しないんじゃないですか?

                どうレッテルを貼るのも貼る側の自由ですが、私がそれをどう思うかに関して言えば、単にアイデンティティを超えて思想的意味合いを持つ「ナショナリスト」というレッテルには違和感を覚えます。

                親コメント
      • それは参加してる面子の
        議論のスキルが低いか
        議論を楽しめないメンタリティか
        どっちかに問題があるだけで、政治でも宗教でもスポーツでも歓談の話題にはできるさ。
        ただ困るのは面子の能力の平均じゃなくて最低ラインが問題になることか…。

        もっともこういう場でも見つけて雑談しておく以外に世論を自発的に形成する場はないんだから歓談にならなくて若干居心地悪くなってもやっとく価値はあると思うけどね。

        親コメント

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