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私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson
リアルに (スコア:0, オフトピック)
2次就職してくれないと困るなぁ。
団塊の世代が退職して超高齢化社会が生まれだすと・・・。
介護サービスとか介護事業がこれからますます発展していきそうですし、それによる税負担もますます増えそう。
今のうちから堅実に稼いでおかないと(若い人は)
あとあと怖いことになる予感がしますね
ラーメン、オーバークロック大好き
Re:リアルに (スコア:3, おもしろおかしい)
↓ 就職先
> 介護サービスとか介護事業がこれからますます発展していきそうですし
爺さん婆さんが爺さん婆さんの面倒を見る世界へようこそ。
# リアルに
Re:リアルに (スコア:3, 興味深い)
いやホント、そうなると思うよ。
映画「ペイ・フォワード」で主人公(シックスセンスの子供)が良いこと言ってた。
「一人が三人の人を助けてあげる。その三人の人が、三人ずつに同じことをしてあげる。」それを聞いたクラスメート
「ズルするに決まってる。」「信用第一。」
でも、それが実現できれば「パーフェクト・ワールド(完璧な世界)」が出来上がる、とそのシーンでは結論づけられてた。
つまり一人一人が自覚を持って、助け合いの精神でいけば
いくら高齢者が増えてもなんとかなるはずなんだよね。
「自分だけはいい」って勝手なヤツが大勢いれば
もしかするとリアルな#姥捨て山、が出来上がってしまうかもしれない。いや、ホントに。
最近では、おじいさんおばあさんが電車で立っていても誰も譲らない都会の風景見てると、涙が出てきてしょうがない。席くらい譲ろうよ、若者。貴方もいずれは老人になるのだから。
#眠たいのでまじめなこと書いてみました
ラーメン、オーバークロック大好き
Re:リアルに (スコア:2, 興味深い)
一人で二人を支えなきゃいけない時代が訪れるところに、
パーフェクトワールドの困難さが。
しかも年金払ってなくて蓄えもないヤツを
救わなくちゃいけないらしい。
さっさと見殺しにするという方向にする??
それともみんなで頑張って支えます??
俺的には障害などでやむを得ない人たちを
救済するのは良いと思うけど、
フリーターやニートを見捨てることに
何のためらいもないのだが・・・
俺って非道い人間ですか??
Re:リアルに (スコア:0)
年寄りをどうしても救おうとするのは儒教的な感覚ですね。
でも働かないものを救えとは儒教でも教えてないはず。
----- 傷の治療は傷より痛い -----
Re:リアルに (スコア:2, すばらしい洞察)
結局「自分」に置き換えて考えてみたら分かるんじゃないかなあ。と思ったり。
イメージしてください。
自分が65歳まで家族のため、国家のために働いて働いて働きとおして、ボランティア活動も積極的に行って、
75歳で足腰が弱くなるわ、歯は抜けるわ、頭はボケてくるわで
介護されなきゃどうしようもなくなった時
もし、姥捨て山制度があったらどうなるんだろう?
きっと、その人は捨てられてしまうに違いない。
そして「俺の一生はなんだったんだ」と恨みしか残らないんじゃないかな?
結局今の時点で回答は出ないんだと思うけど、
俺は、「自分が出来る範囲のことをする」事で
生きていくつもりだな。
LADYさんはきっと若いんだろう。でも60歳を超えて体が弱ったときのことを是非イメージしていただきたい。
#それでも働け?
ラーメン、オーバークロック大好き
Re:リアルに (スコア:2, すばらしい洞察)
だれもが、生き続ければ、老いるわけで。
Re:リアルに (スコア:1)
さらに個人的に言えば、国も、市場も、いつだって団塊のニーズを満たすための政策や商品やサービスを優先してきたのだし、そろそろ満足してくださいお願いします、と言いたいです。
ついでに、最大多数をターゲットにするのは確かに民主主義的、市場経済的には正しいと思います が、それって何か単一作物をひたすら連作してるようなもんで、団塊世代が減ってして市場としてのうまみが無くなるまで優遇を続けて、それから「次のターゲットは?」と見回してみたら荒涼とした荒地が広がるばかり、ということになってしまうのではと心配です。
それで国がまるきり滅びるか、というとそこまで酷くはないでしょうが、早めに団塊に見切りをつけた場合と比べて、健全な状態に戻るまでの時間はずっと長くなるのでは?
Re:リアルに (スコア:1, 興味深い)
>75歳で足腰が弱くなるわ、歯は抜けるわ、頭はボケてくるわで
>介護されなきゃどうしようもなくなった時
>もし、姥捨て山制度があったらどうなるんだろう?
>
>きっと、その人は捨てられてしまうに違いない。
その前に、献身的に働いた人も姥捨ての対象とする、なんて制度の有る国に残る人間はいません。
その人も別の国で幸せな余生を送る事でしょう。
ま それはそうと。
>そして「俺の一生はなんだったんだ」と恨みしか残らない
家族のため国のため、はてはボランティアまで成し遂げた人が、こんな恨み言を言うでしょうか。
その人は充実した人生を送り、姥捨ての事を知りながらその国に残るわけですよね。
あなたの言うように自分に置き換えて考えてみましたが、到底恨む気にはなれません。
国外脱出できなくなっている事情も有り得ますが、そんな状況に陥ったらそれは自分の責任。
「自分の面倒は自分で」、
そう考えるための基礎となる
『今の高齢化社会からして、役所に頼るのはギャンブルに他ならない』
という認識は現時点の日本でも十分有るはずですし。
Re:リアルに (スコア:0)
>>何のためらいもないのだが・・・
親コメントのこの部分の解釈の違いかと思いますが…
私は訳もなく働かなかった人が歳を取ったとき、救済すべきかと読みました。
だから、働いてきた人は救済すべきかと。
私は因果応報と言いたかっただけです。
歳を取ってから働けなくなるのは普通のことで、それを責めるのは間違いだと思います。
私は姥捨て山制度があって、私の親が捨てられるのなら、罪を承知で匿いますよ。
----- 傷の治療は傷より痛い -----
Re:リアルに (スコア:0)
引き際をわきまえた大人が少ないのですね
Re:リアルに (スコア:0)
>
>きっと、その人は捨てられてしまうに違いない。
ふつーの人は、頭はボケて介護されなきゃどうしようのなくなれば自ら山に入る。
捨てられてしまうような人は、それ以下のの人。
そして、世間にはふつーでもなくその以下でもない、どーしようもないカスだけが残る。
脳のトレーニング(ボケ防止) (スコア:1)
こうした「自己責任」論の行き着く先が
おちおち病気もできないゼロトレランス社会なのですね。
認知症の予防には脳の体操が効果的? [goo.ne.jp]
にあるように、ボケの原因を「本人の努力不足」のみに限定して落とし込むような
福祉打ち切り、弱者切捨ての、冷酷な「構造改革」の現実ですね。
もちろん、自助努力の原則を忘れるわけではありませんが。
#なぜDSトレーニング [nintendo.co.jp]が飛ぶように売れてるか、その背景としては興味深いものがあります。
Re:脳のトレーニング(ボケ防止) (スコア:0)
>こうした「自己責任」論の行き着く先が
>おちおち病気もできないゼロトレランス社会なのですね。
ある人間が自分の生き様を振り返ってどう思うか、という話でしたよね。
で、その人はボランティアやらに執心するような人。
自己責任論を他人に押し付ける気は無いだろうし、
寧ろ”福祉を充実させる方法を考えよう”と焚きつけるタイプでしょう。
何故一人の人間が内心で自分に言い聞かせるだけの主義の先に”社会”が行き着いてしまうんでしょうか。
その人の深層心理が社会に影響を~ とかそういう精神論?
>福祉打ち切り、弱者切捨ての、冷酷な「構造改革」の現実
構造改革しなければ福祉も打ち切らなくて済むと思ってます?
Re:脳のトレーニング(ボケ防止) (スコア:1)
ただ、脳のトレーニング云々のところで、
「脳のトレーニングが足りなかったからボケたんだ、それは自己責任」と言い切ることに対して「それは違うでしょ」って言いたかった。
予防医学の自己責任は「本人がそう思う」のは自由だけど、
(そして自ら進んで姥捨て山に行くのは自由だけど)
あなたが「自分のことは自分で」と書いたことで
それが上からの押し付けに見えたんですよ。私には。
「姥捨て山に行け」と読めた。それだけ。
構造改革しても必要な福祉は打ち切らない、これが基本です。
#何が必要で何が不要かわからないまま金が垂れ流しになってるから、
#一度できるところまで絞ろう、という改革の基本部分には賛成ですよ。
Re:脳のトレーニング(ボケ防止) (スコア:0)
うわ、最悪ですね。相手の話も聞かずにあんな態度に出られるんですか。
>ただ、脳のトレーニング云々のところで、
>「脳のトレーニングが足りなかったからボケたんだ、それは自己責任」と言い切ることに対して「それは違うでしょ」って言いたかった。
私が一言も言ってない事ばかりですね。
つまり私のコメントを良く読みもしなかった上に他のコメントと混乱した、と。
>「姥捨て山に行け」と読めた。それだけ。
「姥捨て山に行く」です。もう流石にご承知かと思いますが。
>構造改革しても必要な福祉は打ち切らない、これが基本です。
なんのこっちゃ(これがオチかよ