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日本ではやらないという結論でも良いが、とにかくさっさと決めてあげてほしい。
問われるのは「50年後の医療、社会(宗教もか?)はどうあるべきか」であって、「神がそれをお認めになられるか」ではないでしょうに。
臓器移植の場合はドナー本人の意思を優先するという考え方に落ちついて、これはうまくいっているのではないかと思います。今回の場合はむしろ中絶の方が近い気がします。
神を信じるも信じないも個人の自由だし、そうあるべき。強いていえばこれが前提でしょうか。
信仰は強制されるものではないから「私が信じている(選んだ)神がそれを望まない」というのと「私はそれが好きじゃない」というのは同じことで、共に個人的なものだと思うのですよ。
それはそれで最大限尊重されるべきことです。ただ社会のシステムの話なんだから公共の利益を元に議論されるべきであると思います。 確かな現実として、神を信じない人、重要視しない人、信じる人、依存してる人、いろんな人が今現在日本に住んでいるわけですよね。神ったっていっぱいあるし、それぞれの神や指導者の言ってることはちょっとずつ違うわけですよね。そのみんなの共通な(あるいは最大公約数的な)利益と不利益の線引きをしようとする際にはできるだけ万人が納得する論理と確実性が必要です。そこで何で神を持ち出すのかわからない。あなたの神と私の神はちがうでしょう?好き嫌いの議論になるだけでしょう? というのが私の考えです。
# まあ、神の領域という言葉は、現状の知識では手に余る技術という意味のたとえとして使われているだけだと思いますけどね…
えぇー(驚き)、あー、でもそーなのか。 言葉の問題になるかもしれませんが(そうだったらごめんなさい)、ここでいう「それは正しくない」というのは何か正義というような意味合いではないですか? つまり主観的な価値観ですよね。私はそれって突き詰めると好き嫌いだと思っているのですよ。万人に共通の正解はないものですよね(例えば「琵琶湖は滋賀県にある。それは正しい」みたいな正しさが無いものですよね)。
「正しい」という言葉を対応させた方かしっくりくる、というのは、主観的な価値観を、そうではなくて絶対的なものと捉えているというか、人は皆こうあるべきという考えというか、うまく言えませんが何かそういうものを感じます。深読みしすぎかもしれませんが、ここに感覚的な相違点が集約されている気がします。
私にはちょっと意外で、非常に参考になる意見です。
臓器移植を待つと言うことは、自分(や近親者)が生き残るために、老人ではなく、できれば若くて健康な臓器を持つ人が交通事故とか何か不自然な形で脳死状態になることを願うことであり、実に不謹慎なおこないである。
自らの生のために他者の死を日夜願い続ける人間に倫理があるといえるのか。臓器移植に反対するとき、こういう開けっぴろげな議論は公の場でできなかった。だから、回りくどい言い方をしているのであって、それを「説得力もつものではなかった」というのは浅はかもいいところ。もっと勉強してください。
>他人に不幸があっても(=事象)自分が生き残りたいと願う(=目的)のは不謹慎なんでしょうか。
誤読してますよ。自分が生き残りたい(=目的)ために、他人の不幸を願う(=手段)ことが不謹慎だという議論を公にはできなかった(どぎつい内容なので)という話です。
>倫理など当人が持っていればいいもので他人がとやかく言うことでも内容に思われますが。
それは屁理屈です。最低限の倫理観は社会の秩序を維持するために不可欠であって、他人がとやかく言わなければ当人の倫理観は形成されません。「倫理など当人が持っていればいい」という状態
自らのために一部の者の死を日夜願い続ける社会に倫理があるといえるのか。臓器移植反対者に反対するとき、こういう堂々巡りな議論は公の場でできなかった。だから、効果をアピールした言い方をしているのであって、それを「議論が不十分」というのは浅はかもいいところ。もっと勉強してください。
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アレゲは一日にしてならず -- アレゲ研究家
どんどんやればいいと思う (スコア:5, すばらしい洞察)
日本ではやらないという結論でも良いが、とにかくさっさと決めてあげてほしい。
Re:どんどんやればいいと思う (スコア:0, フレームのもと)
受精卵を使った実験とか、胎児や赤子を使った人体実験と同じだと思えばいいのではないでしょうか?
クローンと通常の生殖行為は同列のような気がします。
想定できる状況が多岐にわたる為に簡単に結論が出ないのでしょうけれども・・・。
# だったら難しく考えずに簡単に結論を出して、問題は後送りにするのも悪くはないかも。
李 露星
Re:どんどんやればいいと思う (スコア:4, すばらしい洞察)
>
>受精卵を使った実験とか、胎児や赤子を使った人体実験と同じだと思えばいいのではないでしょうか?
胎児や赤子を使った人体実験って、「どんどんやっていい」モノなんでしたっけ??
#反吐が出るほど素敵な倫理観ですナ。
Re:臓器移植 (スコア:5, 参考になる)
90年代後半、著名な文学者や哲学者が(名前までは出しませんが)「それは神の領域に人が踏み込むことだ。」という趣旨の発言をし、反対していました。
臓器移植が一般的になったとは言えないにしても、社会的な許容が確立された現在、当時反対した彼らに、今に至っても本当に臓器移植に反対なのかと言うことを聞いてみたい気がします。
未だに彼らが自分の主張を変えないとしてもそれが間違っていると言うつもりはありません。しかし「臓器移植は神の領域に人が踏み込むことだからまちがっているのだ。」という主張を未だに続けたとして、その発言はかなり異端な扱いを受けると思います。少なくとも大多数の日本人同様、私は宗教に根付いた生き方をしているわけではないので、このような意見は納得できるモノではありません。
今となって思うに、臓器移植に反対したエラい人達の主張というのは、臓器を貰うことで生きながらえる生命がある、という事実を前にしても説得力もつものではなかったのではないかと思います。
クローン人間についても、どれだけ規制を掛けてもその先にあるものが、大きな経済的利益を生み出すものであったり、病人の生命を回復させるものであったりすれば、臓器移植と同じ道をたどるのではないのではないのでしょうか?
Re:臓器移植 (スコア:1, 興味深い)
意図的にレシピエント側だけの理屈を述べられても…
一番の問題は、軽く「臓器を貰う」としか書いていないが、
おいおい、その患者まだ生きてんじゃね(生きるんじゃね)?
という疑念が残る点です。対比して書くと、
臓器を奪うことで閉ざされる生命がある、という疑念
です。臓器移植なんて難しい問題であって、片方の患者が生き長らえる事実
だけを議論して万事オッケーなんて単純なものではないはずです。
なんか、死にかけの患者が死ぬマイナスよりプラスが大きいからいいじゃん、的な考えが透けていて怖いです。
Re:臓器移植 (スコア:0)
つ [死刑囚 臓器] [google.co.jp]
「患者」とは限らないんですよね。
Re:臓器移植 (スコア:1, 興味深い)
「クローン人間<クローンじゃない人間」とか、「クローン人間≒人造人間」というような認識を、少しでも持ってしまう人がいる以上、現実に意識を持ったクローン人間が生まれてしまうのは、きっと不幸なんだろうな、とその時痛感したのですが、ここの投稿を見ていると、(人権無視の人間改造か何かと勘違いしている人もいるようですが)論理的に考えてる人も結構多くて、安心しました。
国連レベルで、胚細胞に対してがんじがらめの制限をかけてるのも馬鹿らしい話だとは思います。胎児中絶は(国によって)合法で、肺細胞は世界レベルでの禁忌ってのも意味不明ですし。
神の領域 (スコア:0)
仏教的には色即是空といいきってしまっているのですが、かわりに経験からくる良識や常識の様なものでそれを覆い、空にくっきりとした価値観を設けています。
で、僕等は、その価値観を用いていろいろな判断を行うのですが、新しい技術が、その固定された価値観の修正を促すことが偶に発生します。
旧来の世界であれば、それは存在しない技術なので、先人はそれを完全に無視して価値観を構築しています。
預言者が構築した価値観の中にもその要素は含まれていません。
僕等
Re:神の領域 (スコア:5, すばらしい洞察)
倫理と宗教は違うものでしょう。現在の倫理的見解に宗教的価値観が色濃く反映されているとしても。
問われるのは「50年後の医療、社会(宗教もか?)はどうあるべきか」であって、「神がそれをお認めになられるか」ではないでしょうに。
臓器移植の場合はドナー本人の意思を優先するという考え方に落ちついて、これはうまくいっているのではないかと思います。
今回の場合はむしろ中絶の方が近い気がします。
Re:神の領域 (スコア:0)
それこそ偏見というものではないでしょうか。
>倫理と宗教は違うものでしょう。
宗教に入っていない人にとっては。
>問われるのは「50年後の医療、社会(宗教もか?)はどうあるべきか」であって、「神がそれをお認めになられるか」ではないでしょうに。
神を信じて無い人はそうでしょうね。
信仰を持っている人にとっては、医療、社会がどうあるべきかと考える時に、神の存在はとても大きいのではないでしょうか。
神なんてあり得ないという前提に基づいて、神を持ち出す事を否定してもしようがないんじゃないですか。
日本人的にはそういう前提が当たり前なんで、おかしい事に気付き難いのかもしれまんけど、これってやっぱりおかしいでしょ。
Re:神の領域 (スコア:2, すばらしい洞察)
神を信じるも信じないも個人の自由だし、そうあるべき。強いていえばこれが前提でしょうか。
信仰は強制されるものではないから「私が信じている(選んだ)神がそれを望まない」というのと「私はそれが好きじゃない」というのは同じことで、共に個人的なものだと思うのですよ。
それはそれで最大限尊重されるべきことです。ただ社会のシステムの話なんだから公共の利益を元に議論されるべきであると思います。 確かな現実として、神を信じない人、重要視しない人、信じる人、依存してる人、いろんな人が今現在日本に住んでいるわけですよね。神ったっていっぱいあるし、それぞれの神や指導者の言ってることはちょっとずつ違うわけですよね。そのみんなの共通な(あるいは最大公約数的な)利益と不利益の線引きをしようとする際にはできるだけ万人が納得する論理と確実性が必要です。そこで何で神を持ち出すのかわからない。あなたの神と私の神はちがうでしょう?好き嫌いの議論になるだけでしょう? というのが私の考えです。
# まあ、神の領域という言葉は、現状の知識では手に余る技術という意味のたとえとして使われているだけだと思いますけどね…
Re:神の領域 (スコア:0)
とつりあうのは
「それは正しくない」
かな。
それを好き嫌いだと切り捨ててる時点で結論はでてるのかと。
信仰が好き嫌いでしかないと思ってる人が、その事を論拠にしてしまって神を引っぱり出す事を非難しても、そんなの最初っから結論は出てるわけで、意味のない空論でしかないでしょって話。
そこに使われている論拠は全部、信仰はただの好き嫌いで、議論につかっちゃ駄目ってことになってるんだもの。
書き連ねるだけ無駄でしょう。
あなたが論理的に物事を考えるべきだと思っているので、神の教えを尊重しようって人に対して、論理的に話しましょうねって言ってるだけなんです。
いや、普通にとっても良い事言ってるんですけど。。
ただ理論の展開としてはずるい。
論理的な意見と言えるものではない。
前のコメントでおかしいでしょって言ったのはそこです。
#ごめんなさい、神なんてあり得ないって表現は誇張ですね。
#別にそこを非難したかった訳ではないです。
Re:神の領域 (スコア:1)
えぇー(驚き)、あー、でもそーなのか。
言葉の問題になるかもしれませんが(そうだったらごめんなさい)、ここでいう「それは正しくない」というのは何か正義というような意味合いではないですか? つまり主観的な価値観ですよね。私はそれって突き詰めると好き嫌いだと思っているのですよ。万人に共通の正解はないものですよね(例えば「琵琶湖は滋賀県にある。それは正しい」みたいな正しさが無いものですよね)。
「正しい」という言葉を対応させた方かしっくりくる、というのは、主観的な価値観を、そうではなくて絶対的なものと捉えているというか、人は皆こうあるべきという考えというか、うまく言えませんが何かそういうものを感じます。深読みしすぎかもしれませんが、ここに感覚的な相違点が集約されている気がします。
私にはちょっと意外で、非常に参考になる意見です。
Re:神の領域 (スコア:0)
その信仰の教え=正しい
となりますよね。
で、その信仰との差=悪(or 正しくない)となりますよね
他の宗教との差=悪(or 正しくない)
まず正しいことが前提となっている。
ですので、この部分を突き詰めて議論しても、明確な答えは絶対にでないです。
逃げるか切れるかどちらか。
最終的な文句は「神の教えは人間には計り知れない=自分にもわからないがともかく正しいのだ!」
やはりどう見ても視野が狭いとしか思えない
ガリレオ殺したりしたのと一緒じゃない?
>それを好き嫌いだと切り捨ててる時点で結論はでてるのかと。
そうではなく、「証明できないような事は科学としは、議論の題材にすらならない。
つまりは科学にとっては好き嫌いと同レベルである」ということでは?
Re:神の領域 (スコア:0)
そうそう。
彼等は神を絶対と捉える。
私達は神を主観と捉える。
そこに明白な相違点があると思います。
で、彼等の言動をはかるのに私達の解釈を使ってしまえば、彼等の言動がおかしいって結論になるのは当たり前。
つまり、私達からみた彼等の言動は、宗教に入ってるという時点で既におかしいことが確定してるんですよ。
そこにはそれ相応の溝が既に存在しちゃってる。
その溝の存在を無視して議論をしても、ただ溝を広げるだけの行為になってしまうんじゃないかな。
って感じです。
#すみません、なんかしつこいみたいで。
#興味のある話題なので、また書き込んでみました。
モラルの相違 (スコア:3, 興味深い)
なんじゃないかと思うのです。
誤解を恐れずに言えば、「欧米の受け売り」で。
過去、「日本において美しいとされてきたもの」の多くが、欧米文化の
それに上書きされてきましたし、それ自体が悪いことではありません。
とりわけ、生命に関する倫理の根源は、
「人は神に作られたもの」という欧米的観念から、「生命に対する畏敬」
が生まれたと思うのです。
一方、日本的には「どこからともなく湧いて出てきたもの」ですから、
こと生命に関しては、日本的文化の方がプラグマティックであった
ように思うのです。
もちろん日本にもクリスチャンは多いし、欧米的モラルがたくさん
入り込んでいる昨今、状況は変わりつつありますが、それはさておき。
臓器移植の初期に反対していた人の多くは、当然のことながら文化人で
プライドあるモラリストであったわけです。
他者の意見を論理的に解釈して納得するためには、自分の意見の根源を
合理化させないといけません。
しかしながら「根源」が存在しない「借り物」文化に拠った意見は、説得も
納得もできないのです。
掘っても掘っても根源にたどり着けないんだから。
自分の中に意見の根源がないことを潜在的に気づいてしまった人は、
自分の意見を合理化するために、いろいろと理由を作り出した、という
ことのように思うのです。
たとえば
「クローン胚が自由に認可されたら、中絶の件数が増えるんじゃないか」
なんて、冷静に考えるとかなり強引ですよね。
風が吹くことの悪影響を指摘するために「それで儲ける悪の桶屋」の存在を
引き合いにひきあいに出すなんて、いかにも詭弁だし。
Re:臓器移植 (スコア:0)
臓器移植を待つと言うことは、自分(や近親者)が生き残るために、老人ではなく、できれば若くて健康な臓器を持つ人が交通事故とか何か不自然な形で脳死状態になることを願うことであり、実に不謹慎なおこないである。
自らの生のために他者の死を日夜願い続ける人間に倫理があるといえるのか。臓器移植に反対するとき、こういう開けっぴろげな議論は公の場でできなかった。だから、回りくどい言い方をしているのであって、それを「説得力もつものではなかった」というのは浅はかもいいところ。もっと勉強してください。
Re:臓器移植 (スコア:2, 興味深い)
他人に不幸があっても自分が生き残りたいと願うのは不謹慎なんでしょうか。
>自らの生のために他者の死を日夜願い続ける人間に倫理があるといえるのか。臓器移植に反対するとき、こういう開けっぴろげな議論は公の場でできなかった。だから、回りくどい言い方をしているのであって、それを「説得力もつものではなかった」というのは浅はかもいいところ。もっと勉強してください。
倫理など当人が持っていればいいもので他人がとやかく言うことでも内容に思われますが。
Re:臓器移植 (スコア:0)
>他人に不幸があっても(=事象)自分が生き残りたいと願う(=目的)のは不謹慎なんでしょうか。
誤読してますよ。自分が生き残りたい(=目的)ために、他人の不幸を願う(=手段)ことが不謹慎だという議論を公にはできなかった(どぎつい内容なので)という話です。
>倫理など当人が持っていればいいもので他人がとやかく言うことでも内容に思われますが。
それは屁理屈です。最低限の倫理観は社会の秩序を維持するために不可欠であって、他人がとやかく言わなければ当人の倫理観は形成されません。「倫理など当人が持っていればいい」という状態
Re:臓器移植 (スコア:1)
> こういう開けっぴろげな議論は公の場でできなかった
宗教的な色合いが強かったかもしれませんけれども,既に表明されている意見のひとつだと。
# 信仰を否定する気はありませんが。
"Patriotism is the last refuge of a scoundrel." - Samuel Johnson
Re:臓器移植 (スコア:0)
おかしな世の中だと思う
Re:臓器移植 (スコア:0)
自らのために一部の者の死を日夜願い続ける社会に倫理があるといえるのか。臓器移植反対者に反対するとき、こういう堂々巡りな議論は公の場でできなかった。だから、効果をアピールした言い方をしているのであって、それを「議論が不十分」というのは浅はかもいいところ。もっと勉強してください。
Re:臓器移植 (スコア:0)
Re:臓器移植 (スコア:0)
議論を公にできなかった腰抜けが(反論が怖かったんだろ?)、ずいぶん倫理的な投稿だな
Re:臓器移植 (スコア:0)
程度問題だけど、あると思うよ。
どうしてそう二分的にしか考えられんのだ。