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日記

matsu03の日記: 芸術

日記 by matsu03

おれは芸術家でもないし、美術評論家でもないから、
芸術といわれてもすぐには思いつかないんだけど、
ふと思い出すのは、フランクフルトにalte operってものがあってね。
旧オペラ座。パリのオペラ座を模した建物らしい。
ライトアップされてとてもきれいなんだ。
おれは友達も誰もいないから、よくそのオペラ座の前で建物を
見ていたよ。夜に。その建物の正面には真美善と書いてある。
DEM WAHREN, SCHOENEN, GUTENだ。
いい言葉だと思ったよ。

渡独してしばらくたったころ、○○○○家の女教授に、もうフランクフルトには
慣れましたか(einleben)ときかれた。
町に慣れる、町に溶け込む、なじむという意味だな。
ええ、もう慣れましたと答えた。
おれは友達はいなかったけど、街とはよく対話した。
街をほっつき歩き、建物をながめ、街と話した。
孤独だけど甘美な時間だった。
そういう境遇にあったことのないやつに、芸術なんて無理だよ。

15494548 journal
日記

matsu03の日記: ユダヤ教のこと

日記 by matsu03

私はドイツに留学していました。
実はユダヤ教の礼拝にも一回だけ出たことがあるのですが、その詳しい内容を書くと
バチが当るかもしれないので、止めておきます。羊頭狗肉ですいません。簡略にいうと、
キリスト教とイスラム教の中間のような形式でした。男性ばかりです。興味深いことにもいろいろ気づいたんですが、それはまた別の機会に。

今日はその横にあったユダヤ市民大学のことについて。これはカルチャーセンターのようなもので、ユダヤ教・ユダヤ人について知ってもらうために偏見をなくすためにユダヤ人会が啓蒙的に開いている学校です。私は大学の授業の傍らこちらにも出ていました。参加者が本知識だけの学生ではないので面白いのです。そこではユダヤ人の虐殺をテーマにしたハードなクラスとかユダヤ教の生活習慣などといった入門的クラスもあります。前者は精神分析家の人が講師でしたが、そこに出ていたひとたちも一癖も二癖もある人たち。一般にドイツではアウシュビッツについては否定することはもちろん論じることさえできません。でも、そこはユダヤ会館内なので無礼講ですね。出ていた人たちは普通の女店員とか会社員、引退した医師、政府のスパイ風、ネオナチなんかもいました。ネオナチはスキンヘッズの2m近い大男なのですが、いつも妹や母親とともに家族連れで参加していました。カトリック的。私はまだドイツに行ったばかりでそれほど聞き取れなかったので、討論の内容を再現することはできないのですが、記憶に残っているのは、引退した医師であるお爺さんは軍医として東部戦線に従軍していたそうで、いつもノインツェーンフンデルト・ドライウントフィーアツィヒ(1943年)のように、まず年号を言ってから、ひたすら自分が東部戦線で見聞きしたことを報告するのです。概して講師の言っていることを否定しているようでした。またネオナチもしょちゅう発言して、講師の言っていることを逐一否定、疑問視していたようでした。講師は大変やりにくそうでした。私は終始聞いているだけだったんでが、最後の時間に講師が東条英機は悪かったので処刑されたみたいな挑発的なことを言ったので、ここはなにか言わなければいかんと思って、講師の言うことをせいいっぱい否定しました。講師は私が精神分析用語を理解していたので、大変驚きましたとさ(中国人だと思われていた)。

15494500 journal
日記

matsu03の日記: 自転車を盗まれた話と後妻業

日記 by matsu03

京都に住んでいたときに、前の大学の先輩(大学院生)がやってきて、
河原町で飲んだことがありました。彼はもう非常勤か何かだったと思います。
彼はホモです。祇園のホモバーとかに連れていかれて、ホモたちと会話し、
(なぜか私はホモねえさんたちにもてた)、ホモに別の店で寿司をおごってもらった後、
三軒目で先輩と屋台に入りました。
おでんかなんかで飲んだあと、さあ帰ろうとしたら、すぐ横に立てかけてあった私の
ロードレーサー(京都イワイで買った約7万)がないのです。「あ、自転車がない」と
いうと、先輩は、「それやったらさっき乞食みたいなおっさんが曳いていったわ」とか
言ってるのです。なんで、教えてくれないのかと訝りながら、自転車を追ってその夜は
分かれました。

その先輩とは東京でも一度飲んだことがあり、突然上京しているからいっしょに
飲もうと誘われました。行ってみると、広尾のおしゃれなカフェバーで高そうな店
でした。先輩の他にもう一人27歳くらいの女性がいて、親戚の女性とのこと、先輩が耳打ちするところによると、20歳代で何十億も財産のある老人に嫁いで、首尾よく数年で老人が亡くなったあと財産をせしめた女性とのこと。いわゆる後妻業の方ですね。なんと、先輩は私をその女性の後添え?新しい夫にどうかと思って紹介したようでした。大変気持ち悪い女性でした。蛇のような感じ。実をいうと、先輩の家は京都の芸者の家系で、そういう人たちが縁者にたくさんいるのです。私はそういう犯罪者のような女性とカップリング可能と思われて、大変気分が悪くなりましたが、我慢して飲みました。脈なしと思った先輩たちはがっかりしたようで、飲み代も割り勘でした。大変高かった。私はまだ大学院生で相手は収入のある社会人ふたりなのに。もちろん、その後その先輩の誘いには一切乗らなかったのはいうまでもありません。

15494480 journal
日記

matsu03の日記: 北白川

日記 by matsu03

以前北白川に住んでいたと書くと、天一だねという返信がありました。
そう、天下一品本店。夜中によく行きました。
ラーメンと唐揚げをよく食った。
北白川の北野寄りには無国籍料理の店があった。そこで大学の後輩らを交えて、
宴会パーティしたことがあった。まるで男女七人なんとか物語。
自分にもそんな青春な1ページがあったのだなと思い出しました。

私が最初に京都で借りたマンションは、北白川ではなく北野近く。
牛乳屋の若い店主がオーナーでした。
すこし頭のおかしい人で、家賃を毎月自分で夜に集金に来た。うざかった。
しかも、そこは欠陥マンションで、上の人が歩くとどんどん音がする。
悩んで、早期に引越しました。敷金の30万くらい損した。
その前に一ヶ月くらい別のところに避難していて、戻ったら、
家主が私の家財道具を倉庫に移していて、冷蔵庫(5万)は野ざらしの末
盗まれたらしかった。
家主に文句を言ったら、裁判でもなんでもせんかいと切れまくってました。
後日新しいマンション探しに入った不動産屋で話を聞くと、
あそこの家主は朝鮮人で頭がおかしいので、朝鮮人の不動産屋しか
扱わないと教えられました。たしかに、前の不動産屋の段階からすこし
おかしかった。カモが入ってきたと言わんばかりの態度でした。

必ずしも朝鮮人が悪いという話ではないが、朝鮮人による被害にあった
という話でした。

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吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人

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