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y_tambeの日記: 弱毒化か強毒化か 3

日記 by y_tambe
ずっと前に書いた日記なのだけど。

流行の過程でウイルスが弱毒化するのか、強毒化するかについて、日記を書いた2002年当時はまだ「興味深い仮説」という扱いだったのが、2007年のScienceで少なくとも実験的証明がなされてます。

つまり宿主の移動が活発で、次の宿主への感染の機会が多い場合には、ウイルスはより強毒化していく傾向があり、逆に宿主間の伝達機会が少ない場合には、ウイルスはより弱毒化していく傾向があります。

例えば、ヒトが密集して生活する都市部や、たくさんのニワトリを密集飼育している鶏舎などに、何種類かの良く似た病原体(同じウイルスが何種類かに変異したもの)が同時に入り込んだ場合、この場合、一人(or 一羽)の宿主に感染して増殖した後、次に感染する標的は常に十分に存在しつづけます。一人の中で増えることが出来る病原体の数には限りがあるため、こうなってくると、その病原体の増殖が早ければ早いものほど、有利に子孫を残していくことが可能です。増殖が早い病原体ほど、その毒性は強くなり、しばしば感染した宿主を殺してしまいますが、それでも「次の標的はいくらでもいる」環境では問題にはなりませんから、強毒性のものが選択されていくことになります。

これに対して、ヒトがまばらに生活している未開地や過疎集落などでは、状況がまったく異なります。同じように何種類かの病原体が集落に入り込んだ場合、もしそれが強毒性だと一気に集落の全員に感染して殺してしまうと同時に、宿主を失った病原体も滅びてしまいます。このように感染機会が少ないケースでは、むしろ弱毒性のもの、あるいは潜伏感染したり慢性感染を起こすものが選択されていくことになります。

高病原性トリインフルエンザは前者の典型例だと考えられており、密集した鶏舎での感染の過程で、本来ニワトリに対して低病原性だったものから、高病原性のものが出現してしまったという、養鶏の過程で半ば人為的に生まれてしまったものだと。これに対して、人工的にワクチンとして弱毒株を作る場合は、後者の例に当たります。また医療上の問題は大きいものの、HIVも後者のタイプで、ヒトに慢性感染を起こすものが選択されてきたものだと言われてます。

セキュリティホールmemo経由でこういうニュースが出ているのを知りましたし、またここでも同様なコメントがありましたが、そのように新型インフルエンザの感染機会を増やすことは却って、強毒型が選択されていく過程では有利に働いてしまいます。「馬鹿げている」どころか、人類全体にとって非常に危険なことになりかねませんので、厳に慎むべき行為です。
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • 人類全体にとって非常に危険なことになりかねません

    「人類全体にとって」というのは常に間違いで、「人口の大多数にとって」でしかない、というのがポイントでしょう。

    「初期に感染しておく」事のメリットとして知られているのは、

    1) 今の段階では弱毒性である、とわかっているインフルエンザの新種に感染する方が、未来において弱毒化するか強毒化するか判らないインフルエンザに感染するよりも、予測性がある(平均値は同じでも標準偏差が異なる)

    2) 今の株に感染して免疫をつけても未来における型に対する免疫になる保障は無い。しかし今感染しなければ確実に免疫はない
    .

    一方で、「初期に感染しない」事のデメリットとしては、

    1) 強毒化したインフルエンザが広く流行しない、というのは、「自分が(あるいは自分の子供が)」そのインフルエンザに感染して死亡しない、という意味ではない

    2) 隔離政策は永遠には続けられない。コストがかかりすぎる。そして通常状態に戻った段階で例年のごとくインフルエンザは流行を始めるが、新種のインフルエンザも流行する株のひとつに含まれることは確定である

    が挙げられます。

    .
    この段階で、株としての変種が酷くならないうちに、軽く感染しておいた方がいいんでないの? という戦略が出てくるのは当然だと思います。そういう人たちによって「免疫保持者の壁」を作る事で感染可能な人間の人口密度を疎にする、すると結局インフルエンザ株は弱毒化する。インフルエンザは毎年流行していますが、一向に強毒化しない理由のひとつにはこれがあるわけです。

    というわけで、「しっかり隔離すればいい」という発想も、それはそれで間違っている。本当に人類全体にとって破綻的になるのでない限り、感染に関する戦略の多様性を維持する…つまり遠ざかろうとする人も、近寄ろうとする人もいて、どちらのやり方にも制限を加えない…のが、実は人類全体としてみた場合は最も堅牢な分散戦略となるでしょう。

    --
    fjの教祖様
    • いや、この辺りはそもそも「隔離」みたいな感染コントロールがどこまで機能するのか、ということまで含めて考えてのことです。基本的に、SARSやHPAIの場合とは違って、この新型インフルエンザの場合、おそらくはいずれ、コントロールが破綻することになるでしょう。

      しかし、そもそも「『多様性維持』なんて考えで対処していても、全体のコントロールがどうにかできる」というのは、おそらく人間側の思い上がりもいいところで、「必死こいてコントロールしていっても、どうしても綻びが出てくる」という、その「綻び」の分くらいが「免疫保持者の壁」になる程度でないといけないとでもいうか、気を抜こうものなら「希望した本人たちだけでなく、その周囲の無関係な人まで巻き込んだ大流行」を起こしかねない、と。現時点で最も警戒しておかなければならないシナリオは、さすがにHPAIほど(死亡率50%とか)まではいかなくても、それこそスペインかぜに次ぐような強毒化をするのではないか、という点です。加えて、やっぱり重要なのは「とにかく大流行させずに時間をかせぎ、現行株に対するワクチンを作ること」。ワクチンができれば、それを接種した人が有用な「免疫保持者の壁」になります。

      まぁぶっちゃけて言うと、私もあくまで基礎系の研究者(一応は微生物の講義を担当してたり、感染防御メカニズムの研究をしてる)とは言え、インフルエンザの専門家というわけではなくて、知っているのは「微生物学者としての、ほんの嗜み程度」でしかありません。この辺りについての最新の知識を持った「本物の専門家」が大勢、感染研やCDCで頑張っているのですから、私程度が思いつくよりも、はるかに「真っ当な」対策を進めていってるわけです……逆に言うと、もし現在進んでる(厚労省とかの省庁でなく、感染研やCDCの)対策の方向と、自分の考え方にずれがある場合、私はまず先に私自身の考え方を再検討するべきだ、とも考えてます。
      親コメント
      • Re: (スコア:0, 荒らし)

        全体のコントロールがどうにかできる

        いや、最初からコントロールになっていないから、人間の数に物言わせていろいろやるのが一番いい手じゃね? って事です。すごく乱暴に言うと。

        そもそも「人口過剰」なぐらいに人間がいるわけで、それはもう最初から過密状態なわけじゃないですか。どう考えてもその「過密に存在する生物種」を餌にする生き物が出てこない方がおかしい。大型動物が無理なら、宿主としての微生物系でしょう。

        そのような存在に対して「全員で同じ行動を取る」なら、その挙動の弱点をつく存在が出てきて、終わりです。
        しかし「対策戦略自体が多様である」ならば、その多様性故にどれか生き

        --
        fjの教祖様
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弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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