soltioxの日記: マスコミを盲信していられた時代は、ある意味幸せだったのかも 1
日記 by
soltiox
その報道が誘導する「正論」を真に受ける事で、自分の正しさと賢さを確信できたのだから。
池田信夫氏のブログとgigazineに掲載されていた、毎日新聞の英語版サイトに関するエントリを読んで、既存のマスコミを声高に罵る事は容易なんだけど、私たちにはそれに替わる判断基準が無い、という思いに捕われた。
例えば、池田氏の主張や提起は、特に放送行政や著作権の分野で深い知見や高い見識を感じさせるものがある。だが、彼の主張を一から十まで真に受けていると、未来永劫IPv4が繁栄しそうな気になってくる。ちょっとヤバげ。
じゃあgigazineについていこうかと思っても、あそこは割りと古いガセネタを真に受けている事があったりするからなぁ。眉に唾を付けながら読んだ方が、良さそうだ。
それでは、アルファギークの誉れも高い小飼弾氏に判断基準のゲタを預けちゃおうかとしても、小飼氏が絶賛していた日垣隆氏の著作は、コピペ本として有名だったのではなかろうか。
結局、私のような凡夫は、検索でも使って自分の知りたい事物に関する情報を拾い集め、無い知恵絞って、あれやこれやと自分自身で判断しなくてはならない。タマにやるならいいけど、常にそういう態度を保つのは大変だ。どこかで妥協しなきゃ、やってられないんだろうけど、その妥協点として、大手マスコミというのは便利な存在だったんだなぁ、と感じ入ってしまった。
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いっそ、エルエルとかだけを判断基準の道しるべとして、「おぉぅ! 今週もイギリスにはUFOがいっぱい出没しているぜぃ!」と盛り上がっているのが、正解かもしれない。
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ま、 (スコア:1, すばらしい洞察)
一般の人間は誰も知らないと言うことを意識することじゃないですかねぇ?