von_yosukeyanの日記: BW21に見る地銀システム開発の失敗(6)
従来のシステム開発では、業務知識をもった銀行のシステム企画側がシステム仕様を決定して、ベンダー側がそれに従って開発を行うという方式をとっていた。しかし、パッケージ開発においては、ベンダー側が、業務内容が異なる地銀の中で、標準的な業務フローを切り出し、パッケージ化して提供するという方式を取った。しかし、業務知識がなく、実質的に金融系情報システムの企画経験がないベンダーはどのように「標準的な業務フローを切り出しパッケージ化」するのだろうか? 勢い、それはキックオフカスタマー(最初に稼働するユーザー銀行)から吸収することになる
つまり、ベンダーはキックオフカスタマーのシステムを分析し、他行のシステムに共通しそうな業務をカプセル化して、その他の銀行固有の部分をアドオンとして予定するようにアーキテクチャを作ろうと考えた。ところが、多くのパッケージ提供ベンダーは、キックオフカスタマーのシステム分析の時点で失敗した。共通部分の把握に手間取り、パッケージ化に失敗したのである。結果的に、予定していた開発と予算を大幅に超過し、参加銀行の中にはスケジュールの遅延によって、既存システムの耐用年数を超過したために、破棄予定の既存システムへの追加投資を余儀なくされたところもある
そして、BW21の場合には決定的だったのが、パッケージ化が終了しなかったことだ。BW21が革新的だったのは、NECが築いたオープン系システムのみによるシステム構築である。しかし、現実にはキックオフカスタマーの八千代銀行のシステム分析の段階で、共通部分に八千代銀行固有の業務を大量に入れてしまったために、汎用性が失われた。こういった問題点は他社にもあったが、BW21の場合にはこの割合が極めて多く、水平展開においてアドオン開発の比重が極めて高くなってしまったことが、参加銀行の離反を招いた
BW21には、もうひとつ基盤系システムの開発にも問題があった。BW21の特徴の一つに、分散トランザクション環境下における統合運用システムOpenDiosaの採用が挙げられている。このOpenDiosaの構成技術は、90年代に住友銀行が第四次総合オンラインシステムで開発されたDIOSA/PXをオープン環境に移植したもので、これ自体は優秀なシステムだが、オープン環境で無理に実現する必然性がない技術であることも確かである。結局、BW21の開発においては、基盤技術のオープン系への移行に際して、肝心の信頼性の確保に手間取り、一方でパッケージ化にも失敗したために、全体での信頼性や汎用性の確保に失敗してしまった。キックオフカスタマーの八千代銀行でのシステム稼動の段階ですら、すでに計画を大幅に遅延した状態で、売りとしていた先進技術の採用の観点からも、時代遅れなシステムになっていた
一方で、システムの水平展開に一応は成功した、日立や富士通などの状況も、BW21よりは幾分マシというだけで、コスト超過や開発遅延によるベンダー側の損失は甚大であった。これ以上に損失を被ったのは、採用銀行側である。開発遅延による追加のコスト負担は非常に大きかった。それでも、これらのベンダーのシステムを採用した銀行では、安定運用に成功しており産みの苦しみと考えれば、アウトソーシングとパッケージの採用という全く未知な領域に挑戦した銀行・ベンダーの双方に得るものは何かしらあったのではないかと思う
しかし、BW21の場合に決定的に違っていたのは、水平展開が全く進まなかったことだ。キックカスタマーには、全くの先行事例がない状態でシステムを採用しなければならないという高いリスクが存在するが、アドオンが大量に発生するBW21では、後続する採用銀行から見れば、実績がないシステムを採用してしまうのと同義となった。このため、水平展開が進まず銀行側にもベンダー側にも、相互不信と巨額な損失だけが残ってしまった
また、安定運用に成功した他ベンダーのパッケージ採用行でも、システム企画や運用などのノウハウが外部に流出してしまい、結果的に運用コストが増大してしまった銀行も少なくない。パッケージ型の次世代システムは、総じて成功したと言える事例がないのはそのためである。一方で、共同運用型のシステム採用行でもこういった問題がないわけではないが、広銀・福銀や、みちのく・肥後・山陰合同のように、ベンダーと銀行側の間で開発体制の棲み分けや、企画部門の維持で自由度を残したところもあるし、一方で業務フローの標準化と参加全行の間で共通化によって大きな成果を挙げたじゅうだん会のような例もある。しかし、やはり決定打となるような事例は存在しないのが実情ではないか
逆に言えば、銀行側の求める「銀の弾丸」にベンダーだけでなく銀行自身が踊らされた結果であるとも言える。その背景には、装置産業としての金融業に対し、銀行そのものの自覚が未だに形成されていない点にもある。ITガバナンスの強化が叫ばれて久しいが、大手銀行や有力地銀の一部を除いて、システムをコモディティな商品のように簡単にショッピング可能であると考える経営者が多いことに驚かされる。一方で、ベンダー側に根本的に内在する問題としては、金融そのものに対する知識がないという問題が挙げられるだろう。これは、金融業における業務知識という問題ではなく、銀行側が背負ってきたリスクを、パッケージやアウトソーシングによってベンダー側が抱え込んでしまうというリスクを、果たしてベンダーはどれだけ理解しているのか疑問に思える。単純に、従来と同じ開発業務請負や、ハードウェアの納入と同じ感覚で、財務面に与えるリスクがあまりに大きい分野に、安易に参入しすぎではないだろうか。そして、そういったリスクを株主に説明する責任を果たしているだろうか(この点に関しては銀行も同じである)
銀行、ベンダーの双方に様々な課題を残した次期システム移行だが、金融システムの受注上状況には改善の兆しが見られるし、開発遅延や予算超過によって危機に瀕していた案件はBW21を除いて安定的な状況に向かいつつある。地銀の次期システム移行需要も一段落して、ある種の安堵感がある事は確かだが、ここに来て別の問題が浮上しつつある。大手銀行の統合需要が一巡し、大手銀行は今年から本格的な次期システムの開発に乗り出すところが多い。加えて、郵貯民営化に伴うシステム案件でベンダーは特需に沸いており、大手銀行の次期システムにも大量の人員が必要となっており、人手不足は深刻化する一方である。こういった状況で、これまでの地銀の次期システム移行に乗り遅れた地方銀行は、需要の逼迫によって次期システムへの移行が困難な状況に立たされている。2008年までに、次期システムに移行できない地銀は、2010年代以降老朽化したシステムの維持さえも困難な状況に追い込まれる可能性がある。一方、ベンダー側も現在の案件の需要が一巡した2010年以降、深刻な余剰人員の処理に苦悩することになるだろう
人間は歴史から学ぶことは困難だが、少なくとも経験からは学ぶことができる。しかし、経験から学ぶことができる人間が稀有であることもまた確かだ
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