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Ledさんのトモダチの日記みんなの日記も見てね。 みんなの日記はここから一覧を見ることができます。

14220186 journal
日記

Ledの日記: ruffle-rs

日記 by Led

表でやってるflash終了の話。いま活動してるプロジェクトにruffle-rsってのがあるそうだ。flashの代替になってくれたらいいなと期待している。

早速最新版をfirefoxに入れてモナ―神社参拝を試みたがうまくいかなかった。クリックに反応してくれないのよね。さてどうなっているやら。

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日記

Ledの日記: ポリュビオス9巻読んだので記念まとめ

日記 by Led

新型コロナの騒動でペースが落ちたけど、なんとか9巻全部読んだ。
なお、クッソ古い英訳をフィーリングで日本語訳しただけのものなので大事な用途には使わないこと。
元ネタはここ

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31,32,33,34,35,36,37,38,39,40,
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原文古代ギリシア語のPlb.9.44とPlb.9.45には対応する英訳が見つからないので読むのを断念する。

14102159 journal
日記

Ledの日記: ポリュビオス8巻読んだので記念まとめ

日記 by Led

元ネタはここ

この訳はあくまで古代の著述家の書いたものの雰囲気を知るために、自分の勉強の一環として訳したものである。決して大事な用途に使わないように。

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31,32,33,34,35,36,37,38

38は断片なので訳を断念する。

14101144 journal
日記

Ledの日記: 「銃・病原菌・鉄」でQWERTY 4

日記 by Led

最近世界史に興味を持っていろいろ読んでいるのだが、ジャレド・ダイアモンド著 倉骨彰訳「銃・病原菌・鉄」でQWERTY配列に関する話を見つけたのでメモ。

以下は下巻60ページに書かれている一節。

一八七三年に開発されたQWERTY配列は、非工学的設計の結晶なのである。このキーボードは、さまざまな細工を施し、タイプのスピードを上げられないようにしている。頻出度の高い文字を(右利きのタイピストに、力の弱い左手をあえて使わせるために)キーボードの左側に集中させ、しかも、上中下の三列に分散させている。こうした非生産的な工夫がなぜ施されたかというと、当時のタイプライターは、隣接キーをつづけざまに打つと、キーがからまってしまったからである。そこでタイプライターの製造業者は、タイピストの指の動きを遅くしなければならなかった。しかし一九三二年には、技術的問題が解決され、効率的配列のキーボードが開発され、試用者によって速度は二倍、使いやすさも九五パーセント向上することが示された。

日頃スラドでおなじみのyasuoka先生が真っ向から否定している説を採用しているようだ。当時のタイプライターの機構まで調べたソース画像を提示してあって(ここの下にぶら下がってる議論)、この画像を見ればキーとタイプバーの配置が独立というyasuoka先生説が説得力がある。

というわけで、「銃・病原菌・鉄」に書いてあること全てが正しいというわけではなさそうだ。そもそも参考文献ついてないし。それにしてもなぜQWERTYの対抗馬をDVORAKと明言しなかったのか、など疑問は残る。ちょっとググればわかるわけだが。

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読み終わったので追記。QWERTYのエピソードはお気に入りだったらしく、最後にもう一回出てきた時にDVORAKの配列名も言及された。

細かい事実認定には誤りもあるかもしれないが、全体としては説得力を感じさせる論旨で大変面白かった。できるだけ豊かな多様性に恵まれた上で、そこから一番都合の良いものを選び取れた集団が優位を獲得してきたのが世界史という、そういう話と理解した。

14099414 journal
日記

Ledの日記: 身に覚えのないクレジットカード請求

日記 by Led

大体は自分が忘れているだけなのだが、今回ばかりは本当にやられたかもしれない。問い合わせをしなくては。

14086963 journal
日記

Ledの日記: 電源ユニット更新

日記 by Led

異音を出すようになっていたGOURIKI3-700Aは自分の日記を確認すると9年ほど使っていたので買い換えた。今回は玄人志向のKRPW-GK750W/90+である。今の所順調。

14064856 journal
日記

Ledの日記: ポリュビオス7巻読んだので記念まとめ

日記 by Led

元ネタの英文はこちら
カンナエの戦いの後の各地域の動向とか。欠けが多いので微妙な印象。短い。

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14055142 journal
日記

Ledの日記: ポリュビオス6巻読んだので記念まとめ

日記 by Led

ポリュビオス4巻と5巻はギリシアとかシリアとかの歴史なので飛ばして6巻を読んだ。Twitterだとすぐに見つけにくくなるのでスラド日記からリンクしておく。ソースはこちらであって、あくまで私的な訳なので大事な用事に使う人はちゃんとした人が書いた日本語訳を購入してもらいたい。

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14018775 journal
日記

Ledの日記: ポリュビオス3巻読んだので記念まとめ

日記 by Led

元ネタはこちらの英訳原文は古代ギリシア語)

まあ日本語訳もあるのだが、どうしても書いてあるものを読むだけだと目が滑ってあまり頭に入らないので、自分で英語から日本語に訳してみた。誤訳とかきっとあると思うので、大事な用事には使わないこと。個人の練習のための翻訳である。自分が後で見返す用に日記まとめてリンクを張る。ツイッターだと検索しにくい時があるからね。

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有名な「カンナエの戦い」もしくは「カンネーの戦い」は107-118の辺り。

14005235 journal
日記

Ledの日記: 折鶴と祈りの関連に関する仮説

日記 by Led

きっかけはこのツイートを見たこと。

んで、合わない証拠が見つかれば即棄却する前提でこんな仮説を考えた。

1.平安期の安倍晴明の「紙の鳥」
2.江戸以降の誰かがその記録を読んで、折鶴と同一と考えて呪術的な話を吹聴
3.WW2ごろまでに「千人針」等と合わさって「数を揃えることで強くなる」千羽鶴
4.災害見舞などに転用

(書いてて思ったが、今まで調べた内容の自分の興味は1-2辺りなのだが未識魚氏の言ってるのは3-4に近い。そっちの調査も確かに大事そうだ)

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最初に思い出したのは安倍晴明が紙で鳥を作った話なのだが。宇治拾遺物語にて、安倍晴明が道摩法師の呪詛を探知した方法として現れる。どんな風に鳥を作ったかは謎で、鶴ではなくサギだという。

国会図書館のデジタル資料で見つかった明治期の演劇台本「折鶴錦朝日晴着」(1890)には神棚の上に載っているものを隠すほどの折鶴が天井からぶら下がっているという描写があった。「折鶴姫」という人物が出てくるが、別に病気が治る話ではない。

三重県の三嶽寺(天台宗)では、恋愛成就の願掛けを折鶴でするらしい。そういえば↑の台本も恋が実る話のようだ。起源は江戸時代。

昭和38年に日本の宗教家が集まって「折鶴行脚」という活動を行ったらしい。天台宗の寺の恋愛成就でなく、平和や反戦のシンボルとしての折鶴はこの辺だろうか。

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開始時期不明の話は以下に書いておく。

鹿児島県の妙見神社では、願掛けの返礼として折鶴を奉納するらしい。

岐阜県の谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)(天台宗)では「笈摺(おいづる)堂」というお堂があって、そこに千羽鶴を納めるようになっているらしい。「千羽鶴は折鶴(おりつる)が笈摺(おいづる)にちなむことから奉納される。」というので、原爆の話よりも前かもしれない。縁起によると、寺ができたのは798年、笈摺堂の由来である花山法皇の笈摺奉納は1008年頃までの間。

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そもそも現代の千羽鶴のポジションが確定した広島原爆にてなくなった禎子さんの話もしっかり復習しておくべきかもしれない。

Wikipediaの記述を信用すると、病床にあった佐々木禎子さんに折鶴を送った高校生がいるという。これが現代日本で、病気の人に千羽鶴を送って治癒を願うやりかたとぴったり一致する。そこから汎用化して、被災した人など不幸な目に遭った人に折鶴を送るようになっているのではないか。

最初の投稿を読み直すと、岐阜ないし愛知県の人が折鶴を佐々木禎子さんに送ったとある。現代の千羽鶴の使われ方にマッチする。岐阜・愛知辺りに人に折鶴を送る習慣があったかどうか要調査。なお、佐々木禎子さん本人は自分の病気を治すという願掛けのために鶴を折ったので、その点では伝統的な願掛けに近いようにも思う。

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  調べてきたので追記

どうやら、「男女の恋愛の象徴」としての扱いの後に「家族愛の象徴」として扱われ、その後戦争の間にだんだん「病床で回復を祈る象徴」になっていったような気がする。

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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie

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