スウェーデンの翻訳家が日本の漫画絵を所持したために、児ポ絵の所持の罪で有罪判決を受けた件の続きの続き。
一審:http://srad.jp/~himmel/journal/512255(51枚が児ポ認定。罰金25,000 SEK)
二審:http://srad.jp/~himmel/journal/523760(39枚が児ポ認定。罰金5,600 SEK)
そして今回の最高裁では、無罪、となりました。
スウェーデンの英語新聞の記事
最高裁のプレスリリースはこんな感じです。(以下、Google翻訳様とBing Translator君と多言語辞書を駆使して英語にしたものを意訳したもの)
プレスリリース
最高裁判所はいわゆるマンガ絵に関する被告人を無罪とした。
2012年6月15日 最高裁判所
最高裁判所は今日、地方裁判所と上訴裁判所がコンピューターにいわゆる日本のマンガ絵を所持していたことによる児ポ法違反で有罪とした事件について判決を下した。最高裁判所は起訴を却下した。(註:80 dagsböterという罰が科されていたようですが、Wikipediaによると、80日間所定の罰金を払い続ける罰金とのこと。5600 SEK = 80日間 × 70 SEK (1 SEK ≒ 11.5円) )
判決では、問題のマンガ絵はそれ自体はポルノグラフィックと考えられ、児童を表現していると結論した。
しかし、これらは空想の人間であり、現実の子供を見間違えることはない。
これらのマンガ絵の所持を犯罪化することは、刑法条文が想定している表現と情報の自由の制限につながる目的として必要な程度を越えている。(いわゆる比例原則)
よって、政体法に沿った刑法条文の解釈に従って、起訴を却下した。
しかし、39枚のうちの一枚は最高裁判所によっても児ポの所持における刑法条文の対象となる。現実的と考えられるためである。
この1枚の写真の所持はしかし、正当なものである。よって被告人はこの点においても免訴される。
マンガ絵が児ポとして規制対象となるかを考えたときに、二審までは条文を広めに解釈して規制対象となる、としていたけれど最高裁は狭く取って規制対象とはならない、としたようですね。
1枚は現実的であり所持は違法なはずだけれど被告人は正当化されている、というところが興味深い。
というわけで、判決文とおぼしきファイルへのリンクが下の方に張ってあるので、読んでみました。
http://www.hogstadomstolen.se/Domstolar/hogstadomstolen/Avgoranden/2012/2012-06-15%20B%20990-11%20Dom.pdf
読んでみた感じ、やはりプレスリリースにあるように比例原則に従った程度の問題である、と最高裁は考えたようです。
表現と情報の自由は児ポ規制のためには制限されうる。
しかし、条文や条文の制定過程では、空想の人物のマンガ絵の児ポが対象となるかが定かではない。
また、空想の人物のマンガ絵の児ポは実在の被害者は居ない。
このようなマンガ絵は日本の文化である。
そのため表現と情報の自由を守ることを重要視した。
ということらしいです。
児ポが子供を釣るのに使われること(いわゆるgroomingというやつ)に関しては、表現と情報の自由の方が優越する、と主張しているところがEU各国の方針と違っていて興味深い。
前回も感心したけれど、我が道を行きますね。
また、1枚だけとはいえ現実的な絵の所持が被告人に認められた理由は、パラグラフ26に書いてあります。
パラグラフ26:
被告人は日本文化、とくにマンガ絵の専門家である。
被告人は数年間日本に住み、マンガコミックの翻訳家をしていた。コンピューターには大量のマンガ絵を所持していた。
被告人の1枚の絵の所持は、それ自体では犯罪であるかもしれないが、このような事情の元では正当化されるものと考えられる。
日頃仕事で扱っていれば1枚くらいは仕方ない、ということですかね。
でも日本文化に造詣が深くても、児ポまがいのマンガ絵なんてそうそう手に入らないと思うけれど…
パラグラフ21に
本件の絵はマンガ絵である。マンガ絵は日本文化に深く根付いており、また世界中に広がっている。
とあるところからすると、日本のマンガ絵といえば児ポまがい、ってことになってるのかしら。
以下、判決文の意訳です。
条文の議事録、という言葉が出てきますが、これのこと。"報道の自由と表現の自由の制限 ー 児童ポルノ等"という名の法案。ここから引用している箇所がいくつもあります。(訳では省略しましたが)
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ページ2の前半にはこの裁判の結果が書いてあります。
簡単にまとめれば、
一段目:HDDの没収要請は却下。押収はキャンセル。
二段目:被告人は費用を持たなくていいよ。
三段目:弁護士の費用は国持ち。
となります。
その次は、法廷での各人の主張
被告人:起訴を却下し費用を持て。
検察:判決を変えるな。
その後が、ずず~っと判決理由となります。
(高裁までの判決)
パラグラフ1:地裁では、コンピューターに保存していた51枚のマンガ絵の児ポの所持の罪(軽犯罪)で有罪判決。高裁では39枚になった。
そこで、最高裁での審議は、この39枚が犯罪を構成するものかどうか、である。
パラグラフ2:児ポの所持は刑法の第16章第10a節第1パラグラフ第5号で禁止されている。
第2パラグラフでは児童の定義が書いてあって、「児童とは二次性徴の発達が終わっていない、あるいは18歳未満の人間である。思春期の発達が終わっていた場合は、問題の画像が18歳未満の人間を描写しているようだと判断されるされる場合にのみ、パラグラフ1サブセクション2~5が科される。」
第5パラグラフには「その他、違法的な行為に正当性が認められる場合は、罪の問われない。」とも書いてある。
(この法における絵の扱い)
パラグラフ3:上記条文の議事録によれば、絵の児ポが犯罪になることは明確である。
間接的には、他人に見せなければ自分で描く分にはOK、とも書いてある。
マンガ絵を除外できないのは、その絵のモデルが実在の子供である可能性を否定できないからである。
所持が禁止なのは、児ポでもって子供を性行為に誘うことが可能だからである。
(この件における絵の扱い)
パラグラフ4:本件の絵は空想的な絵であるが、ヒトが描いてあるように見えるし、人間の絵であるとはっきり言える。
基本として、この絵は二次性徴の発達が終わっていない子供を表現している。
また、描かれた子供は裸で、性的な興奮をアピールしていて、ほとんど絵では性交等をしている。
よって、本件の絵はポルノグラフィックである。
パラグラフ5:うち1枚は、他の絵と異なり、実在の児童のような特徴がある絵である。他の部分についても現実的であるように見える。
(条文の評価)
パラグラフ6:マンガ絵について考えると特に、条文の児ポの定義は幅広く定められているようだ。
条文の議事録の中では、現実的でないような絵は犯罪に該当すると記載している。
いくつかの議論では、現実の虐待の描写したものと空想の人間を描いたもののような性質の異なる絵について、犯罪化するに当たって区別をつけていない。
パラグラフ7:しかし現実の児童の描写物については、条文の解釈を広く取りすぎたり逆に厳格にしすぎたりすることはあってはならないと注意を促している。
条文の議事録には、たとえ一部の人の性欲をかき立てようとも、裸の児童の描写物や児童の性器が識別できる描写物のすべてが犯罪となるわけではない、と記載してある。
合理的な結論として、実在の児童を描写したものではない絵も同様に扱われるべきであろう。
空想の絵やマンガ絵に関しては特に、その絵が犯罪となるかの明確な境界線は引きにくい。
パラグラフ8:EUは2011年、児ポ関連の指針(Council framework decision 2004/68/JHA)を更新した。この指針のArticle 2(最小の指針と呼ばれている)では児ポを、性的に明示的な行為を行っている現実に存在するような児童の描写物、若しくは主として性的な目的のために描かれた児童の性器の現実のような描写物、と定義している。
この指針の議論においては、マンガ絵のような想像上のキャラクターの描写物がこの定義に落ちるのかは不明確である。
欧州委員会は、共通の目的は現実をを反映しているものだけを犯罪にすることだ、としている。(訳注:引用元(オランダ語だけれど)。これの3ページ目の列挙しているところの1番目。)
指針も、この目的に従った。
パラグラフ9:スウェーデンの法律では、現実的に見える絵と空想を描いた絵の区別がない。が、現実的に見える絵に関しては、明確にskyddsintresset(訳注:protection interest、保護利益?)が主張される。このような絵は疑いなく犯罪になると考えられる。
パラグラフ10:ゆえに、実在の児童のような特徴がある絵(パラグラフ5参照)は刑法規約の対象となる。
被告人による絵の所持が正当化されるかが問題となる。
パラグラフ11:パラグラフ4で述べたように、他の38枚の絵は児童の描写物であるといえる。
しかし、これらは空想的な絵であり、実在の児童が描写されていないことは明らかである。よって児ポ条文のskyddsintresseは、これらの画像については減少する。(註:条文の議事録では疑似児ポ(明らかな大人が子供の振りをしているもの)の扱いについて、児ポとして犯罪の対象にするべきではない、としている。)
パラグラフ12:こういう背景があるので条文の意図している対象に38枚の絵が含まれるのかは不明である。条文の解釈は、表現と情報の自由の問題となる。
(表現と情報の自由)
パラグラフ13:38枚のマンガ絵の所持が表現と情報の自由の不当な制限となるかという評価は、初めは政体法に従ってなされる。
パラグラフ14:表現の自由は第2章第1節パラグラフ1サブパラグラフ1で規定されており、「思想、意見、感情を表現するための」絵が含まれる。
情報の自由は第二章第1節パラグラフ1サブパラグラフ2で、「他人の意見を活用すること」が規定されている。
第2章第20節では表現と情報の自由は法律によって制限されるとしている。
第2章第21節では自由の限界は民主的な社会により容認されうる目的を持ってのみ形成されるとしている。
その制限は「(いわゆる比例原則)につながる目的として必要な程度を超えてはならない」そして、「民主的な政府の基盤となる意見の自由へ恐怖を与えてはならない」
第2章第23節では「制限せざるをえない重大な理由がある場合に」表現と情報の自由は制限されるとしている。
第2章第23節パラグラフ2では、表現と情報の自由を最大限に守ることについて、とくに文化の面について述べられている。
欧州人権条約では第10条に表現の自由について記述されている。
パラグラフ15:政体法に従った評価は前述の第2章第20、21、23節を元としたいくつかのステップによってなされる。
初めの問題は、有罪判決が表現と情報の自由を制限するものなのかということである。
もしそうならば、その制限は法的に正しいのか、そして民主的な社会により容認されうる目的を持っているのか、それは第2章第23節による規定に反しないのか、が問題となる。
すべてにYESならば、その制限につながる目的として必要な程度を超えているか、あるいは民主的な政府の基盤となる意見の自由へ恐怖を与えていないか、が問題となる。
パラグラフ16:本件の有罪判決が情報の自由を制限することは明確である。
法律の基礎的要件は、疑いのかかった人間が知り得、行動の結果を予測できることである。
先に述べたように、条文が本件のマンガ絵を対象としているかは不明確である。しかし、条文に用いられる言葉の意味が曖昧であることは珍しいことではない。
本件の詳細な本質が法律の解釈と適用に依るということは、法律の基礎的要件を満たすようなその法律の適用によって実施される干渉を除外しない。
パラグラフ17:本件の有罪判決は条文解釈の枠組みに落ちる。法律の基礎的要件は有罪判決の障害とはならない。
パラグラフ18:児ポの犯罪化の立法目的への要件についての質疑は条文の議事録で扱われている。政体法では、特に重大な理由は表現と情報の自由を制限しうる。
条文の議事録では、犯罪化の目的は児童と若者を守るためである、と述べられている。
条文は疑いなく、表現と情報の自由が制限されることを許す重大な理由から来たものである。
パラグラフ19:比例原則の観点で言えば、有罪判決が表現と情報の自由の制限につながる目的として必要な程度を超えているか、ということが問題である。
パラグラフ20:表現と情報の自由は民主的社会の根幹である。これらの自由を排除する可能性は狭く解釈されなければならない。そしてその制限の必要性は納得のいく方法で提示されなければならない。
パラグラフ21:本件の絵はマンガ絵である。マンガ絵は日本文化に深く根付いており、また世界中に広がっている。これらの絵の中には芸術の概念に合うものはほとんどないが、いくつかの絵には芸術の特質がある。
パラグラフ22:立法者が児ポを犯罪化した理由は、先に述べたように、子供を起こりうる犯罪から守り、児童虐待の画像が子供を性的行為へと誘惑するために使用されることを防ぐことである。
また、児ポ的な方法による子供の虐待を防ぐ目的でもあると述べられている。
後者に関しては、犯罪化が絵も包括する理由として引用される。絵は現実の児童を描写できるからである。
パラグラフ23:38枚の絵は違反しているように見えるが、描かれている児童が個人特定されるリスクや児童が虐待されているリスクは性的な行為の現実のような描写物に比べて低いものだと考えられる。これらの絵には現実の虐待が含まれるものではないことは明らかである。
子供を想起させるモチーフが描かれたポルノ絵が存在する事実は児童虐待の存在を示すものではなく、本件の絵のように非現実的な絵も除外なしに違法にすることを意味するような表現と情報の自由に対する相対的に行き過ぎた制限を正当化するものではない。
また、児童が性的行為を行うことに誘導されるリスクを避けることへの願望からなる理由はこのような制限を正当化するものではない。
さらに、これらの絵の多くは日本文化に深く根付いており、このような背景は表現と情報の自由を最大限にとる重要性を考えることに関連する。
パラグラフ24:上記のことは、38枚の絵の所持を犯罪化することは、条文につながる目的として必要な程度を超えている、という結論を導出する。
政体法に従った解釈の元、条文はこれらの絵の所持を含めないと解釈される。
パラグラフ25:このようなアプローチの元、マンガ絵の所持を犯罪とする欧州条約とどの程度矛盾するかの調査は必要がない。
(39番目の絵の所持は正当化されるか)
パラグラフ26:被告人は日本文化、とくにマンガ絵の専門家である。
被告人は数年間日本に住み、マンガコミックの翻訳家をしていた。コンピューターには大量のマンガ絵を所持していた。
被告人の1枚の絵の所持は、それ自体では犯罪であるかもしれないが、このような事情の元では正当化されるものと考えられる。
(結論)
パラグラフ27:被告人の免訴のため、検察の求めるHDDの没収要請は却下され、押収はキャンセルされる。犯罪被害者基金への費用の支払いは取りやめられる。地裁での費用を支払う責務からも解放される。
(機密)
パラグラフ28:指定された日以降は、条文の対象とはならなかった38枚の絵の機密は維持されなくなる。この38枚に関しては、すべての機密は有効ではない。それ自体は違法な所持となる絵に関してはパブリックアクセスと秘密法の第43章第5節パラグラフ1と第18章第15節によって機密のままである。