phasonの日記: 蚊の感覚器を狂わせる-新たな蚊避け剤の開発に繋がるか? 2
"Ultra-prolonged activation of CO2-sensing neurons disorients mosquites"
S.L. Turner et al., Nature, 474, 87-91 (2011).
蚊は様々な伝染病を媒介し,また単純にうっとうしくもあることから,何とか奴らが寄ってこないようにしよう,という試みはそれこそ有史以前から行われてきたし,今でも多くの研究が行われている.
よく知られるように,蚊はCO2を探知して動物や人に接近するので,この感覚器を何とか誤魔化せばよい.例えばこの感覚器を麻痺させる薬剤であれば人間を探し出せなくなるし,逆に強く刺激する薬剤なら蚊を引きつけるトラップに使える.実際,ドライアイスやCO2のボンベ,ガスの燃焼などを使った蚊の捕獲機が利用されている.しかしCO2は毒性が高い上に取り扱いも面倒であることから,もっと手軽な手法の開発は常に望まれ続けている.
今回,電気生理学的手法を用いたスクリーニングで興味深い反応をもたらす化合物の発見が報告されているので紹介する.
蚊に作用する化合物を発見する場合,一番単純な手法は蚊を沢山持ってきて各種物質の気体を吸わせて影響を見る,というものである(実際昔はそうやって研究が行われていた).しかしながら,何せ蚊の行動はふらふらしているので影響がわかりにくいし,沢山の蚊を毎回準備して実験をするのも大変である.そこで最近は,電気生理学的手法が用いられる.これは近年の生理学的な研究では欠かせない手法で,反応を調べたいレセプター(今回の場合なら蚊のCO2感覚器)を取り出し電極を繋ぎ,様々な物質に曝すことで起きる電位変化を見てやる,というものである.感覚器が反応すればパルスが生じるので,生じる電位の回数や強度から反応が電気的に読み取れる.
さて,著者らがそのような手法で様々な有機分子の影響を調べていたところ,2,3-butandioneがこの感覚器に過剰かつ長時間の興奮を引き起こすことを発見した.通常の刺激なら,その刺激を取り除くと秒の単位で感覚器の興奮は納まるのだが,2,3-butandioneに関しては数分間も過剰興奮が続くのである.しかもこの間はいわば感覚器が励起しっぱなしでほとんど飽和してしまうため,通常のCO2に対する応答はマスクされてしまってほとんど起こらない.つまり,カメラに強い光が入ってしまって見たい風景が写らないのと似たようなものである.
この結果,2,3-butandioneに曝された蚊は人間や動物を感知することが出来ず,特に当てもなくふらふらと飛び回るだけとなる(これは実際の蚊でも検証されている).また彼らは,2,3-butandioneと1-hexanol,1-butanal,1-pentanal(これらはいずれも感覚器をマスクする効果がある)のカクテルを作用させると効果が10倍程度になることも見つけ出した.3種類のマスク剤でCO2への感度を落としておいて,さらに2,3-butandioneで反応を飽和させることで何も感知できなくなるらしい.
またこれとは別に,2-butanonがかなり強く蚊を引きつける事も見出している.これらを元に,著者らは
・2,3-butandioneカクテルを人のそばやドア・窓の近くで用い,蚊の感覚を麻痺させることで家の中や人の近くに寄ってこないようにする
・さらに近傍に2-butanonを噴霧するトラップを設置し,そこに蚊を集中させ捉える
という利用を提案している.なお,今回用いられている物質はそのままでは人体にも有害であるため,これらの構造を元に無害な化合物を開発する必要がある点には注意が必要である.
今でもアフリカや赤道に近いアジア各国では蚊の媒介する伝染病は猛威をふるっており,蚊に対する対策の重要性は高い.今回の研究が何とか新たな薬剤開発に繋がってくれれば良いものだが.
あと,どうでも良いことではあるが,著者の一人はケニアの人だそうだ.……著者にケニアの人ってのは初めて見たかも知れない.やはりアフリカだけあって蚊への対策は重要なのであろう.
これかしら (スコア:1)
2,3-Butanedione | 431-03-8 [chemicalbook.com]
ちょっとヒトも近づきがたい液体ですね。
モデレータは基本役立たずなの気にしてないよ
Re:これかしら (スコア:1)
その分子です.
まあMSDS系は危険性に関してかなり厳しく書く(結構な量曝露したりしないとさほど影響がない場合も,安全側に倒して書く)ので,実際には文面から受ける印象よりはだいぶ使いやすいのですが,それでもそのまま使うのはさすがに無理があるのは確か.
製薬系に行った知人に昔聞いた話だと,「新しいメカニズムで効果を発揮する薬剤を見つけるのと,それを元に安全性の高い薬剤を作るのは,同じぐらいハードルが高い」とか言っていましたので,今回の研究も道半ばなんでしょう.なんにせよ頑張っていただきたいものです.