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15276870 journal
日記

phasonの日記: DNAの5番目の塩基Zの合成経路 2

日記 by phason

A widespread pathway for substitution of adenine by diaminopurine in phage genomes
Y Zhou et al., Science, 372, 512-516 (2021).

および

A third purine biosynthetic pathway encoded by aminoadenine-based viral DNA genomes
D. Sleiman et al., Science, 372, 516-520 (2021).

地球上の生物のDNAは4種類の核酸塩基A(アデニン),G(グアニン),C(シトシン),T(チミン)が結合したヌクレオチドの連なりとして構成されており,AはTと2本の水素結合で結び付き,CはGと3本の水素結合で結び付くことで塩基対を作る.これによりDNAは安定な二本鎖構造を形成,遺伝情報を保持することができる.

※なお,RNAではTの代わりにU(ウラシル)が使用される.

さてこの核酸塩基,RNAへと転写され発現する際などに酵素により化学修飾を受けることも多く,核酸塩基(修飾塩基)の種類は実際には4種類どころか100を超えることが知られている.また,DNAの特定部分の発現を抑えるためなど発現を制御するメカニズムとして,一部の塩基をメチル化するなどの化学修飾が行われることも知られている.
とまあ,4種類に限られない核酸塩基ではあるが,それら修飾塩基は基本的にはRNAとして情報を伝達する途中での修飾であるとか,一時的な発現の制御であるといった例外的なもので,生物のDNAは基本的には上記の4種の塩基でできていると言える.

……と今まで思っていたのだが,今回の2本の論文によると,そうではないことが昔から知られていたらしい.
1977年にKirnosらが報告したところによると,シアノファージ(シアノバクテリアに感染するファージ)の一種であるS-2Lにおいては,ほぼすべてのAが,もう一つアミノ基が導入された別種の塩基(Z)に置き換わっているのだそうな.つまり,通常の生物がAGCTの4文字を使ってDNAを作っているのに対し,S-2LはZGCTという4文字でDNAが構築されていることになる.
このZ塩基,Aのピリミジン環(窒素原子を2つ含む環)の一つ残っているC-Hを,C-NH2で置換したものとなっており,分子構造的にはAとGの合いの子のような分子となっている.
今回報告された2本の論文は,このZを合成する酵素とその構造を決定し,どのようにZが合成されているのか,そしてシアノファージ等にどの程度このZを合成する遺伝子が広まっているのかを調べたものとなる.なお,2本の論文は別のグループによるものなのだが,投稿日も1週間以内程度とほぼ同時と,熾烈なデッドヒートが感じられる.

ということで詳細なのだが,正直なところZの存在を(いまさらながらに)知った衝撃のほうが大きく,論文の内容自体に関しては「まあそんなもんですよね」という感じであまり書く気にならないというか.
Zの合成に重要な遺伝子としては,もともとAを合成する遺伝子のちょっと遠い親戚(由来は同じだが,変異が入ったもの)であるPurZが重要な働きをしており,こいつがグアニル酸のC=Oのケトンの部分をアスパラギン酸に置き換え,PurB(※こいつは通常のAの合成でも同様の働きを行う)が付加されたアスパラギン酸のアミノ基以外の部分をフマル酸として切り出し,あとは通常の流れでZを含むDNAが合成される.
論文では,PurZの構造と,Mg2+との協働による合成メカニズムなどにも触れられているので,興味のある方は是非.
ちなみにZに関しては,通常のAがTとの間に2本の水素結合を作るのに対し,Z-Tでは3本の水素結合が形成されより強く(=安定に)結び付いた塩基対を作ることができる.このことが制限酵素(特定の配列を見つけ,二本鎖DNAを切断することでファージの増殖を制限する)による破壊への耐性を上げ,より増殖しやすくなっているのではないか,という報告が過去にあるらしいのだが,今回の1つ目の論文では実際にA → Zへの置換(PCRでの増幅の際に,Aの代わりにZが入るようにすると,最終的にほぼすべてのAがZに置き換わったものが作れる)を行い,制限酵素でほとんどやられないことも確認している.

今回の結果は,DNAの文字の拡張や,DNAを使ったナノ構造体を作る際に今までよりもさらに安定度の高いZ置換体を利用できることを示唆しているなど,もしかすると実用上も意味があるかもしれない.また個人的には,Zなんて言う変わった塩基をベースにした生命(ファージなんで,生命と呼ぶには微妙ではあるが……)がいることが衝撃であった.

15260489 journal
日記

phasonの日記: ミューオンの異常磁気能率にズレはない?(概略のみ) 1

日記 by phason

今週のScienceの記事経由でNatureのASAP論文(アクセプトされてオンラインでは公開されたけど,まだ巻号ページなどついてないやつ).

すでにいろいろなところで話題になっているが,ミューオンの異常磁気能率が標準理論の予測から外れているのでは?(=何らかの未知の物理があるのでは),という報告が出てきている.
これは物理学にとっては非常に素晴らしいことなのだが,ちょうど時を同じくして,「実は計算値の法が近似精度の問題でずれていて,ズレているという実測値は標準理論と一致するかも」という論文が出ている.

ということで論文を読んで……と言いたいところだが,さすがにこのレベルの計算の論文となると部外者にはさっぱりである.
曲がりなりにも読めるアブスト部分とか解説記事をまとめると,

・もともと,格子QCD(*1)を用いた計算で(先日報告された,以前の計算とはズレているという)ミューオンの磁気能率にほぼ一致するような結果も出ている.
・ただ,計算上の問題でエラーバーが非常に大きい状況であった.
・誤差に最も寄与が大きいのは,真空の分極(*2)である.
・ということで,結構大変なところまで計算に含めて,力任せにシミュレーションの精度を上げました.

という感じっぽい.

*1 本来,強い相互作用を記述する量子色力学(QCD)などは連続的な時空内で定義される理論であるが,連続空間内でのありとあらゆる経路の積分を取ることは難しい(というか,相互作用が強い場合には摂動論が適用できず計算できない)ためいろいろな近似が必要になったりする.そこで計算を簡略化するために時空を離散化してしまい,それらの離散化された点を結ぶ経路のみを考えよう,というのが格子QCDである(多分).
要するに,現実世界の代わりにヘックスという離散的な領域で区切ったマップでシミュレーションゲームやるのと似たようなものだ(暴論だが).
こうすると,空間がいくつもの領域(その領域の中心点で代表できる)と,その領域同士が接する面(格子点を結ぶ線)で再定義され,計算はその線を通る部分だけに簡略化される.
十分な定式化が可能であったら,最終的に領域サイズを無限小へと飛ばしてやれば,連続時空内での理論と一致するはずである.
ただし,格子化することで逆に面倒になる部分があったり,領域サイズを無限小に飛ばせる条件などもあったりするので,なんでも計算が楽になるわけではない.

*2 真空中に一時的に粒子-反粒子ペアが生じ,それが周囲と相互作用してからまた消えるような過程による効果.1次なら良いが,2次3次と相互作用が続いていくと,真空から出てきた仮想粒子がまた次の仮想粒子と相互作用して……など,考慮しないといけない相互作用の数が発散していく.高次の過程の寄与が急激に減少するような(=低次の過程だけで近似がよく合う)場合は良いが,徐々にずれが積み重なって結構高次まで計算しないと合わないような場合は計算量が増えて大変(というか計算できなくなったりする).

ということで,部外者にはよくわからない計算を力任せにぶん回したところ,過去の格子QCDの計算誤差の1/4ぐらい?(グラフから目算)の計算誤差にまで縮めることができて,その誤差範囲ギリギリ端っこぐらいのところに今回話題になっているミューオンの異常磁気能率の実験値(の誤差の端っこ)が来るよ,と.

今回の計算と,今話題になっている実験値のエラーバーの両端がギリ重なるかな,というところなんでプラスアルファ何か別の物理が隠れている可能性もあるが,どっちとも判断しにくい微妙なところに来るなぁ……

15252399 journal
日記

phasonの日記: 金属ナノ粒子の堆積を使った3次元ナノ構造作成法 2

日記 by phason

"Three-dimensional nanoprinting via charged aerosol jets"
Wooik Jung et al., Nature, 592 54-59 (2021).

金属のナノ構造体は,その特異な電磁的な応答を利用してプラズモニックデバイス(*1)や光学的メタマテリアル(*2)への利用が期待されている.ただ,工業的に利用しようとなると「どうやってナノ構造を安価に量産するか?」というのは大きな問題である.特にメタマテリアルのように広い領域を覆う必要があるとなると,大面積に一気にナノ構造を作りこめるような製造手段が必要となる.
今回の論文で報告されているのは,真空チャンバー中に基板とそこから少し浮かせたマスクパターンを用意し,そこに向かって放電により発生させた金属ナノ粒子を吹き付けるだけでさまざまな立体的なナノ構造が作成できる,という論文である.

*1 金属の表面プラズモンと光との相互作用を利用した素子.非常に強い発光や吸光,局所的な強烈な電場を利用した分光など,用途が多い.

*2 光の波長よりも小さいサイズの構造を作りこむことで,連続的なバルクの物質ではありえないような負の屈折率を持つ(のと同じ応答を示す)物質を作ることができる.これは微視的には無数のインダクタやキャパシタが並んだ構造なのだが,それが波長よりも小さいサイズで並んでいるため,長い波長をもつ光にとっては負の屈折率を持つ連続媒体であるかのように振る舞う.このようなメタマテリアルを使うと,物体の周囲を(特定の波長域では)光が迂回して裏側まで進むため外部からは光学的にまったく存在が見えなくなるような「クローク」や,回折限界を超えた微視構造の結像が可能な「スーパーレンズ」,メタマテリアルによる波形制御を利用したアンテナの小型化・指向性制御・広帯域化など,さまざまな用途が提案されている.

この論文,起こっていることは非常に単純だ.
まずナノ粒子の発生源としては,各種金属を電極とした真空放電が用いられている.放電により電極表面がバラバラに飛び散り,金属ナノ粒子が生成する.この時ナノ粒子の表面には電子を失って生じた金属(とか残存ガス)のイオンも付着しているため,金属ナノ粒子自体は正に帯電している.また当然,ナノ粒子に付着しなかった正イオンも周囲には飛散している.なお,ナノ粒子のサイズは金属の種類にも依存するが,おおむね10 nmかそれ以下ぐらいのようだ(Extended Data Fig. 3).
この噴出した正に帯電した金属ナノ粒子と正イオンは,印加された電圧に引っ張られ,基板に向けて加速していく.基板の少し上には,さまざまな形状の穴をあけたマスクパターンが置かれており,このマスクを通り抜けた金属ナノ粒子が基板上に堆積する.装置全体の構造は,Extended Data Fig. 1を見ていただくとわかるだろうか.
積みあがった柱状構造は例えばExtended Data Fig. 4を見ていただくとよい.3種類の異なる金属で柱状構造を作っている.なお,論文のほうでは途中で金属の種類を変え,根元から順にPd,Au,Cu,Agと異種金属を順番に積み上げた構造なども作成している.

ここで面白いのは,実はマスクパターンには軽くて動きやすい正イオンが先に到着し降り積もっている,という点だ.このため,マスクパターンは正に帯電しており,同じく正に帯電した金属ナノ粒子との間に反発が働く.このため,マスクパターンに開いている穴の真ん中あたりに向かって金属ナノ粒子のジェットは収束され,非常に細い流れとして基板に降り注ぐ.これは言ってしまえば,半導体素子の作成の際にマスクパターンを抜けてきた光をレンズで集光するのと同じで,マスクパターンよりも細かい構造を作ることができる.

マスクパターンを抜けてきたナノ粒子のジェットは徐々に基板上に積み重なって細長い柱状に繋がっていく.柱の直径は条件を整えてやると85 nm程度までは細くなるようである(この時,マスクパターンの穴の直径は500 nm).柱状に積み上げられる高さはかなり大きく,例えば直径が300 nm程度で長さが11 μmといった細長い構造などが紹介されている.また,マスクの穴の形を変えることにより,さまざまな形状に金属を堆積させることができる(Extended Data Fig. 2).
さらに面白いのは,このナノ粒子の堆積の途中で基板を前後左右に動かすと,より複雑な3次元構造が作れる,という点だ.基板上に金属ナノ粒子が積み上がりはじめると,導電性で尖った構造,ということになる.基板の電位が負に印加されていることを考えると,この「尖った部分」は非常に電場勾配が大きくなる(避雷針の先端と同じである).その結果何が起きるかというと,ジェットとして降り注ぐ正に帯電した金属ナノ粒子を,すでに積み上がりはじめている先端部が吸い寄せることになるわけだ.
これを利用すると,単なる柱状ではなく,途中から違う角度に伸びるような1次元構造が可能となる.例えば1次元状に積みあがっていく途中で基板(逆にマスクパターンをスライドさせてもよいが)を少しずつ横に動かしていくと,金属ナノ粒子が横向きに吸い寄せられながら斜めに伸びる,ということになる.
言葉で書くとわかりにくいが,ナノ粒子の運動のシミュレーション動画を見ていただければ一目瞭然だろう.
著者らはこれを利用して,途中から斜めに伸びる構造(Extended Data Fig. 6)やらせん状の構造(Extended Data Fig. 5)などを報告している.
なお,うまく基板の位置を調節しながら堆積させると,途中から斜めになるどころか,斜め下方に伸びていくような形状も作成できるようである(一度落ちていきかけたナノ粒子が,斜め上方に吸い寄せられることで「η」っぽい構造が作れる).

著者らが報告している中で重要なのは,Extended Data Fig. 8にある構造だろう.このような「リングの一部を切り取った構造」はスプリットリング共振器と呼ばれ,このリングがコイルと同等に,切れている部分がキャパシタとして働くことでLC共振器となる.このような微小なスプリットリング共振器を並べるとメタマテリアルを構築できることが知られており,メタマテリアルを作る際の代表的な素子である.
基板上に基板平面と平行にこうしたスプリットリングを作るのは簡単なのだが,その場合基板に垂直な磁場成分にしか応答できない.それに対し今回の手法では基板から直立したスプリットリング共振器が作成可能であり,これを直交する2方向 + 基板に平行な方向に作りこめば,あらゆる方向の偏光方向に対応できることになるだろう.

というわけで,「立体的な金属ナノ構造を,比較的高スループットに作成する手法」の紹介であった.

15106612 journal
日記

phasonの日記: ウィルスの変異は言語モデルで取り扱えるか? 4

日記 by phason

"Learning the language of viral evolution and escape"

B. Hie, E. D. Zhong, B. Berger and B. Bryson, Science, 371, 284-288 (2021).

ウィルスは非常に変異を起こしやすい存在である.その理由は(RNAウィルスの場合)RNAポリメラーゼのエラー訂正機構が貧弱であることや,(1本鎖ウィルスの場合)単鎖ゆえのエラー訂正の効かなさであったりといろいろあるのだが,とにかくウィルスは変異が速く,それゆえ免疫系が一度覚えてもその網をすり抜ける変異種が現れがちなことはよく知られた事実であろう.
今回紹介するのは,そんな「ウィルスの変異による免疫系からの逃れやすさ」が,機械学習による自然言語モデルを用いて推測できる,という報告である.

さて,21世紀に入ってから進歩の著しいものの一つとして機械学習が挙げられることに異論はないだろう.膨大なデータが収集・利用できるようになるとともに,層数を非常に増やした深層学習の導入などが組み合わさり,(すべての分野ではないにせよ)機械学習は格段の進歩を遂げている.特に応用や研究が数多く行われているのが,自然言語処理の分野だ.膨大な文例をもとに,教師なし学習(正解の判定ルールも含めすべてをデータの山から自律的に構築する学習)により言語をモデル化し,以前とは比べ物にならないほど自然な文章を作成したり,高精度な翻訳が可能となってきている(もちろん,まだ完璧とは言えないが).
そんな背景のもと,今回の著者たちは以下のような突飛なアイディアを思いついた.そもそもウィルスの「本体」は,4つの塩基(RNAなのかDNAなのかで1文字違うが)の組み合わせで書かれたアミノ酸配列の長大な羅列である.そしてその「変異」とは,あるアミノ酸が別のアミノ酸に置換されることに等しい(時には削除などもあるが).これは別の観点からみれば,「ウィルス=未知の言語で書かれた長大な文章」で,「変異(アミノ酸の置換)=ある単語の,別な単語への置換」とみなすこともできるのではないだろうか?もしそうだとすれば,自然言語を機械学習するモデルは,数多くのウィルスのゲノム=文例をもとに,変異の影響=単語の置換による文章の変化,を定量的に分析するツールとして利用できるのではないだろうか?
これだけ聞くと非常に突飛でどうかしてるんじゃないかとも思えるが,著者らの考察は続く.ウィルスの変異は,どんな時でもウィルスにとって望ましい,わけではない.多くの場合,ランダムな変異はその「ウィルスらしさ」を壊してしまう.別の言い方をすると,ウィルスがその機能を保って生存していくためには,何らかのルールの範囲内で変異している必要がある.これは言語でいえば「文法」に相当するだろう.生化学的に言えば,ウィルスの各遺伝子が生み出すタンパク質がその機能を失わないような変異,ということになる.既に存在している(特定の病原となる)ウィルスの多数の変異株を学習データとして使用すれば,それらすべて「ウィルスをそのウィルスたらしめている」構造は満たしている.つまり,「文法としてはそんなに間違っていない」データとなるだろう.一方で,アミノ酸には,免疫系がウィルスを認識するために重要となっている部分もある.ウィルスの構造(=文法)を保ちつつ,こういった部分が異なってくると,免疫系から逃れる可能性が高くなる.もちろんただ異なるだけではなく,ウィルスの外郭構造がガラッと変わるような変異ほど免疫系をすり抜ける可能性は高くなる.

著者らのこの観点をまとめると,以下のようになるだろう.
・ウィルスをそのウィルスたらしめているものは,「文法」として見えてくるはずである.
・ウィルスの変異は,単語の置換に相当するだろう.
・単語の置換により「文法」的におかしな文になるほど,ウィルスとしては存在しにくいはずである.
・単語の置換により「意味」が大きく外れるほど,免疫系から別物とみなされるはずである.

最後の「単語の置換により,意味が大きく変わる場合」の例を,著者らは英文で示している.

例1:Austratian Dead in Bali(オーストラリア人,バリで死去)
(1)意味の近い置換:Aussie Dead in Bali(オーストラリア人,バリで死去)
(2)意味が全く変わる置換:Australian Ballet in Bali(オーストラリアのバレエ団 in バリ)
原文や1では最初の語が名詞なのだが,2では原文と同じ「Australian」が今度は形容詞として作用している.

例2:Blast off of Apollo 8(アポロ8号の打ち上げ)
(1):Blast off of Apollo 13(アポロ13号の打ち上げ)
(2):Blast victims of Apollo 8(アポロ8号の爆発の犠牲者たち)
熟語であるBlast offのうちの一語を変えてしまうと,意味は激変する.

タンパク質の構造はアミノ酸の並びに依存するが,多少変えても形の変わらないものもあれば,キーとなる部分を少し置き換えるだけで形が激変したりもする.著者らは,それを言語モデルにおける単語の影響力の差として表現できるのではないか,と考えたわけだ.

といってもここまでであれば単なる妄想と変わりはない.実際にそんなことができるのかどうか,著者らは実在のウィルスのゲノム配列をもとに評価を行っている.
対象としては,インフルエンザウィルス(の,感染に関与する主要部位であるヘマグルチニン),エイズウィルスのエンベロープ,コロナウィルスのスパイクの3つを選択した.これらはメジャーな感染病でありデータも多い.これらそれぞれの多様な配列を言語モデル化のプログラムに放り込んで分析させ(※当然,3つの病気それぞれ別のデータセットとして扱う),それぞれ勝手に学習させ言語構造を推測させる.その結果,プログラムは与えられたデータセットから「インフルエンザウィルス(のヘマグルチニン)の文法」とか「コロナウィルス(のスパイク構造)の文法」とか,「インフルエンザウィルスのどの単語(=アミノ酸)を何に置換すると,意味(=構造?)がどのぐらい変わるのか」を評価するモデルが得られる.

では,得られたモデルはどの程度正当性があるのだろうか?
まずは,得られた評価基準に基づきウィルスのそれぞれの株を位置付けたときに,(遺伝的に)類似するウィルスがある程度クラスター化しているのかどうかを評価している.これは,得られたモデルが正しいことの必要条件である(※十分条件ではない).言語とみなして処理した結果得られたモデルが,実際の正しくウィルスの構造の類似性を再現できなければ,著者らの発想は単なる思い付きに過ぎなかった,となるわけだ.
論文では,各種のウィルスの変異株を言語モデルで位置づけ,その結果をUMAPにより2次元化して表示している.機械学習により作成された評価関数は非常に様々な点を組み合わせて評価しているため,各データは「非常に次元の大きい空間中での位置」で表示される.しかしそのままでは人間が見にくいので,適当な射影を選び出すことにより2次元上の分布に直して図示するのだが,UMAPは最近よく用いられる方法である(詳しくは知らないが).
ということで得られた結果を見てみると,インフルエンザでは人インフルエンザ,鳥インフルエンザ,豚インフルエンザが互いにそこそこすみ分けたような図が得られている.さらにはっきり差が出たのがHIVで,いくつかの株ごとに比較的わかれたクラスターを作っていることが一目で見て取れる.劇的に分かれているのはコロナウィルスだ.コロナウィルスはさまざまな動物種にそれぞれのコロナウィルスが存在するのだが,かなりきれいに分離した図が得られている.また,いわゆる新型コロナ(を文章として見たとき)の位置は蝙蝠やセンザンコウのコロナウィルス株(の一部)と非常に接近しており,その起源(といわれている)これら両種と近いことが再現できている.またMERSはラクダのコロナウィルスと非常に接近した位置にあることも再現されている.その一方で,SARS-CoV1と新型コロナウィルスは意外に離れているなど(現時点では両者はかなり近縁と言われている),ちょっと変わったところもある.

そんなわけで,ウィルスの塩基配列を言語として無理やり読ませて生み出された言語モデルは,まずは必要条件である「近いウィルスを,ちゃんと近いと判断できる」という点はクリアできている.とはいうものの「近いウィルスは,近い配列を持っている」わけだから,それが再現できるのはある意味当たり前である.
そこで著者らはさらに研究を進めた.ウィルスの感染にかかわるパーツ,つまりインフルエンザだとヘマグルチニン,HIVであればエンベロープ,コロナウィルスであればスパイク,のパーツの塩基配列の様々な場所にさまざまな1塩基変異を導入した遺伝子を膨大な数作成し,それらの変異パーツを酵母(だかなんだか)に生産させ,宿主細胞の受容体にどの程度親和性があるのか,などを調べたのだ.
※こういった「網羅的に1塩基変異などを作り,全部調べる」というような手法はDeep Mutational Scanというらしい.

これにより,言語モデルが「文法である」と判断した基礎構造に変異が入った場合と,「単語の違いである」と判断した部分とが,宿主細胞への適合性にどの程度影響があるのかが調べられた.その結果,予想通りではあるものの
・「文法的正しさが高い」ほど,感染性は高い
・「意味がかなり変わってくる」という置換ほど,感染性は落ちる
ということが判明した.
面白いのはここからだ.インフルエンザやHIV,コロナウィルスに対し抗体として働く分子を加え,これら無数の変異体(と言ってもウィルスそのものではなく,その表面に生じるパーツ=抗原)が抗体に捕まるかどうかを調べたところ,いくつかの変異株は抗体をすり抜けることが判明した.そしてそれら「抗体をすり抜ける(≒免疫系の既存の学習が効かない)」変異株は,ほぼすべてが「文法的にはかなり正しくて,しかしその一方で意味的には大きく異なる」という領域に位置していた.
単純化して言うと,ウィルスには,そいつをそのウィルスたらしめている重要な構造があり,そこが維持されていないと感染性が低い.言語モデルとしての機械学習は,その「ウィルスらしさ」というものを「文法的な正しさ」として認識することができる.その一方で,ある程度の表面構造の変異が無ければ,一度感染すれば既存の免疫系が学習し,抗原により対応されてしまう.そのため,(抗体に認識されないほど)ガラッと表面が変わらないと次回の感染がおこらない.そのような変化は,言語モデル化の上では「文章としての意味がガラッと変わっている」として認識される.

これが何を意味しているのかというと,ウィルスの塩基配列を文章として機械学習させ作成された言語モデルは,あるウィルスが「既存の抗体をすり抜けるかどうか」に対しかなりよい評価をしうる,ということになる.これまでは,実際にウィルスと抗体を用いなければ予測できなかったことが,ある程度とはいえゲノム配列だけから予測できるというのはかなり画期的(*)である.

*ウィルス表面のタンパク質の立体構造と,細胞側の受容体の構造がわかっていればある程度推測はできるのだが,立体構造を決めること自体が非常に困難である.
そちらはそちらで,「深層学習を使ってアミノ酸配列からタンパク質の立体構造を効率的に決めることができるプログラムの開発」なんてのもあったりする.

もちろん,「文法的に正しく,意味が大きく異なる配列」すべてがウィルスとして有効なわけではない.前述したように「意味が大きく異なる」ものはたいていの場合感染性が落ちるためだ.そのため今回の研究は,「今獲得している免疫を確実にすり抜けられる変異種を見分けけられる」というわけではなく,「潜在的に,今の免疫をすり抜ける可能性のある変異種をピックアップする」というスクリーニング的なものとなる.

ただまあ,深層学習全般に感じることではあるが,何がどうなっているのかがブラックボックス化しているような感じもあってやや気持ち悪い.その一方で,「ウィルスを言語とみなして解析しました」というのは非常に面白く,これがブレイクスルーになったりなんかすると結構面白いこともありそうだ.

15010032 journal
日記

phasonの日記: タイヤがギンザケを殺す 10

日記 by phason

"A ubiquitous tire rubber-derived chemical induces acute mortality in coho salmon"
Z. Tian et al., Science, in press.

ギンザケはアメリカ北西部で遡上し産卵する代表的な水産資源である.しかしそのギンザケ,都市部において降雨の後に原因不明の大量死を起こすことが知られていた.今回の論文は,その原因究明を続けているワシントン州(DCではなく,西海岸最北の州の方)のタコマにあるCenter for Urban Researchやワシントン大学などを中心としたグループが,ついに原因を突き止めたという論文になる.

この研究グループはギンザケの雨水流入後の大量死を研究しており,過去の研究においてタイヤから出てくる何かの化学物質が原因らしいというところまでは突き止めていた.実際,タイヤを漬け込んでおいた水をギンザケに与えると1~3日以内という比較的早い期間で死亡することから,何らかの化学物質の急性毒性によるものだと考えられていた.
今回その正体を解明すべく,多段階にわたる分離と分析を駆使しその正体に迫った.

実験であるが,まず毒性のあることがわかっているタイヤの浸出液がスタートである.こいつをエレクトロスプレーイオン化(*1)によりイオン化し,それを高分解能質量分析計(*2)にかけ正体を知ろうとしたのだが,この段階では正イオンの側だけでも2216種もの物質が存在し,とても正体を突き止めるどころの話ではなかった.

*1:単純化して言うと,微量の試料を溶かした液滴を真空中に入れ,高電圧をかけながら蒸発させる.電圧により液滴内の水分子(等)がイオン化しつつ蒸発により小さくなると,電気的な反発力が表面張力を大きく超え,液滴が微細な粒に分裂しながら真空中に飛び出す.その後も溶液は蒸発し続け,残ったH+(等)が試料分子に吸着したイオン種を生じる.これが質量分析計に飛び込み,その質量が分析される.

*2:例えば1Hの質量はおよそ1,12Cは12,14Nは14なので,12C1H214Nはほとんど同じ重さになる.しかし質量を精密に測定すると,12C1H2の質量は14.01565,14Nの質量は14.00307であり,区別することができる.このような高い分解能をもつ質量分析計を用いると,その質量から分子式を推定することが可能である.

そこで今回,タイヤの浸出液を各種分離手法により分離,どのフラクションにギンザケを殺す能力があるのかを調べ,毒性のあった部分をまた違う分析手法で分け……を繰り返し,成分を絞り込んでいった.
まず細かなフィルターとイオン交換樹脂を通したが,それでもギンザケへの毒性は変わらなかった.このことから,毒物はイオン性ではないし,何らかの微粒子でもないことがわかる.続いてその流出液を,逆相カラムにより分離した.水 → エタノール → 酢酸エチルと徐々に極性を落としていくと,流出する成分が極性の高いものからより炭化水素に近いものへとシフトしていく.3種の流出液を調べたところ,水,および酢酸エチルにより出てきた成分にはほぼ毒性はなく,エタノールの時点で動いた成分に毒性があることが判明した.この段階で,質量分析計で検出される成分は1355種とまだかなりの種類が存在している.
続いて,逆相カラムでエタノールにより流出してきた成分を,ヘキサン:ジクロロメタンを展開溶媒に用いたシリカゲルカラムでさらに分離した.ヘキサン:ジクロロメタンの比率を3:0 → 2:1 → 1:2 → 0:3と徐々に変え極性を上げていき,4種類の流出液を得た.調べると,これらの流出液のうち.2:1での流出液が毒性を持つことが判明した.この段階で,化学種は659種存在している.
さらに細かく分離するため,逆相のHPLCを用いて15分画に細かく分割したところ,そのうちの10-11番目のフラクションが毒性を持っていた.この段階で化学種は225種にまで絞られた.
さらに同様のことをフッ素樹脂を固定相に用いたHPLCでも行い,これまた偶然にも10-11番目のフラクションに毒性があることが分かった.この段階で化学種は26種にまで絞られている.
この溶液をさらにフェニル系の樹脂を使用したHPLCで分離したところ,8-9番目のフラクションに毒性があった.この段階で,化学種は4種にまで絞ることができた.

この4種の質量分析結果を見ると,量としてはある一種の化学物質が大部分を占めていることが判明した.その化学種の質量分析での検出質量はm/z=299.1752,ここから組成はC18H22N2O2と求まる(※検出されている質量は,この組成にH+が付着したものである).また,他の3つの物質の組成はタイヤに含まれている既知の分子と一致し,それらは顕著な毒性をもたないことが知られていたことからも,このC18H22N2O2が毒性を持つ化学種であることはほぼ確実である.

では,この分子は何なのだろうか?タンデム質量分析計(*3)による分析から,この物質がC4H10というフラグメントと,C6H12という部分構造をもつことは分かったが,それ以上の情報は得られなかった.文献検索によりC18H22N2O2という組成の毒物を探したが,それも見つからなかった.したがって,この分子は未知の毒物であると考えられる.

*3:MS/MSなどとも書かれる.質量分析計で特定の質量の目的分子を分離した後,そのまま不活性ガスなどと衝突させることで分子に衝撃を与え,さらに断片化したパーツの質量分析を行う(二段の質量分析計がついているので,タンデムと言う).分子の比較的切れやすい部分で解離するので,部分構造の情報が得られる.

ブレークスルーは,検索範囲をC18H0-xN2-4O0-yへと広げた時に訪れた.自然環境中においては,水との反応によりHやOが増えたり,酸化によりOが増えたり,ある程度反応性のあるNがOなどを含む置換基に変換されたりということがある.そこから著者らは,検出された毒物は,もともとタイヤに含まれていた何かが環境中で酸化・加水分解等を受けて生じたのではないかと考え,そのもととなる化学物質を探り出そうとしたわけだ.
するとC18H24N2という分子(6PPDと呼ばれる)が,タイヤの抗酸化剤として添加されていることを発見した.この分子はタイヤがオゾン(これは,排ガスが光化学反応を起こすことで生じる.光化学スモッグの原因でもある)により劣化するのを防ぐためにタイヤに加えられている成分であり,ゴムタイヤの重量のおよそ0.4~2%程度とそこそこの量が加えられている.なお,6PPDおよびその酸化により生じる毒物(6-PPD-quinone)の分子構造に関しては,Supplementary MaterialsのFig. S13を参照してほしい.

著者らはこの物質が本当に毒物の起源なのかを調べるために,6PPDをオゾン酸化し,生じた物質の性質を調べた.その結果,生じた物質のカラムによる分離結果はタイヤ浸出液から生成された毒物と完全に一致し,また質量分析も完全に同一の結果を与えた.また,6PPDのオゾン酸化により生じた物質の毒性を調べたところ,20 μg/Lの低濃度で,タイヤ浸出液と同様に素早く(90分程度で症状が現れ始め,5時間以内に死)かつギンザケの死をもたらすことが確認された(3回で計15匹のギンザケで実験を行い,再現性も確認された).これらの実験から,6PPDの酸化生成物の毒性は,ギンザケの半数致死量で0.79±0.16 μg/L程度ということが分かった.なお,タイヤ浸出液(に含まれる毒物成分)の毒性は0.82±0.27 μg/Lであってので,タイヤ由来の毒性はほぼ100%この6PPD酸化物である,といえる.ちなみに,酸化されていない6PPDの毒性は半数致死量で250±60 μg/Lになるそうだが,そもそも6PPD自体がほとんど水に溶けないため,その毒性が問題になることはない(そのため,「安全な物質」として多量に使用されているわけだが).
6PPDはタイヤ表面で起こるオゾン酸化を抑制するために加えられている材料であり,その目的から消費された分だけ内部から迅速に表面まで拡散することが求められる.そのことが逆にタイヤ表面が削られる際に常に6PPDが一緒に環境中に排出されることに繋がり,それが都市部での微量のオゾン等により酸化,6PPD酸化物となって毒性を示しているわけだ.
さらに著者らは,6PPDとオゾンとの反応が,これまで想像されていたものとは異なることも指摘している.これまでの定説では,オゾンと6PPDが反応すると,6PPDのアミンの部分(N)が酸化され,N+-O-というnitrone構造を2つもつ分子になると考えられていた.ところが実際に観測された6PPD酸化物はキノン構造をもつ分子であり,全く別のものである.

著者らは最後に,実際の雨の日の流出物に6PPD酸化物がギンザケを殺すほどの濃度で含まれているのか,も確認している.まず,雨の日の路面の液体中の6PPD酸化物を測定すると,1-19 μg/L程度のかなり濃い状態であった.これが川に流れ込んだ段階でも,その濃度は0.2-3.5 μg/Lと,調査を行ったシアトルやサンフランシスコなどで半数致死量を超える場合が散見された.
6PPDに関しては,全世界で用いられているタイヤに非常に多く使用されており,アメリカのみならず世界各国での水系への毒物として働いている可能性がある.著者らが指摘しているのだが,ギンザケが6PPDに特異的に弱いと(少なくとも現時点では)考えるべきではない.著者らはニジマスでも試験を行い,その半数致死量はギンザケの1/4とさらに毒性が強いことも判明している.

化学物質の毒性に関しては,そのものだけではなく環境中での代謝物,分解物等も考えなくてはいけないために非常に難しい話である.特に今回の場合,現時点で使用されている量が膨大であることから,場合によってはかなりの問題になる可能性もある.
とまあそういう話を置いておいても,さまざまな手法や証拠から原因物質を突き止めていく部分が非常に面白い論文であった.

15008331 journal
日記

phasonの日記: 緑藻類において広範囲に見出された,巨大ウィルスの内在化

日記 by phason

"Widespread endogenization of giant viruses shapes genomes of green algae"
M. Moniruzzaman, A. R. Weinheimer, C. A. Martinez-Gutierrez and F. O. Aylward, Nature, 588, 141-145 (2020).

関連する部分を調べていたら,本論より長くなるというある意味本末転倒.いや,やっぱりウィルス周りは面白いですね.

ウィルスと生物のゲノム(※遺伝情報の全体を指す)との関係は非常に複雑かつ興味深いものである.例えば,多くの生物のゲノム中にはRNAウィルス由来の遺伝子(※狭義には,ある一つのタンパク質のもととなる情報を指す)などが存在することが判明しているし(*1),そのウィルス由来の遺伝子の中には生存に不可欠なものも数多い.また生物のゲノムの中にはゲノム上を移動する配列であるトランスポゾン(*2)やレトロトランスポゾン(*3)などが存在し,これらがウィルスの起源である可能性も指摘されている.また逆にウィルスが(誤って)宿主のゲノムの一部を自身のゲノムに取り込んでしまう例もあり,さらにそれが別の生物に感染し,さらに時にはそのまま発現に失敗して感染先のゲノムにその配列が取り込まれる,などと言うことも起こっているとみられる(*4).

*1:例えばRNAウィルスは自分の情報を感染した細胞の持つDNAに逆転写・挿入し,それを細胞自身に読み込ませることで自分のパーツを合成させている.この組み込まれたDNAが何らかの弾みに一部不活化したり破損したりすると,ウィルスそのものではなく,その一部のパーツ(=タンパク質)を合成するための配列(=遺伝子)として宿主のDNAに残り続ける場合がある(と考えられている).こういった断片が,時には宿主細胞自体が読み出せる形に修正され,有用なタンパク質を作るための情報として再利用されていると考えられている.こういったウィルス由来の遺伝子は,内在性ウィルス様配列などと呼ばれる.

*2:ゲノム上には,特定の酵素によってDNAから切り出され,別な場所に挿入されることで場所を移動する遺伝子が存在する.このような配列を(狭義の)トランスポゾンと呼ぶ(※広義のトランスポゾンは,次に述べるレトロトランスポゾンも含む).トランスポゾンが移動する際には時として周囲の配列を壊したり,挿入先の配列に割り込むことによりさまざまな変異を引き起こしており,進化の原動力の一つではないかと考えることもできる.

*3:生物のゲノムの中には,読みだされRNAに翻訳されたあと,逆転写酵素により再びDNA(の別な場所)に書き込まれるような配列が存在する.このような配列をレトロトランスポゾンと呼ぶ.通常のトランスポゾンと異なり,元の配列はそのままにコピーが新たに挿入されるため,レトロトランスポゾンの配列は増加することになる.動作としてはレトロウィルス(ウィルスのRNAが逆転写酵素によりDNAに挿入され,それが読みだされると再びRNAが作成される)とほぼ変わらないため,レトロウィルス(の断片)が遺伝子に取り込まれたものの可能性がある(もしくは逆に,レトロトランスポゾンからレトロウィルスが生まれる可能性もあるのか?).

*4:この結果,ある生物の持つ遺伝子が,その生物の別の個体や,種の壁を越えて別の生物種に広まることもある.これを遺伝子の水平伝播と呼ぶが,研究が進むにしたがって非常に多くの水平伝播が起こっていることが明らかとなっている.

さて,そんな興味深いウィルスであるが,近年,非常に物理的なサイズが大きく,ゲノムサイズも大きい(=数多くの遺伝子を含んでいる)ウィルス(巨大ウィルス.*5)が海洋中などからいくつも見つかり,注目を集めている.

*5:これら巨大ウィルスは,単体での増殖こそできないものの,非常に多くの働きをするタンパク質がコードされており,ゲノムサイズ的にも一般的な細菌などと遜色がない.ゲノムの中には代謝に関わるタンパク質の遺伝子やアミノ酸合成にかかわる遺伝子などもコードされており,部分的とはいえ「生命」の定義としてよく用いられる「代謝」に自身がかかわるなど,一般的なウィルスとは異なる面が有る(これらの遺伝子が独自に発達したものなのか,宿主からたまたま拝借して取り込まれているものなのかはよくわかっていない).このため「生物とは何か?」という境界がさらにあやふやになってきている.また面白い仮説として,エンベロープ(ウィルスを覆う脂質二重膜.細胞膜や核膜と類似)をもつ巨大ウィルスが原核生物に感染したことが真核生物の始まりなのではないか,というものも提唱されている.つまり原核生物に巨大ウィルスが感染し,主要なDNAとして細胞全体の代謝を制御,原核生物側がもともと持っていたDNAもその代謝を維持するために必要な情報として一緒に組み込んでしまい,「もともとウィルスだったもの + 吸収した細胞のDNA」が一体化して細胞核になったのではないか,という仮説だ.細胞核の起源自体はよくわかっていないので,これはこれで面白い仮説である.異論も多く,広く認められた説ではないが,関連する論文が今年も出ていたりする

前置きがやたらと長くなってしまったが,今回著者らが調べたのは,海洋においてかなりの存在数だとみられているこれら巨大ウィルス,もう少し正確に言うと,核に似た構造をもちDNA二重鎖をゲノムとする「巨大核質DNAウィルス」(Nucleocytoplasmic Large DNA Viruses,NCLDVs)は,他の生物のゲノムにどの程度影響を与えているのか,というものになる.
といっても著者らは実験をしたわけではなく,公開されている緑藻類のDNAの配列を調べ,その中からNCLDVs由来と考えられる配列(NCLDVsに見られる配列と同一性の高い配列)がどの程度あるのか,ということを調べている.

というわけで結果を見ていこう.
著者らが調べたのは,公開されており入手が可能な65種のゲノムであるが,そのうち24種からNCLDVs由来と考えられる配列が見つかった.これら24種には,計18種の巨大な内在性ウィルス様配列があり,その大きさは7万8千塩基対~192万5千塩基対という非常に大きなものであった.何せもともとのNCLDVs自体が非常に大きなゲノムをもっているため,その残骸として残っている配列も非常に大きい.
これだけ大きな配列があるということは,数多くの遺伝子を一度に手に入れることができた,という言い方もできる.そう考えると,NCLDVsは緑藻類などNCLDVsが感染する海洋生物の進化において,非常に大きな役割を果たしている可能性がある.
(一気に数多くの遺伝子を別の種間などで移動させることが可能なので,影響も大きい)
さらに緑藻類のうち12種に関しては,2種以上のNCLDVsの遺伝子を引き継いでいることが見いだされた.つまり,少なくとも2回以上は「NCLDVsに感染 → うまいこと不活化して,その遺伝子ゲット」という過程を経たことになる.
獲得された遺伝子の中には,緑藻類自身のスプライセオソームによりスプライシング(*6)が起こるようイントロン(※もともとのNCLDVsには存在しない)が追加されたものも多く,緑藻類が取り込んだ遺伝子配列を活用しているさまが伺える.

*6:DNAから転写されたRNAは,イントロンと呼ばれる部分が除去(=スプライシング)されたあと,最終的なタンパク質へと翻訳される.

ある緑藻類では,持っている遺伝子(=タンパク質として発現する部分)のうちおよそ10%がNCLDVs由来であると推測され,海洋生物のゲノムの進化においてNCLDVsがかなり重要な役割を果たしているとみられる.また,NCLDVs由来の配列も複製されていたり,不要な部分(多分)が削られていたりと,もともとのNCLDVsの遺伝子そのままではなく,さまざまな変異・進化を受けていることが分かった(このため,これらの種にNCLDVsが感染・その遺伝子が定着したのはかなり以前のものも多いことがわかる).ウィルス由来のDNAも,安定にそのまま存在し続けるわけではなく,かなりダイナミックに変化してきているわけだ.

そんなわけで,緑藻類におけるNCLDVs由来の遺伝子を調べた,という研究であった.
発見から(というか,ウィルスと認識されて以来,というか)20年ほどになるNCLDVsであるが,実際の生物種のゲノム中にかなりの痕跡を残していることが明らかとなり,今後緑藻類に限らず,さまざまな生物の進化とのかかわりが研究されていくことが期待される.

14998546 journal
日記

phasonの日記: CNOサイクル由来のニュートリノを初観測 4

日記 by phason

"Experimental evidence of neutrinos produced in the CNO fusion cycle in the Sun"
Borexino共同研究グループ, Nature, 587, 577-582 (2020).

恒星の内部ではさまざまな核融合が起こっており,膨大なエネルギーを生み出している.核反応断面積などに関しては地上での実験でかなりのことがわかっており,恒星内部の推定される環境などを加味し各種の研究が行われた結果,陽子(プロトン,p)同士が融合しながら主にヘリウムを生み出すppチェイン(陽子-陽子連鎖反応)と,炭素(C),窒素(N),酸素(O)が触媒的にかかわりながら陽子からヘリウムを生み出すCNOサイクル(※途中で生じる15Oはすぐ崩壊し15Nになりこれが反応を進めるので,CNサイクルと呼ばれることもある)が中心となってエネルギーが発生していることがわかっている.
CNOサイクルは反応速度的に非常に早く大きなエネルギーを発生させることができるのだが,重い核(=正電荷の大きい核)にさらに陽子を打ち込む必要があり,これを起こすためにはより高い温度が必要とされる.このため太陽質量程度以下の軽い恒星ではppチェインがエネルギーの主原因であり(とはいえ多少はCNOサイクルも回る),太陽の1.3倍以上程度の重くて熱い恒星ではCNOサイクルが主要なエネルギー源(当然ppチェインも起こっている)であると推定されている.

※なお,宇宙創成後の第一世代の恒星内部においては,CやNなどの重元素(この手の分野では,水素とヘリウム以外の原子は全て重元素,または金属元素と呼ばれる)が存在しなかったため,大きな恒星であってもppチェインがメインだったと考えられている.

さて,うちらのご近所にある太陽の話である.
太陽の内部でどんなことが起こっているのかは遥か古代からの興味の対象であり,現在でもさまざまな検討が行われている.内部の精密な組成や構造は,今後の太陽の活動のみならず,宇宙の過去の歴史を解明するうえでも非常に重要な情報となり得る.ところが,太陽核部分を直接観測することは非常に難しい.光学的な観測では,コアの外側にある放射層がすべてのエネルギーを一度引き受けたあとで光として発しているため,内部の情報は失われてしまう.また,太陽表層部分の化学組成は分光的な手法で解明できるものの,これまた放射層のあたりを境にその上下で混合が起こりにくく,その結果コアの化学組成と表層(対流層)とで化学組成が異なることが予想されている.
またここ10~20年の間に,理論計算の発展やそれをもとにした研究から,太陽内部での重元素の比率は従来考えられていたよりも低いのではないか?と言った説が出てきており,現在でも論争が続いている(例えば参考として,https://www2.nao.ac.jp/~takedayi/ss_phys/databank/SolarComposition_Takeda.pdf
実はこの重元素比率,結構いろんなところに影響を与えるパラメータである.上記の参考資料を見ていただくといくつか書いてあるのだが,重元素の推定量が変わってしまうと,これまでの理論ではよい一致を示していたいくつものモデルがズレてきて見直しが必要になるなど,意外に影響が大きい.

そんなわけで,太陽において重元素(と言っても,CNOFあたりまでの原子がほとんど)がどの程度含まれているのかは非常に興味を持たれている対象なのだが,上で述べた通りそれを光学的に直接観測することは不可能である.そんな中,近年急速に注目を集めているのがニュートリノによる観測だ.
ニュートリノは各種の核反応に伴って放出され,物体との相互作用確率が非常に低いことからほとんどどんなものも透過して広がっていく.核反応が大量に起こっている太陽核はまさにこのニュートリノの強烈な発生源であることから,ニュートリノを用いれば太陽核からの情報を得られる,というのは古くは1940年代には提唱されているアイディアである.しかしながらニュートリノはその反応しにくさから検出が難しく,実際に太陽からのニュートリノを検出したのはそれから20年以上経過したDavisらによるHomestake実験(1969年頃から観測開始)を待つこととなる.その後もカミオカンデ/スーパーカミオカンデを含むいくつもの大型観測装置がニュートリノの検出に用いられているのはご存じの通りだろう.

今回論文として報告されたのは,伊・米・独・仏・波・露による共同観測実験Borexinoにより,太陽内部でわずかに起こっているCNOサイクル由来のニュートリノの観測に成功した,というものである.
Borexinoはイタリアの山中に半径4.25 mの球形の検出器を建造し,それを用いて太陽ニュートリノ(等)を検出しよう,という実験である.なお,オフィシャルページでは各種の写真が公開されており,模型や建造中の様子なども見て取れる.球体内面にはカミオカンデなどと同じように光電子増倍管が埋め込まれている(2212本存在するが,経年劣化などで徐々に減っていく).この球体の内部を有機溶媒で満たし,内部でニュートリノが偶然物質と衝突した際に発せられる光のエネルギーや方向などを検出,それによりどんなエネルギーの粒子線がどの方向からどの程度の頻度でやってくるのかを測定する.

さてこの手の装置,作ればすぐ測れる,というものではないのが難しいところだ.今回の論文も,そのほとんどは「どんなノイズ源があって,その影響をどう排除したか」が書かれている.CNOサイクルで発生するニュートリノは,おもに1500 keV以下のエネルギー領域に分布している.その分布は,低エネルギー側からなだらかかつ単調に発生頻度が減る,という分布のようだ.
ではこの分布にかぶってくるものは主に何かというと,宇宙から降り注ぐミューオンが炭素に衝突して11Cを生み,その崩壊がバックグラウンドになるというもの(これは,1500keVあたりを中心としたピーク構造を作る)と,恒星内部で起こるpep反応(ppチェインの亜種としてその1/400程度,ごくまれに起こる反応で,電子1つと陽子2つが融合し重水素となる.こちらは1200 keVぐらいまでは平坦で,それ以上のエネルギーで減少し1400 keVあたりでほぼゼロになる),そして地上の不安定核から生じる210Biの崩壊によるもの(低エネルギーから単調に減少するという,CNOサイクル由来のニュートリノと似たエネルギー依存を示す)である.
まず11に関しては,通常の炭素にミューオンが当たって11Cが生じる際に,同時に中性子線や陽電子が生じる.このため,これら3事象が同時に発生しているようなデータを除くことで影響を低減できる.pep反応に関しては,反応頻度がppチェインに比例するため,太陽からの通常のニュートリノをもとにその影響を見積もることが可能である.210Biに関しては,210Biが崩壊した結果の210Poがより長い半減期でα線を出して崩壊するので,その量を調べることで210Biの影響を見積もることができる.
他にも,外部からの影響を減らすためにBorexinoの球体全体がもう一重の球体に収まり,その間が水で満たされているとか,壁付近で起きた事象は外部からの影響の可能性があるから除外するとか,細かなノイズ対策が幾重にも積み重ねられた結果,ごくわずかなCNOサイクル由来のニュートリノを自信をもって「検出した」と言えるようになったようである.
ちなみに検出できたCNOサイクル由来のイベントの数は一日あたりおよそ7.2カウント(+3.0,-1.7)/溶液100トン(なお,Borexinoの全容量はおよそ280トンである).今回の論文に用いたデータの観測期間は4年弱,観測日数で1072にも及ぶ(※途中で各種の作業が行われた期間などもあるため,4年弱でこの日数になっている).ここから見積もられるCNOサイクル由来のニュートリノは,地球において1平方cmあたりで毎秒およそ7.0(+3.0 -2.0)×108個になるらしい.

現状だと測定精度もあるためまだ太陽内部の重原子の量について制限を付けられるほどにはなっていないが,これまで見えなかった太陽の中心を見るための手段の進歩,ということで面白い報告であった.

14961651 journal
日記

phasonの日記: ようやく実現した室温超伝導 6

日記 by phason

"Room temperature superconductivity in a carbonaceous sulfur hydride"
E. Snider et al., Nature, 586, 373-377 (2020).

超伝導が発見されて以来,常温での超伝導を探し求める研究が続いてきた.転移温度の上昇において一つ目の大きな発見は1985年(論文は1986年)の高温超伝導体の発見である.これにより超伝導転移温度は液体窒素温度を超えるまでに至った.しかしながら高温超電導に関してはその発現機構に謎も多く,どうすれば転移温度を現状以上に引き上げられるのかという設計指針も未完成である.
二つ目の大きな進展があったのは2015年だ.この年に発表されたのは「H2Sと水素に超高圧をかけると,200 Kを超える高温で超電導を示す」という実験結果である.驚くべきことに,この超伝導は古典的なBCS理論で説明できる昔ながらの超伝導であると考えられており,その発現機構はとてもよく理解されているものであった.BCS超伝導では,電子が格子振動を介して結びつくことによりボソン化,Bose-Einstein凝縮を起こすことで超伝導が実現する.このとき転移温度に大きな影響を与えるのが格子振動と電子の運動との結合であり,軽い原子ほど結合が強い,つまり転移温度が高いことがわかっている.2015年に報告された実験では,この「軽い原子ほど,格子振動と電子との結びつきが強い」というものを最大限に活かすためか上の水素を含む物質を超高圧下で発生させ,それが(理論の予想通りに)高い転移温度を示すことを知らしめたわけだ.
行き詰っていた超伝導界隈はこの発見に色めき立ち,高圧下で過剰の水素を含む物質の合成とそこでの超伝導の探索が広く行われることとなる.2019年にはLaH10で250~260 Kと,冷凍庫程度の温度で超伝導を示す物質が報告されている.

さて,今回の研究である.今回の研究もこの「水素を過剰に含む物質を高圧下で作り,そこでの超伝導を狙う」という方向での研究であるが,炭素原子(系中では,後述するように水素と結合しメタンになっていると考えられる)を入れた点がこれまでの研究と異なっている.一応著者らは,「メタンはH2Sと同じぐらいのサイズだから置換したような形で入るのでは」というようなことを書いてもいるが,個人的には後付けの理由のような気もしないではない.なんとなくもっと単純に「硫黄より軽い炭素も混ぜてみようぜ!」ぐらいのノリでいろいろ試した結果のような……(個人の感想です)
何はともあれその結果,ついに最高で288 K=約15 ℃という常温での超伝導転移を確認できた,というのが今回の論文である.

サンプルの調整としては,まず,固体の硫黄と炭素をゴリゴリとボールミリングにより微細化&混合し,それを圧力セルに入れる.そこに圧力媒体兼水素化物合成のための反応物として水素ガスを高圧で導入し超高圧を印可.そこに532 nmのグリーンレーザーを照射すると硫黄が開裂しラジカルを生じ,水素と反応することで水素化物を生じる.さらに炭素にも水素が付加,結果としてメタンと硫化水素と水素を寄せ集めて圧縮したような水素リッチな固体が生成する.
生成した物質に関してはラマン分光によりその結合に関する情報をとっており,4 GPaの低圧状態での測定ではH-S-HやH-C-Hの変角振動,C-Hの伸縮振動,H2の振動などを観測している.ここから著者らは,この低圧下では硫化水素分子とメタン分子と水素分子が分子のまま集まった,ファンデルワールス結晶的なものができているのではないかと推測している.圧力が15 GPaあたりにまで上がると,H2S分子が作るケージ中に水素が捕らえられたような,既知のホスト-ゲスト的な結晶の生成が確認された.分光の結果から,この圧力での転移はH2S分子の向きが整列する転移なのではないかと推測している.このとき同時にメタン分子の振動モードも分裂が確認されており,H2Sと協調的にケージを構築していることが示唆される(つまり,H2HとCH4が配列して籠状構造を作り,その中に多くの水素分子が取り込まれたような構造).37 GPaで再び何らかの転移が起こっているが,化学的には分子は分解していないことが示唆されている.さらに60 GPaを超えたあたりで系が金属化し,これ以上の分光測定が困難となった.

この物質の電気的な特性であるが,150 GPa以上あたりで超伝導(転移温度=150 Kぐらい)を示し,圧力の増加とともに超伝導転移温度は単調に増加する.圧力が220 GPa(このときの転移温度は194 Kぐらい)を超えたあたりから転移温度の増加が著しくなり,今回の測定で用いた最高圧力267 GPaで転移温度は287.7 K程度となった.電気抵抗の温度依存は非常にきれいな,急峻な抵抗減少を示しており,温度を少し下げただけでほぼ垂直に抵抗がゼロに向かっている.
この抵抗の減少が超伝導転移であることの証明として,磁場依存も測定している.磁場を印可すると転移温度は顕著に低温側にズレていき,例えばゼロ磁場時におよそ288 Kであった転移温度が,磁場を9 Tまで上げていくと265 K付近にまで低下している.磁場による転移温度の低下は超伝導でよく見られる現象であり,低下幅も既知の理論と矛盾はしない.
また,磁化率も測定されており,抵抗の急減に伴い磁化率が非常に大きな負の値を示すことが確認されている.これはいわゆるマイスナー効果であり,この転移が超伝導転移であることの証拠の一つとなる.

まあそんなわけで,物性科学の夢の一つが(超高圧下とは言え)ようやく実現した,というところか.今回の試料に関してはその具体的な構造や組成などもまだ明らかになっておらず,組成の最適化もされてはいない.今後,共存させる炭素(メタン)の量を最適化するなどすれば,さらなる転移温度の向上や,必要な圧力などが低減される可能性もある.
※とはいえ,常圧下にはならないだろうが……

14293485 journal
日記

phasonの日記: 空気の上に浮かせた重い液体中での下向きの浮力

日記 by phason

Floating under a levitating liquid
B. Apffel, F. Novkoski, A. Eddi and E. Fort, Nature, 585, 48-52 (2020).

流体の運動は,それを表す基礎方程式から原理的には(極端な条件下を除いて)解くことが可能ではある.ただその式は(一部の単純な条件下を除いて)解析的な解をもたず,しかも場合によっては計算量も非常に大きくなることからさまざまな計算法・近似方が研究されている.特に粘性が大きかったり圧縮が可能な流体がさまざまな境界条件のもとでどのような運動をするのかに関してはまだまだ未発見の現象が隠れており,現在でもいろいろと面白い現象が見つかっている.今回はそんな,流体での面白い現象の紹介である.

さて,水などの重い流体と,油(であるとか,空気であるとか)のような軽い流体が同じ容器の中にある場合を考えよう.この場合,もちろん最安定となるのは重い流体が下に来て,軽い流体が上にある場合である.当然ながら大きな容器に水と空気を入れると,最終的には水が下に来て上が空気で満たされる.例外としては例えば細管であれば毛管力によって水が上に来ることもあるが,まあ普通のサイズでは水が下に来る.
ところが,(私自身は寡聞にして知らなかったのだが)容器中で重い流体が上に来ている場合でも,縦方向の振動を与えることでその状態を維持できる,ということが1970年やそれ以前の段階で発見されているらしい(例えば1970年のPRLの論文).
通常,軽い流体(例えば空気)の上に重い流体(例えば水や油)が乗っていると,摂動(=小さな揺れや傾き)によりその界面の一部が下に落ち始める.そのような変形は,エネルギー的にはさらに拡大した方が(=重いものがより下に落ちていった方が)安定であり,そのため小さな摂動が大きな変形へと拡大,最終的には上に乗っていた液体が下に落下する.ところがこのような二相系が入った容器全体を上下にある振動数で軽くゆする,例えばサンプル瓶に油と空気を入れ,全体を縦方向に軽くゆすると,この振動により界面に発生した「波」の運動が摂動により生じた「液体の落ち始めの動き」を破壊することになる.要するに,上に乗った液体の一部が垂れ下がり始めたところで,液体-気体の界面に生じた波が上向きの運動を引き起こせば,そのような垂れ下がりは引っ込んでしまうわけだ.これにより,「軽いものの上に,重い液体をのせた」状態が安定化され,例えば「空気の上に油が浮いている」という面白い状況を作り出すことが可能となる.
もちろんこの際に振動はどんな振動数でも良いわけではないし(うまいこと表面波を共鳴的に励起できる振動数の必要がある),容器の広さが広くなりすぎるとこの効果よりもどこかで液体が落下する方が強くなってしまうので崩落する.大きな液面を安定化するには,それなりに大きな粘性をもった流体を使う必要がある.

今回の論文で報告されているのは,かなり大きなサイズでの液体の空中浮上と,その下部界面における「逆向きの浮力」(としてふるまう力)である.
著者らが用いた装置は,ガラス製の液体を入れられる容器全体を縦に振動させられるものである.容量的には液体を500 mlほど入れて実験を行っている.てっきりもっと小さいサイズでしか浮かせられないのかと思いきや,なかなかの大容量である.
この容器に,粘性の高い液体としてシリコンオイル(またはグリセロール.どちらでも同じ結果になる)を入れ,振動させる.そして容器の底に向け針を突っ込み,容器の底=液体の下に空気を注入していく.すると液体が見事に空気の上に浮く,というわけだ.もちろん実際には,あらかじめどのような振動数で共鳴するのかをちゃんと求めてやり,その振動数で容器を揺らしておく必要がある(今回の場合,およそ100 Hz程度).そのような条件で浮いている液体の下部界面(下の空気と接している部分)をよく見ると,レイリー・テイラー不安定性により重い流体である水が垂れ下がって落ちようとしても,界面に生じている振動により押し戻され結局浮いた状態が維持されていることが見て取れる.とまあ,グダグダ書くよりも,動画を見てもらった方が早いだろう.

下に空気を注入されても浮いているシリコンオイル
界面の拡大動画
二段の液相を浮かせることもできる

動画で上にあるのが空気,その下がシリコンオイルで,シリコンオイルのさらに下に空気を注入すると,液体のシリコンオイルが宙に浮いた状態を維持する.下部界面をよく見ると,振動により励起された表面波が界面を激しく揺さぶっており,小さな沈降が大きな落下に成長するのを阻害している.

さて,この浮遊した液体で報告された面白い現象が,逆向きの浮力である.例えばこの浮いている液体の上側(ピッタリ半分,というわけではないが)に気泡が入ると,当然ながら気泡は上向きに進む(次の動画の前半部分).ところが液体の下側の方に気泡が生じると,まるで浮力が逆向きに働くかのように,気泡は下側に向けて移動する(動画の中盤).そして容器をゆすっている振動数をうまくコントロールすると,気泡を自在に上に進めたり(=通常の浮力),逆向きに進めたり,ちょうど制止させたりできるのだ.

気泡にはたらく浮力の動画

一応計算としては,単純な気泡にはたらく浮力の式であるF=ρVg(ρは流体の密度,Vは気泡の体積,gは重力)のVとgとして,容器を振動させることでの実効的な重力(とみなせる成分)として単振動する値(g-Aω2cos(ωt))を,そして気泡の体積として圧力により圧縮される効果(ただし,その圧力を生む実効的な重力が前項のように振動する)を入れ計算すると,このような位置(および振動数や振幅)に依存した浮力が導かれ,下方では下向きの浮力,上方では通常通り上向きの浮力が働くことが算出できる(詳しくはSupporting online materialの最初のあたりを参照のこと).
この結果,浮遊している液体の状面では普通に浮き,下面ではまるで重力が反転したかのように逆向きに「浮いた」状態が実現できる(次の動画の後半部分).

界面に浮くフロート

とまあ,何に使えるかは考えないとして,流体の示す面白い現象であった.

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日記

phasonの日記: 硫黄で見つかった液-液相転移と液-液臨界点

日記 by phason

"Liquid-liquid transition and critical point in sulfur"
L. Henry, M. Mezouar, G. Garbarino, D. Sifré, G. Weck and F. Datchi, Nature, 584, 382-386 (2020).

素朴な描像では,液体は無秩序に動き回る粒子の集合体であり,その構造は完全なランダムだと考えられる.しかしながら実際の液体,特に分子性物質の液体に関しては,分子間での相互作用が特定の方向で強い,などの特徴をもつため,液体状態においても微視的にはある程度の構造を形作っていることがある.例えば水分子は分子間に非常に強い水素結合が働くため,液体中においてもいわゆるクラスター構造などと言われるような構造をとっていることが知られている(といっても,怪しい水商売の方々の解説にあるようなかっちりした構造ではなく,動的に分離-会合を繰り返す一時的な構造である).
この「液体の構造」に関し,近年注目されている仮説が「水の二相共存モデル」である(このコーナーでも何度か取り上げている).水は通常の液体とは異なる非常に特異な性質をいくつも示しており,それがいったい何によって生じているのか,は長い歴史を持つ研究課題である.その中から浮かび上がってきた一つの仮説が「液体の水には実は2種類の構造があり,常温・常圧ではそれらが微視的には相分離した混合溶液となっている」という二相共存モデルだ.この仮説では,水には「1分子あたり4つの水素結合をもつ,氷に近い隙間の多い構造」をとっている「低密度水」と,「水素結合が一部崩れ1分子あたり平均3つ程度の水素結合しかなく,もっとぎゅっと詰まっている構造」の「高密度水」とが存在し,温度によってそれらの比率が違う,としている.
この「二相共存モデル」に関しては,低温で急冷することで作られるアモルファス氷(アモルファスなので結晶性の氷とは異なり,いわば液体の構造をそのまま凍結した,と考えられる)と,それに圧力をかけることで得られるもう一つの「高密度なアモルファス氷」が存在すること(=微視的な構造の異なる「ランダムな」構造が2種類あること)が根拠となり,さまざまな実験が世界各地で行われている.
※その一方で,近年ではその「高密度アモルファス氷」の存在を否定するような研究も出ており,混迷を深めている.

そんな水の二相モデルであるが,なぜ研究が難しいのかといえば
(1)室温では温度が高すぎて,液体の二相の臨界点(液-液臨界点)を超えている
(2)かといって液-液臨界点は凍結温度以下のため,臨界点以下に下げようとすると結晶化してしまう(=液体ではなくなる)
という2つがあるからだ.
(1)を説明するために,まずは気液臨界点を考えてみよう.気体に圧力をかけていくと,どんどん圧縮され密度が高くなる.一方,(沸騰しないように十分圧力を上げながら)液体の温度をどんどん上げていくと,その密度はどんどん小さくなる.その結果,ある温度&圧力で,気体の密度と液体の密度が一致してしまう,ということが起こる.この点を「臨界点」と呼び,これ以上の温度や圧力ではもはや気体と液体は区別できず,連続的に変化する一つの相となってしまう.
これと同様の現象が液-液相転移でも起こると推測される.低密度液体相に圧力をかけていくと密度が増える.一方高密度液体相の温度を上げると,密度が下がる.この結果,ある温度&圧力で低密度液体相と高密度液体相とが区別できない点(液-液臨界点)が現れ,これを上回る温度&圧力では,二つの相を分けることはできなくなってしまうのだ.そして水の場合,この液-液臨界点の温度が非常に低温であり(200 Kを超えたあたりと考えられている),液体のまま到達できないことが問題を難しくしている.

水は液-液相転移を起こすんじゃないか,と予想されているものの実験が非常に難しい.そこで,水以外の物質においてこの「液-液相転移を探す」という研究がおこなわれており,液状Si,二酸化炭素,液状炭素などで異なる液体構造間での相転移を示唆する結果が得られている.特にリンに関してはSpring-8で詳細な実験が行われ,低圧側での分子状リン(分子状の白リンP4)の液体から,もっとネットワーク構造の発達した黒リンに近い構造の液体への転移が観察されている.ただ,これらの物質では液-液相転移は見られたものの,存在が予測されている液-液臨界点は観測できていない.それはこれらの系での液-液臨界点が,非常に高温であったり負圧であったり,準安定の過冷却状態以下の温度であったりと,実験が困難な条件となるためだ.
そんななか今回報告されたのは,硫黄での液-液相転移の発見と,測定しやすい温度-圧力域での液-液臨界点の初の観測である.

硫黄は,すでに液-液相転移が知られているリンと同様に,分子状とポリマー状の二つの構造をとることができる物質である.低温では通常硫黄原子が8個リング状に結合したS8分子が安定で,温度を上げていくとリング状の分子を保ったまま388 Kで溶融,その後432 Kでが開裂し単鎖のポリマーへと成長するλ転移を起こす.
今回著者らは硫黄を圧力セルに入れ密閉,さまざまな温度で圧力を印可していき(等温変化),その際に密度と構造にどのような変化が起こるのかを観測した.なお,一部の圧力においては,圧力を固定したまま温度を上げる等圧変化での測定も行っている.密度に関しては,20年以上前に開発されている,X線吸収量から密度を求める手法を用いている(X線の吸収は原子種とその量で決まるので,吸収量から通過した領域に存在した原子の量=密度がわかる).また同時にX線回折もモニタし,結晶化していないかどうかや,2体相関分布関数(二つの原子が,どのぐらいの間隔で存在しているか,の分布)を求めている.

さて実験結果であるが,まずはさまざまな温度で圧力を上げていった様子を見てみよう.550 Kで圧力を上げていくと,0.4 GPa前後の圧力で急に密度が増加する点が現れる.これは明らかに転移の表れであり,しかも転移の前後でX線に明確なピークが現れないことから,液-液転移であることが示唆され,硫黄における液-液相転移の初の実験結果となる.なおこのときの密度の増加はおよそ3%程度であった.
もう少し高い650 Kではさらに顕著な密度増加が0.7 GPaを超えたあたりで起こり,密度が5%近く上昇する.加圧による転移で密度の変化が最も大きかったのは750 Kでの測定で,そこでは0.8 GPaを少し超えたあたりで密度が一気に8%近くも上昇している.さらに温度を上げていくと,加圧による転移での密度の増加は単調に減少していき,1030 Kぐらいまではギリギリ確認できた相転移が,1035 Kを超えたあたりで確認できなくなっている(=加圧しても,密度が単調に増えるだけで急激な飛びが見られない).これは,理論的に予測されていた液-液臨界点(低密度液体相と高密度液体相の密度が等しくなり,両者の間で明確な転移が無くなってしまう臨界点)が1035 K,2.15 GPaあたりに存在することを示唆している.
さらに確認された液-液相転移の観察においては,加圧により低圧相(低密度相)中に高圧相(高密度相)が生じ,2相が共存しつつ,加圧とともに次第に高圧相が成長していく様子が確認されている.この「2相共存」は1次相転移に特有の現象であり,この相転移が2次相転移ではない事の何よりの証拠となっている.
※二つの安定相がある液-液相転移は,1次相転移だと考えられている.

この液液相転移では,どのようなことが起こっているのだろうか?著者らは,2体相関分布関数から「低圧相(低密度相)ではS8的なリング状の構造が主体であり,高圧相(高密度相)ではリングが切れ,よりポリマー的になっている」と述べている.ただ著者らが重ねて強調しているのが,このような構造変化を伴うものの,この転移は以前から知られているλ転移(リング状構造から鎖状構造への転移)とは熱力学的には別のものである,という点だ.例えばλ転移は加圧とともに転移温度が単調かつわずかに減少するが,今回見つかった転移は加圧とともに転移温度が上昇していくなど違いがある.
また,今回見つかった転移の様子は,気液臨界点と大きく異なる点も興味深い点である.気液平衡では,圧力の印可とともに密度の差は単調に減少するため,転移に伴う密度の変化は圧力の増加とともに単調に減少する.これに対し今回見つかった転移は,圧力を上げると最初はむしろ密度の変化幅が大きくなり,その後減少する,というものであった.このような挙動は分子動力学シミュレーションでも予測されていたらしいが,低温側で分子鎖の運動範囲の変化によるエントロピー項の寄与の大きさが効くらしい.

ともあれ,液液相転移にまた一つ,比較的実験しやすい対称が加わったのは喜ばしい.

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「毎々お世話になっております。仕様書を頂きたく。」「拝承」 -- ある会社の日常

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