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16490735 journal
日記

phasonの日記: 高効率での水の光分解 5

日記 by phason

"Solar-to-hydrogen efficiency of more than 9% in photocatalytic water splitting"
P. Zhou et al., Nature, 613, 66-70 (2023).

気が付くと10か月ぶりの日記である.忙しかったとはいえ,ずいぶんとまあ書かなかったものだ.
(論文自体は読んでるし面白いものもあるのだが,こうやってまとめるには時間が取れないとなかなか難しい)

エネルギー問題や環境問題の観点から,再生可能エネルギー等の有効活用が注目されるようになって久しい.そのような中で多くの研究が行われているものの一つが,水素の活用である.水素自体は燃焼時に水のみを生成するエネルギー源であるため,「安価かつ低環境負荷で水素を量産する手段があれば」次世代エネルギーの候補になると言えよう.
※実際には,貯蔵・輸送などでも多くの技術革新が必要であり,そちらでもさまざまな研究がおこなわれている.

さて,そんな水素の生成手段のひとつに,太陽光と光触媒の組み合わせによる水の光分解がある.水の分解には理論的には最低で1.23 eV程度のエネルギー(光の波長で言うと1000 nm程度)が必要なので,光励起によりこれよりも高いエネルギーをもつ電子-正孔ペアを作ることができれば水を分解できる可能性がある.要するに,バンドギャップが1.23 eVよりも大きな半導体材料に光を当て,価電子帯の電子を(1.23 eVよりも大きなバンドギャップの上の)伝導帯に励起することで,水を光分解できるかもしれない,というわけだ.この「光触媒による水の分解(=酸素と水素の生成)」はおよそ50年前に日本で発見され,本多・藤嶋効果と呼ばれ今では広く知られている.
光触媒による水の分解は,水中に触媒を入れ太陽光を当てておくだけで勝手に水素が発生し,しかも駆動部分もないので壊れにくく低コストと,水素の発生手段として当時かなり注目された.

ではこれで水素が安価にバンバン作れるようになったかというと,話はそううまくは進まなかった.
例えば光触媒での水の分解には,下記のような問題がある.

・各過程でロスがあったりするので実際にはもっと大きなバンドギャップが必要になる
・かといってバンドギャップが大きすぎる材料だと,利用できる太陽光の波長範囲が狭い
(バンドギャップを超えて電子を励起しないといけないので,バンドギャップが大きいほどエネルギーが高い短波長の光しか励起に使えない)
・光励起で生成された電子と正孔が再結合しないようにうまくキャリア分離できるような構造にしないと,せっかく生成した電子-正孔がそのまま再結合して消えてしまう

こういった多くの問題が合わさるため,光触媒による水の分解はかなり効率が悪い.例えば初期の本多・藤嶋らによる実験でのエネルギー効率はわずか0.4%程度に過ぎず,太陽光のエネルギーのほとんどが利用できていなかった.
※余談ではあるが,植物による光合成のエネルギー効率(降り注ぐ太陽光のエネルギーの何%を化学エネルギーに変換できるか)はわずか1%程度と同じぐらい低い.

とは言え,水の光分解に可能性が詰まっていることもまた確かである.なにせより高効率な触媒を開発できれば,「そこらに転がしておくだけで水素がバンバン出てくる板」が実現できるわけだ.そんなわけで水の光分解は今でもそれなりに研究がおこなわれているのだが,今回の論文は「条件をうまいこと調整したらエネルギー効率9%を実現できたよ」というものになる.

今回の論文で用いられた光触媒は,InGaN/GaNのナノワイヤーである.GaNは近年LEDやACアダプタ向けの半導体材料として実用化が進んでいるが,AlやInを混ぜることでバンドギャップの大きさを広い範囲で自由にコントロールできることが知られている.このため狭いバンドギャップで比較的広い波長範囲の光を利用できる光触媒としての報告が増えている材料である.さらに助触媒を適切に選択し,ナノ構造化などを組み合わせて表面でのバンド構造の変化をうまく組み合わせると,かなり高い水の光分解効率が得られることが報告されている.
今回の論文では,Siウェハー上にGaNとInGaNをCVDにより交互に積層していくことで,GaNとInGaNが交互に柱状に積みあがったナノワイヤーが成長する(Extended Data Fig. 5c~e).ワイヤー径はおおよそ100~200 nm程度,長さは1 μm前後といったところか.InGaN/GaNにより,おおよそ400~700 nmの波長域の光を利用して水を分解することができる.そしてこのナノワイヤーの表面に,助触媒としてRh/Cr2O3/Co3O4のナノ粒子を付ける.

そして今回の論文の最大のポイントが,温度である.温度を上げると反応速度の向上などにより効率が上がる.ただし温度が上がりすぎると,生成した水素と酸素が触媒の効果で逆反応を起こし水に戻る反応も進んでしまうので,逆に効率が低下する.今回の光触媒で検討したところ,温度が70 ℃までは効率が単調に増加し,80 ℃で横ばいもしくはやや低下したので,実験は70 ℃で行っている.
と言っても,別途ヒーターで加熱するわけではない.触媒と水の入った容器を外部からある程度断熱してやることで熱がこもるようにし,これにより温度を上げるわけだ.言ってみれば,光触媒が利用できない長波長の赤外線を,装置全体を加熱して反応効率を上げるのに利用してやっている,ということになる.装置の構成はExtended Data Fig. 3(集光なしでの,Xeランプ&波長フィルタを使った模擬太陽光での実験)およびExtended Data Fig. 8(フレネルレンズによる集光を用いた屋外での実地試験)を参照していただきたい.
※集光すると,触媒面積が少なくて良いのでコストが安い.また,効率が上がることも多い.

そんなわけで実際の光による水素の発生の様子である.これはもう,屋外実地試験での動画を見ていただくのが早いだろう.まずは光触媒を用いない場合の動画を見ていただこう.この場合,発生しているのは太陽光により一部が沸騰している水蒸気の泡であり,水素が発生しているわけではない.

触媒なしでの動画
(太陽光がまぶしいので,見やすくするためにフィルター越しの映像)

これに対し,光触媒を入れたときの動画がこれである.

触媒ありでの動画
(こちらもフィルター越しの映像)
触媒ありでの動画
(フィルターなしの映像と,装置の全景.レンズなどの配置が良くわかる)

見てわかる通り,ぼこぼことなかなかすごい勢いで水素(と酸素)が発生している.
この分野の研究はあまり追っていなかったのだが,なんとまあずいぶんな勢いで水素が出るものである.
どの程度のエネルギー効率だったのかというと,実験室系で精製水&Xeランプ+波長フィルタの模擬太陽光を用いた実験でエネルギー効率9.2%,屋外&集光ありで通常の水道水を用いた場合が7.4%,同じく屋外&海水をそのまま使った場合でも6.6%の変換効率が得られている.海水のような不純物を多く含む水であってもいけるという面では,かなり利用はしやすそうではある.

もう一つ気になるのは,耐久性だ.触媒分野でよく用いられるturnover number(1つの活性点が失活するまでに,何回反応を回せるか)は44,000ほど(ちなみに,単位時間あたりに何回反応が回るか,というturnover frequencyは601 h-1).非常に少ない,というわけではないが,長期間放置して使い続けるにはちょっと厳しい.この劣化の原因であるが,反応後の触媒のICPでの分析などから,助触媒であるRh/Cr2O3/Co3O4の溶出であるとみられている.InGaN/GaNナノワイヤーには顕著な劣化はなさそうだったので,より良い安定性の高い助触媒が見つかれば,実用化が進む可能性もある.

というわけで,「温度を上げてやったら,水の光分解効率が劇的に上がったよ」という報告であった.

15621097 journal
日記

phasonの日記: 今週見た論文

日記 by phason

今週号のNatureとScienceで気になった論文3つ.
(年度初めで忙しくて熟読はできない……)

1. Search for Majorana neutrinos exploiting millikelvin cryogenics with CUORE
著者多数, Nature, 604, 53-58 (2022).

CUOREによるニュートリノのマヨラナ性の探索に関する論文.
ニュートリノというのはおかしな粒子で,尋常ではなく軽い(しかしゼロではない)質量をもっている.ゼロならそれで問題なかったのだが,ニュートリノだけが(ゼロではなく)他の粒子に比べ格段に低い質量をもっている,という特殊性を(非常に極端な条件設定など無しで)説明するのは非常に難しい.それをうまく説明できる一つの解決策がシーソー機構と呼ばれるものである.

シーソー機構では,もともと(高エネルギーの対称性の高い状態)ではニュートリノも普通の粒子程度の質量をもつと考え,それが低エネルギーに落ちるときの対称性の破れにより「めっちゃ軽い粒子と,めっちゃ重い粒子に分離した」(ような感じ)と考える.
こうすると,「本来の粒子の重さ」(これは,重くなった方と軽くなったほうの両者の質量の積のようなもの)は「当たり前の重さ」に保ったまま,実際に観測されるニュートリノ(全て左巻き.一方,観測される反ニュートリノはすべて右巻き)が異常に軽いことを自然に説明できる優れたモデルである.
(片方が重くなるほどもう一方が逆に軽くなるので,シーソー機構と呼ばれる)
これを実現するにはマヨラナ質量項というものを入れてやるとよいのだが,これは同時に「粒子と反粒子が同じもの」という粒子(マヨラナ粒子)だという意味になる.
※このような粒子は,ニュートリノ以外の素粒子ではあり得ない.電荷をもつので,反粒子では電荷が反転して必ず別な粒子になってしまう.電荷をもたないニュートリノだからこそ許される.

ニュートリノ(軽くて,左巻きスピン)は(非常に小さいが)質量をもつため,速度は必ず光速以下になる.ということは,それを追い越す座標系が必ず存在する.追い越す存在から見ると,ニュートリノはスピンの向きが同じまま進む向きが逆になるので,それは反ニュートリノ(軽くて,右巻きスピン)に見えるだろう(これは,粒子と反粒子が同じものだというマヨラナ粒子だから起こることである.そうでないなら,粒子と反粒子に何かしら違うところがあるので,追い越したからと言って反粒子にはなれない).これをきちんとした物理の見方では「ニュートリノは,わずかとはいえ反ニュートリノとの混合状態とみなせる」と書くことができる.
これにより,物質中で発生したニュートリノは,(ごくわずかな成分ではあるが)反ニュートリノとして働くこともできる.
さらに,ニュートリノがマヨラナ粒子だとすると,レプトン数(=電子などのレプトンとその反粒子の数の差)を保存しない過程が可能になることが知られている.でもってさらにレプトン数の非保存からはバリオン数(=陽子などのバリオンとその反粒子の数の差)の非保存が導ける.すると,「この宇宙ってなんで反物質より通常物質の方が多いの?理論的には両者がペアで同じ数出るんでしょ?」という疑問の答えも出るかもしれない,と言われている.

そんなわけで,ニュートリノがマヨラナ粒子なのかそうではないただのディラック粒子なのかは重要な問題なわけだが,ではそれをどうやって検出するのか,というのが問題である.
その手法として注目されているのが,「二重ベータ崩壊」という核反応の観測だ.
ベータ崩壊は,中性子が陽子に変わりつつ,電子と反ニュートリノをペアで生成する.これが2つ同時に起こるのが二重ベータ崩壊なのだが,標準理論の枠組み内では起きることができるのは「中性子2個が崩壊して,陽子2個と電子2個と反ニュートリノ2個が生じる」という過程だけになる.
ところがニュートリノがマヨラナ粒子だったとすると,標準模型ではありえない「中性子2個が崩壊して,陽子2個と電子2個と反ニュートリノ2個が生じるが,生じた反ニュートリノのうち1つを普通のニュートリノとして扱って,こいつがもう一方の反ニュートリノと対消滅して消える」という過程が可能となる(マヨラナ粒子であれば,あるわりあいで粒子を反粒子をみなすことができる).
二重ベータ崩壊はごく一部の核種のみが起こすことが知られている(ただし確率はその他の核反応に比べものすごく低い).そこで,そういった核種を大量に集め,できるだけ低温に冷やしてノイズを減らし,ニュートリノレスな二重ベータ崩壊が起こるかどうか,ということを調べることにより,ニュートリノがどの程度マヨラナ質量をもつのか(=どの程度粒子と反粒子が混ざった感じなのか)を知ることが可能になる.

このような目的では例えば神岡の地下に作られた,Xeを使ったXMASSやCaを使ったCANDLESとかあるのだが,今回報告されたのは130Teを使ったCUOREである.
こいつがまたえらい装置で,5 cm角のTeO2を988個ぶら下げたトータル742 kg以上の塊全体を,12ミリケルビンぐらいの低温にして検出するという低温工学の化け物みたいな装置である.しかも通常時の温度揺らぎは0.2%という恒温っぷり.ちなみに装置の心臓部(TeO2のブロック)は
https://newscenter.lbl.gov/2017/10/23/cuore-provides-deeper-look-neutrinos/
にある
https://newscenter.lbl.gov/wp-content/uploads/sites/2/2017/10/CUORE_assembly_clean_room.jpg
が見やすい.これを12 mKってのはすごいもんだ.極低温系をやったことのある人からすれば考えるのも嫌になるような測定装置である.
しかも何がすごいって,この装置,この状態で3年だか4年だか稼働し続けた(し続けてる?)のである.
(地震等の際にスパイク状に温度が数ミリケルビン不安定化することもあるが,全体としては非常に安定している)

ではその実験の結果がどうだったのかというと,まあ,この手の装置の話を知っている方は予想できるかもしれないが,現在までに目的としたニュートリノレスの二重ベータ崩壊は確認できていない.
(ということは,理論に対する制限がさらに厳しくなった,ということではある)

そんなわけで,論文の内容というよりは,「根性入れて作った低温技術凄いな……」というものであった.

2. High-precision measurement of the W boson mass with the CDF II detector
著者多数, Science, 376, 170-176 (2022).

ここからは概要だけ.
こちらはCDF IIでとりためたWボソンの質量の測定結果を気合入れて解析したところ,標準模型での予測値からズレていることが分かった,というもの.これまでの他の実験よりかなりエラーバーが小さくなり,確かに標準模型からズレているようには見える.統計的に7σらしいんで,結構著者たち的には確証あるぞという感じなのだろうが,この手の報告はあとから「装置の問題でした」とか「もうちょっと詳しく調べたらやっぱり一致していました」などもあるので,世界の他のグループの追加実験待ちだろう.
とは言え素粒子系の物理学者達が標準模型を破るような実験結果を渇望してはや幾年,そろそろそういった実験結果が出てきてほしいところでもあるので,この結果が正しいといいなあ.

3. Ultrathin ferroic HfO2–ZrO2 superlattice gate stack for advanced transistors
S. S. Cheema et al., Nature, 604, 65-71 (2022).
※著者がアメリカの有名どころの大学やら国立研究所やら(あとなぜかインド)に加え,SK HynixにSamsungにIntelと商売敵がまとめて共著に入っていてなんだかすごい.

最後は実用側のものを一つ.半導体素子における次世代のゲート絶縁膜材料に関する研究.
トランジスタの小型化・高速化に伴い,ゲート絶縁膜をどんどん薄くする必要がある.ところが絶縁膜を薄く削りすぎると今度はトンネル電流などによるリーク電流が増えたり,エッチングで削る際のばらつきで素子の特性にばらつきが出るなど望ましくない.
そこで導入されたのがHigh-κ(高誘電率)材料である.誘電率が高ければ,同じ電圧をかけても素子部分への影響が大きくなるわけで,それは逆を返せばより分厚い絶縁膜で同じ動作を実現できる,ということになる.このためふたたび絶縁層を分厚くすることができ,半導体の集積度をさらに上げ続けることができたのは皆さんご存じの通り.
(最初にIntelがHfO2使うと言い出した時には,「Hfなんてそんな元素使うのかよ……」と衝撃だったもんである)

そんなわけで順調に(?)来たわけだが,微細化が進むにしたがってHfO2でもさらに絶縁層を薄くする必要が出てきて,またまた限界が見え始めてしまった.
そんなわけで現在ではHfO2よりもさらに誘電率の高い材料が探索されており,強誘電HfO2の利用などがいろいろ研究されている.
この論文では,以下の図に示すような「強誘電HfO2(単層?)で反強誘電のZrO2をサンドイッチした誘電膜」で非常に良い特性が得られた,と報告されている.
https://www.nature.com/articles/s41586-022-04425-6/figures/4

この材料を使うと,Si表面の酸化膜層を一切エッチングしなくても(=それだけ絶縁層が厚くても),現在のHfO2利用のものよりもより良い特性が出たよ,ということらしい.
材料的にも,すでに使っているHfO2とほぼ同様の手法で作れそうだし,半導体素子の微細化はもう少しは続けられそうか?

15596477 journal
日記

phasonの日記: ゲート長が1 nmを切るトランジスタの実現 2

日記 by phason

"Vertical MoS2 transistors with sub-1-nm gate lengths"
F. Wu et al., Nature, 603, 259-264 (2022).

CPUに代表される集積回路はますます微細化を進めており,トランジスタのゲート長も縮小の一途をたどっている.ゲート長を短くできればより多くの素子を集積できるだけではなく,電子が移動するのに必要な距離が短くなることからスイッチング速度的にも有利となる.
そんなゲート長であるが,そろそろ通常の微細化の限界が見えてきており,これ以上ゲート長を短くしていくとトンネル効果によるソース-ドレイン間でのリークの発生や,ドレイン側の電圧に引っ張られて障壁が下がってしまいリークが発生する可能性が指摘されている.要するに現代は,「原理的にどこまで微細化できるのか?」が現実的な問題として持ち上がりつつある状況である.なお,通常の構造では5 nmあたりが限界ではないか,という話もある(※).

※ここで言う5 nmは,ゲートの実際のサイズとしての長さであり,いわゆるCPUのプロセスルール名としての5 nmとは異なる.プロセスルール名とゲート長などの最小加工精度は一致しなくなっているので,一般的に言う「○ nmプロセス」の加工幅は〇 nmではない(たいていもっと大きい).このあたり,面倒なのでもっとちゃんと統一してほしいもんである.

5 nmの限界を超える方法のひとつが,MoS2のナノシートを用いたトランジスタだ.MoS2は単層を容易に作成できる化合物で,誘電率が低く易動度も低いことから局所的にゲートによる電場をかけることに向いた素材である.素材が薄いということは電流が流れる部分に対し均一に電場をかけられるということを意味している.厚みのある素材だと上下方向(厚み方向)で実際にかかっている電位が変わってしまうので,言ってみれば異なるゲート電圧が印加されているトランジスタが積層されているようなものになってしまう.これに対し単相のMoS2はMoを硫黄が上下から挟んだような薄層であり,厚み方向のサイズがほとんどないため素材に対し均一にゲート電圧がかかっているとみなせる.さらに誘電率も低いので,ソース-ドレイン間の電位差によるトンネル電流なども減らすことができる.
2016年に報告された素子では,極細のゲート電極として直径1 nmほどのカーボンナノチューブを用い,その上に絶縁体(ゲート電場を伝える誘電体)であるZrO2を蒸着し,その後MoS2を載せることでゲート長1 nmのトランジスタの動作に成功している.

さて,そんなMoS2だが,もっと極限までゲート長を短くしてやろう,というのが今回の論文になる.今回著者らが実現した(物理的な)ゲート長は0.34 nm.この数字を見ると気づく人もそれなりにいるのだが,何を使ったのかと言えば単層グラフェンの側面になる.グラフェンは言わずと知れた安定かつ導電性の高い単原子厚の薄層であり,その側面の幅(というか,層の厚み)は当然ながら単原子サイズで最も薄い.
多くの場合,グラフェンはその「面」を使うのだが,今回著者らは構造を工夫することでグラフェンの側面をゲート電極として使用することに成功した.どんな構造でどのように作るのかは,Fig. 2を見ていただければ一目瞭然だろう.
まずは基板となる高ドープ(=高導電性)のSiを空気中で表面酸化しSiO2の層を作り,その上にウェハースケール(と言っても3 cm四方ぐらい)のグラフェンを載せる.グラフェンの上にはさらにAlを蒸着するが,このAlの表面(グラフェンとの界面も含む)は酸化により絶縁層を形成する.このAlは,ゲート電極であるグラフェンに電圧を印加した際に,その影響が上までいかないようにするシールドの役割である(多分,グラウンドか何かに電位を落とす).その後,素子の一部を電子線で適度に削って薄くする(図中の右側の部分).削った上から誘電体であるHfO2を薄めに載せ,これまたウェハースケールのMoS2を貼り付けて,最後にソースとドレインの電極を蒸着すれば完成である.
ポイントは,ゲート電極であるグラフェンに対してMoS2が接近するのが切り立った崖の部分であるため,グラフェンの側面(=原子1層分の厚みの部分)がゲート電極として働くというところである.

実際のトランジスタとしての動作についてはFig. 3の(c)を見ていただくとわかりやすいのではないかと思うが,ゲートであるグラフェンの電位(VGr)を負に振っていくと,電子との反発によりMoS2のグラフェンに近い部分に電子が侵入できなくなり,電流値が数桁以上激減するなど,トランジスタとしての動作が確認できる.On/Off比は作成したデバイスごとに結構ばらつくが,もっともよいもので1×105に達している(Fig. 3f).

著者らはさらにシミュレーションも行っており(Fig. 4),単層グラフェンのゲート電位により実効的には4.5 nm程度のゲート長として働いていると推測している(物理的なゲート長は0.34 nmだが,電位の影響が多少周囲にまで広がるので,実効ゲート長はこのぐらいに伸びる).計算上は,もっと薄いHfO2,例えば14 nmぐらいのものを作成すれば,実効ゲート長も3 nm程度にまで縮むと予想されている.
また,MoS2の厚みに関しては,総数を上げていくと次第にスイッチング特性が悪くなるが,数層ぐらいならまあ許容範囲か,という感じである(Fig. 4g).

そんなわけで,ほぼ究極だろうという物理ゲート長0.34 nmのトランジスタの発表であった.
作成法は典型的な基板,誘電体,作成手法が確立しているグラフェンとMoS2ということで,比較的多素子化して集積回路っぽいものもそこそこすぐ作れそうな雰囲気もある.
(多素子を同時に作りこんだ場合,すべての素子の場所でMoS2がきれいに崖の壁面部分に張り付いてくれるか,というところはわからないが……)
ただ,0.34 nmのゲート長と言っても実効ゲート長は4 nm程なわけで,トランジスタの微細化はなかなか難しいものだ.

15564010 journal
日記

phasonの日記: 突然変異はランダムか? 9

日記 by phason

"Mutation bias reflects natural selection in Arabidopsis thaliana"
J. G. Monroe et al., Nature, 602, 101-105 (2022).

現代の進化論の中心に突然変異と自然選択があることは広く知られている.DNAは化学物質,光,放射線等の影響により常に損傷しており,(その損傷で運悪く細胞が死なないならば)各所でランダムな変異が発生することになる.生じた変異は,ある時は同義語への変異であり何の影響も与えず,別な場合にはアミノ酸は変化するもののたんぱく質の機能にはほとんど影響がなく,またある場合にはタンパク質の機能を大きく変えてしまったり,全く別の分子を生み出したりする.その結果が生存に大きく有利であればその変異は時とともに広がっていくであろうし,不利であれば広がる可能性は低い.
この進化論を支える基盤の一つである「突然変異」に関しては,長年,ありとあらゆる部位でランダムに起こる,ということが仮定されてきた.何せDNAを壊すような高エネルギーの過程はたいていは非選択的であるので,この過程は相応にもっともらしいと考えられる.

ところが近年,DNAやその周辺で起こっていることへの理解が深まるにつれ,DNA(より正確に言うならば,DNAとさまざまなタンパク質の複合体)というものがもっと動的に自身をコントロールしている,という事実が明らかとなってきている.
細胞は周囲の状況に応じてDNAから特定のタンパク質の情報を引き出し合成,それにより環境に対処する.いわゆる生命科学のセントラルドグマとして知られる考え方では情報の流れは一方向であり,DNAは恒久的な情報記録に用いられ,転写されたRNAである程度の情報処理が行われ,それをもとにタンパク質が製造される,とする.
しかし近年明らかとなったDNAとタンパク質の関係はもっと複雑であった.生み出されたタンパク質が必要に応じてDNA分子に修飾を加え,それにより各遺伝子の発現率などが大きくコントロールされていたのだ(エピジェネティクスと呼ばれる).つまり,DNAは自ら生み出したタンパク質により自分自身をある程度制御しており,情報の流れは一方向というよりは適宜フィードバックループが入っているようなものなわけだ.

さて,そこで突然変異である.突然変異を引き起こす過程は確かにランダムなのだが,そもそも遺伝子が変異するかどうかはその後の修復がうまくいくかに大きく依存している.DNAが損傷する頻度というのは一般に思われているよりもはるかに高く,健康な細胞が1日活動する間に数十万箇所以上の損傷が発生する.この損傷の大部分はDNA修復酵素の働きにより元通り(もしくは相同組み換えにより,機能的にはほぼ元通り)に修復されている.逆に言えば,「どのぐらいちゃんとDNAが修復されるか」が,突然変異の発生率を決める重要な要因となっている(修復が不完全で変わってしまった部分が突然変異になる).そしてDNAの修復頻度は,エピジェネティックな修飾に依存している.タンパク質によりDNAにはさまざまな「タグ付け」のようなことが行われており,各種のタンパク質はこの「タグ」を認識してDNAとの相互作用を調節している.つまり,エピジェネティックな修飾により「DNAの修復をどの程度行うか」ということも,原理的にはコントロール可能なのだ.とすると,突然変異の発生率も実はDNAの部位ごとに異なってきてもよい,ということになる.
今回の論文は,そんな観点からDNAの変異率を調べ,突然変異発生率がDNAの場所ごとに異なるらしい,ということを明らかにしたものとなる.

では論文に移っていこう.著者らが対象としたのはシロイヌナズナである.この植物はゲノムサイズが小さいこともあり非常に研究が進んでおり,遺伝子に関しては恐らく最も詳しく調べられている代表的なモデル植物だ.
さて,突然変異の発生率を調べる,と言っても,実は大きな難関が存在する.それは,「そもそも,重要な遺伝子(*)に対する変異は致命的なものになりがちなので,見た目の突然変異の発生頻度が低い」という点である.例えば,現存する生物の塩基配列を調べたとして,ある遺伝子の変異が少なかったとしよう.「その遺伝子部分の突然変異の確率が低い」という可能性もあるが,「その遺伝子に突然変異が生じるとたいてい死ぬので,生き残った生物を調べる限り見た目の変異率が低く出る」という別の可能性も否定できない.
そのあたりの区別をつけるため,著者らはTajima's Dと呼ばれる検定統計量などを用いて検証している.これはかつて東大(確か)の田嶋先生が開発した検定統計量であり,選択が働かずランダムな変異が起こっているだけ(=中立的)な場合と,変異に対し選択が働いている(=非中立的)な場合とを区別できるような検定統計量として開発された.
これ以外にも,どの系統が使えるのか,とか,どの変異部分を対象にするのか,などフィルタリングや検証がいろいろあるようだが,正直なところ専門外の人間にはもはやついていけない部分なので,興味がある方は元論文やその参考文献に当たっていただきたい.
とりあえず言っておきたいのは,突然変異自体の致死性等により見た目の相関が現れている可能性に関しては,(その妥当性などに関しては議論の余地があるかもしれないが)著者らは十分認識したうえでそれを回避すべくいろいろな手法を取ってはいる,という点だ.

*遺伝子=タンパク質を作るための情報が書かれた部分.DNAは,無数の遺伝子,発現を制御する部分,何かの残骸など無意味な配列,構造を保つための部分など数多くの配列を含む巨大分子である.コンピュータで言うならば遺伝子がサブルーチン,DNAはソフトウェア全体,というようなものだろうか.

前置きが長くなってしまったが,著者らはそうした処理により有意と思われる変異をフィルタリングし,その結果を多変数線形モデル化しさまざまなファクターの影響を抽出した.その結果からいろいろなことが分かったのだが,いくつか挙げていこう.

既知の知見と,データ解析の結果の一致をみる(本手法の妥当性を検証)
・GC含量(配列中のグアニン-シトシンペアの割合)が高いと,変異率が下がる.
・H3K4me(DNAと結合しコンパクトにたたむためのヒストンタンパクのH3K4の位置のメチル化)はDNAの安定性を上げ変異率を下げる.
・シトシンのメチル化は,その部位の変異率を上げる.

新たに見えてきた知見
・遺伝子本体の変異率は低い.つまり,タンパク質の設計図そのものの位置の変異率は低く抑えられている.
遺伝子と遺伝子の間の部分に比べると,遺伝子本体部分の変異率は58%低い.
これはエピジェネティックな修飾が遺伝子部分によく行われていること,そのような修飾がされた部分ほどDNA損傷に対する修復が促進されていることと矛盾しない.
・イントロン(mRNAに転写されるが,そこで不要な部分として削除されるためタンパク質には影響しない部分)を多く持つ遺伝子は,変異率が低い.(一見無駄に見えるので)イントロンの役割には謎な部分が多いが,もしかしたら変異率の調節に役立っている?
・線形解析から得られたモデルから「変異率を下げる」と予想されるエピジェネティックな修飾が多数なされているものには,必須遺伝子が多い.

ということで,今回の解析から予想されていることとしては,「突然変異はランダムではなくて,生存に必要不可欠な場所では起こりにくいように,細胞自身がDNAを修飾してその起こる確率を制御してるのかもよ?」ということになろうか.
(正確に言うならば,DNAの損傷自体はそこそこランダムに起こるが,修復の起こりやすさをエピジェネティクスで制御することで結果として「変異しやすい部分」と「変異しにくい大事な部分」とを分けている)
最後に著者らは,エピジェネティクスがDNA(とそれが作るタンパク質)自体によって柔軟にコントロール可能であることから,突然変異の発生率・発生個所自体が,環境変化に応じて動的にコントロールされている可能性だってもしかしたらあるんじゃないの?という感じのこともほのめかしている.
例えばの話ではあるが,厳しい環境変化が起きたときにはあえて突然変異率を上げて対応可能な種が生まれる可能性に賭けている,という可能性だってあるかもしれないわけだ.
このあたりの,まさに今伸びている研究分野はいろいろ面白いことが出てきてよいですね.

15555058 journal
日記

phasonの日記: 1000 ℃以上でもライデンフロスト効果を抑制できる表面構造の開発 1

日記 by phason

"Inhibiting the Leidenfrost effect above 1000 ℃ for sustained thermal cooling"
M. Jiang et al., Nature, 601, 568-572 (2022).

非常に高温なものをできるだけ急いで冷やしたい,というのは産業界では非常によくある状況である.そんな時に安価かつ手軽に急冷できる手段の代表例は「水をかける」というものになるだろう.とはいうものの水もタダではないし大量の水を使うのも効率が悪いわけで,少量の水を表面に勢いよく吹き付け冷却する,というような手段がしばしば用いられている.そんな冷却において問題になるのが,ライデンフロスト効果である.
ライデンフロスト効果は日常生活でも目にすることがあるのでご存じの方も多いことだろう.熱したフライパンなど十分高温な物体に液滴が触れたとき,急激な蒸発により発生した気体が液滴を包み込んでしまい,液滴への熱伝導が激減するという現象である.前述のフライパンで言えば,十分熱したフライパンに少量の水を注ぐと丸っこい水滴がフライパンの上を転がり続け,なかなか蒸発しない現象として目撃される.このとき水滴は底部から蒸発する水蒸気によって浮かんでおり,(当然少しずつは蒸発するものの)熱したフライパンに水が接触している場合と比べるとその気化する速度は非常に遅くなる.水冷されている物体の表面でライデンフロスト効果が発生してしまえば,冷却効率は(文字通り)桁違いに悪くなるため,高温の物体でどのようにライデンフロスト効果を抑制するか,というのは重要なポイントとなる.なお,このライデンフロスト効果が起こり始める温度をライデンフロスト点と呼ぶ(※場合によっては,ライデンフロスト効果が一番強くなる温度をライデンフロスト点と呼ぶ場合もあり,定義・用語の使用にやや混乱が見られる).

ライデンフロスト効果を抑制するには,液体の方に手を加える(粘性や表面張力,固体表面への濡れ性の調節)や,熱せられている物体の表面に手を加えるかの2つの方法がある.冷却液に何かを加える,という前者の手法は手軽ではあるのだが非常に高温の物体では添加物が分解したり,また大量に冷却水を使う用途ではコストもかかるし環境負荷も高い.決まった対象(例えば何度も加熱・冷却を繰り返す炉や型など)でのライデンフロスト効果の防止としては,表面加工によりライデンフロスト効果を防止する手法が望ましい.
そういった表面加工はこれまでもいくつか考案されていて,例えばサブミクロン~ミクロンレベルの細かい溝などの微細構造を作成しておくと,液滴から発生した蒸気がその溝に沿って逃げることでライデンフロスト効果を抑制できると報告されており,もともと200 ℃程度だったライデンフロスト点を570 ℃にまで上昇させることに成功している(=これだけ高い温度の表面でもライデンフロスト効果を発生させずに水冷できる).
今回の論文が報告しているのは,こう言った微細な表面構造にさらにプラスして,断熱性の高い不織布的な構造を溝部分に押し込むとさらに高温までライデンフロスト効果を発生させないことが可能で,ライデンフロスト点を1000 ℃以上にまで高めることができた,というものである.

まずは著者らの作成した構造を見ていただこう.論文のExtended Data Fig. 1にその作成法と構造の模式図が載っているのでご覧いただきたい.
まずは高温になる物体の表面に縦横に0.3 mm程度の溝を彫る(Fig. 1a).この表面部分は熱伝導性の高い物質であるので,彫った結果残った無数の柱状構造は,熱伝導性の高い高温になる柱,として振る舞う.
続いて熱伝導性の低いガラス繊維でできた不織布(Fig 1b)を用意し,これを溝を彫った表面に乗せたら物体表面の凹凸にぴったり合うように成型した樹脂を押し付け,800 ℃で焼結する(Fig 1cの左から2つ目).すると不織布が物体表面の溝部分に押し込まれた状態で固定される(Fig. 1cの左から3つめ).このとき,不織布を溝の底まで押し込みすぎない(溝の底部分に少しスペースが残っている)ことが重要である(構造はExtended Data Fig. 5がわかりやすい).これで表面加工は完成となる.
加熱された物体のこの表面に水滴が降り注ぐと,まずはガラスの不織布に水滴がしみ込む.そもそもガラスと水は親和性が高いうえに,不織布部分は熱伝導性が悪いため水によりすぐ冷却されるので,水滴は液体のまま不織布にしみ込むことができる.しみ込んだ水は不織布内を拡散し,突き出た高温の柱に接触する.高温の表面に触れた水は瞬時に気化するが,不織布の下側(溝の底の方)には空間が残っているため,水蒸気はこの溝を通って迅速に逃げることでライデンフロスト効果を防止する.濡れぞうきんを押し付けつつ蒸気を迅速に逃がす,というような構造である.

ではこの構造の威力を見ていこう.
縦横に溝を掘っただけの基板,そこに不織布を埋め込むが溝の底まで押し込んでしまった基板,今回作成した基板の3種を用意し1000 ℃に加熱,そこに水滴(見やすいように赤く着色,体積は17 μl)を落とした際の挙動が動画で紹介されている
単に溝を彫っただけの基板(左)ではライデンフロスト効果により水滴がはじかれてしまい,そのまま水滴はころころと転がっており基板の熱が水滴にあまり伝わっていないことがわかる.この場合,水滴が蒸発しきるまでにかかった時間は17秒だそうだ.不織布を底まで押し込んだもの(中央)では一部はしみ込んで沸騰することにより基板の熱を奪うが,やはり大部分はライデンフロスト効果により基板から浮いてしまっている.こちらの蒸発にかかった時間は13秒と,わずかに改善したもののやはり熱伝導は遅い.一方,今回作成された基板(右)では,水滴が不織布部分に迅速にしみ込みながら沸騰しており,熱を効率的に奪っていることがわかる.こちらでは水滴が揮発するまでの時間はわずか0.33秒と,ただの溝に比べ50倍以上の速度で熱を奪っている.
続いては同様の実験を液体窒素で行った動画だ.こちらは室温(30 ℃)の単なる溝(左),室温(中央)および1000 ℃(右)の今回の構造での比較となる.ただの溝では液体窒素がライデンフロスト効果により浮いてしまっておりなかなか揮発しないのに対し,今回作成した構造では基板から急激に熱を奪い一気に気化していく様子がわかる(1000 ℃ではさすがに沸騰が激しすぎて飛び跳ねてはいるが).

ではこの構造でどのぐらいの温度までライデンフロスト効果を抑制できるのか,だが,著者らは温度を変えながら水滴が揮発するのにかかる時間を測定しており,その結果不織布部分が融解してしまう直前の温度である1150 ℃まで効果を発揮することを報告している(Extended Data Figure 3).グラフの縦軸は液滴の寿命であり,値が大きいほど液滴に熱が十分伝わっていない=うまく冷却でいないことを意味している.既知の構造では温度が上がるとあるところで液滴寿命が一気に増加するところが見受けられる(例えば黒い■のデータは,300 ℃前後から値が増加していく).これはある温度以上でライデンフロスト効果により水滴が浮いてしまい,基板の冷却がうまくいかなくなっていることを示す.
それに対し今回の構造(赤●)では,温度が増加しても液滴寿命は延びず,1150 ℃まで低い値(=十分に熱を奪っている状態)を保っている.

実際に十分に熱した物体の冷却を行ってみた様子がSupplementary Video 3になる.左は単に縦横に溝を彫っただけの鉄の基板(40×40×10 mm3),右は同じサイズの鉄の基板の表面に今回の構造を作りこんだものになる.左の試料は水を滴下しても水滴がはじかれてしまいなかなか冷えないのに対し,右の試料ではみるみる温度が低下していく様子がわかる.

今回の構造は,比較的安価に作成することも可能である.著者らがExtended Data Fig. 9で示しているように,放電加工機を用いることである程度の面積に一気に溝を彫ることが可能であるし,曲面に溝を作成することもできる(型彫り放電加工でも行ける気はする).
高温物体の冷却で実際にどのぐらいライデンフロスト効果が問題になっているのかはちょっと専門外なのでわからないが,興味深い研究である.

15524391 journal
日記

phasonの日記: 虚数は実在か?(消化不足) 10

日記 by phason

読んだけどさすがにすぐには理解しきれないものだったので概要だけ.

"Quantum theory based on real numbers can be experimentally falsified."
M. Renou et al., Nature, 600, 625-629 (2021).

虚数は実在だろうか?
物理・工学分野では様々な場面で虚数に出くわす.例えば振動現象,代表的には交流や電磁波などを扱う際には位相として虚数が出てくることはよく知られている.
しかしながらこれは虚数が実在であることは意味していない.これら振動現象における虚数は,式の見通しを良くし簡潔に表現するためのいわば数学的なテクニックとして虚数が使われているだけであり,何なら虚数を使わずに全く同じ定式化が可能である.

では,虚数は非実在なのだろうか?
ここで問題となるのが量子力学である.量子力学は複素ヒルベルト空間を舞台として定式化されており,そこでは複素数自体が実在のものとなっている.これは数学的なテクニックでどうこうできるものではなく,本質的に「虚数が無ければ成り立たない」というような代物である.
量子力学が大きな成功をおさめている現在,では,虚数も実在のものと呼んでよいのだろうか?

実はこの点に関しては,現時点でもあまりはっきりしてはいない部分がある.
そもそも「量子力学を複素ヒルベルト空間において構築しないといけないのか?」という部分には議論の余地がある.複素ヒルベルト空間において構築されている量子論ではあるが,我々に観測可能な量はすべて実数となり(複素共役との積をとったりする段階で虚数成分が消える),虚数が表に現れることは無い.であるならば,量子力学というのはそもそも虚数を含まないような定式化が可能なのではないだろうか?むしろそのほうが自然なのではないだろうか?

今回の論文の著者らはこのあたりの問題を以前から取り扱っており,実ヒルベルト空間上で量子力学を定式化する試み(Phys. Rev. Lett. 102, 020505他)などを発表している.
といっても著者らは別に「虚数なんて存在しない!今の量子力学は間違っている!」と主張したいわけではなく,
・複素ヒルベルト空間上で構築された,通常の量子力学
・実ヒルベルト空間上で構築された,既知の量子現象を再現できるような代替量子力学
を比較し,両者に違いがあるとすれば「『虚数』という存在が本当に実在(必要)なのか否か」を決めるようなことができるのではないか?というあたりを追求したい感じのようである(勝手な感想です).

ということで今回の論文なのだが……さすがに忙しい中に斜め読みでどうにかなるものでもなく,あえなく轟沈.
とりあえず著者らの主張としては,

・複素ヒルベルト空間に構築された通常の量子力学と,実ヒルベルト空間に構築された量子力学では,異なる結果を生む測定が存在する
・今後そのような測定を実際に行うことができれば,「量子力学にとって『虚数』というものが必要不可欠なのか否か」(=虚数が単に記述を単純にするための数学的なテクニックなのか,量子力学にとって根本的に必要な存在なのかどうか)が区別できるはず

ということらしい.
著者らも書いているが,「局所実在論に対するベルの不等式」と同じような研究と思えばわかりやすいかもしれない.
「局所的な隠れた変数理論」と「確率論的な量子力学」は一見すると同じような結果を導くため区別できなそうだが,実は両者が食い違った結果を予想するような測定が実現できる,ということが明らかとなり,実際に実験が行われた結果局所実在論が否定された,ということと同様で,今後量子論にとって虚数が実在なのか否か,が決定される日が来るのかもしれない.

15382171 journal
日記

phasonの日記: 階層的複合材料を用いた放射冷却布地

日記 by phason

"Hierarchical-morphology metafabric for scalable passive daytime radiative cooling"
S. Zeng et al., Science, 373, 692-696 (2021).

昨今何かと話題の武漢にある華中科学技術大学などのグループによる研究.この大学は光関連でいろいろな研究を行っており,今回の論文もそのような研究の一つとなる.

近年,温暖化の加速やら計算機の消費電力の増大やら省エネの流れやらを受け,パッシブな冷却技術が注目を集めている.パッシブな冷却技術というのは要するに外部から強制的に冷却するのではなく,熱源自体からの放射を促進したりして放熱を増やす技術であるが,その中でも特にここ最近研究が進んでいるのが紫外~可視領域の光を反射しつつ,赤外線を効率よく放射するような素材である.
よく知られたように,太陽から降り注ぐ光のエネルギーはおよそ6000 Kの物体からの黒体輻射(が,大気などにより吸収・減衰されたもの)に近く,波長で言うと500 nm付近(緑色付近)にピークを持つ.これに対し地上にある「熱い」物体(と言っても炎だとかそういうものではなく,稼働している機械や電子機器などの表面温度)は数十℃程度であり,そこからの熱放射のピーク波長は数 μm程度の赤外領域になる.さらに大気は波長0.2~5.5 μmあたりと8~14 μmあたりの赤外線をよく通すので(5.5~8 μmは水蒸気がかなり吸収する),「紫外~可視領域の光をよく反射し,赤外領域の光をよく放射するような材料」で物体の表面を覆ってやると,外部からの(輻射による)熱流入を防ぎつつ,物体の熱を輻射により冷たい宇宙へと捨てる=冷却することが可能になる.要するに,冬場に話題に出る放射冷却を使って物体を冷やすことが可能になるわけだ.

このような冷却法は何も現代科学の専売特許でも何でもなく,昔紹介したシルバーアントのように生物も利用していることが知られている.これら生物は可視光の波長と同程度の構造を表面に作り,波長の短い可視・紫外光にとっては乱雑な表面に見えるため大きく散乱される(=外界からの光を反射する)が,もっと波長の長い赤外光にとっては凹凸が細か過ぎて連続体に近似されるため(※)散乱されず,内部からの熱輻射が効率的に外部に透過していく,という現象を引き起こしている.このため,表面に可視光の波長程度の微細構造を作りこめば放射冷却により外気温よりもさらに低温に冷却できることが知られている(ただしもちろん,熱の捨て先である宇宙空間よりは高温であるので,熱力学の基本法則は破らない).

※対象物が光の波長よりも細かくなってくると,光の波動性により対象物の裏側に波が回り込む効果により波が透過していってしまう.単純に言ってしまうと,光にとってみれば波長より細かい構造は「ぼやけてよく見えない」ため,ピンボケ画像のように「周囲と平均化した物体」の中を進んでいるのと同じように振る舞う.

さてそんなパッシブ冷却技術であるが,ナノ構造を作る,という点を考えると量産性や耐久性,コスト面に難があった.今回報告されたのはそんなパッシブ冷却技術を利用できる「布」である.この布は既存の技術により十分低コストで量産可能で,加工性や強度も通常の布と同等,さらに数十回以上の洗濯にも耐える耐久性が報告されている.

著者らが作成したのは,紫外線を反射するPTFEフィルムと,可視光を反射する酸化チタンの微粒子,それに赤外線を効率よく放射できる熱可塑性樹脂であるポリ乳酸(PLA.最近では3Dプリンタでもよく用いられている)からなる複合材料である.まずPLAを加熱溶融し,そこに直径200~1000 nm程度の酸化チタンの微粒子をよく混ぜ込む.この混合物を細い穴から射出・冷却することで,PLA中に酸化チタン微粒子が分散した糸を得ることができる(いわゆる一般的な溶融紡糸).この糸で通常通り布を織り,布の片面の表面をPTFE(いわゆるテフロンと同じ)のフィルムでコーティングする.PTFEフィルムのコーティングも繊維業界でよく行われている加工手段であり,衣類等に防水性を持たせる,などの用途でよく用いられている.このPTFEフィルム,製造段階で引き延ばして薄くすることで作成されているのだが,この時引き延ばされることで微視的には細い糸状のPTFEがつながったような構造となっており(Supplementary MaterialsのFig. S1,こういった構造は,浄水器に用いられている中空糸膜でもよく見られる),短めの波長の光をよく散乱する.糸本体を形成しているPLAはC=O二重結合やC-O単結合を多数含んでおり,これらの結合の振動に由来して赤外領域で強い吸収を示す.光の吸収と放出は逆過程であるため,ある波長の光を吸収しやすい=(高温時に)その波長の光を放出しやすい,である.赤外域に強い吸収を持つPLAは,熱による赤外線を放出しやすい,ということでもある.

そんなわけで,作成された布は以下のように階層的な構造をもつ.
・表層:PTFEのシート.数百 nm程度の細いPTFE繊維でできており,紫外~可視をよく散乱
・糸本体:PLA.赤外をよく吸収・放出するが,可視光は透過
・糸内部:酸化チタンの微粒子.可視付近の光をよく散乱
この布に太陽光が当たると,紫外はPTFEコーティングで散乱され,可視領域はPLA製の糸本体に埋め込まれている酸化チタンで散乱され,布の裏側にはほとんど光が入ってこない(=太陽光で加熱されない).一方,この布で覆われた物体から伝わってきた熱はPLAによって赤外線に変換され放出,PTFEや酸化チタン微粒子のサイズは赤外輻射の波長に比べると十分小さいため(赤外線にとっては)連続体に見えるためほぼ散乱されず,そのまま効率的に外部に出ていき輻射による冷却が機能する,という設計だ.

では実際にそううまくいくのかを実験結果を見ていこう.最初は糸や布としての物理特性である.
作成された糸であるが,十分な柔軟性と強度を備えているため,通常の加工を行うことができる.例えばSupplementary Materialsの動画1ではミシン糸として使用して通常の布地が縫えることや,動画2ではこの複合糸を織ることで長い布地を容易に作成できることが示されている.
続いては,この糸を使って作られた布地の性質である.いくら冷却に優れていても,強度が落ちるとか使いにくいのでは利用できない.著者らが作成した布は,硬さ(力を加えたときにどのぐらい伸びにくいか)に関しては綿やリネンの倍程度,Spandex(よく伸びるポリウレタン樹脂.水着などに使われているらしい)やシフォン生地や市販のUVカット生地(実験で使われているのは,例えばNorth Faceのナイロン製の商品など)と同等の強度であった.伸びに関しては,さすがに水着にも使われるSpandexに比べると伸びないが,綿よりは良く伸びる,といったぐらいが.まあ総じて,酸化チタンの微粒子を練りこんでも市販されている布地と同程度の強度と伸びは維持されている.
なお,衣類として使用する場合には通気性も重要となるが,PTFEコーティングしてあるもののある程度の通気性は維持されており,布地を通して空気が十分に抜ける様子なども実験として掲載されている.耐久性に関しては,50回洗濯しても酸化チタンの含有量や光の反射率がほとんど変化しない様子が示されており,まあ実用的な耐久性はありそうだ.

ではいよいよ,放熱性能を見ていこう.
反射率と放射率(理想的な黒体と比べ,どの程度その波長の光を放射できるか,という比)の測定結果である.この布地の測定結果では,300 nm~1.5 μmの可視~近赤外領域で反射率が90%以上程度となっており,可視光をよく反射することがわかる.一方,波長が2 μmを超えたあたりから反射率は急減(そして放射率は急上昇)し,5 μm以上当たりでは反射率はほぼ5~10 %以下,放射率は90%付近となっている.設計通り,「紫外から可視領域はよく反射し,赤外線をよく放出する素材」となっているわけだ.
実際の放熱効果はどうだろうか?
温度モニタ用に熱電対を埋め込んだ銅板の表面にこの布地を載せ,快晴の屋外で温度を測定した.日が沈んでいる夜間では,外気温が10~16 ℃なのに対し,上にこの布地を載せた銅板の温度はそれよりもコンスタントに8 ℃ほど低い2~8 ℃で推移した.放射冷却の効果である.一方日中になり直射日光を受けるようになるとこの差は徐々に縮むが,最も日照の厳しい12時過ぎあたりでも,外気温より2 ℃以上低い温度となっていた.
続いて,人間が着用した時を模して,体温がわりのヒーターを仕込んだ模造皮膚を用意し,その上に今回作成した放熱用布地や既存の布地を載せたものを直射日光の当たる屋外に設置,温度変化をモニターした.何も布地を載せていない状況だと,温度は徐々に上昇し13時ごろに41~42 ℃ぐらいにまで達した.これはかなり暑い.では現在市販されている通常の布地(色はどれもほぼ白色)を載せるとどうかというと,直射日光を受けるよりはましなものの,どの布地の場合でも正午ごろには38~40 ℃程度とかなり高温になってしまっている.一方,今回開発された複合素材の布地だが,最高で33 ℃程度と既存の布地よりも(模擬)体表温度を5~7 ℃ほど低く保つことができている.

最後の実験として著者らは,実際にこの布地でできた服を被験者に着せ,その体表温度の測定も行っている.向かって右半分(被験者の左半身側)がこの布地で,左半分が通常の綿でできたシャツを着せ,30分直射日光を浴びてもらい,その際の温度変化をモニタした,というものだ.実験結果は動画を見てもらうのが良いが,直射日光化で明らかに右側(今回作成した布地側)の温度が低くなっている.これだけだと「単に布の断熱性が高く,熱が中にこもって外に出てきてないだけ」という可能性もあるが,動画の最後できちんとシャツを脱がせて内部の温度を比較している.シャツを脱いだ時の体表温度も明らかに今回の布地側の方が低く,輻射による冷却が効果的に効いていることがわかる.綿のシャツと比較して,3 ℃以上冷えているそうだ.
同様の実験を,自動車用のミニチュア(長さ15 cmぐらい)とそこにかけるカバーでも行っている.黒い模型を炎天下で90分放置したところ,カバー無しだと温度が60 ℃以上にまで上昇している.銀色のカバーをかけても90分後の温度は3 ℃ほど低いぐらいで,その温度にはあまり差がない(熱くなるまでの時間は伸びるが,銀色のカバーは赤外線の放射も少ないため,熱伝導などにより徐々に温度が上がると放熱が進まず,結局最終的には熱くなる).それに対し今回の布地でカバーした模型は30 ℃程度と,カバー無しに比べ30 ℃も低い結果となっていた.

そんなわけで,お手軽に作れるわりに丈夫で使い勝手の良い放熱性繊維の研究であった.
人が着て3~5 ℃程度低い,というのがどのぐらいありがたいのかいまいちよくわからないが,コスト次第ではありかもしれない.

15371043 journal
日記

phasonの日記: 電子をドープされた水は金色の金属になる 2

日記 by phason

"Spectroscopic evidence for a gold-coloured metallic water solution"
P. E. Mason et al., Nature, 595, 673-676 (2021).

この研究グループ,およそ6年前に紹介した「水にアルカリ金属入れた時の爆発を超高速カメラで見てみようぜ!」って研究をやったところらしい.どれだけアルカリ金属好きなんだ…….
ともあれ著者らは以前に「アルカリ金属の液滴を水に突っ込むと爆発するが,それはなぜか?」というのを超高速度カメラで研究したのだが,結論として「アルカリ金属から水に一気に電子がドープされアルカリ金属の塊が一気に高価数化,イオンの反発力によりウニ状にとげが飛び出し,表面積が増えて反応速度が爆発的に上昇して吹っ飛ぶ」ということを明らかにしている.この時ついでに発見したのが,一気に水にドープされた電子が,溶媒和電子として存在し,「青い水」が(一瞬だけ)できる,というものである.
溶媒和電子というのは,電子がまるで陰イオンであるかのように溶液に溶け込んだものであり,最もよく知られた例は金属ナトリウムなどのアルカリ金属を液体アンモニア中に入れたものであろう.
食塩を水に溶かすとNa+とCl-に乖離し,それぞれが溶媒和されて溶け込む.液体アンモニア中にアルカリ金属,例えば金属Naを入れると,Na+とむき出しの電子であるe-に解離し,それぞれをアンモニア分子が包み込むことで均一な溶液となる.この溶液中では電子が独立した「陰イオン」として動き回っており(周囲に溶媒和したアンモニアがまとわりついているが,それはまあイオンの水溶液でも同じことだ),溶媒和電子に由来するきれいな青い色合いを示す.溶媒和電子が元のアルカリ金属から完全に解離していることの一つの証明がこの色であり,どんなアルカリ金属を使っても全く同じ色合いの溶液が得られることが知られている(つまり,色を示している「電子」がアルカリ金属から完全に乖離していることを示唆する).

さてそんな溶媒和電子であるが,(私も寡聞にして知らなかったが)実は溶液中での濃度を上げていくと金属化することが知られているらしい.どういうことかというと,低濃度のうちは溶媒和電子は溶液中の隙間をホッピングしながら移動するような感じなのだが,液体中での電子の濃度が上がってくると互いの波動関数が重なり合い,ついには非局在化して金属伝導を示すようになる,ということらしい.
考え方としては水銀などと同じような液体金属の仲間,と思えばよいのだろうが,溶液中の電子が金属化する,というのは何とも面白い.
※なお,液体金属の伝導を理論化するのは非常に難しく,現在でもさまざまな試みが行われている.これは液体中では結晶と異なり構造の周期性がなくなるため,一般的な固体電子論で使われる「周期性を前提とした各種の近似や取り扱い」ができなくなるためである.

さてそんな「溶媒和電子の金属化」だが,理論的には水でも起こると言われていたらしい.ただ残念ながら水分子は分解しやすいため,水にアルカリ金属を入れると水素を発しながら分解し,単なる水酸化物に変化してしまう.
今回の報告はそんな「水中の溶媒和電子による金属化」にチャレンジし,見事成し遂げた,というものである.

著者らが用いた手法は以下のようになる.まず,NaとKの1:1の合金を用意する.これは融点が室温以下の液体金属であり,ノズルなどを用いて容易に移動させることができる.ここにいきなり水を付けると単に吹っ飛んでしまうので,著者らは真空チャンバーを用意し,そこに10-4 mbar(およそ1000万分の1気圧)という微妙な圧力で水蒸気を導入した.この圧力,もちろん日常的な感覚からは非常に低圧なのだが,真空を扱っている人間から見ると結構高めな圧力である.実は今回の実験,この圧力が肝となっている.
そんな「そこそこの圧力の水蒸気」が詰まった真空チャンバーの中の天井部分にセットしたノズルの先端から,NaK合金をゆっくりと押し出す.するとNaKの液滴が生成し,その表面に水分子が薄く堆積する.この水の薄層に対しNaKの液滴から電子が急激に移動し,溶媒和電子を作り出すわけだ.
さて,先ほど「水とアルカリ金属は反応して水酸化物になってしまう」という話をした.実はこの実験でも,徐々に水の分解が起こり「溶媒和電子のいる水」→「水が分解した水酸化物の溶液」に変化していくのだが,実はこの反応がそこまで早くないのだ.このため,NaK液滴の表面に水の薄層が生成する時間が十分早ければ,分解して水酸化物になってしまう前に十分な量の溶媒和電子を生成するチャンスがある.
実験の説明のところで「意外に高い圧力の水蒸気」だということを書いたが,それがここで効いてくる.実は類似の実験は過去にも行われているのだが,そこでは水蒸気圧が低すぎ,十分な水の層ができるまでの時間がかかりすぎていて,そのため溶媒和電子が十分生成するよりも前に,水の分解反応が起こってしまっていた(ということが,今回の実験結果から推測できる).

というわけで実験の流れをまとめると,
・真空チャンバー内に程よい水蒸気を入れておく
・NaK合金をノズルから押し出し,液滴を作る
・表面に水が吸着し,溶媒和電子をふんだんに含んだ水の薄層が生成
・素早くカメラ&分光学的手段で観察
・徐々に分解して水酸化物の層が出てくるので,新しいNaKを押し出して古い液滴は落下させる
・新しいNaK液滴で同じことを繰り返せる
という感じになる.液体金属の良いところは,次から次へと新しい液滴を押し出せるので,何度も継続して実験が行え,再現性も確認できるという点であろう.

では実験結果を見てみよう.Supplementary Informationとして公開されている動画の8分20秒あたりからが実際の実験の様子で,10分18秒あたりからの様子が,水蒸気の存在下でNaKの液滴を発生させたときの様子である.10分38秒あたりからの拡大画像だとよくわかるだろうか.
NaK自体は銀白色の金属なのだが,水蒸気に触れるとその表面に金色の薄い膜が生じることが見て取れる.この「金色」こそが,水に溶媒和した電子による金属伝導により生じたものになる.この溶媒和電子,意外に長い寿命を持っており,5秒程度は安定に存在できている(水中での溶媒和電子がここまで長いこともつとは思わなかった).その後徐々に水が分解していき,最後には水酸化物(を多量に含んだ水)の層に変化してしまう.

さてそんな感じで十分長い時間溶媒和電子が存在しているので,著者らはチャンバーの窓から内部の分光を行っている.
反射率の測定からはまず,2.74 eV(452 nmに相当)のところに,半値幅0.59 eVのプラズモンによると思われる吸収が確認された.これが金色の由来である.
著者らはさらに研究を進めるため,放射光を用いた光電子分光も行っている.その結果,フェルミエネルギー付近にNaKより幅の狭いバンドが確認され,これが水中で金属伝導を示す溶媒和電子に由来するものだと考えられる.水の薄膜が非常に薄いため,その下にあるNaK由来の光電子も観測され,さらに深いエネルギー側では水の分子軌道由来の電子も見えてくる.測定結果を複数のピークに分解してやると,ほぼ自由電子であるNaKのバンド + ほぼ自由電子である溶媒和電子のやや幅の狭いバンド + 溶媒和電子のプラズモン + NaKのプラズモン + 水分子/水酸化物由来の電子,という少数のピークで測定結果を完全に再現できることが判明した.さらに溶媒和電子のバンド由来のピークの強度からドープされている自由電子量を見積もることが可能で,その量はおよそ5×1021 cm-3となった.このドープ量は,18 mol%程度に当たり,ほぼ限界に近いドープ量ではないかと著者らは述べている(大雑把な理論予測では,20 mol%あたりが限界とみられている).また液体アンモニア中の溶媒和電子が1~5 mol%の溶媒和電子で金属化することを踏まえると,水中の溶媒和電子が金属化していても全く不思議ではないキャリア濃度と言える.

そんなわけで,意外に単純な方法で再現性良く作製できる,水中での金属化した溶媒和電子の実験法であった.著者らも述べているようにこれは速報であり,実験の容易さなども踏まえれば今後これを用いた各種の分析が進められる可能性も高い.水中での溶媒和電子の挙動についての知見が深まる日も近いかもしれない.

15299428 journal
日記

phasonの日記: トリニティ実験の遺物:(現時点で)現存する最古の人造準結晶

日記 by phason

"Accidental synthesis of a previously unknown quasicrystal in the first atomic bomb test"
L. Bindi et al., Proc. Natl Acad. Sci., 118, e2101350118 (2021).

NatureのNews経由.
世の中には,数多くの結晶が存在する.結晶中は単位格子と呼ばれる基本構造をもち,同じ構造がa,b,cの3軸方向に繰り返し周期的に並べられたもの(=並進対称性を持つもの)である.3次元空間を同じ形状・同じ向きの立体(=単位格子)で埋め尽くすことを求めると,単位格子として許される構造はわずか7つ(三斜晶系,単斜晶系,斜方晶系,正方晶系,六方晶系,菱面体晶系,立方晶系)しか存在しない.

※さらに「単位格子内にどのような対称性が可能か」というところまで考慮すると,3次元空間内では230種類の対称性が許される.この230種類の対称性は空間群と呼ばれる.

さてそんな「周期的に原子が並んだ構造」に電子線やX線をあてると,周期構造により散乱された波が特定の方向でのみ強め合い,鋭いピークを示す方向が現れる.これを回折と呼び,X線構造解析の基礎ともなっている現象である.回折パターンは結晶格子の対称性を反映しており,結晶(=特定の構造が並進対称性で空間を埋め尽くしたもの)に許される対称性から,回折パターンは2回対称(1/2回転=180度回転で同じ図形になる),3回対称(同1/3回転で同じ図形になる),4回対称,6回対称しかありえないことが数学的に示される.
では結晶のように周期性を持たない,例えばランダムな構造ならどうなるかというと,結晶で見られるような鋭い回折ピークはなく,幅広いボヤっとした散乱が見られるだけである.このような場合をアモルファスであるという.
準結晶が発見されるまでは,物質は結晶であるのかランダム(アモルファス)であるのかどちらかであり(※もちろん,部分的にランダムな質の悪い結晶といった中間的なものもあるが),熱的な安定相は結晶である(=ガラスのようなアモルファスの構造は,単に十分安定状態に緩和できていない準安定相であり,無限の時間のうちには最安定な結晶構造へと遷移していく),と信じられていた.
長距離での周期性がどの程度きれいに成り立っているか(=どのぐらいズレやゆがみが少ない結晶であるか)は回折スポットの鋭さから評価することができる.理想的には無限の周期性がある場合の回折スポットはデルタ関数的な幅のほとんどないピークとして得られ(※実際には,装置の限界やあてる光の回折限界により有限のスポット幅を持つ),結晶中の乱れが大きくなるほどピーク幅は広がっていく.

さてそんな常識があった固体科学の分野に,衝撃的な報告がなされたのが1984年である.Shechtman(この発見と関連する研究により2011年のノーベル化学賞を受賞)が,溶融状態から急冷した準安定相のAl-Mnを電子顕微鏡で観察したところ,明瞭な「5回対称」の回折像を示す粒子が発見されたのだ.前述の通り,数学的には5回対称を持つ結晶(=同一の格子の繰り返し構造)はあり得ない.つまり,この粒子は結晶ではない.にもかかわらず,結晶と見まごうばかりのシャープな回折ピーク(=長距離での規則性)を示したのだ.
この発見は非常に大きな議論を呼び(何せ普通に考えればあり得ない回折パターンなのだから,複数の違う方向を向いた結晶がくっついていてたまたま5回対称をもつ可能ように見えた,と考えるほうが普通だ),幅広い研究が行われるようになる.

※実際,もっと以前から5回対称や10回対称などの「奇妙な」回折パターンを示す実験結果は見られていたが,複数の結晶が融合していたり(双晶)のせいだとか,よくわからんがどうにも説明できないからお蔵入り,といった結果をたどっていた(と,あとからわかった).

その結果,こういった「奇妙な」回折パターンを示す物質は一種類の単位格子が並んだものではなく,複数種類の格子を組み合わせることで,「(3次元空間内では)並進的な周期性は成り立っていないけれど,ある種の規則性はあるとみなせる構造」を持つ物質であることが明らかとなってきた.

※例えば
http://math.tsukuba.ac.jp/~akiyama/papers/proc/shechtmanfin.pdf
https://www.phys.chuo-u.ac.jp/labs/ishii/class/modernphys.pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seisankenkyu/66/5/66_481/_pdf
https://www.jstage.jst.go.jp/article/materia1962/29/10/29_10_778/_pdf
ペンローズタイルなどは代表的な非周期的だが鋭い回折ピークを示す空間充填法である.
なお,多くの準結晶の原子配列は「(4次元以上の)n次元の結晶(=n個の直交する軸方向に,周期的に単位格子が並ぶ)を変な角度で薄く切り出し,それを3次元に射影した」構造とみなすこともできる.変な角度ではなくキリの良い角度で切り出せば,通常の結晶となる.

さてそんな準結晶であるが,固体物性の面からはいくつか興味深い可能性が指摘されている.準結晶は周期構造をもたないので,古典的なバンド理論や,同じく格子振動(フォノン)に関する理論が適用できない.実験的にも,Al系の準結晶などで異様に低い伝導度と熱伝導度や,半導体化のように温度上昇により低下する抵抗など奇妙な現象が報告されている.電子状態が奇妙ということは,例えば変わった触媒特性などが出る可能性もある.
また機械的な強度に関しても,通常の金属とは違い周期性が無いことから,塑性変形につきものの格子のズレによる欠陥の移動が不可能となるため,母体となった金属よりも硬くてもろいという違いが知られている.

そんなわけで面白い物性や現象が隠れている(可能性がある)準結晶なのだが,これまでに作成されているほとんどの準結晶は合金ベースのものであり,特に半導体や絶縁体の準結晶は(記憶が確かならば)得られていない.合金に限らず,もっとさまざまな元素を含むような準結晶は作れないのだろうか?
そんな可能性を秘めた一つの方法が,超高温・高圧をサンプルに与え瞬間的に冷却,通常では生じないような「奇妙な」構造を固定してしまうという手法である.今回の筆頭著者であるBindiはかつて,隕石の衝突により生じた岩石(これは当然,超高温・高圧の状態から冷却されてできている)の中に準結晶を発見した.同様に,加速した試料を衝突させるなどの瞬間的な高温・高圧のインパクトから,通常の合金とは違った組成の準結晶を作れることが明らかとなっている.

そんな背景のなか,今回著者らが注目したのがトリニタイトである.
トリニタイトは非常に有名な岩石であり,歴史的にも大きな意味を持つ人造岩石だ.これが何かというと,トリニティ実験,つまり1945年に行われた世界初の核実験で生じた岩石となる.当時アメリカが開発していた核兵器はウランを用いたガンバレル型(いわゆるリトルボーイとして完成)と,プルトニウムを用いた爆縮型(いわゆるファットマンとして完成)の2つであった.ウラン235は高純度のものが得られるため単純な構造で核兵器となるが,ウラン235の量産が難しい.一方のプルトニウムは原子炉で量産可能なもののプルトニウム240の混入が避けられず,ガンバレル型では不完全な爆発となるため構造の難しい爆縮型とせざるを得ない.
当時の開発陣はガンバレル型の核兵器は実験不要だと判断したものの,爆縮型の核兵器は実際に起爆できるか実験が不可欠であると判断,ニューメキシコ州において世界初の核実験であるトリニティ実験が実施された.
地上約30 mの位置で起爆された"The gadget"は瞬時に周囲を高温に包み,深さ1.4 m,幅80 mのクレーターを生成した.高温により蒸発した砂漠の砂(主成分は二酸化ケイ素などである)や鉄塔,起爆信号を伝える銅ケーブルなどは混然一体となって蒸発し,大気中で急冷されガラス質の人工鉱物であるトリニタイトとなった.
雑多な原料の蒸気からの急冷……まさに著者らの求める「極端条件下での試料生成」に他ならない.

今回著者らは,トリニタイトの中でも異質な赤いトリニタイトを分析した.通常のトリニタイトはほぼ二酸化ケイ素からなる薄緑色のガラスなのだが,この赤いトリニタイトはまさに爆心地にあった銅ケーブル由来の銅を多く含むトリニタイトであり,その赤い色は酸化銅に由来している.著者らは試料を薄くスライスし,電顕を用いて分析を行った.試料中にはさまざまな組成の物質が含まれていたが,その中に10 μmほどのSi-Cu-Caを主成分とした未知の組成の粒子を発見した.
この粒子の電子線回折像は明確に正二十面体の対称性を示し,準結晶であることがわかる.試料の組成を分析したところ,おおよそ100分率でSi61Cu30Ca7Fe2と,Siを主成分としおもにSi-Cu-Caからなる準結晶であることが判明した.
Siを主成分とした準結晶は初めて見つかったものであり,新たな物質群への扉を開くものだといえる.

※試料に電子線を当て,励起原子から出てくる特性X線の波長と強度を調べることで,どの元素がどの程度いるかがわかる.ただし,元素分析としての精度はそこまで高くはないので「大まかに組成がわかる」程度に思っておいたほうが無難.

さてこの準結晶,どの程度の温度・圧力の下で合成されたものなのだろうか?
トリニティ実験での周辺温度は8000℃程度だそうだが,過去のトリニタイトの研究からこれらの岩石が生成された温度はおよそ1500℃,5~8 GPa程度だと考えられているらしい.この値は,隕石衝突時に生成される岩石と同等程度の温度・圧力であり,一般的な合金系での準結晶生成温度とはかけ離れている(それだけ面白い組成のものができる可能性がある).
隕石の衝突に関しては高速衝突実験などで模擬されているため,もしかしたら今回見つかったのと類似の(もしくはそれをベースに,もっといろいろな)準結晶を生成することも可能かもしれない.

著者らは「こういった特殊な条件でしかできない特異な鉱物が,核実験などをあとから突き止めるための,核鑑識とでもいうようなものの証拠にもなるかもね」とか書いているが,正直準結晶をそういった目的に使うのはまあ無理だろう(ゴロゴロできるもんでもないだろうし……).また応用面など考えても,なかなか微妙なところもある.
とは言えまあ,歴史的な遺物から,(現在残っていて,確認された中では最古の)人造準結晶が見つかった,というのはなんとなくキャッチ―ではある.

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日記

phasonの日記: DNAの5番目の塩基Zの合成経路 2

日記 by phason

A widespread pathway for substitution of adenine by diaminopurine in phage genomes
Y Zhou et al., Science, 372, 512-516 (2021).

および

A third purine biosynthetic pathway encoded by aminoadenine-based viral DNA genomes
D. Sleiman et al., Science, 372, 516-520 (2021).

地球上の生物のDNAは4種類の核酸塩基A(アデニン),G(グアニン),C(シトシン),T(チミン)が結合したヌクレオチドの連なりとして構成されており,AはTと2本の水素結合で結び付き,CはGと3本の水素結合で結び付くことで塩基対を作る.これによりDNAは安定な二本鎖構造を形成,遺伝情報を保持することができる.

※なお,RNAではTの代わりにU(ウラシル)が使用される.

さてこの核酸塩基,RNAへと転写され発現する際などに酵素により化学修飾を受けることも多く,核酸塩基(修飾塩基)の種類は実際には4種類どころか100を超えることが知られている.また,DNAの特定部分の発現を抑えるためなど発現を制御するメカニズムとして,一部の塩基をメチル化するなどの化学修飾が行われることも知られている.
とまあ,4種類に限られない核酸塩基ではあるが,それら修飾塩基は基本的にはRNAとして情報を伝達する途中での修飾であるとか,一時的な発現の制御であるといった例外的なもので,生物のDNAは基本的には上記の4種の塩基でできていると言える.

……と今まで思っていたのだが,今回の2本の論文によると,そうではないことが昔から知られていたらしい.
1977年にKirnosらが報告したところによると,シアノファージ(シアノバクテリアに感染するファージ)の一種であるS-2Lにおいては,ほぼすべてのAが,もう一つアミノ基が導入された別種の塩基(Z)に置き換わっているのだそうな.つまり,通常の生物がAGCTの4文字を使ってDNAを作っているのに対し,S-2LはZGCTという4文字でDNAが構築されていることになる.
このZ塩基,Aのピリミジン環(窒素原子を2つ含む環)の一つ残っているC-Hを,C-NH2で置換したものとなっており,分子構造的にはAとGの合いの子のような分子となっている.
今回報告された2本の論文は,このZを合成する酵素とその構造を決定し,どのようにZが合成されているのか,そしてシアノファージ等にどの程度このZを合成する遺伝子が広まっているのかを調べたものとなる.なお,2本の論文は別のグループによるものなのだが,投稿日も1週間以内程度とほぼ同時と,熾烈なデッドヒートが感じられる.

ということで詳細なのだが,正直なところZの存在を(いまさらながらに)知った衝撃のほうが大きく,論文の内容自体に関しては「まあそんなもんですよね」という感じであまり書く気にならないというか.
Zの合成に重要な遺伝子としては,もともとAを合成する遺伝子のちょっと遠い親戚(由来は同じだが,変異が入ったもの)であるPurZが重要な働きをしており,こいつがグアニル酸のC=Oのケトンの部分をアスパラギン酸に置き換え,PurB(※こいつは通常のAの合成でも同様の働きを行う)が付加されたアスパラギン酸のアミノ基以外の部分をフマル酸として切り出し,あとは通常の流れでZを含むDNAが合成される.
論文では,PurZの構造と,Mg2+との協働による合成メカニズムなどにも触れられているので,興味のある方は是非.
ちなみにZに関しては,通常のAがTとの間に2本の水素結合を作るのに対し,Z-Tでは3本の水素結合が形成されより強く(=安定に)結び付いた塩基対を作ることができる.このことが制限酵素(特定の配列を見つけ,二本鎖DNAを切断することでファージの増殖を制限する)による破壊への耐性を上げ,より増殖しやすくなっているのではないか,という報告が過去にあるらしいのだが,今回の1つ目の論文では実際にA → Zへの置換(PCRでの増幅の際に,Aの代わりにZが入るようにすると,最終的にほぼすべてのAがZに置き換わったものが作れる)を行い,制限酵素でほとんどやられないことも確認している.

今回の結果は,DNAの文字の拡張や,DNAを使ったナノ構造体を作る際に今までよりもさらに安定度の高いZ置換体を利用できることを示唆しているなど,もしかすると実用上も意味があるかもしれない.また個人的には,Zなんて言う変わった塩基をベースにした生命(ファージなんで,生命と呼ぶには微妙ではあるが……)がいることが衝撃であった.

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アレゲは一日にしてならず -- アレゲ研究家

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