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14206778 journal
日記

phasonの日記: 壊れにくい超撥水表面の作成法 3

日記 by phason

"Design of robust superhydrophobic surfaces"
D. Wang et al., Nature, 582, 55-59 (2020).

非常に水をよくはじく超撥水の表面は,ほんの少しの傾きがあれば濡れても水分が全て玉状となって流れ落ちるため,例えば汚れにくい表面や曇らない鏡,ドロッとした食品系のペーストがくっつかない蓋などとして実用化がされている.こういった(水系の)液体がくっつかない表面加工はこのほかにも,粘性の高い水溶液や懸濁液を低抵抗で流せるパイプ用の内面加工など,まだまだ数多くの応用が提案されている材料である.
このような超撥水の表面を作るには,どうすればよいだろうか?撥水性/親水性は,基本的には表面と水分子との相互作用によって決まる.もし表面が水分子とほとんど相互作用しない物質だった場合,水分子はそれらの表面にくっつくよりも,他の水分子に囲まれて自由に水素結合を作っていた方がエネルギー(正しく言えば,エネルギー,またはエンタルピーから,エントロピーと温度の積を引いた自由エネルギー)が低くなる.逆に言うと,水は撥水性の物質と接している接触面積に比例しただけエネルギーが上がる(界面エネルギー).
このため水はできるだけそれらの物質と接触しないように変形し,接触面積が小さくなるようになる.つまり撥水表面での水玉のような構造となる.通常取り扱える物質の中で,水との相互作用が非常に小さいのはフッ素樹脂である.これは通常のポリマー同様の炭素鎖の表面を,数多くのフッ素原子で修飾したものであるが,フッ素原子はその小ささと大きな核電荷ゆえに原子表面の電荷が動きにくく,分極率が極めて小さい.このため他の原子との相互作用が非常に弱い(テフロンが低摩擦な理由の一つでもある).
しかしながら,フッ素樹脂で表面をコートしただけでは,高い撥水性は持つものの「超撥水」(接触角が150度以上)までは行きつかない.超撥水を実現するには,物体の表面にナノレベルの凹凸を作る必要がある.物体の表面に非常に細かい凹凸があると,水と接した際の接触面積が増える(何せ表面に猛烈に細かい凹凸があるので,見た目以上に実際に接している面積が大きい).このため撥水性の物質の表面にナノレベルの凹凸を作ると,さらに格段に撥水性が上がり,超撥水の表面を作り出すことができる.

さて,この「超撥水には不可欠な,ナノレベルの凹凸」が問題である.物体の表面というのは,しばしば他の何かにぶつかったりこすれたりする部分にあたる.そこにナノレベルといういかにも壊れやすいサイズの凹凸が露出しているわけだから,超撥水の表面というのは何かとこすれるだけで容易に構造が破壊され,超撥水を示さなくなってしまうのだ.
もちろんこれまでにも様々な改善法は提案されており,例えばナノ構造を作るポリマーの化学結合をもっと強いものに置き換えるだとか,高強度の柱を立てておきそれで外部から近づいた物体を支え,本当の表面にある凹凸を守る,などが報告されている.しかしこれらは抜本的な解決になるほど強度が上がらなかったり,多少ましになっても生産性に難がある(量産しにくい,高価,等)など問題を抱えている.
今回著者らが報告しているのは,逆ピラミッド型の窪みを基板上に安価に作成し,そこにナノサイズの凹凸を作りこむことでナノ構造を保護しつつ高い量産性を確保する,というものである.

どういうものを作ったのかはこれはもう図を見たほうが早いので,Supplementary InformationのSupplementary Figure 4,5,7aと7b,10aを見ていただきたい.といってもまあ上で説明したまんまで,「ピラミッド状の型を作る → それをもとに『ピラミッド状に凹んだ表面』を作り,表面を撥水加工する」というだけの代物だ.なお,別にピラミッド型に限らなくてもよく,三角錐型やハニカム状の窪みを作っても同じようなことになる(Supplementary Figure 18).大まかなサイズとしては,ピラミッド状構造の一辺が100 μm程度となっていて,そこそこ大きいので作りやすそうである.
このようなピラミッド型の窪みをもった表面の作り方は何通りかあるが,例えばSiO2/Si基板にリソグラフィーで格子状にSiO2を残し化学的にエッチングするとピラミッド状の窪みができる.その上にポリマー原液をキャストして固め,ピラミッド状の突起のあるポリマーを作成.そいつを剥がして取り出し,今度はこのポリマーを鋳型としてセラミックの原料をキャスト,剥がしてセラミック部分を焼結すればピラミッド状の窪みがある薄膜が作れる.ポリマーを何度も再利用すれば同じ構造が何枚も作れるという寸法だ(Supplementary Figure 4と9).また別な手段として,円筒状のローラー表面にピラミッド状の突起を作りこんでおけば,こいつを基盤に押し付けながらゴロゴロ転がしていくだけでも同様なピラミッド状の窪みのある表面も作れる(Supplementary Figure 10).しかも転がして作るだけなので大面積化も余裕だし,緩やかな曲面にも転写できる.同様に,ピラミッド状の突起をもつSiやリン化ニッケルなどの硬い基板をハンコのように使い,金属表面やガラスにスタンプするだけでピラミッド状の窪みが量産可能である(Supplementary Figure 11,12).
ピラミッド状の窪みが出来たら,続いてナノ構造の作り込みだ.こちらも単純な手法で,基板表面に対しろうそくの煤を堆積させることでナノサイズの炭素粒子が積み重なる.それをテンプレートとしてシリカを堆積させ炭素を焼きだすとナノ構造のシリカで覆われた表面(ただしシリカなので親水性)となり,さらにその表面にフッ素修飾した炭素鎖を結合すると超撥水の表面の完成となる(Supplementary Figure 14).
このようにして作成した表面は,まずそのままの状態で接触角150度以上の超撥水性を示した.

続いて最も大事な耐久試験である.こちらも動画を見ていただくのが手っ取り早いだろう.
まず通常の(一般的な)超撥水表面を剃刀の刃でゴリゴリとこすると,表面構造が破壊されあっという間に超撥水性はなくなってしまう(41586_2020_2331_MOESM2_ESM.mov).
ところがこれに対し,今回著者らが作成した表面は,剃刀の刃で縦横にゴリゴリと削り,さらにドライバーでこすり,金だわしでこすり,サンドペーパーで削り,柔軟なプラスチックのへらでこすっても撥水性が維持されている.これは平面状のSi基板でも,曲面上のセラミック基板でも同様である(41586_2020_2331_MOESM3_ESM.mov).
※そこまでやらんでも,という気もするが,まあ,説得力はある.

ゴリゴリやる前と後とで,接触角的には数度程度しか劣化が見られない.これは,ゴリゴリとこすっても,少しずつ削れているのは鎧として保護に役立つ「壁面」部分であり,液体との接触の大部分を担う「窪み」の部分にはほとんどダメージが行かないことに由来する.
こする前後での落下した水滴の跳ね具合などを見ても(41586_2020_2331_MOESM5_ESM.mov),ダメージが少なそうなことは見て取れる.
さらに長時間のスクラッチにも耐えるかの試験として,プラスチック片をゴリゴリとこすり続けてみたところ,1000回ほどこすってもまだ接触角は150度程度を維持していた.
さらに,強烈な水流(10気圧ぐらいの圧力で,128 mlの水を0.8秒で放出.およそ32.6 m/sの速度らしい)を表面にぶち当てる,という実験でも(41586_2020_2331_MOESM7_ESM.mov),既存のコーティング法で作った表面は撥水性が落ちているのに対し,今回の手法で作成した表面は十分な撥水性を維持している.
前述の通り,この手法はガラスの表面にも適用できる.ガラス板にこの手法を適用し,うっすらと曇ったぐらいの透明度のガラスを作り,剃刀やプラスチック片でこすっても十分な撥水性が維持される様子が動画として公開されている(41586_2020_2331_MOESM8_ESM.mov).

超撥水表面は結構弱いのが常識だったのだが,思った以上に強いものが作れるものである.

14194917 journal
日記

phasonの日記: 過剰な降雨が誘発したハワイ島の火山活動

日記 by phason

"Extreme rainfall triggered the 2018 rift eruption at Kīlauea Volcano"
J. I. Farquharson and F. Amelung, Nature, 580, 491-495 (2020).

ハワイ島のキラウェア火山が2018年5月に非常に大きな活動を見せたことは記憶に新しい.この時の噴火はここ200年でも有数の規模の活動であり,例えば住宅地でも亀裂が生じ溶岩が噴き出すなど,最近の火山活動とはやや異なる挙動がいくつか見受けられた.特に火山学者らが注目したのは,噴火前に山体膨張が見られなかった点である.通常,大規模な火山活動は,深部からマグマが上昇し火山のマグマだまりに供給されることによって生じる.ところが2018年の大規模噴火では,非常に大きな噴火でありながら事前の山体膨張はほとんど確認されていない.これは噴火の原因が,地下深くからマグマが供給されたわけではないことを示唆している.
では,この噴火の原因は何だったのだろうか?今回著者らは,同時に起きていた異常降雨がその原因ではないかと指摘している.
もともと,浅部で起こる火山関連の活動と降雨の間に関係があることはよく知られており,いろいろと研究はある.例えば火口の溶岩ドームが降雨で崩壊することもあるし,浅部地下水がマグマにより加熱され高圧の水蒸気を生じ,それが水蒸気爆発を生じるなどもよくある話である.しかしながら2018年のハワイの噴火では,マグマはもっと深い位置に存在しており,このような深いマグマと降雨との関係は明らかになっていない.

著者らが立てた作業仮説は以下のようなものである.大規模な降雨が陸地にしみこむと,地下深部での圧力が増加する.するとその圧力を受けたマグマだまりの圧も増すため,地殻の弱い部分が突き破られる可能性が増大する,というものである.要するに,カレーパンなりあんパンなりの上から重りをのせれば弱い部分が割れて中身が漏れだす,というようなものだ.
何故著者らがこういった仮説を立てたのかといえば,

・前述の通り,マグマの移動などは事前に確認されていない.それ以外の何らかの原因でどこかが「破れた」と考えられる.
・この年は非常に降雨が多く,2018年の1-3月期の降水量は2.25 mと,例年の2.5倍にも達する.これは統計的に2σを超えるような大きなズレである.
※ハワイ島の北西にあるカウアイ島では,24時間雨量が1.26 mにも達したらしい.

という2点にある.異常な事態が2つ同時に起きていたので,何か関連があるのではないか,というのがとっかかりというわけだ.
そこで著者らは,降雨によりどの程度地下の圧力が増大するのかを,大雑把なモデルで計算した.メインのモデルは,上部(浅部)に水の透過率の高い地表が500 mあり,その下10 kmまでは透過性の低い地層が広がる,というもので,水平方向には均一(つまり,1次元方向のみ考えればよい)というモデルになる.一応他にも3つぐらいのモデルで計算しているようだが,そちらまでは読んでいないので割愛.
そんな単純化したモデルで著者らが計算してみたところ,ハワイ島における異常な降雨の結果,地下でも最大で数十 kPaていどの圧力の増加が生じても良い,という結果を得た.地表近くの急激に圧力が変化する部分を除いても,例えば地下1 kmで1 kPa程度,地下3 kmで0.1 kPa程度の圧力増加はあっても良い,ということになる.この地下3 kmというのは,横方向でのマグマの移動が最も起こっている領域,だそうだが詳しいことは不明.多分,ハワイ島での噴火によく関係する深さ,という感じなのだろう.
0.1 kPaというと,大気圧の変動と比べるとかなり小さいような気もするが,地下数 kmともなると,地上での気圧変化は途中の地殻中での摩擦などで相殺されてしまい,なかなかここまでの圧力はかからない……のだろうか?この辺りは分野外で感覚が無いのでよくわからないが……
過去の研究からは,大雑把にいって10 kPa程度マグマの圧力が変化すると,マグマがどこかを破って噴出する可能性が非常に高いらしい.それと比べると0.1~1 kPaというのは小さいが,もともとハワイ島は非常に噴火しやすい場所であり,あちこちがギリギリ噴火しない程度で保たれていることを考えると,この程度の地下圧力の増大が噴火に繋がるのもおかしくはない,そうだ.
なお著者らは過去の噴火のデータと気象データの相関も調べており,1975年以降の大きな噴火33のうち,20は(降水量から推定した)地下圧力が顕著に増大していた(と考えられる)時期と重なっており,ハワイ島における噴火には降雨がこれまで考えられていた以上に影響しているのではないか,と述べている.

そんなわけで「もしかしたら雨と噴火に関係あるかも?」という論文だった.
ちょっと微妙なところなんで,個人的には「そういう可能性もあるだろうけど,もうちょっと追加の研究待ちかなあ……」という感じ.
Extended Dataとしていくつかの統計的なグラフが載っているが,降雨の多い時期と噴火時期に何の相関もなく単なる偶然だとすると,そういった偶然が起こる可能性は2σぐらいに位置するらしい.まあ,相関はありそうな気がしなくもないが,偶然でもギリギリ文句言えないかなあというところ.

14192136 journal
日記

phasonの日記: マルハナバチは葉を噛むことで開花を促進する 1

日記 by phason

"Bumble bees damage plant leaves and accelerate flower production when pollen is scarce"
F. G. Pashalidou, H. Lambert, T. Peybernes, M. C. Mescher, C. M. D Moraes, Science, 368, 881-884 (2020).

自然界では,さまざまな蜂が受粉を媒介し,生態系の維持に大きな役割を果たしている.植物は受粉を助けてもらう代わりに蜂に食物を提供し,蜂はその食物を利用し増殖する.そんなわけなので,蜂が一番食物を必要とする繁殖期,これは分蜂やら新たな群れを作ったりやらがある春になるのだが,と多くの植物の開花時期とが一致している方が何かと都合が良い.
さて,大まかには時期が一致している繁殖期と開花時期なのだが,当然ながら両方とも気候の影響などを受けるため,年によってはズレが生じる可能性がある.特に近年の気候変動なども考えると,このズレが非常に大きくなることもあるだろう.そうなると,蜂は餌が足りなくなり十分増えることができず,まわりまわって植物の受粉もうまくいかなくなる可能性があるわけだ.
こういった共生関係にある場合,両者のタイミングを一致させるためのメカニズムが別に存在する可能性がある.果たして,蜂と花の場合はどうだろうか?

今回の論文の研究は,著者らが春にマルハナバチを観察していて,「働きバチが葉の内側(エッジではない部分)に切れ込みを入れている」という行動を見つけたところからスタートした.観察の結果,蜂は葉を切り取って持っていくわけでも食べるわけでもなく,単にV字の切れ込みを作っているだけだと判明した.
植物関係の常識として,各種のストレスが花芽の生成を促すことが知られている.要するに,環境の良い間はできるだけ大きく成長しておいて,気温が下がったり害虫が出てきたりしたら早めに種を作って生き延びる,という進化なわけだ.とすると,蜂は食物が必要となる春先に,植物の開花を促すために葉に傷をつけている可能性がある.真実は実験で確かめるしかない.

著者らはまずコントロールされた条件下で実験を行った.蜂としてはそもそもの切れ込みを入れる行動が観察された,地元チューリッヒでもよく見るセイヨウオオマルハナバチを用い,これを外界から区切った領域で,決められた植物のみが存在する状況に置く.置いた植物はトマトとクロガラシ(アブラナ科の草)である.まずはこれらの植物で「マルハナバチと共存させ,葉に切れ込みが入ったもの」,「人が人為的に似たような切れ込みを入れたもの」,「切れ込みの無いもの」の3つの群を作り,同じ条件下で開花までの日数を測定した.用いた株数はトマトが各群20株(花の数は総計4800),クロガラシが各群10株(花の数は1200)である.
Supplementary MaterialsのFig. S1を見ていただくとわかりやすいが,何も傷つけていない株の開花割合(緑)に対し,人為的に傷つけたもの(青)ではやや早く開花し(トマトは平均5日,クロガラシは平均8日,傷つけないものより早い),蜂が切れ込みを入れた株(黄色)はさらに早く開花している(トマトは平均30日,クロガラシは平均16日,傷つけないものより早い).クロガラシの方はちょっとばらつきが大きいので微妙なところもあるが,トマトの方は歴然たる差が表れている.要するに,蜂が噛むと花が早く咲く,というわけだ.

餌とのかかわりを考えると,食物が少ない時ほど蜂が葉を噛んで早く花を咲かせようとするのが自然である.そこで著者らは今度はマルハナバチを2群に分け,片方には十分な花粉を餌として与え,もう一方には花粉が不足する状況に保つ.そしてそれぞれの群が,近場に置いたクロガラシの葉に対しどの程度葉を傷つけるのかを観察した.この時,群れの個体差があるといけないので,最初の1週間はAのグループに多く花粉を与え,後半の1週間は逆にAの方が少なく与えられた.
結果は歴然としたものだった.前半1週間では,花粉を十分与えられているA群は葉をほとんど傷つけなかったのに対し,B群の近くにおいたクロガラシの40%ほどが葉に損傷を受けていたのだ.後半の1週間ではこの傾向がきれいに逆転し,花粉を十分与えられたB群の近くのクロガラシは10%前後しか傷つけられなかったのに対し,花粉が減ったA群の近くのクロガラシは40%ほどが損傷していた.
つまり,花粉が十分手に入る=周りに十分な花が咲いている状況ではマルハナバチは単に花粉を集めるが,エサが少ない時期には葉を傷つけ,少しでも早く花粉が手に入るようにしていたわけだ.

しかしこれらの結果は,あくまでも制御された環境下での話である.そこで2018年には著者らは,屋外での実験を行った.
屋上庭園にマルハナバチの巣を設置し,すぐ近くに(花の咲いていない)植物を置いておく.そして周辺地域での花の咲きぐあいの変化に対し,巣の近くに設置した植物の葉がどの程度切られるか,を観察した.
すると予想通り,周辺に花が咲き始めるまでは多くの葉が切られたのに対し,周辺で花が咲き始めると葉への傷害行動は急速に減少していった.さらに,途中で巣の近くに花が咲いた植物の鉢(かなにか)を追加すると,それ以降の葉への傷害行動は一気に減少している.実験室系での結果から予想される通り,自然界でも,エサが少なければ葉を傷つけ,エサが豊富ならそういうことはしない,というマルハナバチの生態が確認できた.
なお著者らは,この観察の間に自然界の別種の蜂たち(といってもマルハナバチの仲間だが)も観察場所に現れ,葉に似たような傷をつけていることを報告している.つまり,葉を傷つけて開花を促進するのは養殖されているセイヨウオオマルハナバチだけではなく,自然界の類似の種も行っている,ということが言える.
なお著者らはさらに翌年の2019年にも実験を行い,今度は数百メートル離れた2か所に巣を設置し,片方は巣の近くに花を配置,もう一方はそのまま,として比較したり,設置した花を途中で根こそぎ刈ったりして,マルハナバチの行動を確認しているが,結果はまあ予想通りのものだったので詳細は省略する.

ということで,蜂は意外にも自分の方から能動的に働きかけ,開花時期に影響を与えているらしいよ,という研究であった.

14152033 journal
日記

phasonの日記: 豊かな温帯雨林に覆われていたかつての南極大陸 1

日記 by phason

"Temperate rainforests near the South Pole during peak Cretaceous warmth"
J. P. Klages et al., Nature, 580, 81-86 (2020).
※いくつか間違っているサイトがあるようですが,「温帯雨林」であって熱帯雨林ではありません.

「過去に何があったのか?」に思いをはせるのは人類の知的好奇心の代表的な表れである.これまでにも過去を知るための数多くの努力が費やされ,数々の奇想天外な生物の存在や,全球凍結などのかつては予想もされていなかったような気候の劇的な変動の様子などが次々明らかとなっている.特に過去の気象を知ることは,その時代の生物がどのようにして繁栄したのかを知るための重要な知見になるとともに,我々の世界の気候の行方を推測するための基礎データとしても重要となってきている.

さてそんな地球の気候であるが,研究が進むごとに我々が以前考えていたよりもはるかにダイナミックに変化していることがわかってきている.今回の論文が注目しているのは後期白亜紀の極地における気候なのだが,この時期は火山活動が大幅に活発化し,海洋底が大きく拡大していたこと,火山活動の増大に伴い二酸化炭素濃度が大きく上昇し現在の3倍(1200 ppm)を超えるような状況になっていたこと,それに伴い世界的に非常に大規模な温暖化が起こっていたこと,海水面の大幅な上昇(200 m前後)が起こっていたことが知られており,世界の気候は現在とは大きく異なっていたと推測されている.
当時,世界全体の気温が上がっていたのは確かなのだが,では,極地ではどれほどの温度に達していたのだろうか?極地の氷は溶けていたのかいないのかは,当時の気候をモデル化するうえでも非常に重要なポイントとなる.過去の研究では,8900~8400万年前において(当時の)南極点から2500 kmほどの場所(これは南緯67.5度あたりになる)で,年平均気温が15~21 ℃程度であったという見積もりがなされている.今回の論文は,もっと南極点の近くまで温暖な気候であった,という結果を報告している.

著者らの研究は,西南極のパインアイランド付近での海底掘削によるサンプルの分析に基づいている.この辺りはかつてジーランディア(かつて存在した小さな大陸.現在は大部分が海面下に沈み,ニュージーランドなど一部のみが海上に表れている)が南極大陸とつながっていたあたりになり,当時の南極点からわずか900 km付近,南緯82度のあたりに相当する.
掘削の結果得られたサンプルは,海底下17~24 mあたりまでは砂利を含んだ珪岩であり化石を含んでおらず,あまりデータは得られなかった.ところがそれより深い位置には,薄い硬くなった褐炭の層を挟んで,3 m以上深くまで伸びた植物の根の痕跡が発見された(サンプルのCTによる構造は動画で公開されている).この部分をさらに詳細に分析すると,多数の花粉や胞子が発見され,周囲に多くの植物が存在したことが確認できる.発見された花粉・胞子から存在していた植物を解明し,当時南極大陸に接していたジーランディアに存在していた植物(これは,現在のニュージーランドの地層から発見される植物である)と比較することで,この地層はおよそ8300~9200万年前のものであると結論づけられた.
さらに詳細な分析を行うため,この部分の土壌から有機物を抽出し,そこに含まれる炭素-窒素比,炭化水素の鎖長,異質細胞特異的糖脂質(heterocyst specific glycolipid,シアノバクテリアの作る糖脂質)に含まれるtriolとketo-diolの量の比を分析した.炭素-窒素比や炭化水素の鎖長ははその生物が水棲の場合低い値に,陸生の場合は高い値になることが知られており,また異質細胞特異的糖脂質のtriolとketo-diolの比はシアノバクテリアが生息していた環境の温度等に影響を受ける.つまり,これらを分析することで当時の環境が推測できるわけだ.その結果,この場所はかつて淡水の沼地(とか湿地とか)であったこと,しかも比較的大きなサイズ(いわゆる樹木などのサイズ)の植物も数多く存在したことが判明した.これと無数の花粉や胞子,よく伸びた根のネットワークの存在などと組み合わせると,森のように無数の植物が繁茂する沼/湿地のような場所=温帯雨林であったと言える.ただ,南極には非常に長い夜(いわゆる極夜)があり,1~2か月の間日が差さない.ここを植物がどう乗り切っていたのかはこれからの研究が必要だろう(現在の冬のような状態で休眠か?).
土壌に含まれる鉱物はカオリナイトが70%程度,粘土鉱物のスメクタイトが30%弱であった.これらは化学的な風化作用が強かったことを示しており,現在で言えば熱帯雨林などが対応するが,これは著者らの気温に対する推計には合致しない(推定される気温は次に書くようにもっと低い).そのため,この周囲が沼地などであり,そこで発生する有機酸により風化が促進されていたのだろうと推測される.
今回の結果から推測される年平均気温はおよそ13 ℃であり,年間降水量は1120 mm程度.最も気温が高い真夏の平均気温はおよそ18.5 ℃と推定された.この平均温度は,以前の別の研究でなされた「極点から2500 kmのところで年平均15~21 ℃」と大きな差はなく,南極点に向けての気温の変化はかなり小さい(広い範囲で温度が近い)ことを意味している.

気象モデル(COSMOS)を用いこの夏場の気温を再現するには,1120~1680 ppmの間ぐらいの二酸化炭素濃度が必要と計算される.これは過去の推計と矛盾しない.しかしながら,いずれの場合でも年平均気温は今回求められた13 ℃には遠く及ばず,例えば1120 ppmでは-5 ℃程度,1680 ppmでは0 ℃程度と,かなりの開きがある.これに関しては,今回の計算では植生を固定しての計算であったためで,実際には南極大陸のほとんどが緑地に覆われていてアルベドが低い(氷だと反射する光を吸収するので,もっと温度が上がる)ことなどが効いていると考えられる.逆に言うと,今回のサンプルの分析から推定される温度を満たすには,南極大陸の大部分の氷が消えており,十分植物が繁茂していることが要請される.

そんなわけで,後期白亜紀の少なくとも一時期(チューロニアンからサントニアンのあたり)では南極大陸が温帯雨林の豊かな植生に覆われていたらしい,という研究結果であった.いやー,研究する人の執念というか,いろいろな環境分析手段が開発されてるもんですねぇ.土壌中の有機物を抽出してHPLCで分離,マスで見るとか,これだけ古いものでもできるってのは驚きです.

14068959 journal
日記

phasonの日記: カシミール効果により真空ギャップを超えるフォノンによる熱伝導

日記 by phason

"Phonon heat transfer across a vacuum through quantum fluctuations"
K. Y. Fong et al., Nature, 576, 243-247 (2019).

固体中での熱伝導は,そのほとんどが格子振動=フォノン(と,伝導体の場合は伝導電子)によって伝達される.当然のことであるが,物体の間に真空のギャップが存在すれば両者は物理的に切り離されており,フォノンによる熱伝導は起こらない.しかしもし両者の間に何らかの引力などの相互作用が働けば,ギャップの一方の側の物体表面での振動が相互作用を介してギャップの反対側の物体に伝わるため,真空ギャップを介してのフォノンによる熱伝導を実現することができる.
さてここで,二枚の平行な金属板を考えよう.この金属板が存在しない場合,空間中にはありとあらゆる波長の光が量子揺らぎ(ゼロ点振動)の分だけ励起されている.ところが金属板が存在すると,二枚の金属板の間に励起できる光(定在波)は,金属板の間隔の整数分の一の波長をもつものに限られてしまう.金属板の外側では空間が十分に広いためありとあらゆる波長の光(のゼロ点振動)が励起されるのに,二枚の金属板の間の空間では励起される光が大幅に減少し,その結果として非常に近接した二枚の金属板間には引力が働く.いわゆるカシミール効果というやつだ.
このカシミール効果を考慮に入れると,二枚の近接した金属板間には真空中であっても相互作用が働くため,フォノンによる真空ギャップを超えた熱伝導が可能になるはずだと予想される.しかしながらそのような効果は測定が非常に難しく,これまで実験的には検証することができなかった.カシミール効果は金属板の間隔が狭くなるほど強くなるのだが,同時に金属原子間のファンデルワールス力や微妙な電位差による静電引力なども大幅に増えてしまい,それらを通じた熱伝導ととカシミール力を通しての熱伝導が分離しにくくなってしまうためだ.
今回著者らはさまざまな工夫によりその困難を乗り越え,カシミール力による金属板間のカップリングを通したフォノンによる熱伝導を測定し報告している.

著者らが用いた金属板は,ナノ加工ではお馴染みの窒化ケイ素(Si3N4)の表面に金を蒸着したものである.Si基板の表面にごく薄い窒化ケイ素を成長させ,その後基板をエッチングすることで窒化ケイ素の薄膜(が,分厚いSiの一部に窓のように融合した構造)が作れる.その両面に金を蒸着することで薄い導電性の板を作成している.
前述の「他の力との分離が難しい」という部分に関しては,金属板の間隔を500 nm前後とかなり広くとることによりファンデルワールス力などの寄与を無視できるまでに低減,さらに二枚の板に電位差を自由につけられるようにすることで自然発生してしまう電位差による引力を相殺する(どの位置で相殺できるか,電位差をスキャンすることで判別可能).金属板の間隔がかなり開いたことによるカシミール力の弱体化は,非常に精密な熱測定を行うことで強引にクリアしている.どうするかというと,金属板(薄膜)の温度の測定を,そこに励起されている熱振動の強さとして検出し,薄膜の振動は薄膜裏面(二枚の金属板が向かい合っている側を表とすると,外側)の蒸着された金をミラーとして用い,近傍にハーフミラーを設置.その間を共鳴空洞とすることで光の干渉測定を行うという手法になる.なお,測定のためのレーザーは非常に低エネルギーに制限しており,これによる加熱は無視できる程度に小さくなるように設計されている.

          薄膜  薄膜
       |   |  |   |
レーザー → |・・・|  |・・・| ← レーザー
       |干渉波|  |   |
     ハーフミラー     ハーフミラー

左右の薄膜は,製造上のばらつきによりどうしても振動数がわずかにずれてしまう.異なる振動数では,カシミール力を介した両者の振動がうまくカップルしないので,ヒーターとクーラーによる温度差をつける.温度が変わるとSi基板と窒化ケイ素の膨張率の違いにより,薄膜にかかっている張力が変化する.これにより温度を変えることにより薄膜の振動数を変えることができるので,一方の薄膜(の張り付いたSi基板)を冷却系により冷やし,もう一方の薄膜(の張り付いたSi基板)をヒーターにより加熱し,両薄膜の振動数が一致するように設定する(各薄膜の振動数の温度依存性は,レーザーを用いた干渉測定により測定できる).この温度差は,二枚の薄膜間での熱伝導の駆動力としても同時に働くこととなる.
なお,精密な測定のため,両薄膜は非常に平行度が高くなるように調整されており,その誤差は10-4 rad以下だそうだ.

では測定結果に移ろう.
装置内を真空にし,二枚の薄膜の間隔を800 nmにすると,両薄膜間での熱伝導はほぼ起こらなくなる.このため薄膜(に励起されている振動の温度)は高温側が312.5 K,低温側が287.0 Kと,Si基板の温度と一致する.この薄膜間隔を狭めていくと,650 nmを切ったあたりから徐々に2枚の薄膜の温度が近づいていき,およそ400 nmあたりでほぼ同一の温度を示すようになった.これは,高温側の薄膜から低温側の薄膜に熱が伝わり,両者の温度が均一になったことを意味している.

もちろん輻射による熱伝導や,物体表面に励起されるエバネッセント波を介しての熱伝導,はたまた金属表面のプラズモンやポラリトンといった電子の励起による相互作用も熱伝導を担う可能性がある.それらの可能性を排除するため,二枚の薄膜が共鳴状態とならないような温度差にして同様の測定を行った.先ほど述べたように.もともと二枚の薄膜の振動数は異なっており,特定の温度差を選ぶことでちょうど振動数が一致するようにしていたわけなので,その温度差を変えて振動の共鳴が起こらないようにしてやったわけだ.
すると今度は先ほど見られたような大きな熱輸送は現れず,薄膜間隔を400 nmぐらいに接近させても温度差はかなり大きく維持されたままであった.このことから,薄膜間での熱伝導の起源がフォノンの共鳴を介したものであることがはっきりとし,真空ギャップを超えてフォノンが熱伝導を担えるということを実証している.
なお測定結果に関しては,カシミール力を取り入れた計算から求まる熱伝導度の薄膜間距離依存性が実験地と非常に良い一致を見せており,理論面からも裏付けが得られることとなっている.

近年ナノ領域での放熱,熱伝導などはかなり熱い分野なのだが,まさかカシミール力が熱伝導にかかわってくるとは思わなかった.大変興味深い.

14051065 journal
日記

phasonの日記: 電圧駆動のナノサイズ機械素子を利用した光の高効率スイッチング素子

日記 by phason

"Nano–opto-electro-mechanical switches operated at CMOS-level voltages"
C. Haffner et al., Science, 366, 860-864 (2019).

現在のCPU等の発熱が大きい理由の一つが,駆動が電流によりなされる一方で電気抵抗によりそのエネルギーが熱に代わってしまう点にある.電流による損失の問題を解決する手段の一つとして電流以外を用いたプロセッサが提案されており,例えば電流の代わりに電子のスピンの流れ(スピン流)を用いるものなどの研究が進んでいる.
そういった研究の一つに「光による演算」というものもあるのだが,演算の全過程を光のみで制御するのは現時点では現実的ではなく,現在一般的に用いられている電気的な素子により光学的な素子を駆動し,両者を組み合わせたハイブリッドな回路が現実的な解として挙げられる.さらに,オンチップで電気-光学素子が組み込めれば,素子間を光通信で繋いだり,現在の光通信関係の装置をより小型化・効率化できるなど利点も多いことから,半導体メーカー各社を含め「電力駆動の光学素子」に関する研究例は多い.

電気的に光の経路をスイッチングするにはいくつかの手段が考えられる.例えばデジタルミラーデバイス(DLP型のプロジェクタに入っているあれ)のように機械的に鏡を動かすものなどもあるが,より素子に組み込みやすいものとしては「電流や電圧により局所的に屈折率を変化させ,共鳴条件を変える」というものが挙げられる.二つの導波路を極近傍に配置すると(例えば,x方向に伸びる導波路の上にy方向に伸びる導波路を載せる,など),両者の間にうまく共鳴条件が成り立つ(=波がちょうど透過するような条件になる)場合にはほぼ完全に光がもう一つの導波路に移り,屈折率がどこかで微妙に変化して共鳴条件から外れると途端に光はもとの道を直進するのみになる.これを利用すると,ある部分(2つの導波路の間であったり,一方の導波路の一部分であったり)の屈折率変化をon/offするだけで光の進行方向を切り替えられるようになる.
ここで問題になるのは「どうやって屈折率を切り替えるか?」である.一つの方法としては近傍に設置したヒーターの加熱により温度変化を起こす,というものなのだが,想像通りこれは効率が悪く,しかも冷えるための時間が必要となるため繰り返し周波数も低くなる.電圧引火により屈折率が大きく変化するような特殊な材料を使った素子も報告されているのだが,そういう材料は既存のCMOS作成プロセスに組み込むことが難しいなど問題も多い.
今回著者らが論文で報告しているのは,CMOSプロセスフレンドリーなありきたりな材料を使って,導波路部分の屈折率を大きく変化させることに成功し,光の高効率スイッチングを実現した,というものになる.

著者らが何を使ったのかというと,電圧印可による機械的な変形である.まず,直行した方向に伸びる二つの導波路(Si上に作られた棒状の出っ張り)を作成する.そしてその交点近傍に,円盤型の機械的動作を行うスイッチング素子を作成する.

↓入射光



■〇←スイッチ
■□□□□□□□□□□□□→切り替え時の出口




↓透過光

スイッチング素子は,横から見ると3枚の円盤を積み重ねたような構造をしている.

■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←金薄膜(厚さ約40 nm)
    □□□□□□□□
    □□□□□□□□ ←アルミナのスペーサー(厚さ約40 nm)
    □□□□□□□□
■■■■■■■■■■■■■■■■■ ←Si基板

Si基板と上の金薄膜との間に電圧を印可しなければ,この構造のままであり屈折率には何の影響も及ぼさない.一方,Si基板と金薄膜との間に1 V程度の電圧を印可すると,両者の間に電気的な引力が働くため,金の薄膜が下向きにたわむ.

  ■■■■■■■■■■■■
 ■  □□□□□□□□  ■
■   □□□□□□□□   ■
    □□□□□□□□
■■■■■■■■■■■■■■■■■

金は非常に強い表面プラズモンで知られる金属であり,金表面に近い部分(素子の隙間の空間および薄膜の下に位置するSi基板)はその影響を非常に強く受ける.また同時に,Si基板と金との隙間部分のサイズも変わる.この二つの効果により,このスイッチング素子部分の実効的な屈折率(のようなもの)は電圧のOn/Offで非常に大きく変化することとなる.
最初の図に示した光の経路を考えると,光が右に経路を変えるためには導波路→スイッチ部分→右向きの導波路,という経路が共鳴条件を満たす必要がある.例えば「スイッチがOffの条件(金薄膜が曲がっていない状態)でちょうど共鳴する」ように素子を作っておけば,電圧を何も印可しなければ光は全て右から出力され,一方電圧を印可すると経路途中のスイッチ部分の屈折率が変化=全体で共鳴条件を満たせなくなり,光はそのまま下方へと直進するようになる.
とまあ,著者らはこのような仕組みで光のスイッチングを成し遂げたわけだ.なお,この素子はSi,アルミナ,金だけで作成されており,現在のCMOSプロセスとの相性は非常に良い.また,スイッチングは電圧の印可だけであり電流をほとんど伴わないので,消費電力も非常に低くできる.著者らの素子の消費電力(素子部分のみ)はおよそ6 fJ(1.4 V駆動)~130 aJ(0.2 V駆動),100 MHzでスイッチングすると消費電力はおよそ600 nW(1.4 V)~12 nW(0.2 V)となる.
※当然,高い電圧で駆動した方がより共鳴から外せるため,S/N比は高くなる.

では実際どの程度の効率でスイッチングが可能なのかということだが,1.55 μm程度の赤外レーザーを通している場合,1 V程度印可すると共鳴周波数が6 nm程度ズレることが確認された.6 nmというのは作成した導波路の透過波長幅の5倍程度あるため,共鳴からはほぼ完全に外れる,つまり通常時に共鳴により抜けていた方向には,電圧を印可するとほとんど出ていかなくなることを意味している.
透過側に抜けるようにした場合のロスはわずか0.1 dB,スイッチにより切り替えた右へ出る場合のロスは2 dB,クロストークは-15 dBと,光のロスや漏れもかなり少なく実用的な数字である.スイッチの切り替え速度は現時点でおよそ100 ns,最適化すれば10 ns程度までは原理的には行けると著者らは記している.
さらに,多数のスイッチが容易に集積可能であることを示す例として,著者らは150 μm四方程度の領域に15×15のクロスバースイッチを作成して見せている.こちらは15×15=225個のスイッチにより,15本の入射光をそれぞれ任意の15本の出口(またはそのまま直進した方向)に出力することのできる素子である.

演算素子としての光プロセッサの実現性はともかくとして,光通信や光を用いた各種物理的な実験(量子系の実験も含む)などには面白い素子かもしれない.

14019796 journal
日記

phasonの日記: デジタルマイクロミラーデバイスを用いた三次元微小構造の高スループット製造 1

日記 by phason

"Scalable submicrometer additive manufacturing"
S. K. Saha et al., Science, 366, 105-109 (2019).

光硬化樹脂に光を集光してあてると,ピンポイントに硬化させることが可能になる.さらに2光子吸収過程によってのみ硬化するようなセッティング,つまり単一の光子ではエネルギーが足りないが,2つの光子を同時に吸収するとそのエネルギーで硬化するような波長の光を用いると,通常の光励起による硬化よりもさらに細かい領域でのみ硬化が起こり(*),一段と小さな造形を行うことができる.

*1光子励起の確率はラフに言って光強度に比例するが,2光子吸収は光強度の二乗に比例するので,それだけピークがシャープになる.そのため十分に光強度の強いスポット中心部のみで反応が起こり,より微細な領域のみが硬化する.

さてこの2光子励起による硬化はサブミクロンレベル(大雑把に言って100~500 nm程度)の分解能で造形を行えるのだが,スループットに難があり,3Dプリンタ的に使ってサブマイクロメートルの微細構造を量産するという面からは難があった(いやまあ,3Dプリンタも早くはないが).
集光した光で3D構造を作るにはいくつか方法があるのだが,例えば集光点をスキャンする方式は微細な構造を自在に書けるものの速度が遅く,同じ構造を量産したり大きな構造を作成するには向いていない.専用のホログラフィーマスクを用いて3次元的な任意形状の集光面を作る手法は,あるきまった形を量産するには良いが,違う構造を作ろうとするたびに作成が面倒なマスクを作り直さなければならないという問題があり,3Dプリンタ的に毎度異なる形状を好きに作成するような用途には向いていない.
そんな「任意形状の微小3次元構造を,高スループットで作りたい」という目的を達するために今回の論文の著者らが用いたのがデジタルマイクロミラーデバイス(DMD)である.

DMDは身近なところではプロジェクター(いわゆるDLP式のプロジェクター)などに使われているデバイスで,テキサスインスツルメンツ(TI)によって開発されたMEMSの一種である.今回の実験で使われたものもTI製のLightcrafter 6500 DMDで,1920×1080枚のミラーが並べられたチップとなっており,各ミラーは中心間距離およそ7.56 μmで並んでいる.要するに波長に近いようなサイズのミラーが無数に並べられたチップで,電気的な引力により個々のミラーを個別に傾けることで光の反射方向を変えることができる.
著者らはこれを利用し,各ミラーを適切にOn/Offすることで光の干渉を発生させ,標的(=液滴中の光硬化樹脂)中に任意の干渉パターンを生成した.干渉で強め合う部分は光強度が高くなり硬化し,そうでない部分は光が弱く固まらない.その結果,任意の3D形状が作成できるというわけだ.しかもDMDを使っているので,ミラーの向きをデジタルに切り替えるだけで違う形状の3次元構造が作成できる.

ただ,実験の詳細を見ればわかるように話はそう簡単ではない.著者らは実験ではフェムト秒レーザーの短パルス(35 fsぐらい)を用いて3次元構造の作成を行っている.短パルスレーザーの波形は波長に近い程度の幅しか持たない短パルスであるが,この形状を波の重ね合わせで作るためには無数の異なる波長の波を重ね合わせねばならない.このためパルス長が短くなると自動的に光は多色化し,幅広い波長の光の足し合わせとして表現されることとなる.今回の実験で用いられているのは35 fs(空間的な長さにして10 μm程度)とある程度長いパルスではあるが,波長にして800±40 nm程度の幅を持つ.
このように波長に幅を持つ光がDMDに入射し干渉を起こすと何が起こるかというと,回折格子と同様に異なる波長ごとに微妙に違う向きに反射光(回折光)を生じる.つまり,波長ごとに異なる光路長を実現できる.この光路長のズレを経路の後段でうまいこと補償するような光学系を組むと,焦点位置でのみ各波長の光の光路長が等しく,そこからズレた位置では光路長が異なる,というようなものが実現できる.こうすると何が良いのかというと,超短パルス=時間当たりのエネルギー密度が非常に高く反応を起こしやすい状況は焦点位置のみで実現され,それ以外のズレた位置では波長が違う光ごとに少しズレた時間に到着するためエネルギー密度が低いという状況を作れるわけで,要するに焦点位置のみで光硬化反応が起き,そこからずれると急激に(時間軸方向での)エネルギー密度が下がることにより光硬化が起きなくなるわけだ.通常の集光による光硬化反応だと焦点位置から少しズレた位置でも光強度がそこそこ強くなってしまうため分解能が落ちる.それを「焦点位置からずれると,短パルスレーザーのエネルギーが(時間軸方向で)バラけて反応を起こさない」ことになり,非常に細かい造形が可能となるわけだ.

そんなわけで実際の造形である.
原理と,これまでのレーザーのスキャンによる造形(遅い)と今回の手法(早い)との比較のイメージ動画がSupplementary MaterialsのMovie 1に上がっているので,まずはそちらをご覧いただきたい.ラインで描画していく既存の手法に比べ,ワンショットの露光で広い面積に構造体を作成できることが見て取れる.ちなみに,実際の造形においてシングルショットにかかる時間は約20 msであり,一度に露光できる面積は165×165 μm,ワンショットで作成される構造体の厚みは1 μm以下程度~4 μm程度である(フォーカスにより可変).ナノワイヤーを作成した際の最小幅はおよそ130~140 nm,垂直方向で175 nmと,サブマイクロメートルの構造体をシングルショットで作成できる.フォーカス位置を変えながらの作成では,例えば2.20×2.20×0.25 mm3という目に見えるサイズ(内部はサブマイクロメートルの構造を持つ)の構造体の造形に8分20秒で成功している.
※ただし干渉を利用しているので,基本的にはメッシュ状の構造を重ねて立体を作る形になる.

実際に作成された構造の例はSupplementary MaterialsのPDF中のFig. S13~S16をご覧いただきたい.

この手法の優れている点は,既存の手法のトップレベルの微細な構造の作成を可能としたまま,作成速度を(同程度の分解能の既存手法に対し)4桁近く向上した点にある.つまり,ものすごく早く微細な構造が作成できる.逆に同等のスループットの手法と比べると,水平方向の分解能で1桁以上向上している.同等の速度の手法と比べると相当微細な構造が書けるようになるわけだ.

ナノ構造体をそこそこ大面積で量産できるので,ちょっとした実験用の光学的メタマテリアルだとか,ナノ構造による抗菌コーティングだとかには使えそうな気がする.この手の3次元造形手法は近年いろいろ面白いものが出てきて興味深い.

13993286 journal
日記

phasonの日記: ニッケル層状酸化物で見つかった超伝導

日記 by phason

"Superconductivity in an infinite-layer nickelate"
D. Li et al., Nature, 572, 624-627 (2019).

銅酸化物系高温超伝導体はその優れた物性から数多くの研究が行われているが,特異な高い転移温度の起源はいまだによくわかっていない.銅酸化物系高温超伝導体においては,銅原子とそれを取り巻く酸素原子からなる二次元平面が伝導性および超伝導を示すことが知られている.
この二次元平面内において銅原子は+2価=d電子が9個の状態となっており,各サイト=各銅原子につき1つのキャリアが(d軌道上に)存在する状態となっている.この銅イオンのd軌道はエネルギー的に近い酸素原子のp軌道と混ざり,2次元的な電子構造を作っている.
各サイトのキャリアは隣のサイトに移動できるのだが,移動すると「移動先にもとからあった電荷」+「移動してきた電荷」となるため銅原子上に二つの電荷が同時に存在する状態となってしまい,強いクーロン反発が働く.銅酸化物系超伝導体の母物質(ドープされていない状態)においてはこのクーロン反発の大きさが電子を移動させようとするサイト間での軌道の重なりよりも十分大きいため,電荷は隣に移動できず,各サイトに1つの電荷が固定された絶縁体(Mott絶縁体)が基底状態となる.この基底状態では,銅原子上に固定された電荷の持つスピンは隣接サイトで逆向きとなり,反強磁性状態が実現する.
このMott絶縁体の反強磁性状態にわずかに電子,もしくは正孔をドープすると,以下の1次元系モデルに示すようにキャリアが自由に移動できるようになる.

基底状態
---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

電子が移動した状態
---(↑ )---(↓ )---( )---(↑【反発】↓)---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

あらかじめ正孔がドープされた(=一部の電子を引っこ抜いてある)物質の基底状態
---(↑ )---(↓ )---(↑ )---( )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

そこから電子が移動した状態(電子が移動しても反発が生じない)
---(↑ )---(↓ )---( )---( ↑ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---(↑ )---(↓ )---

このように少しキャリアをドープした系においても,反強磁性自体は維持されることがわかっている(ただし,少し揺らぎが生じる).「銅酸化物系高温超伝導体の超伝導はなぜ発生しているのか?」はいまだ謎に包まれているが,この「Mott絶縁体・反強磁性相に少し電荷がドープされた状態により,磁気的な揺らぎが生じる.これが電子間を結びつける何らかの引力を生み,それにより高い温度で超伝導が出ているのではないか?」というのが定説となっている(異論もある).
もう一つの高温超伝導体である鉄系超伝導においても,母物質は鉄のd軌道に由来する反強磁性相であり,「反強磁性相にキャリアをドープすると超伝導が出る」という点は同じである.このため,反強磁性相を崩しかけた時の揺らぎが超伝導の発現に重要だと考えられている.

さて,そんな中発表されたのが今回の論文である.今回の論文は,「Cu2+と同じ電子数であるNi+を使って,銅酸化物系高温超伝導体と同じ状酸化物層構造を含む物質を作ったら,超伝導が出た」というものになる.Niは通常+2価をとりやすく,時々+3価になる元素なのだが,著者らは強引に還元することにより+1価のニッケルというちょっと変わった酸化数のイオンを含む物質の薄膜を作り上げた.するとこの薄膜が超伝導を示したというものになるのだが,その意味するところはかなり大きい.
著者らはまず,LaNiO2の薄膜を作り研究を行った.作成法としては,基板上に成長させたLaNiO3の薄膜をCaH2(に含まれるH-)で還元し,LaNiO2の薄膜としている.この物質はある程度電気は流すものの温度依存としては低温で抵抗が増大する絶縁体であり,La3+の一部をSr2+で置換して(こうすると,Ni+の価数が増える)キャリアをドープしてやっても絶縁体であることには変わりがなく,超伝導も現れなかった..

そこで著者らはとりあえず金属性を上げてやろうと,Laの代わりにNdを使用してNdNiO2の薄膜を作成した.ランタノイド類は周期表の右の元素ほど微妙にサイズが小さいという特徴があるため(ランタノイド収縮),LaをNdに変えることで結晶格子が少し縮む.すると原子間が近づき軌道の重なりが増え,電子は隣のサイトに移動しやすくなり金属性が増す(バンド幅が増える).そうして作成したNdNiO2は目論見通り室温~70 Kあたりまでは温度の低下とともに抵抗が低下するという金属的挙動を示した.
※それ以下では温度の低下でやや抵抗が増大する.
続いて著者らはここにキャリアをドープするために20%ほどのNdをSrに置き換えたサンプルを作成し測定した.するとこのサンプルはおよそ15 Kあたりから抵抗が急減し始め(いわゆる超伝導体で言うところのonset),9 Kあたりで抵抗がゼロ(正確にはノイズレベル)にまで低下する超伝導が発現した.この超伝導は比較的安定して発現するため,いくつものサンプルを作成しても超伝導が現れるなど再現性が高く(ただし,転移温度は多少上下する),しかも磁場の印可や電流密度の上昇による超伝導の抑制も綺麗に見えているなど,超伝導の出現そのものに関しては疑いようがないと思われる.
※なお著者らは,基板の影響(格子定数の違う基板上に薄膜が成長していることによる,引き延ばし or 圧縮方向の力の効果)に関しては今後の検討が必要と述べている.

では,この研究はどんな意味があるのだろうか?
超伝導転移温度そのものは(onsetで)15 K程度と大したことはないのだが,Ni+の層状酸化物で超伝導が出た,という点がポイントになる.このイオンはかなり無理やり還元して作っているため,軌道のエネルギーが非常に高く,酸素の2p軌道とはほとんどカップルしていない.銅酸化物系高温超伝導体の二次元酸化物層と全く同じ構造ながら,電子的には酸素の軌道が関与しないため大きく異なってくる.
さらに,母物質が反強磁性ではない点も重要だ.鉄系も含め既存の高温超伝導体は2次元反強磁性相にちょっとドープすると超伝導,という特徴があった.ところが今回の系に関しては,母物質のNdNiO2の磁性は少なくとも1.7 Kという低温まで常磁性のままであり,反強磁性ではない.つまり,銅酸化物系などで考えられていた超伝導発現のメカニズムは今回の系に対しては全く適用できないということになる.
もちろん,今回の系が既存の高温超伝導体と何の関係もなく,単なるBCS超伝導的なものがたまたま銅酸化物とそっくりな構造の物質で出た,という可能性もある(この場合,特に面白いことは何もない).しかしながら,もし今回の系で観測された超伝導が銅酸化物系高温超伝導体と起源を同じくするものであった場合,反強磁性Mott絶縁相とそこにドープした際のスピンの揺らぎに注目したこれまでの研究が実は的外れであった,という可能性も出てくる.この辺りは今後の多くの研究を待たねばならないが,近年行き詰りつつある銅酸化物系高温超伝導体研究の新たな突破口になれば面白い.

13990354 journal
日記

phasonの日記: 超高速レーザー溶接によるセラミックの接合 2

日記 by phason

"Ultrafast laser welding od ceramics"
E. H. Penilla et al., Science, 365, 803-808 (2019).

何やらずいぶんと久しぶりになってしまいました.
最近は論文書いたりオープンキャンパスのごたごただったりが重なり,論文,読んではいるんですがこういう形にまとめる時間がなかなか取れませんでした.困ったものだ.

各種の金属材料を局所的な加熱により溶融し接合する溶接は,現代社会のさまざまな製造の現場において欠かすことのできない要素である.
現代社会を支える材料としては金属以外にもいろいろなものが利用されており,例えば各種高分子材料やセラミックはその代表格だろう.高分子材料に関しては比較的低い温度で溶融・成型できるし,またものによっては溶媒に溶かして柔らかくしたりもできるため加工性が高い.
一方,セラミックはその耐熱性,絶縁性(もちろん,電子材料となるセラミックもあるが),安定性などから多くの場所で利用されているが,一度作成した部品を後からくっつけることはその耐熱性が仇となりなかなか難しい.不可能ではないのだが,例えば部品を接合した状態で数百 ℃以上の高温で長時間保持する必要があるなどあまり容易ではないうえに,全体を高温処理してしまうために他の熱に弱い材料(例えば高分子材料であるとか,電子素子類であるとか)を組み込んだ状態では加工ができない.
セラミックにおいても金属と同様の溶接が可能となれば,その利便性は大きく向上することだろう.

(金属の)溶接の手法はいくつか存在するが,今回の論文と関係するのはレーザー溶接である.これはレーザーを金属部品の接合部に集光,局所的に加熱することによりその部分のみを溶融し接合するという手法であり,近年利用が大きく伸びている.このレーザー溶接をセラミックに応用することは可能だろうか?
一般的なレーザー溶接においては,レーザー光が集光された場所では局所的に数千 ℃の高温が発生しており,これにより金属の溶融&気化が引き起こされ溶接されている.この温度はセラミックを溶融するにも十分な温度であり,同様の手法でセラミック部品の溶接が可能になりそうなものである.
そのような観点から過去にいくつかの研究が行われてきたのだが,局所的に大きな熱勾配が発生することによりセラミックにクラック(ひび割れ)が入り部品が破損してしまう,という問題点が明らかとなった.
今回の論文で著者らが報告しているのは,レーザーを非常に短パルスのピコ秒・フェムト秒レーザーとするとこのクラックが抑制され,セラミック材料の溶接が可能になる,というものである.

過去の研究でなぜクラックが入ってしまったのかといえば,レーザーを照射したことで温度が上がり部品の場所ごとの温度差が生じてしまったことが原因である.これを回避できる手法として著者らが注目したのが,2016年に発表されたガラスのレーザー溶接だ.ガラスを普通にレーザー溶接しようとすると温度差によって割れてしまうのだが,超短パルスのピコ・フェムト秒レーザーで加熱すると,一発で吸収される熱の総量が小さくなるため,焦点部位のみ瞬間的に強熱され融解 → 熱はトータルでは少ないのですぐに拡散し冷却,となり,溶融した部分以外での温度勾配がほとんど生じず,レーザー溶接が可能となる.それを著者らはセラミックに適用したわけだ.
なお,こう言った短時間にエネルギーを集中させた強光子場の条件では,非線形的な吸収の寄与が大きくなることが知られている.通常の弱い光では,物体に吸収される光は当てた光の強さに比例する(線形).ところが強い光のもとでは非線形項(光の強さの2乗や3乗などに比例する項)が無視できない大きさとなってくるため,光の強さのn乗(例えばn = 2とか3とか)に比例するような吸収が生じてくる.これはつまり「光の強さが半分になると,吸収される光(熱)が1/4になる(n = 2の場合)」というようなことが起こってくるわけで,通常の線形の吸収の場合に比べ「光の強いところでのみ凄く大きな熱が生じ,そこから少しずれると急激に吸収される熱が少なくなる」という効果をもたらす.要するに,「極短パルスレーザーを使うと,通常以上に狭い領域のみを加熱できる」ということになり,ピンポイントの加熱・溶接に向いているわけだ.

著者らは今回,レーザー溶接をデモンストレーションするにあたり材料としてイットリア安定化ジルコニア(いわゆるキュービックジルコニアの仲間.透明な材料も作れる)およびアルミナを用いている.これらはいずれも融点が高く溶融させての接合がなかなか大変であるが,工学的な用途が非常に多いセラミック類である.
今回セラミックのレーザー溶接法としては,以下の2つの配置を試している.

一つ目は円筒型のセラミック(不透明)に対し円盤状のセラミック(透明な窓)をはめ込み,その接点をレーザーで加熱して融着する方法だ.この部材全体を回転台に乗せ,パルスレーザーを照射しながら回転させることで一周ぐるりと溶接する.
この場合,はめ込んでいる窓が透明であるため比較的自由な位置に焦点を持っていくことが可能で,深さ方向にも焦点を変えながら溶接を行うことができる.
著者らはデモンストレーションとして半導体のチップを中に入れた状態で蓋を溶接して見せ,「熱に弱い部材を中に入れたまま,セラミックを溶接して封入できるよ」ということをやって見せている.窓材は透明なものを用いているので,やろうと思えば中に光通信が可能な回路などを封入した,「セラミックにより外部環境から守られたまま,光(や電波)で外部と通信するアイテム」が作成可能になると考えられる.

二つ目に行ったのは,二つの円筒(不透明)の接合である.この場合は部材が不透明であるので,一般的な金属のレーザー溶接と同様に二つの部材をかなり短い距離(10 μmぐらい)だけ離して設置し,その隙間部分にレーザーを集光する,という方法で溶接している.集光部の周辺が熱で溶けて広がり,狭い隙間を埋めることで部材が溶接される.円筒を中心軸に沿って回転させながら溶接することで,一周ぐるりと溶接して繋げた一つのパイプへと加工している.

短パルスレーザー溶接により接合された部材は非常にきれいに接合しており,例えば真空チャンバーにつないで真空にひいてやると超高真空ぐらいまで引けているし,剪断応力を見てやると通常の加熱接合により金属につないだ場合と同程度の40 MPaという結構な強度を実現できている.なお強度に関しては,今回は最適化までしていないので,今後もっと上がる可能性もある,とは書かれている.
また,局所的な加熱であるため既存の電気炉を用いた融着(部材に応力をかけながら数百 ℃に加熱,長時間放置することで原子を拡散させ融合させる)に比べエネルギー効率が高いことも謳われている.著者の言うところでは,電気炉を使うと5 kWh程度の電力が必要なところが,25 Whでよい,ということになるわけだ(ただし,同じ電気炉で複数の部材を同時に処理すれば,電気炉側の効率はもっと上がるが).

そんなわけで,セラミックに適用できるレーザー溶接であった.論文ではほかにも,パルス幅や繰り返し周波数の影響などについても実験・考察が行われていたが割愛.
これがどの程度産業的にインパクトがあるのかはわからないが,素人目にはなかなか面白い展開がありそうな印象も受ける.

13918582 journal
日記

phasonの日記: 水の二相モデルは幻か?:新たな実験結果 3

日記 by phason

"Absence of amorphous forms when ice is compressed at low temperature"
C. A. Tulk, J. J. Molaison, A. R. Makhluf, C. E. Manning and D. D. Klug, Nature, 569, 542-545 (2019).

水というのはかなり特異な振る舞いを示す液体である.例えば通常は固体は液体より密度が高いのに氷は水より密度が低かったり,融解後に昇温とともに密度が増加する(4 ℃で極大)など,他の物質ではなかなか見られない変わった挙動はよく知られているだろう.これだけなら氷で見られる水分子の水素結合による四配位構造が昇温とともに崩れていく,というだけで説明できるのだが,実は水にはほかにも低温で比熱や圧縮率に発散傾向が現れたり,粘性率に異常が生じたりとさまざまな異常を示し,これら全てを説明するのは現在でも困難である.そんななか生まれた一つの仮説が,「液体の水には二つの異なる構造があり,我々が目にする『水』はこの二つの相がミクロ&動的に入り乱れている」というものだ.

発端は日本の三島らによる高密度アモルファス氷(High Density Amorphous ice,HDA)の発見だ.微小な水滴などを極低温の基板に降らせると液体の水が急冷され,液体の構造を保ったまま固まってしまう.このようにしてできるアモルファス氷は比較的低密度であることから,Low Density Amorphous ice(LDA)と呼ばれる.通常の水が低温でどのような構造をとるのか?ということを知りたかった三島らは,氷の融点が加圧により低下することに注目,十分低温であっても,圧力を印可していけば融点が下がり液化するに違いない,と実験を行ったのだが,そこで発見されたのは結晶性の氷が高圧の印可によりアモルファス構造の氷となる,という実験結果であった.このアモルファス氷は圧力を抜いた後もその構造を保ち続けることが可能であり,しかも通常の氷から加圧だけで作れるためその後多くの実験が行われることとなる.
三島らはこの結果を「通常の氷(ice-Ih)が加圧により融解し超過冷却液体となり,そのまま瞬時に固化してアモルファス氷となった」と解釈した.ここで重要であったのが,この新たなアモルファス相は以前に知られていたLDAよりも明らかに高い密度を持ち(ゆえに,高密度アモルファス氷,High Density Amorphous ice, HDAと呼ばれる),温度を上げると分子運動が活発になった結果としてそれまで知られていた低密度アモルファス氷へと明確な一次転移を示したことだ.これはHDAとLDAが異なる相であることを示唆していた.アモルファス状態(液体のような乱雑の構造のまま低温で分子の動きが鈍り,固体化した)が2種類あるということは,そのもととなる液体の構造が2種類存在する可能性を示している.

さらにその後Pooleらが過冷却水の分子動力学的シミュレーションを行い,過冷却水の安定構造として2つの異なる相があるのではないかと報告した.一方は氷に近い4配位構造を持ち,隙間が多いために低密度である(Low Density Liquid,LDL相).もう一方は水素結合が部分的に壊れ3配位に近くなり,崩れたネットワーク構造の隙間に水分子が入り込むことによる高密度の液体(High Density Liquid,HDL相)となる.
これとHDA,LDAの実験結果を組み合わせることで,液体の水について以下のような仮説が提出されている.

・液体の水は,低温において3配位の高密度構造HDLと,4配位の氷に近い構造を持つ水である低密度構造LDLの異なる相を取り得る.
※そのまま急冷すると,その構造のまま固まったHDAとLDAの異なるアモルファス相を生じる.
・実は室温付近の水というのは微視的にはこのHDLとLDLが分離し,大きなスケールでは混合している状態である.
・温度が上がると,LDLの比率が下がりHDLの比率が上がる.
・塩類などを溶かすと,そのイオンの周囲ではHDL構造があり,周囲のLDL相とは異なる構造となっている.

「均一に見える水が,実は内部では分離した2液の混合物である」というのは非常に刺激的で面白い仮説であり,しかもさまざまな実験結果を統一的に説明できることから大きな注目を集めた.そして実際のそれら2種の液体間の相転移を見よう,という試みもいろいろとされたのだが,

・2液が相分離する臨界点の温度(の予想位置)が低すぎる.このため,高温側から温度を下げていくと先に結晶化してしまい,それだけ低温の過冷却液体が得られない.
・逆に急冷して作ったアモルファス相の温度を上げていく(低温側から近づく)と,ガラス転移温度を超えると同時に液化 → 結晶化が起こりやはり過冷却液体にはならない.

という問題があり,純粋な水においての液液相転移の観測には成功していないのが現状である.
#そして,この「超低温の過冷却状態の温度領域」は,誰も到達できていないことから「No man's land(未踏領域)」と呼ばれている.

さて,そんなわけで三島らの実験以降徐々に市民権を得てきた水の二相モデルであるが,異論も多い.特に問題とされているのが,氷に圧力を印可することで生じたHDA相が本当に水の安定相なのか?という点である.まずそもそも,三島らの実験条件で通常の氷Ihが融解すると予想されていた圧力域は,実際にHDA相が生じた圧力よりももっと低いため,実はあの実験は高圧の印可により氷Ihが壊れ,別の氷の相に移行する過程に過ぎないのではないか,という指摘は以前からあった.
※氷は圧力・温度で非常にさまざまな構造をとることが知られており,17種類以上の結晶構造が知られている.

また,圧力印可時の位置による圧力の微妙なばらつきや,急激に圧力をかけることによる不完全な構造転移なども指摘されており,また近年では理論計算の側からも「液体の水に2つの相はないのではないか?」という話も出てきている.

今回の論文の著者らは,通常の氷である氷Ihにできるだけ均一かつゆっくりと圧力を印可した結果,三島らが報告したようなHDA相への転移は確認されず,別の結晶系の入り乱れた構造を経由して最終的に結晶質のIce-VIII'相への転移が観測された,ということを報告している.

実験の内容そのものは「実験しやすいように重水使って,ゆっくり均一に圧力かけました.構造は中性子回折で見てます」以上のなにものでもないのだが,100 Kにおいてice-Ihに十分ゆっくり圧力を印可するとまずice-IX'に転移する.そしてそれがice-XV'を経由し,その後ice-VIII'相へと転移することがわかり,その途中でHDA相は生じなかった.実はice-VIII'相というのは分子が2グループに完全に分離し,それぞれが作る水素結合のネットワークが完全に分離,互いのネットワークの隙間を貫通しあっているような構造である.これは全体がつながった1つのネットワーク構造を持つ通常のice-Ihやice-IX'からは直接遷移できず(何せ,ひとつながりのネットワークが,2つの互いに交差する別のネットワークに再構築されないといけない),そのため途中であちこちで水素結合が切れたようなice-XV'を経由する必要があるためにおこる変化だと考えられる.
全く同じような加圧を,同じ温度で,ただしもう少し素早く行うと,ice-Ihはいきなり構造が崩れHDA相となり,その後Ice-VII'相へと変化することが確認された.
これらの実験結果が示唆しているのは,これまで「ice-Ihを圧縮すると,別な安定構造な液状構造であるHDLを生じ,その分子運動がそのまま凍結することでHDA相になる」という結果を真っ向から否定する実験結果である.HDA相が生じるのはそれが安定相だからではなく,単に「本当ならice-VIII'相になりたいのに,そのためには水素結合ネットワークの大規模な再構築が必要になって,早い圧縮ではネットワーク再構築が間に合わないため別のごちゃごちゃな構造で固まってしまった」ということになるわけだ.

なんというか,これはまた盛大なちゃぶ台返しである.もしこれが事実だったとすると,水の二相モデルはその根拠としていた柱を失うこととなる.今後,水の二相モデルを支持するグループ,否定するグループそれぞれで活発な実験や計算が行われることとなるだろう.今後の展開に注目である.

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身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

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