phasonの日記: 1000 ℃以上でもライデンフロスト効果を抑制できる表面構造の開発 1
"Inhibiting the Leidenfrost effect above 1000 ℃ for sustained thermal cooling"
M. Jiang et al., Nature, 601, 568-572 (2022).
非常に高温なものをできるだけ急いで冷やしたい,というのは産業界では非常によくある状況である.そんな時に安価かつ手軽に急冷できる手段の代表例は「水をかける」というものになるだろう.とはいうものの水もタダではないし大量の水を使うのも効率が悪いわけで,少量の水を表面に勢いよく吹き付け冷却する,というような手段がしばしば用いられている.そんな冷却において問題になるのが,ライデンフロスト効果である.
ライデンフロスト効果は日常生活でも目にすることがあるのでご存じの方も多いことだろう.熱したフライパンなど十分高温な物体に液滴が触れたとき,急激な蒸発により発生した気体が液滴を包み込んでしまい,液滴への熱伝導が激減するという現象である.前述のフライパンで言えば,十分熱したフライパンに少量の水を注ぐと丸っこい水滴がフライパンの上を転がり続け,なかなか蒸発しない現象として目撃される.このとき水滴は底部から蒸発する水蒸気によって浮かんでおり,(当然少しずつは蒸発するものの)熱したフライパンに水が接触している場合と比べるとその気化する速度は非常に遅くなる.水冷されている物体の表面でライデンフロスト効果が発生してしまえば,冷却効率は(文字通り)桁違いに悪くなるため,高温の物体でどのようにライデンフロスト効果を抑制するか,というのは重要なポイントとなる.なお,このライデンフロスト効果が起こり始める温度をライデンフロスト点と呼ぶ(※場合によっては,ライデンフロスト効果が一番強くなる温度をライデンフロスト点と呼ぶ場合もあり,定義・用語の使用にやや混乱が見られる).
ライデンフロスト効果を抑制するには,液体の方に手を加える(粘性や表面張力,固体表面への濡れ性の調節)や,熱せられている物体の表面に手を加えるかの2つの方法がある.冷却液に何かを加える,という前者の手法は手軽ではあるのだが非常に高温の物体では添加物が分解したり,また大量に冷却水を使う用途ではコストもかかるし環境負荷も高い.決まった対象(例えば何度も加熱・冷却を繰り返す炉や型など)でのライデンフロスト効果の防止としては,表面加工によりライデンフロスト効果を防止する手法が望ましい.
そういった表面加工はこれまでもいくつか考案されていて,例えばサブミクロン~ミクロンレベルの細かい溝などの微細構造を作成しておくと,液滴から発生した蒸気がその溝に沿って逃げることでライデンフロスト効果を抑制できると報告されており,もともと200 ℃程度だったライデンフロスト点を570 ℃にまで上昇させることに成功している(=これだけ高い温度の表面でもライデンフロスト効果を発生させずに水冷できる).
今回の論文が報告しているのは,こう言った微細な表面構造にさらにプラスして,断熱性の高い不織布的な構造を溝部分に押し込むとさらに高温までライデンフロスト効果を発生させないことが可能で,ライデンフロスト点を1000 ℃以上にまで高めることができた,というものである.
まずは著者らの作成した構造を見ていただこう.論文のExtended Data Fig. 1にその作成法と構造の模式図が載っているのでご覧いただきたい.
まずは高温になる物体の表面に縦横に0.3 mm程度の溝を彫る(Fig. 1a).この表面部分は熱伝導性の高い物質であるので,彫った結果残った無数の柱状構造は,熱伝導性の高い高温になる柱,として振る舞う.
続いて熱伝導性の低いガラス繊維でできた不織布(Fig 1b)を用意し,これを溝を彫った表面に乗せたら物体表面の凹凸にぴったり合うように成型した樹脂を押し付け,800 ℃で焼結する(Fig 1cの左から2つ目).すると不織布が物体表面の溝部分に押し込まれた状態で固定される(Fig. 1cの左から3つめ).このとき,不織布を溝の底まで押し込みすぎない(溝の底部分に少しスペースが残っている)ことが重要である(構造はExtended Data Fig. 5がわかりやすい).これで表面加工は完成となる.
加熱された物体のこの表面に水滴が降り注ぐと,まずはガラスの不織布に水滴がしみ込む.そもそもガラスと水は親和性が高いうえに,不織布部分は熱伝導性が悪いため水によりすぐ冷却されるので,水滴は液体のまま不織布にしみ込むことができる.しみ込んだ水は不織布内を拡散し,突き出た高温の柱に接触する.高温の表面に触れた水は瞬時に気化するが,不織布の下側(溝の底の方)には空間が残っているため,水蒸気はこの溝を通って迅速に逃げることでライデンフロスト効果を防止する.濡れぞうきんを押し付けつつ蒸気を迅速に逃がす,というような構造である.
ではこの構造の威力を見ていこう.
縦横に溝を掘っただけの基板,そこに不織布を埋め込むが溝の底まで押し込んでしまった基板,今回作成した基板の3種を用意し1000 ℃に加熱,そこに水滴(見やすいように赤く着色,体積は17 μl)を落とした際の挙動が動画で紹介されている.
単に溝を彫っただけの基板(左)ではライデンフロスト効果により水滴がはじかれてしまい,そのまま水滴はころころと転がっており基板の熱が水滴にあまり伝わっていないことがわかる.この場合,水滴が蒸発しきるまでにかかった時間は17秒だそうだ.不織布を底まで押し込んだもの(中央)では一部はしみ込んで沸騰することにより基板の熱を奪うが,やはり大部分はライデンフロスト効果により基板から浮いてしまっている.こちらの蒸発にかかった時間は13秒と,わずかに改善したもののやはり熱伝導は遅い.一方,今回作成された基板(右)では,水滴が不織布部分に迅速にしみ込みながら沸騰しており,熱を効率的に奪っていることがわかる.こちらでは水滴が揮発するまでの時間はわずか0.33秒と,ただの溝に比べ50倍以上の速度で熱を奪っている.
続いては同様の実験を液体窒素で行った動画だ.こちらは室温(30 ℃)の単なる溝(左),室温(中央)および1000 ℃(右)の今回の構造での比較となる.ただの溝では液体窒素がライデンフロスト効果により浮いてしまっておりなかなか揮発しないのに対し,今回作成した構造では基板から急激に熱を奪い一気に気化していく様子がわかる(1000 ℃ではさすがに沸騰が激しすぎて飛び跳ねてはいるが).
ではこの構造でどのぐらいの温度までライデンフロスト効果を抑制できるのか,だが,著者らは温度を変えながら水滴が揮発するのにかかる時間を測定しており,その結果不織布部分が融解してしまう直前の温度である1150 ℃まで効果を発揮することを報告している(Extended Data Figure 3).グラフの縦軸は液滴の寿命であり,値が大きいほど液滴に熱が十分伝わっていない=うまく冷却でいないことを意味している.既知の構造では温度が上がるとあるところで液滴寿命が一気に増加するところが見受けられる(例えば黒い■のデータは,300 ℃前後から値が増加していく).これはある温度以上でライデンフロスト効果により水滴が浮いてしまい,基板の冷却がうまくいかなくなっていることを示す.
それに対し今回の構造(赤●)では,温度が増加しても液滴寿命は延びず,1150 ℃まで低い値(=十分に熱を奪っている状態)を保っている.
実際に十分に熱した物体の冷却を行ってみた様子がSupplementary Video 3になる.左は単に縦横に溝を彫っただけの鉄の基板(40×40×10 mm3),右は同じサイズの鉄の基板の表面に今回の構造を作りこんだものになる.左の試料は水を滴下しても水滴がはじかれてしまいなかなか冷えないのに対し,右の試料ではみるみる温度が低下していく様子がわかる.
今回の構造は,比較的安価に作成することも可能である.著者らがExtended Data Fig. 9で示しているように,放電加工機を用いることである程度の面積に一気に溝を彫ることが可能であるし,曲面に溝を作成することもできる(型彫り放電加工でも行ける気はする).
高温物体の冷却で実際にどのぐらいライデンフロスト効果が問題になっているのかはちょっと専門外なのでわからないが,興味深い研究である.
ロケットエンジン (スコア:0)
ロケットエンジンじゃノズルに液化した酸素だか水素だかを流して冷却したりするけど、
そのへんには応用できる気がする。直近だとH3も冷却関係の問題だったはずだし。
以前に頓挫したリニアエアロスパイクエンジン(高度にあまり依存せずに効率を出せるエンジン)は、
冷却能力の不足が頓挫の原因だったらしいし、効率的な冷却ができるならまた日の目を見るかも知れない。
ガラスの不織布も他の材料や構造を試す余地が大きそうに見えるし、
割と短期に応用が世に出る可能性が高そうな研究に思える。