パスワードを忘れた? アカウント作成
8348157 journal
日記

phasonの日記: 硫黄をポリマーの原料に

日記 by phason

"The use of elemental sulfur as an alternative feedstock for polymeric materials"
W.J. Chung et al., Nature Chem., in press (2013).

硫黄は工業的に重要な資源である.ゴムへの加硫は特性を大幅に改良するし,硫黄を酸化して得られる硫酸は不揮発性の酸として化学工業的に利用価値が高い.このためかつては硫黄の争奪戦とでも言うような状況になったことさえある.ところが,である.実は現代では硫黄は有り余っており,むしろ「余った硫黄をどう処分するか?」というのが切実な問題になっているほどだ.
なぜ硫黄が有り余っているのかと言えば,ここ数十年の環境意識の高まりにより,ガソリン(などの燃料)が脱硫化されたことが大きい.硫黄分を多く含む燃料を燃やすと,硫黄酸化物が生じ酸性雨などの問題を引き起こす.このため現在の石油化学工業では大規模な脱硫が行われており,その結果原油やガス田から膨大な量の硫黄分が分離されている.現在では硫黄の生産量(副産物を含む)は消費量を大幅に上回っており,(数年前の段階で既に)数千万トン以上がカナダや旧ソ連邦各国に野積みされている.
このあり余る硫黄を,何かに使えないものか?
そういった観点からの研究が現在進められている現在,「硫黄を主成分とするポリマー」は注目の研究領域である.
今回の論文は,硫黄の重量比でなんと90%という「ほとんど硫黄で出来たポリマー」を簡単に合成する手法を報告している.しかもこのポリマー,混ぜる(共重合させる)ものの比率を自由に変えられるため特性の制御もしやすく,さらにはリチウムイオン電池用の安価&長寿命&高容量の正極材料にもなるという優れものだ.

硫黄をポリマー原料にしよう,というのは何も今に始まった話ではない.硫黄は常温・常圧下では8個のS原子がリング状に繋がったS8分子が安定なのだが,加熱をすると160 ℃あたりで開裂し,両端にラジカルを持つ·S-S-S-S-S-S-S-S·と言う直線上分子に変化する.ラジカルというのはペアを成していない電子であり,反応性が高い.開裂により生じた·S-S6-S·の末端のラジカルは,隣接するラジカルと結びつく(=2つのラジカルが,ペアを組んで結合を作る)事で,安定なより大きな分子へと変化する.

·S-S6-S· + ·S-S6-S· → ·S-S6-S-S-S6-S·

これを繰り返す事で,硫黄は高温相では直線状の非常に長い分子へと変化する.ところでこの反応,有機分子でポリマーを作る際のラジカル重合とほとんど同じである.そのため,直線状の硫黄分子をポリマーの原料に使用という研究はこれまでも行われてきたのだ.
しかしこれまでの研究では,硫黄の有機溶媒への溶解度が低い点(一部の有機溶媒以外には溶けず,有機溶媒中での重合反応がやりにくい)であるとか,硫黄の含有率が低い点などが問題となっていた.
これに対し今回の論文で著者らは,高温で液化した硫黄そのものを溶媒として使用する事で,この困難を克服する事に成功した.つまり,硫黄だけを高温に加熱して環の開裂&溶融が起きる温度にしておき,そこにさらに硫黄鎖を架橋してポリマーの強度と弾性を増すための有機分子を混ぜ込むことで,ほとんどが硫黄でできた特性に優れるポリマーを作成したわけだ.
ポリマーを作成する際には,硫黄だけではなく有機分子も同時に重合(共重合)させ,特性を改善している.彼らが使用したのは,これまでにも硫黄系ポリマーの開発で利用されてきたジエン系物質の一種である.1,3-diisopropenylbenzene(DIB).ジエン(di-ene)とは,分子内に二重結合を2つ持つ分子である.二重結合は開裂すると2つの隣接するラジカルとなり,硫黄のラジカル鎖に結合する事が出来る.つまり

C=C + 2·S-S6-S· → ·S-S6-S-C-C-S-S6-S·

となる.ジエンの場合分子内に2つの二重結合を持つので,2本の異なる硫黄鎖を架橋する事が出来る.

C=C + 4·S-S6-S·
|
C=C

·S-S6-S-C-C-S-S6-S·
       |
·S-S6-S-C-C-S-S6-S·

この過程は,天然ゴムの加硫の完全に逆パターンである.ゴムの加硫では,高温にして柔らかくした有機分子(二重結合をもつ直鎖構造が主成分)の中に硫黄を練りこむことで,有機分子鎖の間を硫黄が架橋する.今回報告されている反応では,直鎖状になって柔らかくなった硫黄の中に有機分子を練りこむことで,硫黄鎖の間を有機分子が架橋する.このことから,今回の方式を著者らは「逆加硫法」と呼んでいる.

今回の方式の優れているのは,含硫黄量を非常に広い範囲で任意にコントロールできる点である.論文中の例でいえば,硫黄と,それを架橋するために加えた有機分子であるDIBの重量比を,9:1から5:5までの広い範囲でコントロールしている.重量で90%というのは,この手の硫黄ポリマーとしてはかなり硫黄量が多く,そんな組成でもきれいにプラスチック(のようなもの)が得られているのは見事なものである.またDIBに限らず,違う種類のジエン系分子でも同じ手法でポリマーが得られることも示している.つまり通常の有機分子系ポリマーと同じく,共重合させる分子の種類と比率を変え,望む特性(弾性,伸び,耐性等)を持つポリマーへとカスタマイズできる可能性を示唆している.まあ,色に関しては硫黄が鎖状になった際に呈する赤色が強いので,有機ポリマーのように無色透明というわけにはいかないのだが……

ポリマー材料として使えることのデモンストレーションとして,ミクロンサイズのパターンを作った型に流し込んで,パターン形成フィルムを作成している.数ミクロンの円筒状の穴のあいたモールドに流し込み,加熱して重合を進めることで,フィルムから数ミクロンの突起が多数生えたフィルムへと成形して見せたのだ.

著者らは最後に,このポリマーがリチウムイオン電池正極として優れた特性を示すことも明らかとした.硫黄は,次々世代の正極材料として,特に韓国系企業&大学が中心となって研究を進めている材料である(今回の論文にも参加している).硫黄系正極は膨大な容量を持つのだが,リチウムイオンを吸収した際に単体の硫黄イオンが生成しやすく,電極が溶け出してしまうという問題があった(そのため,実用化はかなり先と見られている).通常は硫黄のナノ粒子やナノワイヤーを炭素などの丈夫な,しかしリチウムイオン程度の小さなものは通す物質で包み,硫黄の溶けだしを防ぐことで充放電での劣化を防いでいる.しかし本論文で著者らは,重量で10%のDIBを共重合させた硫黄ポリマーを電極として使うと,初期容量で1000 mAh/g程度と非常に大きな容量を実現しながら(現在よく使われているLiCoO2だと150 mAh/g程度),100回の充放電後でも800 mAh/gとかなり大きな値を維持できている.この劣化の少なさは,ナノ構造化して保護層で包んだものとほぼ同等の耐性であるが,今回用いられているのは手間とコストのかかるナノ構造・ナノ加工技術などは一切使っておらず,単に硫黄と有機分子を共重合させただけのものだ.手間とコストを全くかけずに,これまでの手間暇と金のかかった電極と同等以上の性能を叩き出して見せたわけで,インパクトが大きい.
ただし,当然のことながら充放電速度はそんなに速くは無い(ナノ構造化すると表面積が増えるので,リチウムイオンを一気に取り込む/放出する高速充放電も可能になる).

硫黄がこれほどまでにしっかりとしたポリマーになるというのは,個人的にはかなり意外な結果であった(ポリマーそのものは過去からあったようだが).しかもなぜだか電極としての特性が良くなった,というのはもう本当になんだそりゃ?という感じだ.重合度から行けば架橋部分はかなり少なそうなはずなので,これほど劣化が減る,というのは「単に架橋されてばらけにくくなりました」以上の何かがあるのかも知れない.このあたりはもうちょっと今後詰めて研究が進むと面白い発見もありそうな予感はする.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

※ただしPHPを除く -- あるAdmin

読み込み中...