パスワードを忘れた? アカウント作成
309969 journal

phasonの日記: 3次元ナノ構造を使った超高速電池電極 3

日記 by phason

"Three-dimensional bicontinuous ultrafast-charge and -discharge bulk battery electrodes"
H. Zhang, X. Yu and P.V. Braun, Nature Nanotech., in press (2011).

電池電極の研究には,主に二つの方向がある.一つは電極の容量を増やすという研究.これはバッテリ容量を増やす事に繋がり,研究の内容としてはより容量の大きい素材を探すという新規電極物質の探索が主体となる.こちらの研究はかつては盛んに行われたが,現在はそこそこ行き詰まっておりブレークスルー待ちの状況.
もう一つの研究の方向は,充放電速度を上げる,というものになる.これは近年のハイブリッド車での回生機構(瞬間的に大電流を充放電する必要がある)であるとか,電池の利便性向上(例えば,携帯やらノートPCやらが1分だの5分だのでフル充電できればもっと便利になる)に繋がる研究であり,現在盛んに研究が行われている.今回の論文はこの後者の研究である.

充放電の高速化は,現在はほぼ全てナノ構造の制御にかかっている.これは,充放電を高速化するためにはどうすれば良いかを考えれば素直に理解できるかと思う.現在の電池電極は,電気をよく流す導電体に,実際にイオンを吸蔵する活物質が塗布された構造となっている.この電極における充放電に関わる素過程を考えると,

1. 電極近傍の溶液からイオンが活物質に吸収される
2. 減ったイオンを補償するため,遠いところから電極近傍までイオンが移動してくる
3. 活物質中をイオンが拡散して内部に入っていく
4. 吸収したイオンに見合う分だけ,電極中を電子が移動する

という4種類が基本となり,これらの過程全てをいかに素早く行うかが高速充放電の肝となる(一つでも遅いとそこがボトルネックになる).
まず,1の過程を高速化するには活物質の表面積(溶液に触れる面積)を大きくする必要がある.これは活物質をナノ構造化し,表面積を増やすことで実現される.次に2を高速化するには,溶液の流路となる部分が十分な広さを持ち,溶液中のイオンの拡散を邪魔しない必要がある.これは広い流路の中に樹状構造の電極を配置したり,ナノワイヤ状電極の集合体としてその間隔をある程度とることで実現される.ただし,あまり流路を広くとりすぎるとイオンの移動は速いものの活物質の量が減ってしまい,電池容量が低下するのでそのバランスが難しい.3を高速化するには,そもそもの活物質の厚みを減らし,表面から内部までの距離をナノサイズにするのが有効である.活物質がナノシート状であれば,内部までの距離が短いことからイオンは容易に活物質全体に拡散できる.そして最後に4を高速化するには,活物質を担持している導電体の電気抵抗が十分低い事が要求される.1-3を高速化するためにナノワイヤ構造がよく使われるが,1次元構造だとどうしても電子の移動距離が長く,導電体の抵抗が高くなりがちである.そのため3次元的なナノ構造を持った導電体を利用することが有効となる.ただしこちらも,あまり厚みを増やすと(電気抵抗は減るものの)活物質の量を減らさなければならなくなり,電池容量の減少に繋がる.

さて,今回報告されている構造は,どちらかと言えばこの導電体部分の作成である.特徴は驚異的な超高速充放電速度.
作成法は,まずオパールテンプレートを用いる.オパールテンプレートとは,球状の粒子をみっちり堆積させたものをテンプレートとして使用する手法であり,今回の例では直径1.8μm(NiMH電池用)または466nm(Li-ion電池用)のポリスチレン球の再密充填構造がテンプレートとなる.なお,このテンプレートは,ポリスチレン球を分散させた溶液中に基板を漬け,球を堆積させることにより作られる.

テンプレートが出来たら,そこに電解メッキによりNiを析出させる.Niは球の隙間を埋めるように成長していくため,メッキ後に球を溶かし出すと中身がすかすかな骨組みが残ることになる.具体的にどんな構造かは「逆オパール構造」で画像検索でもしていただくとわかりやすい.こうして出来たフレームを,さらにエッチングにより細らせていく.細らせすぎると電子伝導性が低下するが隙間が増えてイオンの伝導性が上がる.このあたりのトレードオフの最適化が実際の電極作成では重要になる.

出来上がった導電性の骨組みに,今度は実際に電池電極として働く活物質を電解により堆積させて行く.論文では,NiOOH(NiMH電池,要はeneloopの同類である)であるとか,MnO2(リチウムイオン電池用,いろいろ研究されている次世代電極の一つでもある)をつけている.

こうして出来上がるのは,テンプレートのポリスチレン球の形状を反映した球殻状(ただし穴が空いて隣接する球殻と繋がる)の活物質と,その隙間を埋めるように存在するNiの導電電極からなる電池電極である.活物質の空間充填量は70%弱程度とそこそこ大きいため,イオン伝導を確保するための隙間が大きい割には容量が稼げるものと思われる.このあたり,きっちり構造を設計して最適構造を作れるテンプレート法の面目躍如と言ったところか.

さて,実際に作成した電池のプロパティである.まずはNiMH電池として利用した場合.やはり驚異的なのは前述の通りその超高速充放電性.放電のグラフでは,508Cだの1017Cだのといった見たことの無いような条件での充放電が載っている.1Cとは1時間で満充電/完全放電出来る電流量を表すから,1017Cというのは満充電から4秒弱で全電流を出し切ってしまうだけの大電流に対応する.1Cでの放電容量が286mAh/g(理論容量に近い)なのに対し,1017Cでの放電量はおよそ215mAh/gと超高速放電でも75%程度の容量をキープしている.通常大電流で放電させると,イオンの移動や電子の移動が付いて来られずに内部抵抗が増し,放電量は激減する.30Cだの50Cだのでも1-5割程度は減ることが多いのだが,1017Cという意味のわからない放電量でも75%をキープするのは圧巻である.一方充電においては,十分時間をかけて(といっても120秒であるが)充電すると280mAh/g程度なのに対し,10秒で充電する(360C)と240mAh/g程度(85%),20秒なら258mAh/g程度(90%)と高速充電においても十分な容量が確保できている=電子とイオンの伝導が十分速い事がわかる.サイクル特性も十分な耐久性があり,6Cというまあそこそこの速度で100回の充放電を繰り返しても,当初の95%以上の容量を保っている.

次にLi-ion電池電極として利用した際の特性を見てみる.こちらも1114Cという意味のわからない値での放電をとっているが,さすがにこちらはかなりの容量低下が見られる.1.1Cでの放電容量が198mAh/gなのに対し,1114Cだと75mAh/g程度にまで減少し,また放電曲線での外部電圧もかなり低下する(内部抵抗が大きい).これはNiMHでの水素に比べ,MnO2中でのLiの移動の遅さなども関係するのだろう.しかしそれでも74C程度まではかなりきれいな放電曲線を維持しており,その際の容量も150mAh/gとそこそこの値は保っている.やはり骨格構造による高速充放電性は優れているようである.

この研究は(よく研究される活物質のナノ構造ではなく)導電性骨格部分の研究が主となっており,様々な活物質に適用できる可能性を持っている.数年から10年程度のタイムスケールで実用化されることを期待したい.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • ・・・サイクルの問題があるからキャパシタの替わりにはならないか。
    車とかではサイクルが問題になりそうですが、携帯などのモバイル機器の電池はコレに変えたいなあ(よく充電忘れて出がけにorz・・・となるので)

    #単にものぐさなだけなのでID

    #NiCdセルでいかに詰め込むかがんばってた昔が懐かしい・・・いかん年がバレるww

    • ですよね.キャパシタかよ!って突っ込みますよね.
      おっしゃる通り,サイクル特性の問題があるのでさすがにキャパシタの代替にはならなそうですが,数百サイクルぐらいはいけそうなんで一部用途は置き換えられるかも.
      #Introductionあたりには「キャパシタのような高速性と電池並みの容量が実現できれば云々」という記述も.

      ただ,作るのにそれなりに手間がかかりますので(テンプレート作成 → メッキ → テンプレート除去 → 枠のエッチング → 活物質メッキ),高付加価値用途に限定されそうな気はします.

      親コメント
      • 高いのかー。残念。用途はあると思うんだけどなー。なんとかメーカーが食いついてくれれば・・・

        #学がないので原文は勘弁・・・ここでありがたく読ませていただいていただいております。

        #ずっとROMってたんですが、最近なんとなくでアカウントとってしまいました。

        親コメント
typodupeerror

犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー

読み込み中...