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日記

phasonの日記: 有機カチオンは,有機-無機ペロブスカイト太陽電池の効率上昇に寄与している

日記 by phason

"Revealing the role of orgfanic cations in hybrid halide perovskite CH3NH3PbI3"

C. Motta, F. El-Mellouhi, S. Kais, N. Tabet, F. Alharbi and S. Sanvito, Nature Commun., 6, 7026 (2015).

近年,太陽電池の分野において有機-無機ペロブスカイトと呼ばれる物質が注目されている.最も単純な組成ではAMX3となるこの物質は,鉛やスズなどの金属イオン(M)を6つのハロゲンイオン(X)が取り囲み八面体を形成し,それが頂点共有して無数につながることで3次元構造をつくり,有機物の正イオン(A+)が連なった八面体の隙間を埋めるような構造をとっている.
なぜこの物質が注目されているのかといえば,太陽光の電力への変換効率が高く,しかも製造が圧倒的に低コストとなるためだ.例えば実験室レベルでの変換効率はついに20%を超えているし,その製造は原料溶液を混ぜるだけ.そのため塗布による製造も可能であり,大面積のそこそこ高効率の太陽電池が安く作れるのではと期待されている.

さてこの有機-無機ペロブスカイト太陽電池,なぜ効率が高いのか?という部分に関しては現在でも多くの議論が存在する.ポイントとしては(1)高い光吸収能力,(2)比較的大きなバンドギャップによる高い開放電圧,(3)光による励起で発生したキャリアの再結合が遅く,電極に到達するまでに失われるキャリアが少ない,という3つの特徴が挙げられる.
これらの中でもその理由が今一はっきりとしていないのが(3)のキャリアの寿命だ.光励起が起こると,電子と正孔のペアが生じるが,これが(それぞれ対応する)電極にたどり着く前に結合してしまえば電力は生じない.有機-無機ペロブスカイトではこの「再結合するまでの時間」が非常に長く,電極に到達するキャリアが増えるために高い効率が実現していることが明らかとなっている.
キャリアの寿命の長さの秘密は何か?そこに計算により切り込んだのが今回の論文である.

今回扱われているCH3NH3 PbI3中において,有機カチオンであるCH3NH3 +は短い棒状の分子である.棒状ではあるのだがかなり短いため,室温程度の熱エネルギーのもとではかなり自由に回転していることが知られている(ゆっくり冷やすと最安定な方向で停止する).これが電子状態にどのような影響を与えるのかを調べるのに際し,著者らは通常の密度汎関数法(DFT)にファンデルワールス相互作用を(経験的手法により)組み込んだ計算を行った.ファンデルワールス相互作用とは原子や分子間に働く弱い相互作用であり,例えば中性原子中の電子の位置が一時的にずれることで電気的な分極が発生し,それが周囲の原子に分極を誘起し相互作用する(分散力),といったような動的な機構を含む.このため第一原理計算に組み込むことは難しいのだが,今回はそこを経験論的なパラメータとして導入したわけだ.

計算の細かいところには興味が無いので,結論を見てみよう.
まず,正イオンは様々な方向を向いてもあまりエネルギーが変わらない(=回りやすい)事が確認されたが,(011)方向(およびその結晶学的に等価な方向)を向いたときにわずかながら安定であることが明らかとなった.
そしてさらに重要なことに,この方向を向いていた場合に限り,バンド構造に重要な変化が現れたのである.それは元々が「直接遷移型半導体」であった本物質が,有機カチオンが(011)方向を向いた場合には「間接遷移型半導体」へと変化していたのだ.直接遷移型半導体とは,電子で満ちた価電子帯の頂点(=最も高いエネルギーの電子の波数)と,電子を持たない伝導帯の底(=最もエネルギーの低い空席の波数)が一致している半導体である.この場合,光吸収などによって生じた電子-正孔のペアは等しい波数をもつため,励起状態の電子はそのまま単純に光を放出して元の状態に緩和することが出来る.一方の間接遷移型半導体はこの価電子帯の頂点と伝導帯の底の波数がずれており,励起された電子は伝導帯の底へと迅速に緩和,最終的な波数が,元の状態(=励起状態の正孔)の波数とは異なってくる.この場合,電子が緩和するためには差額の波数を格子振動に押しつける必要があるため自分勝手に緩和することが不可能となり,緩和が起こりにくい.従って,励起状態の寿命は長くなる.
このバンド構造の変化は,ファンデルワールス相互作用を導入することで初めて生じる事も明らかとなった.これを計算に組み込まないと,たとえ有機カチオンが同じ方向を向いていたとしてもバンド構造には顕著な変化は無く,本物質は直接遷移型半導体(=励起状態の寿命が短い)のままであった.こういった変化が起こる理由は,カチオンとの相互作用によりPbI6の作る八面体構造が微妙に歪むためである.この「歪み」を引き起こすために,ファンデルワールス相互作用が欠かせないのだ.
またもう一つのポイントとしては,バンド構造の変化が非常に微妙なものである点も挙げられる.伝導帯がちょっとだけ歪んで「底」の位置がずれるものの,そのずれはかなり小さなものであり,バンドギャップ等にはほとんど影響を与えていない.これは大きな開放電圧を生むのに必要な大きなバンドギャップを保ったまま間接遷移型半導体になったことを意味している.
結果をまとめると,

・ファンデルワールス相互作用を組み込んだ計算では,有機カチオンが(011)方向を向くのが(ちょっとだけ)安定.
・このとき,弱いファンデルワールス相互作用によりPbI6八面体がちょっと歪む.
・するとバンド構造がほんのちょっと変化し,間接遷移型の半導体へと変わる.
・この結果,励起状態の寿命が長くなり,キャリアが長距離を移動できるようになる.これは高い変換効率につながる.

となる.

これまであまり注目されてこなかった有機カチオン側の役割を指摘した論文としてなかなか興味深い.また,ファンデルワールス相互作用のようなかなり弱い相互作用によりここまでの違いが生じるというのは驚きである.
とは言えこれはまだ計算レベルの話であるので,実際にその通りなのかどうかは今後の実験にも注目する必要がある.
(個人的には計算をそこまで信用しきれないので)

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