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19347 journal

yasuokaの日記: 囗の中は王か玉か 5

日記 by yasuoka
人名用漢字の新字旧字:「国」と「國」の読者から、丸谷才一の『日本語のために』(新潮社, 1974年8月)に以下の文章がある(p.198)のだが、という指摘があった。

当用漢字の字体には、どう見ても醜悪な、気色の悪くなるものがかなりあるといふことである。あれは何しろ大急ぎででつちあげた字体で、たとへば「国」といふ字など、はじめは四角のなかに王の字をいれるはずだつたのに、それでは民主主義の時代にふさはしくないという横槍がはいつたため、発表の寸前に、その王の字に点を一つ打つてごまかすことにしたのださうな。

「発表の寸前に」ってのは、いくら何でも大嘘だ。国立公文書館蔵の『太政官内閣関係・内閣総理大臣官房総務課資料・国語審議会』や『太政官内閣関係・諸雑公文書・国語審議会に関する件』には、内閣官房総務課から見た国語審議会の様子がバインドされているが、これを見る限り、遅くとも昭和21年4月27日の第9回総会の時点で、囗の中に王を書く「囯」は不採用となっており、代わりに旧字の「國」に戻されている。「囯」を不採用にした理由については、木下一郎(内閣官房総務課の事務嘱託)の昭和21年8月27日の記録中に「尚ほ囯は王といふ字が入るのでどうかといふことであつた」とあるのが見てとれる。この結果、昭和21年11月16日に内閣告示された「当用漢字表」では、旧字の「國」が収録された。

国語審議会において、囗の中に玉を書く「国」が議論されはじめるのは、私の知る限り、昭和22年10月10日に報告された「活字字体整理案」以降のことだ。つまり、囗の中を王から玉へ変更するのに、約1年半かかったことになる。しかも、「国」が収録された「当用漢字字体表」を国語審議会が答申するのは昭和23年6月1日、「当用漢字字体表」が内閣告示されたのは昭和24年4月28日。昭和21年4月27日から数えると、3年越しだったりする。これを「発表の寸前に、その王の字に点を一つ打つてごまかすことにした」などと書く丸谷才一は、いったい当時の審議のどこを調べたというのだろう。

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  • by parsley (5772) on 2008年02月08日 23時25分 (#1293986) 日記
    そう見えてしまうというのは、本人が考えてした業かもしれません。
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    • by yasuoka (21275) on 2008年02月09日 10時18分 (#1294093) 日記
      まあ丸谷才一は、当用漢字の批判さえできれば、ガセネタでもOKなんでしょうけどね。そういうのに読者が騙されて、どんどんガセネタが広まっていくのは、正直たまんないなぁ…。
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      • by parsley (5772) on 2008年02月09日 12時09分 (#1294139) 日記
        初期タイプライターの歴史とかキー配列の件もそうですが、書いた本人が、読まれることによって有名になる、または売れるという意味ではそういった扇情的な書き方だったのかもしれません。

        子引き、孫引きが増えることを恐れての発言だと思われますが同意です。
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        • by yasuoka (21275) on 2008年02月09日 14時04分 (#1294191) 日記
          ざっと検索してみた限りでも、丸谷才一のこのネタ、ここ [fontworks.com]とかここ [23ch.info]とかに、すでに子引き孫引きされてるようですね。QWERTY配列にしてもそうですけど、こういうガセネタって、一度広がると止めようがないからなぁ…。
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  • 孫引用で申しわけないのですが、「点がついたのは、主としてデザイン上の問題だった」と当事者が言った、との話もあります。

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    読売新聞社会部編 『日本語の現場 第一集』 読売新聞、126~127頁
    (平成十七年一月三十一日の闇黒日記より孫引用)
    http://noz.hp.infoseek.co.jp/diary/20050101.html

    わが国が当用漢字の字体を決定したのは二十四年である。中国の革命達成の年との付合は偶然だが、民主政体の世で<「くに」の中心が「王」では具合が悪い>とする発想が、当時の国語審議会にもあったのだろうか。

    同調査団団長、林さん(字体表制定当時の国語審議会幹事)の話。

    「そんな意見の委員もいた。が、それだけじゃない。点がついたのは、主としてデザイン上の問題だった。『王』では、四角の中をさらに細かく仕切るようで、見た目にきれいじゃない。そこでホクロをつけたんですよ」。
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