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中国

yasuokaの日記: 「《日本京都大学藏中国历代碑刻文字拓本》编委会」の謎

日記 by yasuoka

2016年11月21日の日記に関連して、問題の『日本京都大学蔵中国歴代碑刻文字拓本』の第1巻を見るチャンスがあった。見返しに書かれている情報は以下のとおり。

图书在版编目(CIP)数据
日本京都大学藏中国历代碑刻文字拓本/《日本京都大学藏中国历代碑刻文字拓本》编委会编著.― 乌鲁木齐: 新疆美术摄影出版社, 2015.7
ISBN 978-7-5469-6944-2
Ⅰ.①日… Ⅱ.①日… Ⅲ.①汉字―碑帖―中国―古代Ⅳ.①J292.21
中国版本图书馆CIP数据核字(2015)第182688号

选題策划: 文昊   责任复审: 吴晓霞
责任编辑: 夏阳   责任决审: 于文胜
书籍设计: 党红   责任印制: 刘伟煜

书名 日本京都大学藏中国历代碑刻文字拓本
本册书名 魏晋―汉代碑刻
出版 新疆美术摄影出版社 新疆电子音像出版社 (www.xjdzyx.com)
地址 乌鲁木齐市经济技术开发区科技园路5号 (邮编 830026)
发行 丝绸之路文献史料图书数据中心
网购 孔夫子旧书网、亚马逊(中国)网
印刷 北京京华虎彩印刷有限公司
开本 787mm×1092mm 1/8
印张 375
字数 45000千字
版次 2016年1月第1版
印次 2016年1月第1次印刷
印数 1-100
书号 ISBN 978-7-5469-6944-2
定价 9800(CNY) 1600(USD)

网络出版读读精品网 (www.dudu-book365.com)
网络书店淘宝网・新疆旅游书店 (http://shop67841187.taobao.com)

前文のようなものは全くなく、「《日本京都大学藏中国历代碑刻文字拓本》编委会」の構成員はおろか、出版経緯も全く書かれていない。p.4からいきなり拓本写真が貼られているが、どの写真にもキャプションが無く、どれが何の拓本なのかわからない。巻末のpp.122-126は附録であり、拓本の管理番号と標題と年代が載っているが、ウチの拓本文字データベースの標題リストのコピペである。しかし、pp.4-121の各写真には、管理番号も標題も付されていないので、全体として全く意味をなしていない。

私(安岡孝一)が睨んでみたところでは、p.4の上の写真は大將軍曹眞殘碑(碑陽)、下の写真は漢將軍張飛題名で、いずれもスケールの部分を切り取っている。p.5の上の写真は大將軍曹眞殘碑(碑陽)、下の写真は大將軍曹眞殘碑(碑陰)で、やはりスケールの部分を切り取っている。p.4とp.5に同じ写真が載っている理由はわからない。さて、このふざけた本、どう成敗すればいいかしら。

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日本

yasuokaの日記: 新たな元号は常用漢字に限るべきか 3

日記 by yasuoka

2016年8月10日の日記の読者から、新たな元号は常用漢字表の範囲に収めるべきだ、との御意見をいただいた。いや、それ、私(安岡孝一)に言われても困るのだが、だとすると可能性があるのは「日愛」「才屋」「才及」「日音」「木奇」「口因」「食欠」「音員」「口貝」「日央」「言永」「馬尺」「豊色」「日王」「木黄」「小意」「月意」「力口」「女家」「革化」「言果」「虫文」「食我」「小毎」「木戒」「糸会」「土鬼」「木皆」「言皆」「小既」「木既」「木市」「才広」「木各」「車交」「口赤赤」「才舌」「車害」「金兼」「月干」「甚力」「土甚」「木官」「小貫」「小感」「食官」「舟監」「金監」「王元」「山支」「糸己」「車九」「言己」「走己」「夫見」「才軍」「光軍」「木幾」「馬奇」「才支」「才疑」「牛義」「言義」「口契」「言吉」「月却」「口及」「糸及」「王求」「糸合」「才巨」「才処」「言牛」「足巨」「口今」「馬区」「才屈」「言川」「君羊」「言十」「言旨」「小景」「魚京」「木行」「糸吉」「車干」「女兼」「南犬」「言兼」「金建」「弓玄」「王見」「舟玄」「木古」「金固」「女呉」「言呉」「工力」「女子」「交力」「才句」「糸工」「木交」「才空」「木更」「口侯」「小荒」「石更」「糸交」「金広」「糸岡」「金岡」「才考」「馬句」「糸甘」「石少」「才采」「糸田」「土奇」「木才」「貝才」「山奇」「木冊」「金昔」「才最」「才察」「小参」「車斤」「女台」「女市」「木支」「月支」「才旨」「糸氏」「月旨」「言司」「言式」「言寺」「食司」「言志」「貝易」「才寺」「日寺」「舌辛」「食耳」「車由」「口七」「幸丸」「女疾」「身寸」「才舎」「余斗」「言射」「耳又」「王朱」「月重」「走取」「口兄」「才受」「才合」「糸冬」「足就」「金充」「糸従」「糸宿」「糸屯」「戸斤」「糸者」「言者」「女口」「且力」「余又」「才少」「才召」「木公」「日召」「糸召」「言公」「石肖」「言召」「言正」「言羊」「小童」「石焦」「金童」「土成」「小青」「金定」「木直」「角虫」「口属」「金十」「糸申」「火欠」「目垂」「木区」「才居」「女生」「小生」「牛生」「日青」「米青」「青争」「言青」「木斤」「小昔」「糸責」「七刀」「才斤」「才出」「糸色」「木全」「月泉」「言全」「糸泉」「魚羊」「月善」「糸善」「才昔」「米且」「糸且」「正束」「言斥」「又又」「木目」「木曹」「足宗」「土曽」「小曽」「貝曽」「月蔵」「才足」「糸売」「木寸」「子系」「才員」「才丁」「口垂」「馬太」「文寸」「月台」「才尺」「才石」「言若」「木月月」「才旦」「月旦」「矢豆」「糸定」「言延」「金段」「弓単」「言炎」「矢口」「耳心」「糸致」「才由」「木主」「馬主」「田丁」「才兆」「巾長」「弓長」「目兆」「貝占」「走召」「足兆」「口朝」「言周」「束力」「金真」「土平」「言丁」「土是」「舟廷」「糸帝」「言帝」「金失」「口土」「女石」「女又」「火丁」「木兆」「言寸」「小卓」「木東」「糸充」「米唐」「月同」「重力」「金同」「目童」「言売」「車欠」「虫工」「言忍」「才念」「米占」「火然」「糸内」「石皮」「木不」「月市」「才非」「木毎」「女某」「才白」「舟白」「火暴」「火田」「金本」「才友」「巾凡」「土反」「木反」「片反」「田半」「貝反」「王文王」「食反」「才般」「日免」「女己」「才比」「才皮」「石卑」「月寸」「女臣」「言平」「木票」「才苗」「才夫」「小布」「貝武」「言普」「米分」「糸分」「木丙」「免力」「才包」「月包」「石包」「言方」「食包」「小亡」「土方」「女方」「月方」「糸方」「巾冒」「木奉」「言某」「土屈」「番羽」「女未」「日未」「土里」「才末」「口未」「鬼未」「山甲」「女少」「目民」「女良」「日月」「金名」「口鳥」「麦面」「糸文」「里予」「言尺」「言秀」「月要」「谷欠」「才立」「糸各」「辛束」「王里」「田各」「米立」「米斗」「米量」「木木」「王留」「金令」「歯令」「糸東」「金東」「火戸」「貝各」「足各」「良月」「言舌」「貝有」「月宛」あたりだろう。ただ、どれも、あまり元号に向いていない気がする。また、万が一これらが元号になった場合に、「㍾」「㍽」「㍼」「㍻」のような組み文字が使いやすいかどうかは、かなりアヤシイ。さてさて。

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メディア

yasuokaの日記: キーマンズネットの考えるQWERTY配列の由来 1

日記 by yasuoka

『キーボード配列 QWERTYの謎』の読者から、キーマンズネットの『「キーボードの配列はデモに都合がいい並び」って本当?』(2017年1月6日)を読んでほしい、との御連絡をいただいた。ITmediaのやってるサイトなのに、ユーザ登録が必要とかちょっとイラっと来た上に、読んでみると噴飯ものだった。

ではなぜ、QWERTY配列が生まれたのか? 実際のところそれはよく分かっていない。「英文を入力するときによく連続する文字を遠くに配置した」とか「活版印刷で使う“活字”」の伝統的な収納方法にならった」とか、いろいろな説はあるにはあるのだが……不明であるのが実情。しかし諸説ある中、もしかして……と思わせるものがある。
QWERTY配列のタイプライターを発明し、「タイプライターの父」と言われるクリストファー・レイサム・ショールズ氏がタイプライターの特許を取得しようとしたとき、既に「QWERTY配列に似ている」タイプライターは先に発明されていた。特許の関係で、ショールズ氏は自分のタイプライターにそのままの配列を使うわけには行かず、ちょっとだけ配列を変更したタイプライターとして、QWERTY配列のタイプライターを発明して特許を取得した、という説があるのだ。

その説、少なくとも私(安岡孝一)個人は初耳なんだけど、誰がそんな説となえてるの? Christopher Latham SholesがQWERTYUIOP配列を載せている特許はU.S.Patent No.207559で、Jefferson Moody CloughとWilliam McKendree JenneがQWERTUIOPY配列を載せている特許はU.S.Patent No.199263だけど、これ両方ともJames DensmoreのThe Type Writer Companyがassignorだよ。というか、DensmoreがE. Remington & Sons社に持ち込んだSholesの試作品はQWE.TYIUOP配列で、これをE. Remington & Sons社のCloughとJenneがQWERTUIOPY配列にしたものだから、SholesがそれをQWERTYUIOP配列に戻したんでしょ? そのあたり、ちゃんと調べた?

その発明の特許を出願するとき、ショールズ氏にとってはキーの配列は重要ではなく、そのあたりは自分が使っていたタイプライターのマネをしながら、タイプライターの機構を重視して特許を取得したというわけだ。つまり「QWERTY配列はたまたまマネしただけ」という説だ。

Sholesにとってキーの配列が重要でなかったら、わざわざU.S.Patent No.207559に含めるわけがないでしょ? 何をわけのわからん説、垂れ流してるの?

実際のところ、ショールズ氏自身が次世代機として携帯型のタイプライターを発明して特許を取得したとき、QWERTY配列とはまったく異なるキー配列で特許を出願しているのだ。QWERTYには思い入れも理由もなかったという証左ではないだろうか。

別に「証左」じゃないと思うよ。そのXPMCHRTNSDGK配列を含む特許U.S.Patent No.568630をSholesが出願したのは、1889年9月11日のことで15年ほど後の話なんだけど。そのあたりのイキサツをちゃんと調べた?

しかし、次に「なぜQWERTY配列が普及しているのか?」という謎が生まれてくる。それにはこんな推測がある。ショールズ氏は、発明したQWERTY配列タイプライターを生産したものの、ほとんど売れなかった。自分に商才はないと判断したのだろう、ショールズ氏はその特許の管理をその名も「タイプ・ライター社」へ任せ、他社でライセンス製造させる方針にしたのだ。

言ってる意味が全く理解できない。そもそも、QWERTUIOPY配列の特許も、QWERTYUIOP配列の特許も、どちらも出願当初からDensmoreのThe Type Writer Companyがassignorだけど? 19世紀のアメリカ特許におけるassignorの仕組みを、ちゃんと理解して書いてる?

するとレミントン社を筆頭として、多くのメーカーがショールズ氏の特許を使った製品を開発・販売する事態となった。やがてヒットしたQWERTY配列のタイプライターは、いつしかデファクトスタンダード化していくことになった、というわけだ。もちろん当時、その他の配列のタイプライターも数多く発売されていた。

「多くのメーカー」って、どこのこと? 『「ECONOトリビア」QWERTY記事顚末記』にも書いたけど、Wyckoff, Seamans & Benedict社が「M」のキーを「N」の右横に移したのは、Sholesの特許を忌避するためだよ。そもそも、SholesのQWERTY配列と、現在のQWERTY配列が違ってるってことを、ちゃんと理解して書いてる?

「噂のIT都市伝説」の記事は、インターネット上に配信されているニュース内容をもとに、キーマンズネットが編集して掲載しており、内容の正確性、真実性等を保証するものではありません。

何なのそれ。当時のタイプライターに関する史料を全く調べずに、適当にインターネット上のネタをキュレーションしただけで、「証左」だの何だのと主張してるわけね。こんなガセネタを読ませるために、読者の個人情報を集めまくってるわけだから、ITmediaの底が知れるというものだろう。このまま「噂」と称して、ガセネタを垂れ流し続けるのがITmediaの本性なら、こんなサイトさっさと潰れてしまえばいいと思う。

13117033 journal
日記

yasuokaの日記: Re: Re: 近衛文麿と応仁の乱

日記 by yasuoka

一昨日昨日の日記に関して、戸板康二の『ちょっといい話』(文藝春秋, 1978年1月)を、一応チェックしておいた(pp.245-246)。

近衛文麿公と話している人が、陽明文庫にこういう本があるかと尋ねると、「あれは戦争で焼けました」といった。
「それは惜しい、疎開なさらなかったんですか」
「いいや、応仁の乱の時ですよ」

ただ、このネタは『オール讀物』の連載には見当たらなかった。あるいは、細川護貞の持ちネタをパクって「潤色」したのかもしれないが、そのあたりの事情はわからない。その一方で、『政界往來』1939年8月号には「風流と文化を語る」(pp.66-77)という記事があり、近衛文麿の以下の発言を記録している。

小林 公爵閣下のお宅には道長卿の日記がおありになるさうですが、何卷ですか、何か卷物にでもなつてゐるのでございますか。
近衞 …………。
小林 それを次の方がお寫しになつたのもおありになるさうですね。
近衞 道長の子賴道といふ人が寫したのがあります。
小林 道長といふお方のお書きになつたのは、忙しい時には裏に書いたりしたらしいですが、なかなか面白いものですね。況んやかれこれ千年近いんですからね。
木舍 大變なものですね。
小林 それは僕らの方の畑で行くと、これくらゐに切つた斷片が、一枚何千圓するんだから――勿論切るわけには行かんでせうけれども、えらいものがあるんですね。
木舍 燒けなかつたのですかね。
近衞 應仁の亂が一番危なかつたのですけれども、幸運なことに近衛家のものは持つて逃げて助かつたのです。外の家のものは應仁の亂で殆んど全部燒けてしまつたやうです。

この発言は、1939年7月5日の対談会におけるもので、参加者は近衛文麿・小林一三・木舎幾太郎とのことである。近衛文麿のこの発言によれば、応仁の乱で焼けたのは、近衛家のものではなく、ほかの家のものである、という風に私(安岡孝一)には読める。うーん、さてさて…

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日記

yasuokaの日記: Re: 近衛文麿と応仁の乱 1

日記 by yasuoka

「近衛文麿と応仁の乱」に関して、もう少し調べてみたところ、『文藝春秋』の1955年6月臨時増刊号『風雲人物讀本』に、細川護貞の「日本のハムレット近衞文麿」(pp.127-133)という記事を見つけた。

或るとき彼は訪客とこんな會話を交した。
「近衞さんの樣なお家には、ずいぶん古くからのものが傳つて居りますでしよう」
近衞「いや、火事がありましてね。その時すつかり燒けてしまいました」
「それは少しも存じませんでしたが、いつお燒けになつたのでしようか」
近衞「えゝ、應仁の亂のときです」

「戦争」ではなく「火事」なのだが、娘婿の細川護貞がバラ撒いたこのネタに、息子の近衛通隆が食いついてしまった可能性が高い気がする。その一方で、文藝春秋の『凉風夜話』(靑年書房、1937年7月)は、近衛文麿の以下の発言を記録している(pp.90-91)。

記者 近衞家に遣つて居るので一番古い物にはどんなものがあるのですか。
近衞(文) 御堂關白の日記ですナ。日記類では日本中で一番古いでせう、彼是れ千年ですから。
近衞(秀) 京都は随分戰爭があつたでせう、どうして殘つたんでせう。
近衞(文) 方々持つて逃げたのだらう。
山本 實際應仁の亂の時などによく助かつたものですね。
近衞(文) 一條家では一條兼良といふ人が非常に學者であつたが、應仁の亂で藏書が燒けたので慟哭したと云ふ。

この発言は、1936年5月27日に星ヶ岡茶寮でおこなわれた座談会におけるもので、参加者は近衛文麿・近衛秀麿・久米正雄・山本有三・菊池寛とのことである。近衛文麿のこの発言によれば、応仁の乱で焼けたのは、近衛家の蔵書ではなく、一條家の蔵書である、という風に私(安岡孝一)には読める。うーん、もうちょっと調べてみないとダメかしら。

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日記

yasuokaの日記: 近衛文麿と応仁の乱 4

日記 by yasuoka

『読売新聞』2016年12月22日号(大阪版だと第22920号)の「編集手帳」(p.1)の以下の文章がどうも気になった。

ある人が、首相を務めた近衛文麿に尋ねた。これこれに関する古文書が近衛家にありますね? 近衛が答えた。「あの戦争で焼けました」。それは惜しい。空襲で? 「いや、応仁の乱です」◆作家の戸板康二さんがエッセーに書き留めている。

『オール讀物』に連載されていた戸板康二の「ちょっといい話」が元ネタらしいが、どうも気になったので、さらに遡って調べてみることにした。そうしたところ、『日本経済新聞』1967年5月16日号(第29319号)に、近衛通隆の「近衛家歴代の執念◇守り伝える陽明文庫の40万点◇」(p.24)という記事を見つけた。

こんな話がある。ある人が、私の父に向かって「近衛家はたいへん古いお家ですから、さぞかし昔の物がた くさん残っておりましょうが、いったいどれぐらいあるのですか」とたずねた。すると「イヤ、火事で焼けてしまったので、あまり残っておりません」という返事なので「サテ、近衛家の火事というのは近年聞いたことがありませんが、いつのことですか」と再問したら「応仁の乱の時ですよ」と答えたというのである。
この話は巷間(こうかん)一種の笑い話として伝えられているので、はたして父がそのようなことを言った事実があったかどうかは保証の限りではないが、一応一面の真実性は含んでいると思う。

「戦争」と「火事」で微妙に違う気がするけど、うーむ、息子の近衛通隆がこのネタをバラ撒いたのね。ただ、この時点で、すでに「巷間一種の笑い話」だったとすると、さらに元ネタがあるのかしら?

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日記

yasuokaの日記: Re: Appleの『QWERTY』に出てくるタイプライター

日記 by yasuoka

元日2日の日記に対して、タイプライターを見分けられるようになるにはどうすればいいのか、という御質問をいただいた。『MacBook Pro — QWERTY』に出てくる5台のタイプライターを中心に、私(安岡孝一)なりの見分けるコツを書いてみよう。

Underwoodを大きく前期・中期・後期モデルに分けるならば、前期モデルの特徴は、キーボードとタイプバスケットを隔てる「物差し」にある。代表的な前期モデルはNo.5とNo.3だが、No.3はキーボード幅よりプラテンが長いので、そこで見分けることができる。一方、後期モデルの特徴はキーの形状で、何というか、ハート型をちょっと丸めたようなキーが特徴である。ただ、代表的な後期モデルのうち、Leaderは右上の「TAB」「SET」キーが無いので見分けがつくが、De LuxeとUniversalは正直なところ見分けられない。

初期のRoyalの特徴は、キーボードとタイプバスケットが離れていて、その間に「ROYAL」の金文字が入っていることである。代表的な初期モデルがNo.10で、ROYALの文字が入っている部分が上下にカーブしている。

IBMの電動モデルは、大雑把には、Electromatic、Electric、Executive Model A・B・C・D、Selectric、と変化していくが、共通する特徴は「2」のシフトキー側に「@」が入っているぐらいである。ただ、ElectromaticからExecutive Model Dにかけては、フロントパネルの形がどんどん直線化していくところで見分けられる。一方、Selectricはフロントストライク式では無いので、そこで見分けられる。

Smith-Coronaの電動フロントストライク式のうち、後期モデルのいくつかは、キーボードの左側に「COPY SET」ダイヤルがあるので、ここで見分けられる。それらのうち「▶ POWER RETURN」キーがあるのは、Electraの200番台や、CoronetのAutomaticかSuper 12あたりだ。しかし、Electra 200やCoronet Automaticなら左上に「RIB REV」スイッチがあるはずなので、『MacBook Pro — QWERTY』に出てくるのはCoronet Super 12だと分かる。

ただ、これらの知識を得るためには、やはり、タイプライターの実物をたくさん見ておくしか無い、ような気がする。もちろん、インターネットにも多くのタイプライター画像があるのだが、それらはいずれも平面的に撮られたものなので、角度が変わった時の立体的な形状を理解するのは難しい気がするのだ。まあ、色んな角度から撮った動画を見るのでも、それなりには理解できるのかなぁ…。

13112390 journal
日記

yasuokaの日記: Appleの『QWERTY』に出てくるタイプライター 6

日記 by yasuoka

昨日の日記に関連して、Appleの『MacBook Pro — QWERTY』というCMに出てくるタイプライターを、ざっとチェックしてみた。私(安岡孝一)の見た限りでは、「Underwood No.3」「Royal No.10」「IBM Executive Electric Typewriter Model C」「Underwood De Luxe Golden Touch」「Smith-Corona Coronet Super 12」が順に1~2秒ずつ出てきて、その後に「Apple Macintosh」「Apple PowerBook 140」「Apple PowerBook G4 Aluminum」と続く。

ちなみに「Royal No.10」は、真上から見た時には金文字の「ROYAL」が見えるはずなのに、このCMでは黒く消されている。また、5台のタイプライターが、機械式のものも電動式のものも、いずれもフロントストライク式なのは、真上から見た時の「絵柄」を揃えるためなのだろう。ただ、私個人としては、「Remington Standard Typewriter No.2」あたりから始めた方が、絶対おもしろかったと思うのだけど。

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アメリカ合衆国

yasuokaの日記: ITジャーナリスト・ソーシャルメディアコンサルタントの考えるタイプライターの歴史 2

日記 by yasuoka

『キーボード配列 QWERTYの謎』の読者から、神田敏晶の「Apple『Touch Bar』にキーボードの歴史的進化を期待」(Yahoo!ニュース, 2016年12月31日)を読んでほしい、との連絡をいただいた。読んでみたのだが、タイプライターの歴史を全く理解していないらしく、ガセネタのオンパレードだった。正月早々ではあるのだが、気のついたところを、ざっと吊るし上げることにする。

1874年、最初のレミントン製タイプライターがQWERTY配列キーで発売された。クリストファー・レイサム・ショールズが発明したQWERTYをレミントンアームズが買い取り商品化した。

Remington Armsの設立は1888年なので、そもそも話が合わない。1874年当時だとE. Remington & Sonsのはずだが、QWERTYを買い取ったなどという話は、私(安岡孝一)自身は聞いたことがない。

QWERTY以前には印刷電信機として、テレタイプ端末があり、その頃にはピアノのメタファーのキーボードが採用されていたのだ。アルファベットは、モールス記号に変換され打鍵される。

『オフィス機器としてのQWERTYキーボード』にも書いたが、「Teletype」の登場は1919年なので話が合わない。というか、その画像に写っているのは、どう見ても「Hughes-Phelps Printing Telegraph」なので、独自の電気信号を用いた印刷電信機であり、そもそも「モールス記号」など使用しない。

1866年には電信海底ケーブルが敷設され、インターネットも電信同様の方法で接続されている。

私の記憶が確かなら、1850年代にはドーバー海峡に、モールス電信用の海底ケーブルが敷設されているはずだ。というか「インターネットも電信同様の方法」って、どういう意味?

QWERTY配列キーを搭載したレミントン製タイプライター

いや、その画像に写っているのは「Underwood No.3」だ。Remingtonじゃない。

1851年ニューヨークタイムズ(NYtimes)創刊、1889年ウォールストリートジャーナル(WSJ)創刊、日刊新聞ジャーナリズムによってビジネスは加速度を上げる。

えっと、QWERTY配列と、これらの新聞の創刊との間に、いったい何の関係があるのか、よくわからないんだけど?

IBM Model 41 電動タイプライター 1960年

その画像に写ってるのは、「IBM Executive Electric Typewriter Model C」。一方で

IBMのタイプライター広告 ミシンのソーイングの隠喩

この広告に載ってるのは「Model B」で別のモデル。よく見ればわかるとおり、フロントパネルの形状が全く違う。っていうか、「The Saving Touch!」のどこが「ソーイングの隠喩」なの?

それと同時に革新的だったのが、タイプライターの印字システムを印字アームから、ゴルフボール型の交換できるSelectricのフォントシステムへと進化させたことだ。

「IBM Selectric」は、さらにまた別のモデルなんだけど。それに「進化させた」も何も、初期の「Remington」や「Teletype」の印字システムは、そもそも「アーム」じゃなかったでしょ? 何の話してるの?

大ヒットしたオリベッティlettera 32は家庭にも普及。

いや、その画像に写ってるのは「Smith-Corona Coronet Super 12」。「Olivetti Lettera 32」は電動タイプライターじゃないのだから、「▶ POWER RETURN」なんてキーがあるわけがなく、これらを混同するのは正直どうかしてる。

つまるところ神田敏晶のこの記事は、全てのタイプライター画像に関して、ことごとく別のタイプライターのキャプションや説明が付いていて、全く話にならない。記事にタイプライターの話を書きたいのなら、ちゃんとタイプライターを見分けられるようになってから書くべきだろう。

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教育

yasuokaの日記: 韓国で『初等教科書漢字表記基準』300字を小学校教科書に付記 4

日記 by yasuoka

昨日(2016年12月30日)付けで韓国の教育部は、『初等教科書漢字表記基準』(초등 교과서 한자 표기 기준)を選定し、2019年の小学校5・6年教科書から適用することを発表した。『初等教科書漢字表記基準』は300字以内になる予定であり、小学校教科書の脚注や後注にのみ使用され、教科書本文には使用されない。また、教師用の指導書に「教科書に表記された漢字は、暗記したり評点したりしないこと」との注意書きを付与し、あくまで理解の助けとして使用する場合にのみ限定する。

なお、『初等教科書漢字表記基準』の300字は、『漢文教育用基礎漢字』(中学校900字+高等学校900字)から選定される予定であり、候補となる370字の選定は既に完了している。今後、最終選定と字体決定がおこなわれるはずだが、私(安岡孝一)個人としては、「強」と「强」のどちらが『初等教科書漢字表記基準』に入るのか、ドギマギしながら見守りたい。

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一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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