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日記

yasuokaの日記: タイプライターの歴史は20時間では習得できない

日記 by yasuoka

とある行きがかりで、Josh Kaufmanの『たいていのことは20時間で習得できる』(訳:土方奈美, 日経BP社, 2014年9月)の第6章「タッチタイピング」をよむハメになった。ハッキリ言って「妄想のカタマリ」としか言いようのない文章で、こんな文章を信じる人間がいるのかと思えるシロモノだったが、とりあえず目についたところを晒しておく。

このひっきりなしに起こる問題を解決するため、ショールズは教師だったエイモス・デンスモアに協力を要請した。デンスモアはアルファベットが英語の文章に出てくる頻度をざっと調べ上げ、ショールズはそれをもとにTHのようなよく出てくる組み合わせを離して配置した。

私(安岡孝一)の調べた限り、Amos Densmoreが教師だったという記録はない。また、1872年以前には、Amos Densmoreはペンシルバニア州のオイル・クリークで石油輸送に携わっており、ミルウォーキーにいたChristopher Latham Sholesと直接の接点はない。それに加え、QWERTY配列ではTとHのキーは離れていない。

これで問題が完璧に解決したわけではなかったが、十分な効果があったため、1872年にショールズは特許を申請した。当時は主に武器を製造していたE・レミントン&サンズ社が1873年にショールズから特許を買い取った。

1872年3月30日申請の特許「United States Patent No.182511」には、キー配列は記されていないが、この時点でのキー配列はまだQWERTYではなかった(「On the Prehistory of QWERTY」参照)。また、1873年3月1日の契約では、E. Remington & Sons社はタイプライターの製造だけを請け負い、Sholesの特許を買い取ったりはしていない。

レミントンは大文字と小文字を切り替えるための「シフト」キーの導入など、多少の改良を加えたのち、1874年に法人市場に向けてQWERTY配列のタイプライターを量産しはじめた。

大文字と小文字を切り替えることができる「Remington Type-Writer No.2」の発売は、1878年1月だ。1874年時点では、そんな素晴らしい機構は存在しない。

当時タイプライターを販売していたのはレミントンだけではない。ハモンド、ブリッケンスダーファーなども独自のキーボード配列で競合商品を販売していた。

Hammondの発売は1884年、Blickensderferの発売は1893年だ。1870年代のタイプライターと販売競合するわけがない。

当時の企業の主な記録や通信手段は手書きのメモだった。タイプライターを導入すれば省力化につながるはずだったが、それには使い方を知っているオペレーターが必要だった。

モールス電信は1850年代に全米を覆っているし、1866年には大西洋を越えている。また、Western Union Telegraph社は、1860年代に『印刷電信機』も導入している。「通信手段」が「手書きのメモだった」時代って、いつの話?

この結果、業界でおもしろい現象が生じた。タイプライター会社が自らタイピストを採用し、訓練しはじめたのである。実質的に人材派遣会社になったのだ。タイピストが必要な企業はレミントンに電話をかけ、タイプライターとタイピストを派遣してもらうようになった。

馬鹿馬鹿しい。製造を請け負っただけのE. Remington & Sons社が、そんなことをするわけがないだろう。初期のタイピストを養成したのは電信専門学校や速記専門学校だ。Edward Payson Porterとか、William Ozmun Wyckoffとか、Elizabeth Margaret Vater Longleyとか、それこそ当時のタイピスト養成学校をチェックしてみればわかることだ。というか「電話をかけ」って、いったい、いつの時代の話? 「通信手段」が「手書きのメモだった」時代なのに、「電話をかけ」ることができるの?

こういうヨタ話ですらない内容を書きちらすJosh Kaufmanと土方奈美は、この『たいていのことは20時間で習得できる』で、どれだけ多くの人間を騙すつもりなんだろう。だったら、その20時間で『タイプライターに魅せられた男/女たち』を読んでいただいた方が、はるかに役に立つと私個人は思うのだが。

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