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あまり意味を深く理解していないのですが、久々に「メディアはメッセージである」という言葉を思い出しました。 既存のメディアに対して比べてもしょうがないと思います。
雑誌の場合、紙という媒体である以上締め切りが存在し、鮮度は下がるがクオリティはある程度保てると思います。総合誌(あんまり読んだことないけど)て言うくらいだから、浅く広く情報をあつめ、あまり興味を持たなかった人でもわかるように用語の説明とか盛り込んだりしてるんじゃないでしょうか。 新聞の場合は毎日物語りとして読むべきだという視点を聞いたときに、なるほどと理解できました。日常は昨日のアップデートであり、昨日今日読み始めたのならともかく、毎日読んでいる人は空気が読める訳です。 じゃあ、ネットやケータイはどうかというと、締め切りの概念が希薄になってイベントドリブンな感じじゃないでしょうか。画面の広さもある程度解決できるでしょう。雑誌のように盛り込まなくていいんですよ、ぐぐれば。知らない用語があってもいいんですよ、リンクがあるから。 今後は上記の状態で綱引きが続いて、雑誌が淘汰されれて行くんじゃないでしょうかね。
拝読してちょっと思考実験を思いついたのですが、(印字|印刷|プリントアウト)がものすごく早かった場合のそのあたりの認識って少し変わるでしょうか?
この場合のものすごく早いというのは、ページを見てなにかのボタンを押したらその印刷物が複数ページでも一瞬で出力されるという場合です。紙とインクの値段も非常に小さいと考えて。
画面が小さい、全体の情報が俯瞰できない、途中から読みたい、思いついた時にポチッと押すとそれが紙になって一瞬で出てくる、と、そんな環境です。紙が嫌われているわけじゃなくて、印字されるまでのガッチャンゴッチョンの時間と音がわずらわしくインク代も気にしなくちゃいけなくてたまに整形がズレるという状況が、モニタでの閲覧で我慢している理由であり、それが解消されたらブラウザでちょっと表示してすぐに印字して閲覧ってスタイルになる可能性はあるのかもしれないと思ったのでした。ブロードバンドによってブックマークが減ったように。
電子書籍に似てますが、あくまで、高速印刷という技術を仮定しています。
ハイパーリンクがないことが欠点だとして、もしかしてWeb閲覧を紙でやるためのハードルって出力までの時間なんじゃないかなあと思いました。
#とりとめのない仮定の話です。
週刊ポスト・週刊現代はインターネット利用率が高い比較的若い層が読むので5年で部数が半減してるそうです。
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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人
コンビニの雑誌コーナーが撤去される日も近い? (スコア:3, 興味深い)
ダカーポも休刊らしいし、この業界の斜陽っぷりは半端ないですね。
雑誌というメディアが多様化の時代、情報のスピード化・大容量化をフォローできるわけがないというのは当然だと思います。
コストパフォーマンスでいっても、どっかのサイトで計算されていましたが紙なんてのはITと比較すると相当な資源の無駄らしいので、なくなっても一向にかまわない気がする。
新聞なんてのは一回読んだら確実にゴミというありえなさだし、数十年たったら新聞は何て無駄なメディアだったんだろう、というのが一般認識になると思う。
トイレットペーパーに作るのにどれだけのエネルギー使ってんだよ。
新聞や雑誌を捨てに行かないで済んだら楽でしょうが…移行への問題点もまだまだ…? (スコア:1)
色々な場所で読めるけど、ケータイの画面に出せる情報量ってのは結構少なくていらいらするし、紙の雑誌と違って最初から読まないと駄目だし。
かといって、紙媒体だけに依存している人種も減りつつあるし、紙媒体には資源などの問題もからんでくるわけで、もしもコンテンツや、機種や専用ブラウザ依存型や利用形態などの問題がクリアされれば、印刷物が電子化される動きもより加速化するとは思うんですが。
だいいち、雑誌や書籍が出版されるのと同じタイミングで電子版も出て欲しいんで、現時点の一般誌では、スピードすら生かしきれていない部分もあるような気がするし。
ハードの方でも、雑誌などの印刷物をケータイで読めるなら、もうちょっとでかい画面で軽くなきゃ嫌だとか、スクリーンはタッチセンシティブにしてくれとか妄想だけはあるし。
紙媒体とあまり変わらない値段で買って使用日数限られた本データ買うとか、折角買ったコンテンツがバックアップできねーもんだったとか、PC版とケータイ版の電子ブックコンテンツに開きがまだあるだろとか、
(ぶっちゃけ、自分のケータイでは買った電子本をSDカードに保存したら、専用ブックフォルダにただ入れるしかできなくって、フォルダ内部が整理できないから時折殺意を覚えるとか)クリアするべき課題はまだまだ多いとは思いますが、ごみ捨てる量が減るのは、資源の問題ではやさしいでしょうなあ。自分は読み古しの新聞で掃除したり野菜保存に活用しているので、一回読んだらゴミとは思わないくちですが…
Re:新聞や雑誌を捨てに行かないで済んだら楽でしょうが…移行への問題点もまだまだ…? (スコア:1)
そこで、iPhone専用電子書籍ですよ。
#まあ、それだけで日本の携帯事情をひっくり返せたら奇跡でしょうけど。
移行する必要はなく淘汰されるだけ (スコア:1)
あまり意味を深く理解していないのですが、久々に「メディアはメッセージである」という言葉を思い出しました。
既存のメディアに対して比べてもしょうがないと思います。
雑誌の場合、紙という媒体である以上締め切りが存在し、鮮度は下がるがクオリティはある程度保てると思います。総合誌(あんまり読んだことないけど)て言うくらいだから、浅く広く情報をあつめ、あまり興味を持たなかった人でもわかるように用語の説明とか盛り込んだりしてるんじゃないでしょうか。
新聞の場合は毎日物語りとして読むべきだという視点を聞いたときに、なるほどと理解できました。日常は昨日のアップデートであり、昨日今日読み始めたのならともかく、毎日読んでいる人は空気が読める訳です。
じゃあ、ネットやケータイはどうかというと、締め切りの概念が希薄になってイベントドリブンな感じじゃないでしょうか。画面の広さもある程度解決できるでしょう。雑誌のように盛り込まなくていいんですよ、ぐぐれば。知らない用語があってもいいんですよ、リンクがあるから。
今後は上記の状態で綱引きが続いて、雑誌が淘汰されれて行くんじゃないでしょうかね。
Re:新聞や雑誌を捨てに行かないで済んだら楽でしょうが…移行への問題点もまだまだ…? (スコア:1)
拝読してちょっと思考実験を思いついたのですが、(印字|印刷|プリントアウト)がものすごく早かった場合のそのあたりの認識って少し変わるでしょうか?
この場合のものすごく早いというのは、ページを見てなにかのボタンを押したらその印刷物が複数ページでも一瞬で出力されるという場合です。紙とインクの値段も非常に小さいと考えて。
画面が小さい、全体の情報が俯瞰できない、途中から読みたい、思いついた時にポチッと押すとそれが紙になって一瞬で出てくる、と、そんな環境です。紙が嫌われているわけじゃなくて、印字されるまでのガッチャンゴッチョンの時間と音がわずらわしくインク代も気にしなくちゃいけなくてたまに整形がズレるという状況が、モニタでの閲覧で我慢している理由であり、それが解消されたらブラウザでちょっと表示してすぐに印字して閲覧ってスタイルになる可能性はあるのかもしれないと思ったのでした。ブロードバンドによってブックマークが減ったように。
電子書籍に似てますが、あくまで、高速印刷という技術を仮定しています。
ハイパーリンクがないことが欠点だとして、もしかしてWeb閲覧を紙でやるためのハードルって出力までの時間なんじゃないかなあと思いました。
#とりとめのない仮定の話です。
LIVE-GON(リベゴン)
Re:コンビニの雑誌コーナーが撤去される日も近い? (スコア:1)
今はまだ紙媒体のほうがデジタル媒体に比べて表現力で勝る点がいくつもあって、
それ以外にも紙媒体で新聞を配信することには合理性があるわけだから、現状をもって
「無駄なメディアだったんだろう」と後世の人が判断することはないんじゃない。
新聞を印刷し、配送するためのコストを超すだけの価値があると多くの人から認められてるし。
加えて、新聞紙は再生紙の利用率が高いし、リサイクル率も良いので、
別にすぐにトイレットペーパーになるわけじゃないですし、トイレットペーパーに
なるまでに読者が価値を感じているのだから、
>トイレットペーパーに作るのにどれだけのエネルギー使ってんだよ。
という発言はあまりにも乱暴すぎると思います。
それと、新聞が無駄なのではなく紙媒体という情報の配信形式に
非効率性があるという主張から、「新聞が無駄」と言ってしまうのは、ミスリーディングですね。
もっとも、新聞の価値は、新聞社の社会的信用と、購読料という形で
明確なインセンティブが与えらえれていることによる、「記事の内容の質の高さ」にあるわけだから、
(特に現状のインターネットのように誤りや悪意が含まれている危険が高いメディアと比べて)
確かに紙媒体である必然性が必ずしも存在しないのは事実でしょう。
iTunesのような有料音楽配信のように、情報が物に化体されていなくても、
その価値に応じて対価を支払う、ということが消費者の意識の中でもっと一般化すれば、
今後、紙媒体からデジタル媒体へのシフトがより加速されると、私は考えます。
ごめんなさい。
Re: (スコア:0)
> 明確なインセンティブが与えらえれていることによる、「記事の内容の質の高さ」にあるわけだから、
> (特に現状のインターネットのように誤りや悪意が含まれている危険が高いメディアと比べて)
新聞の発行元は主に広告収入によって支えられている。
新聞という広告メディアの面積を稼ぎ出すために、必ずしも質の高い記事が載るとは限らない。
新聞発行元自身が掲載記事の検証を行うしくみがないので、誤りがあっても訂正されにくい。
他メディアなどで分析検証されても、新聞
Re:コンビニの雑誌コーナーが撤去される日も近い? (スコア:1)
>新聞の発行元は主に広告収入によって支えられている。
読売、朝日、日経などの主要紙において購読料と広告収入の割合は
ほぼ1:1なのでその認識は誤りです。
>新聞という広告メディアの面積を稼ぎ出すために、必ずしも質の高い記事が載るとは限らない。
広告媒体としての価値は購読部数が最大のファクターなので、
面積を稼ぎ出すために記事の質を下げるというのは考えにくい。
むしろ広告記事や一面広告が増えれば増えるほど、その分
編集局に廻せる予算は増えると考えるのが妥当では。
>新聞発行元自身が掲載記事の検証を行うしくみがないので、誤りがあっても訂正されにくい。
内部に掲載記事の検証を行う仕組みが全くないわけではない(校閲記者)です。
確かに、一度記事になったものの誤りにたいして積極的なチェックを入れていない部分は
あるかもしれないが、そのような記事の質の低下は購読者数の減少という形で評価されるので、
記事の質の水準を保とうというインセンティブは存在しているでしょ。
>他メディアなどで分析検証されても、新聞発行元で訂正されることはあるのか?
あるとは思いますが、実例は知らないので解りません。
>「質が高い記事」というのは購読者に対するセールストークに過ぎないのではないか?
セールストークという部分も無いわけではないでしょうが、実際にネット上の匿名記事などと比べた場合、
誤りや悪意が含まれる危険がより少なくなるような構造、それが保たれるインセンティブが存在している、
つまり、”新聞社と読者が合理的であれば”、質が高い記事が保証されるような仕組みになっている
という点が重要ではないでしょうか。
>救命医療環境問題で「たらいまわし」などのフレーズを繰り返すのは「質の高い記事」というよりは「デマゴーグ」ではないか?
何を言いたいのかわかりませんが。記者の方はそう表現するのが正しいと判断したのでしょう。
少なくとも、専門家ではなく一般の購読者を対象にしているわけですから、
複雑で難解な表現より「たらいまわし」のように直観的に理解できる表現が
望ましい部分もあると思います。
>新聞はそれなりの記事が量産され掲載されていると評価するのが妥当ではないか?
それなり、の判断基準が示されていないので何とも言えません。
過去の新聞記事と比べて、特に現在のそれが良くも悪くもなっているとは
私には思えないので、それをもって「それなり」と表現することには問題ないと思います。
>今日でも、新聞というメディアでなければならない記事というものはあるのか?
現状、紙媒体であることには一定の合理性があると思いますし、
情報工学が専門の者の意見としては、活字の表示方法としての
紙媒体を完全に置き換えるような技術が普及するには
まだしばらく時間が必要であると、考えます。
>まだ、新聞の次のメディアがビジネスとして立ち上がっていないだけではないか?
新聞の次のメディア、などという曖昧な概念で何を言いたいのかわかりませんが、
「現実社会を理解し、その問題点を調査し、何らかの形でアウトプットする」という
「報道」という事業の必要性・合理性は、技術の進歩に関係なく存在し続けるでしょう。
ごめんなさい。
デラべっぴんですら廃刊 (スコア:0)
Re: (スコア:0)
あれは立ち読み客を呼び寄せて店内に客がいる状態を演出するために必要なのです。
雑誌コーナーがどこにあるのか考えればわかりそうなものですが。
Re: (スコア:0)
温度や直射日光による影響を無視できるから窓際なんだと思ってたけど。
だってさ、逆に言えば人がいないことも丸わかりなわけじゃん。
Re: (スコア:0)
スポーツでいうところの
長距離走ランナーと短距離ランナーぐらいの例えが近いんじゃないかと思います。
それぞれ用途が違い、手段(伝達の方法)と目的(情報の取得)をごっちゃにするのはいかがなものかと。
歴史の書物は全部紙だったお陰で何百年も昔の歴史を知ることが出来たのであって、その位のスパンで見るとたった何十年で変わってしまうフォーマットが異なるパソコンのデータより場所、仕組みを問わず読むことが出来る点からしても、それぞれ残るべき「手段」なんじゃないですかねぇ。
LDやベータマックスのように。
クレジットカードやICカードが普及して一切お札が使われなくなるとか昔言われてましたが、やっぱり結局はゲンナマが確実ということで。
#1000年後、遺跡発掘したら意味不明の鉄の塊が出てきただけでした!